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【 氷の貴婦人1】真祖さまは無責任
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ロウは、ちょっと考えた。
なにを考えたかって、もちろん、ロウランこと、ミイナの話を聞いてやるかどうか、だ。
なにしろ、こちらとしては、相手の企み、仕掛けを尽く砕いたところで、さあどうする、と開き直られているわけである。
白旗をあげた相手の処遇というのも、それはそれで難しいのだ。
交渉相手の、ドゥルノ・アゴンは百とちょっとに分断されたままだ。
世界を再構築して、それをもとに戻すのは、ギムリウスが得意なはずだが、いま彼女は、リウや迷宮コアと、いまだここに到達しない(コアの言葉を信じるならば、勝者としてここに転移されるのを自ら拒んで居るらしい)ベータを、どうするかで喧々諤々の論争中だ。
どうも、時間はたっぷりあるらしい。
もともと、面倒見のいい姉御肌の真祖さまなロウは、あきらめて話をきいてやることにした。
もちろん、ロウは自分に責任があるとは、これっぽっちも思っていなかったのだが。
----------------------
ミイナ・ネア・アルセンドリックは、朝の光に寝台の上で体を伸ばした・・・いや、ミイナ・ネア・アルセンドリックではない。
八年前、アルセンドリック領を訪れた吸血鬼に噛まれてからは、ただのミイナだ。
家督はもちろん、アルセンドリック侯爵家の一員でもなくなったわけだ。
ちいさな部屋は、薄暗く、調度品といえばベットと、おそらくこれは、撤去し忘れたと思われる鏡台がひとつ、置かれていた。
持ち込んだちいさな櫛で、毎朝、髪を整えるのが、ミイナの日課である。
櫛の歯はかけてぼろぼろだ。
くせっ毛で寝起きは、髪が跳ねやすいから。召使いに会う前に、それだけは直しておきなさい。
まだ、母が母だったときに、随分と言われた命令を、すがりつくように、今日も守っている。
正確な歳も日付も、もうわからない。
ぼやけた鏡の中の女性は、そろそろ大人になりかけていた。
何年がたったのか。
ただ、冬は八回、越したように思う。
最初の冬は、寒くて寒くて死ぬかと思った。熱を出して咳き込んで、助けを呼んでも誰も来てくれなくて。
ただ、食事に手をつけなかったら、翌日から給仕もなくなったので、ドアを叩いて、死にものぐるいで叫んで、なんとか、食べ物だけは、確保した。
部屋には、明り取りのちいさな窓が空いているだけで、換気もほとんど無い。
二年が過ぎた頃、自分が生きているのがふと不思議に思えてきた。
こんな、環境で人間が生きていられるはずがないのだ。
だが、最初の冬で風邪をひいただけで、あとはとくに体調に変化はない。
与えられる食べ物は、何だかわからないスープで途中からそれが残飯だと気がついた。
前の自分だったら、それだけで屈辱で死ねたのに。
でも、言いたいのはそれではなくって、その回数も量もまちまちな、残飯に、空気の悪い狭い部屋に閉じ込められた人間が、健康に過ごせるはずもないのだ。
だが、ミイナは彼女が自覚する限りにおいては、健康だった。
足も手も萎えることもない。立てる。歩ける。まあ、歩く面積などいくらもないのだが。
三年過ぎた頃、自分が正気でいるのがおかしい、と思い始めた。
船が難破し、流れ着いた孤島で三年間生き延びた男の話を、聞いたことがあった。
自制する果物や魚をとって、生き延びた男は、しゃべることも出来なくなったいたという。
ひとは、ひととしてのコミュニケーションを絶たれれば、容易にひとではなくなるのだ。
屈強な船乗りでさえ、そうなる。
なら、9歳だったミイナはたぶん12歳のいまもなぜ、きちんと考え、しゃべろうと思えば喋れるのだろう?
四年が過ぎた頃、ミイナはある結論に達した。
それは、彼女を最大の絶望に追いやった。正しいのは彼女の家族であって。
つまり、ミイナはもう人間ではなくなってしまっているのだ!
なにを考えたかって、もちろん、ロウランこと、ミイナの話を聞いてやるかどうか、だ。
なにしろ、こちらとしては、相手の企み、仕掛けを尽く砕いたところで、さあどうする、と開き直られているわけである。
白旗をあげた相手の処遇というのも、それはそれで難しいのだ。
交渉相手の、ドゥルノ・アゴンは百とちょっとに分断されたままだ。
世界を再構築して、それをもとに戻すのは、ギムリウスが得意なはずだが、いま彼女は、リウや迷宮コアと、いまだここに到達しない(コアの言葉を信じるならば、勝者としてここに転移されるのを自ら拒んで居るらしい)ベータを、どうするかで喧々諤々の論争中だ。
どうも、時間はたっぷりあるらしい。
もともと、面倒見のいい姉御肌の真祖さまなロウは、あきらめて話をきいてやることにした。
もちろん、ロウは自分に責任があるとは、これっぽっちも思っていなかったのだが。
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ミイナ・ネア・アルセンドリックは、朝の光に寝台の上で体を伸ばした・・・いや、ミイナ・ネア・アルセンドリックではない。
八年前、アルセンドリック領を訪れた吸血鬼に噛まれてからは、ただのミイナだ。
家督はもちろん、アルセンドリック侯爵家の一員でもなくなったわけだ。
ちいさな部屋は、薄暗く、調度品といえばベットと、おそらくこれは、撤去し忘れたと思われる鏡台がひとつ、置かれていた。
持ち込んだちいさな櫛で、毎朝、髪を整えるのが、ミイナの日課である。
櫛の歯はかけてぼろぼろだ。
くせっ毛で寝起きは、髪が跳ねやすいから。召使いに会う前に、それだけは直しておきなさい。
まだ、母が母だったときに、随分と言われた命令を、すがりつくように、今日も守っている。
正確な歳も日付も、もうわからない。
ぼやけた鏡の中の女性は、そろそろ大人になりかけていた。
何年がたったのか。
ただ、冬は八回、越したように思う。
最初の冬は、寒くて寒くて死ぬかと思った。熱を出して咳き込んで、助けを呼んでも誰も来てくれなくて。
ただ、食事に手をつけなかったら、翌日から給仕もなくなったので、ドアを叩いて、死にものぐるいで叫んで、なんとか、食べ物だけは、確保した。
部屋には、明り取りのちいさな窓が空いているだけで、換気もほとんど無い。
二年が過ぎた頃、自分が生きているのがふと不思議に思えてきた。
こんな、環境で人間が生きていられるはずがないのだ。
だが、最初の冬で風邪をひいただけで、あとはとくに体調に変化はない。
与えられる食べ物は、何だかわからないスープで途中からそれが残飯だと気がついた。
前の自分だったら、それだけで屈辱で死ねたのに。
でも、言いたいのはそれではなくって、その回数も量もまちまちな、残飯に、空気の悪い狭い部屋に閉じ込められた人間が、健康に過ごせるはずもないのだ。
だが、ミイナは彼女が自覚する限りにおいては、健康だった。
足も手も萎えることもない。立てる。歩ける。まあ、歩く面積などいくらもないのだが。
三年過ぎた頃、自分が正気でいるのがおかしい、と思い始めた。
船が難破し、流れ着いた孤島で三年間生き延びた男の話を、聞いたことがあった。
自制する果物や魚をとって、生き延びた男は、しゃべることも出来なくなったいたという。
ひとは、ひととしてのコミュニケーションを絶たれれば、容易にひとではなくなるのだ。
屈強な船乗りでさえ、そうなる。
なら、9歳だったミイナはたぶん12歳のいまもなぜ、きちんと考え、しゃべろうと思えば喋れるのだろう?
四年が過ぎた頃、ミイナはある結論に達した。
それは、彼女を最大の絶望に追いやった。正しいのは彼女の家族であって。
つまり、ミイナはもう人間ではなくなってしまっているのだ!
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