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第146話 魔王の企み
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小さな、丸いテープルの上には、二人分のお茶が湯気をたてていた。
主は、足を組んで、椅子に深く腰かけ、すっかりくつろいだ様子である。
まだ、十代半ばの少年ではあったが、どんなに幼い狼も、牙をもっているように、この少年も身の内側に、ぴりりとするような危険ななにかを持っていた。
名を、バズス=リウ、という。
対面に座るのは、黒いスーツの美女だ。
サングラスで目の色を隠し、ストールで口元を覆う。
真祖吸血鬼ロウ=リンドだった。
リウは少し疑問に思った。
確かに感情が高ぶれば、ロウの瞳は深紅の輝きを放ち、口元からは発達した犬歯が覗くのだ。
だが、ここに感情の昂るなにがあると言うのだろう。
完全に意識を飛ばした『血の聖者』は起き上がる気配はなかった。
迷宮は、リウをおそらくは最深部へ飛ばそうと何度も試み、失敗を続けている。
転移はかなり、得意のはずのロウ=リンドに、自分を連れて最深部へ転移できないか尋ねると、ロウはしぶい顔をした。
「転移先を特定できないんだぞ!?」
言われてリウも納得した。
さすがに、どこに飛べばいいのか、が分からなくて転移はできない。
例えば彼が、転移封じの腕輪をした右手を切り落として自分で転移をしたとしても同じだろう。
と、なれば彼らに出来るのは、『仮面騎士王』と対決中のギムリウスの帰還をまつしかないのであって、その時間をすこしでも、心落ち着くわうに、お茶とお茶菓子まで用意したのだ。
なにをサングラスとストールで、表情隠さればならないのだろう。
「面白い試合だった。」
リウは、言った。心から。
「あれが、ベータだ。フィオリナを模した魔道人形。」
「正直関心はしないけどねえ。」
ロウ=リンドはこのところ、リウに対してやや冷たい。
以前は、むこうが迷宮主だったから、一応「陛下」と持ち上げていたのだが。
「いずれ、本体には合流するんでしょ。あっちのフィオリナをどうするのよ。」
「それなんだが。」
お茶を一口。それから、皿にもられた炭のかたまりを放り込んで、がりがりと噛み砕いた。
「それ、氷竜公女ちゃんのクッキーでしょ? まだ持ってるの?」
「定期的に送りつけてくる。」
「拷問じゃない。」
毒はないぞ。
と、言いながら、もうひとつ炭クッキーを口に放り込んだ。
「ベータは、10歳までのフィオリナの記憶を完全にもっている。」
リウは、考え込むように、腕組みをしていうつむいた。
ロウはいやな顔をする。リウが、「魔王」だと感じるのは、彼が絶大な力をもって相手を叩きつぶ時でも、ない。深い思慮をもって策謀を巡らすときですらないのだ。
こうやって真面目になにか考えているとき。それが、いちばんロクでもない瞬間なのだ。
「相違点があるとすれば、ルトに対する感情だ。彼女はルトを忘れているわけではない。嫌ってもいない。ただ、恋愛感情がすっぽりと抜け落ちている。
彼女の記憶では、こうだ。
彼女は、王位後継者であるルトに嫁ぐことを、余儀なくされていた。公爵家の娘である自分にとってはしかたのない話と割り切っていたらしい。
別段、ルトが嫌いというわけでもないしな。
いろいろと悩んでいた彼女の前に現れたのが、西域からのアシット・クロムウェルだ。異国の貴公子と公爵家姫君は、恋におち、ともに手をとって北のグランダを出奔した。」
「でも当時、フィオリナは10歳で、アシットは15歳。恋におちたにしては、無理がありすぎない? しかもアシットは本物のフィオリナには袖にされて、ベータは魔道人形だってわかってるわけでしょう?」
ロウ=リンドは、お茶をのんだ。真祖吸血鬼の彼女には必要のないものだったが、彼女はこの手の嗜好品はことのほか好んだ。
たっぷりとしたおいしい食事、酒、たっぷりの睡眠、かわいらしい恋人などなど。
「美味しい! お茶の入れ方なんて、いつ習ったの?」
「レストランにいく機会は何回もあった。」リウは答えた。「見様見真似で覚えるさ。」
「アシットのことなんだけど。」
ロウは、空になったカップを置いた。リウがポットを取り上げて、新しい茶を注いでくれる・・・・今度は鮮やかな赤色のお茶だった。
「あれは相当こじらせてない?」
「そのとおりだと思う。
そもそも、十代の若さで5つも年下の女を口説いたらいろいろ問題がありそうなのもわかるし、本物に逃げられたからかわりに魔道人形を、という発想が普通ではない。
だが、そちらはいったん置いておいて、だ。」
「置いとくんかいっ!」
「ベータ=フィオリナのほうだ。あれは、アシットに恋するように調整をかけられている。内部の機構を弄ったのか、なんらかの魔法か。」
「でも、あっさりあなたに靡いたわけでしょう?」
「そう! まさにオレとフィオリナとの運命づけられた縁を感じさせるエピソードだな。」
「べえつにぃ? そうは思わないけど。」
「・・・俺に恋愛対象を移したことで、アシットの『自分に向かって恋をする』という呪縛はやぶれたわけだ。ここで、ルトに合わせたらどうなると思う?」
「それは・・・・もともと、ルトが好きだったんだから、またルトにも恋愛感情をいだくかもね。」
まとまりつかなくなったロウは、端正な顔をしかめた。
「つまり、またそこでもあなたとルトとフィオリナの三角関係が生まれるわけ?」
「正確には、オレとルトとフィオリナ×2,だ。」
「そんな関係きいたことがない!」
「オレもだ。」
リウは、自分のカップにお茶を注いだ。こんどは黒に近い紫のお茶だ。
「だから、面白いじゃないか。
この馬鹿げた騒ぎが終わったら一度、オレ以外のメンバーは、ランゴバルドに返そうと思う。次世代魔王がどうのよりもよっぽど興味深いと思わないか?」
主は、足を組んで、椅子に深く腰かけ、すっかりくつろいだ様子である。
まだ、十代半ばの少年ではあったが、どんなに幼い狼も、牙をもっているように、この少年も身の内側に、ぴりりとするような危険ななにかを持っていた。
名を、バズス=リウ、という。
対面に座るのは、黒いスーツの美女だ。
サングラスで目の色を隠し、ストールで口元を覆う。
真祖吸血鬼ロウ=リンドだった。
リウは少し疑問に思った。
確かに感情が高ぶれば、ロウの瞳は深紅の輝きを放ち、口元からは発達した犬歯が覗くのだ。
だが、ここに感情の昂るなにがあると言うのだろう。
完全に意識を飛ばした『血の聖者』は起き上がる気配はなかった。
迷宮は、リウをおそらくは最深部へ飛ばそうと何度も試み、失敗を続けている。
転移はかなり、得意のはずのロウ=リンドに、自分を連れて最深部へ転移できないか尋ねると、ロウはしぶい顔をした。
「転移先を特定できないんだぞ!?」
言われてリウも納得した。
さすがに、どこに飛べばいいのか、が分からなくて転移はできない。
例えば彼が、転移封じの腕輪をした右手を切り落として自分で転移をしたとしても同じだろう。
と、なれば彼らに出来るのは、『仮面騎士王』と対決中のギムリウスの帰還をまつしかないのであって、その時間をすこしでも、心落ち着くわうに、お茶とお茶菓子まで用意したのだ。
なにをサングラスとストールで、表情隠さればならないのだろう。
「面白い試合だった。」
リウは、言った。心から。
「あれが、ベータだ。フィオリナを模した魔道人形。」
「正直関心はしないけどねえ。」
ロウ=リンドはこのところ、リウに対してやや冷たい。
以前は、むこうが迷宮主だったから、一応「陛下」と持ち上げていたのだが。
「いずれ、本体には合流するんでしょ。あっちのフィオリナをどうするのよ。」
「それなんだが。」
お茶を一口。それから、皿にもられた炭のかたまりを放り込んで、がりがりと噛み砕いた。
「それ、氷竜公女ちゃんのクッキーでしょ? まだ持ってるの?」
「定期的に送りつけてくる。」
「拷問じゃない。」
毒はないぞ。
と、言いながら、もうひとつ炭クッキーを口に放り込んだ。
「ベータは、10歳までのフィオリナの記憶を完全にもっている。」
リウは、考え込むように、腕組みをしていうつむいた。
ロウはいやな顔をする。リウが、「魔王」だと感じるのは、彼が絶大な力をもって相手を叩きつぶ時でも、ない。深い思慮をもって策謀を巡らすときですらないのだ。
こうやって真面目になにか考えているとき。それが、いちばんロクでもない瞬間なのだ。
「相違点があるとすれば、ルトに対する感情だ。彼女はルトを忘れているわけではない。嫌ってもいない。ただ、恋愛感情がすっぽりと抜け落ちている。
彼女の記憶では、こうだ。
彼女は、王位後継者であるルトに嫁ぐことを、余儀なくされていた。公爵家の娘である自分にとってはしかたのない話と割り切っていたらしい。
別段、ルトが嫌いというわけでもないしな。
いろいろと悩んでいた彼女の前に現れたのが、西域からのアシット・クロムウェルだ。異国の貴公子と公爵家姫君は、恋におち、ともに手をとって北のグランダを出奔した。」
「でも当時、フィオリナは10歳で、アシットは15歳。恋におちたにしては、無理がありすぎない? しかもアシットは本物のフィオリナには袖にされて、ベータは魔道人形だってわかってるわけでしょう?」
ロウ=リンドは、お茶をのんだ。真祖吸血鬼の彼女には必要のないものだったが、彼女はこの手の嗜好品はことのほか好んだ。
たっぷりとしたおいしい食事、酒、たっぷりの睡眠、かわいらしい恋人などなど。
「美味しい! お茶の入れ方なんて、いつ習ったの?」
「レストランにいく機会は何回もあった。」リウは答えた。「見様見真似で覚えるさ。」
「アシットのことなんだけど。」
ロウは、空になったカップを置いた。リウがポットを取り上げて、新しい茶を注いでくれる・・・・今度は鮮やかな赤色のお茶だった。
「あれは相当こじらせてない?」
「そのとおりだと思う。
そもそも、十代の若さで5つも年下の女を口説いたらいろいろ問題がありそうなのもわかるし、本物に逃げられたからかわりに魔道人形を、という発想が普通ではない。
だが、そちらはいったん置いておいて、だ。」
「置いとくんかいっ!」
「ベータ=フィオリナのほうだ。あれは、アシットに恋するように調整をかけられている。内部の機構を弄ったのか、なんらかの魔法か。」
「でも、あっさりあなたに靡いたわけでしょう?」
「そう! まさにオレとフィオリナとの運命づけられた縁を感じさせるエピソードだな。」
「べえつにぃ? そうは思わないけど。」
「・・・俺に恋愛対象を移したことで、アシットの『自分に向かって恋をする』という呪縛はやぶれたわけだ。ここで、ルトに合わせたらどうなると思う?」
「それは・・・・もともと、ルトが好きだったんだから、またルトにも恋愛感情をいだくかもね。」
まとまりつかなくなったロウは、端正な顔をしかめた。
「つまり、またそこでもあなたとルトとフィオリナの三角関係が生まれるわけ?」
「正確には、オレとルトとフィオリナ×2,だ。」
「そんな関係きいたことがない!」
「オレもだ。」
リウは、自分のカップにお茶を注いだ。こんどは黒に近い紫のお茶だ。
「だから、面白いじゃないか。
この馬鹿げた騒ぎが終わったら一度、オレ以外のメンバーは、ランゴバルドに返そうと思う。次世代魔王がどうのよりもよっぽど興味深いと思わないか?」
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