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第151話 魔女対魔王3
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ドロシーは、ドゥルノ・アゴンを好んでいた。
たとえ、彼以上の勇者がこの世界に現れたところで、きっと自分は彼についていくであろうと思うくらいに・・・。
ともあれ。この魔王さま候補。思ったよりもずっとタフだ。ちょっとやそっとでは、死にはしないに違いない。
そして、ここで退くつもりなどサラサラないとドロシーは思う。戦いの中で得られるものがどんなものかを知ってしまっている。それは彼の成長にとってよいことなのだろう。
そして、ドゥルノ・アゴンが、そう思っている程度には、ドロシーも彼を殺したくはない、とそう思っていた。
だから、いまからすることは殺戮ことではないとも。
「お忘れですか? わたしとあなたのあいだの戦いですから、わたしはあなたに自分の手札をすべてさらうしてはいない。
でも、あなたは手札をすべて明かされているのですよ?」
そう言って、彼女は、ドゥルノ・アゴンの首に手をかけた。軽く力をこめるだけで、彼の頸椎がいかれるはずだ。
しかし彼は笑っていた。恐怖に顔を歪めることなく・・・。それどころか笑っていられる強さがあること自体が彼女には好ましかったし、それが自分に向けられたものという事実さえも嬉しく思えるものだ。 ああ、そうなのだ、結局のところこれは愛の決闘なのだと。
そんな気持ちになっていた彼女が気づいたことは、やはり一つのことだった。 彼が笑っているということは、彼には奥の手があるということで・・・たぶん、それはドロシーが待ち望んでいた瞬間になるはずだった。
つかもうとした、ドゥルノ・アゴンの首が、すいと後方にさがった。
足は・・・・動いていない。風の魔法の応用だろうか。
ならば、お手伝いしましょう、愛しいあなた。
ドロシーは風の魔法を唱えた。
ドゥルノ・アゴンの後退は、加速し・・・・足をすべらせた彼は、床に転げた。
彼の転倒は、これで何度目だろう。最初より受け身がうまくなっている気がする。これは。ドロシーにとっては嘲笑ではない。
賞賛である。
ドロシーは、彼の心の中が手にとるようにわかる。
いま、彼は、ドロシーは強敵だと。恐るべき相手だと認識しつつある。
だが、それがそもそも間違いないのだ。
ドロシーは、か弱い。
拳法の基礎は、ジウル・ボルテックに教わった。
だが、一緒にともに行動したのは、ほんの数ヶ月である。
その前には、真祖の吸血鬼たるロウ=リンドから、戦いの駆け引きを教わった。
そして、神獣ギムリウスからは、自身の糸で編んだボディスーツを。
それでもドロシーは、人間でしかなかった。
「魔王」候補として選ばればドゥルノ・アゴンの腕の一振り、呪文のひとつで、儚く消滅する存在なのだ。
だが、彼女を「強敵」として認識してしまったドゥルノ・アゴンは、より強大な攻撃魔法を使おうとしている。
そのための準備の時間を稼ごうとしているのだ。
攻撃のために精神を集中させる時間を稼ぐために、少しでも距離をかせぐ必要があると考えたのだろう。 あるいは、彼女の攻撃をかわす時間が稼げるとも考えたのかもしれない。 どちらにしても、その時間は無意味なものだった。 なぜなら、彼女が待っていたのは、彼が攻撃の準備を「行うこと」そのものだったからだ。
なぜそんなことをしたのか。
彼女は、ドゥルノ・アゴンにダメージと言えるほどのダメージを与えるためには、愛する男が放つ魔力の奔流を使うしかないからだ。 圧倒的な力の差のある相手と戦うとき、もっとも重要なのはその力を見極めることだ。 相手の魔力を肌で感じ、その力の流れを読み、その上で、自らの力のベクトルを定めること。 それによって、最小限の力で最大の効果を生み出すことができる。 もちろん、相手に悟られないようにするのが、基本ではあるが。
ドロシーは、それを行うための下準備を、ずっと前から行っていた。いや、出会った瞬間から行っていた。
そして、ようやく準備が整ったのだ。
ドゥルノ・アゴンは、ドロシーがなにをしようとしているのか、気づいていない。 だが、なにかを仕掛けられるまえにこちらから仕掛けねば、また彼女の術中にはまる。それは避けねばならない。
だから、全力で呪文を唱えた。 ドロシーは、それを黙って見ていた。 彼女は、ドゥルノ・アゴンの精神集中が終わる前に、それを唱え終わることを知っていたのだから。
「無理ですよ。あなたが魔法の構築をととのえるより、わたしの拳が疾い。」
ドロシーは、ドゥルノ・アゴンに優しく声をかけた。
それは、まるで恋人に囁くような甘い声だった。
ドゥルノ・アゴンの周りに攻防一体となった魔法陣が浮かび上がる。
おそらく、千と三百年まえに、ウィルニアとしう男が開発した、積層立体魔法陣だった。
理論は体系として成立している。
実践に使うものが居ないのは、あまりにも膨大な魔力を必要とするのと、実際に使う場所がないからだ。
ドゥルノ・アゴンは、今度こそ、勝利を確信した。
たとえ、彼以上の勇者がこの世界に現れたところで、きっと自分は彼についていくであろうと思うくらいに・・・。
ともあれ。この魔王さま候補。思ったよりもずっとタフだ。ちょっとやそっとでは、死にはしないに違いない。
そして、ここで退くつもりなどサラサラないとドロシーは思う。戦いの中で得られるものがどんなものかを知ってしまっている。それは彼の成長にとってよいことなのだろう。
そして、ドゥルノ・アゴンが、そう思っている程度には、ドロシーも彼を殺したくはない、とそう思っていた。
だから、いまからすることは殺戮ことではないとも。
「お忘れですか? わたしとあなたのあいだの戦いですから、わたしはあなたに自分の手札をすべてさらうしてはいない。
でも、あなたは手札をすべて明かされているのですよ?」
そう言って、彼女は、ドゥルノ・アゴンの首に手をかけた。軽く力をこめるだけで、彼の頸椎がいかれるはずだ。
しかし彼は笑っていた。恐怖に顔を歪めることなく・・・。それどころか笑っていられる強さがあること自体が彼女には好ましかったし、それが自分に向けられたものという事実さえも嬉しく思えるものだ。 ああ、そうなのだ、結局のところこれは愛の決闘なのだと。
そんな気持ちになっていた彼女が気づいたことは、やはり一つのことだった。 彼が笑っているということは、彼には奥の手があるということで・・・たぶん、それはドロシーが待ち望んでいた瞬間になるはずだった。
つかもうとした、ドゥルノ・アゴンの首が、すいと後方にさがった。
足は・・・・動いていない。風の魔法の応用だろうか。
ならば、お手伝いしましょう、愛しいあなた。
ドロシーは風の魔法を唱えた。
ドゥルノ・アゴンの後退は、加速し・・・・足をすべらせた彼は、床に転げた。
彼の転倒は、これで何度目だろう。最初より受け身がうまくなっている気がする。これは。ドロシーにとっては嘲笑ではない。
賞賛である。
ドロシーは、彼の心の中が手にとるようにわかる。
いま、彼は、ドロシーは強敵だと。恐るべき相手だと認識しつつある。
だが、それがそもそも間違いないのだ。
ドロシーは、か弱い。
拳法の基礎は、ジウル・ボルテックに教わった。
だが、一緒にともに行動したのは、ほんの数ヶ月である。
その前には、真祖の吸血鬼たるロウ=リンドから、戦いの駆け引きを教わった。
そして、神獣ギムリウスからは、自身の糸で編んだボディスーツを。
それでもドロシーは、人間でしかなかった。
「魔王」候補として選ばればドゥルノ・アゴンの腕の一振り、呪文のひとつで、儚く消滅する存在なのだ。
だが、彼女を「強敵」として認識してしまったドゥルノ・アゴンは、より強大な攻撃魔法を使おうとしている。
そのための準備の時間を稼ごうとしているのだ。
攻撃のために精神を集中させる時間を稼ぐために、少しでも距離をかせぐ必要があると考えたのだろう。 あるいは、彼女の攻撃をかわす時間が稼げるとも考えたのかもしれない。 どちらにしても、その時間は無意味なものだった。 なぜなら、彼女が待っていたのは、彼が攻撃の準備を「行うこと」そのものだったからだ。
なぜそんなことをしたのか。
彼女は、ドゥルノ・アゴンにダメージと言えるほどのダメージを与えるためには、愛する男が放つ魔力の奔流を使うしかないからだ。 圧倒的な力の差のある相手と戦うとき、もっとも重要なのはその力を見極めることだ。 相手の魔力を肌で感じ、その力の流れを読み、その上で、自らの力のベクトルを定めること。 それによって、最小限の力で最大の効果を生み出すことができる。 もちろん、相手に悟られないようにするのが、基本ではあるが。
ドロシーは、それを行うための下準備を、ずっと前から行っていた。いや、出会った瞬間から行っていた。
そして、ようやく準備が整ったのだ。
ドゥルノ・アゴンは、ドロシーがなにをしようとしているのか、気づいていない。 だが、なにかを仕掛けられるまえにこちらから仕掛けねば、また彼女の術中にはまる。それは避けねばならない。
だから、全力で呪文を唱えた。 ドロシーは、それを黙って見ていた。 彼女は、ドゥルノ・アゴンの精神集中が終わる前に、それを唱え終わることを知っていたのだから。
「無理ですよ。あなたが魔法の構築をととのえるより、わたしの拳が疾い。」
ドロシーは、ドゥルノ・アゴンに優しく声をかけた。
それは、まるで恋人に囁くような甘い声だった。
ドゥルノ・アゴンの周りに攻防一体となった魔法陣が浮かび上がる。
おそらく、千と三百年まえに、ウィルニアとしう男が開発した、積層立体魔法陣だった。
理論は体系として成立している。
実践に使うものが居ないのは、あまりにも膨大な魔力を必要とするのと、実際に使う場所がないからだ。
ドゥルノ・アゴンは、今度こそ、勝利を確信した。
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