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第154話 泡沫世界
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ドロシーよ。
あらためて、彼女を「敵」と認識したドゥルノ・アゴンの声にならない声が、ドロシーの頭の中に響いた。
愛していた。我が覇道の傍らにいて欲しかった。
いればいいのね?
共に歩めとは言わないのね?
魔法陣は、明滅する文字や記号に満たされた渦、だ。
ドゥルノ・アゴンの身体が、その中に見え隠れしていた。
紫電が、炎が、氷塊が、風の刃が。
すべて魔法陣に遮られる。
ドロシーは、素早く近づいて、蹴りと突きを放った。
それもまた、魔法陣の表面で虚しくはじけた。
ドロシーは、顔を顰めて、退いた。
拳と、足の甲を、いためたのだ。
さらばだ、ドロシー。
魔法陣のなかから、愛しい男が呼びかけた。
ドロシーは、体の中に「力」を巡らす。
愛しいジウル・ボルテックから習った・・・というより、ともに開発した。
相手の体内の魔力循環をかき乱す振動撃。
いわゆる「魔物」とよばれ、その存在そのものを魔力に大きく依存しているものなら、致命的なダメージを与えられるかもしれぬ。
だが、相手が人間であったならどうか。
普通の人間ならば、わずかなしびれや不快感。高度な魔力をうちに秘めた魔導師ならば、失神するほどのショックがあるやかもしれない。
そして。
全力をもって積層魔法陣を展開中の魔導師ならば。
ドロシーの歩みはゆっくりだった。
わずかに怯えるように。それでいて相手に惹かれるように。
なんの構えもとらず。それはまるきり自然そのものの歩みだった。
それは、ドゥルノ・アゴンがさんざんに寝屋でみた光景だった。
それゆえ、ドゥルノ・アゴンも、彼が構築した積層魔法陣もドロシーを「敵」として認識するのが、一瞬遅れた。
これがドロシーが、攻撃的な意図を持って飛び込んできたのなら、話しが違う。
また、拳をにぎったり、蹴りを放ったりすれば、自動的に積層魔法陣は、防御、反撃にはいる。
ドロシーは、そっと手を伸ばした。
こわごわと、まるで壊れ物に手を触れるように、そっと、その指が、ドゥルノ・アゴンの顎に触れた。
「なんだ、いまさら!」
ドロシーが詫て、よりをもどそうとしたのか、と。
ドゥルノ・アゴンはそう思ったのだ。おめでたい。
ドロシーの指先から、なにかが流れ込んでくる。
不愉快なものではない。なんらかの「攻撃」とも感知できなかった。
だが。
そのわずかな震えにもにたものが、彼の体の中を駆け巡った瞬間!
ドゥルノ・アゴンの紡いだ呪文はそのまま、周りの空間を巻き込んで、彼を文字通り粉砕した。
・・・・おそらくは、空間を創造し、それ自体を刃物として相手を両断する術式だと思われます。
ドロシーは、遠くで、ギムリウスの声をきいた。
「だが、魔力妨害によって失敗した。
空間は、威力のある刃物ではなく、泡のように分裂した無數の世界として誕生した。
・・・ドロシーはどこにいる?」
リウの声だった。
とんでもない女たらしの俺様やろうだが、こんなときには実に頼もしい。
わたしはここです。
ドロシーは叫んだが、彼女の「声」は別の空間にあって、ギムリウスとリウの耳には届かなかった。
「体の大半はここにあります。」
「見ればわかるぞ、ギムリウス。」
リウの声はいらいらしていた。
「だが、この体は動いていない。」
「体を動かすことは、べつの世界にとばされたのでしょう。」
「体の『機能』をか?」
「物理的な刃物ではありません。別々の『世界』そのものです。」
「現時点では、生きているにせよ」
これは、ロウの声だった。
「このまま、ほっておけるはずもない。」
「統合できるか?」
「もうやってます。」
視覚が。
嗅覚が。冷たい床の感触がもどってきた。
ドロシーは、目をぱちくりさせて、体を起こした。ギムリウスのスーツ一着というのは、体の線もあらわで、ほとんど全裸にひとしいのだが、リウとギムリウス、ロウならばそんな心配もない・・・・・
その場に、アシットと知らない貴婦人を見出して、ドロシーは、胸を隠すようにして、体を縮ませた。
「こ、これはアシットさま。お見苦しいものをお見せしました。」
声も普通に出せた。
一方のアシットと貴婦人は、それどころではないようだった。
「な、なにが起こっている、リウ殿。」
「ドゥルノ・アゴンは何処に。」
ギムリウスが、床で蠢く臓器らしきものを持ち上げた。
「簡単にいうとこういうことです。ドゥルノ・アゴンは、創造した空間そのものを刃として、攻撃をしかけようとした。それが失敗し、無数の泡沫上の世界をつくりだしてしまったのです。彼の体はバラバラになって、無數の世界に封じられました。」
「し、死んだのか?」
「死んではいませんが、このままだと、精神が耐えられないでしょう。精神の崩壊がイコール死かと言われれば、そうは思いませんが。」
あらためて、彼女を「敵」と認識したドゥルノ・アゴンの声にならない声が、ドロシーの頭の中に響いた。
愛していた。我が覇道の傍らにいて欲しかった。
いればいいのね?
共に歩めとは言わないのね?
魔法陣は、明滅する文字や記号に満たされた渦、だ。
ドゥルノ・アゴンの身体が、その中に見え隠れしていた。
紫電が、炎が、氷塊が、風の刃が。
すべて魔法陣に遮られる。
ドロシーは、素早く近づいて、蹴りと突きを放った。
それもまた、魔法陣の表面で虚しくはじけた。
ドロシーは、顔を顰めて、退いた。
拳と、足の甲を、いためたのだ。
さらばだ、ドロシー。
魔法陣のなかから、愛しい男が呼びかけた。
ドロシーは、体の中に「力」を巡らす。
愛しいジウル・ボルテックから習った・・・というより、ともに開発した。
相手の体内の魔力循環をかき乱す振動撃。
いわゆる「魔物」とよばれ、その存在そのものを魔力に大きく依存しているものなら、致命的なダメージを与えられるかもしれぬ。
だが、相手が人間であったならどうか。
普通の人間ならば、わずかなしびれや不快感。高度な魔力をうちに秘めた魔導師ならば、失神するほどのショックがあるやかもしれない。
そして。
全力をもって積層魔法陣を展開中の魔導師ならば。
ドロシーの歩みはゆっくりだった。
わずかに怯えるように。それでいて相手に惹かれるように。
なんの構えもとらず。それはまるきり自然そのものの歩みだった。
それは、ドゥルノ・アゴンがさんざんに寝屋でみた光景だった。
それゆえ、ドゥルノ・アゴンも、彼が構築した積層魔法陣もドロシーを「敵」として認識するのが、一瞬遅れた。
これがドロシーが、攻撃的な意図を持って飛び込んできたのなら、話しが違う。
また、拳をにぎったり、蹴りを放ったりすれば、自動的に積層魔法陣は、防御、反撃にはいる。
ドロシーは、そっと手を伸ばした。
こわごわと、まるで壊れ物に手を触れるように、そっと、その指が、ドゥルノ・アゴンの顎に触れた。
「なんだ、いまさら!」
ドロシーが詫て、よりをもどそうとしたのか、と。
ドゥルノ・アゴンはそう思ったのだ。おめでたい。
ドロシーの指先から、なにかが流れ込んでくる。
不愉快なものではない。なんらかの「攻撃」とも感知できなかった。
だが。
そのわずかな震えにもにたものが、彼の体の中を駆け巡った瞬間!
ドゥルノ・アゴンの紡いだ呪文はそのまま、周りの空間を巻き込んで、彼を文字通り粉砕した。
・・・・おそらくは、空間を創造し、それ自体を刃物として相手を両断する術式だと思われます。
ドロシーは、遠くで、ギムリウスの声をきいた。
「だが、魔力妨害によって失敗した。
空間は、威力のある刃物ではなく、泡のように分裂した無數の世界として誕生した。
・・・ドロシーはどこにいる?」
リウの声だった。
とんでもない女たらしの俺様やろうだが、こんなときには実に頼もしい。
わたしはここです。
ドロシーは叫んだが、彼女の「声」は別の空間にあって、ギムリウスとリウの耳には届かなかった。
「体の大半はここにあります。」
「見ればわかるぞ、ギムリウス。」
リウの声はいらいらしていた。
「だが、この体は動いていない。」
「体を動かすことは、べつの世界にとばされたのでしょう。」
「体の『機能』をか?」
「物理的な刃物ではありません。別々の『世界』そのものです。」
「現時点では、生きているにせよ」
これは、ロウの声だった。
「このまま、ほっておけるはずもない。」
「統合できるか?」
「もうやってます。」
視覚が。
嗅覚が。冷たい床の感触がもどってきた。
ドロシーは、目をぱちくりさせて、体を起こした。ギムリウスのスーツ一着というのは、体の線もあらわで、ほとんど全裸にひとしいのだが、リウとギムリウス、ロウならばそんな心配もない・・・・・
その場に、アシットと知らない貴婦人を見出して、ドロシーは、胸を隠すようにして、体を縮ませた。
「こ、これはアシットさま。お見苦しいものをお見せしました。」
声も普通に出せた。
一方のアシットと貴婦人は、それどころではないようだった。
「な、なにが起こっている、リウ殿。」
「ドゥルノ・アゴンは何処に。」
ギムリウスが、床で蠢く臓器らしきものを持ち上げた。
「簡単にいうとこういうことです。ドゥルノ・アゴンは、創造した空間そのものを刃として、攻撃をしかけようとした。それが失敗し、無数の泡沫上の世界をつくりだしてしまったのです。彼の体はバラバラになって、無數の世界に封じられました。」
「し、死んだのか?」
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