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第145話 人形は酔っ払いを介抱する

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ベータのツナギの下はシャツ1枚。大きく避けたそのしたから、ほとんど黒に近い濃い紫の下着が覗いている。
裸体にすら猛々しさを残す、フィオリナとは違って、ベータの体は女らしい曲線を描いている。

竜の生贄にされる少女のように、その身体がふるえた。

毒の種類はまだまだあるが、どれを試しても一緒だろう。
効果があるのは、一回目だけ。それもすみやかに回復。二回目以降はダメージらしいダメージは通らない。

ザクレイ・トッドが、天井をむいてゲラゲラと笑った。
その体にまたも、ブレスの、予兆となるエネルギーが溜まっていく。

「その攻撃は無駄だっ!」

放たれた紫電は、ベータの剣に吸い込まれ、威力をまして打ち返される。
竜鱗の防御をすべて突破した雷は、ザクレイをしたたかに打ちのめした。

結局、これが一番、効いている。

ザクレイ・トッドは強い。
今更ながらそれを感じた。

もし、こいつの攻撃がきちんと理性によって組み立てられたものならば。
ベータはとっくに倒れていたかもしれない。

負ける。

ベータは体が震えるのを感じた。


そうなのだ。
制御不能の嵐竜を同時に配下に置くには。

ベータは、剣に魔力を流す。
剣は応えて、新しい滴りをその刀身に宿した。

今度は毒・・・いや毒ではない。
かなり苦いのだが、毒ではない。

戦闘中に回復など望めないと諦めたほど、損傷した左腕に力が戻ってきた。
なんだ。ちゃんと治癒魔法がきくじゃないか、わたし。
やっぱりわたしが、本物のフィオリナだ。

「ザクレイ・トッド殿。」
あらたまったように、ベータは言った。「貴殿を介抱させてもらう!」

 一瞬、ザクレイ・トッドの表情が強ばったように見えた。
「・・・はあ?」 
ザクレイ・トッドが、ぽかんと口をあけたまま硬直する。
その顔がおかしかったので、思わず笑ってしまった。
ザクレイ・トッドが、すぐに元のふざけた顔に戻る。 

「なにを言ってるのか、わからねえ。」

「ミトラ真流の奥義に、『瞬き』というのがあるそうだ。」
ベータの下げる剣は一本のみ。
もう一本は、左手を損傷したときに手放し、床に転がったまま、だ。
「これから貴殿にそれを仕掛ける。おそらく、その速度は神速となるだろう。あなたの目をもっても追い切れるとは思わないほうがいい。」

「そんなんあるなら、最初からだせよ。」
ザクレイ・トッドは酔っ払いにしてはまともなことを言った。

「旅の剣士が使うのを一度みたきりだ。同じことをすれば・・・おそらく、両足の腱が切れる。」

「そんなことまで、敵に教えてどうする!」

ああ、ごもっとも。

「ついでに言っておくと、この剣は二対がそろって初めて、ブレスの吸収ができる。いまの状態ではそれはかなわない。」
「ああ?」

呆れを通り越して不快そうになったザクレイ・トッドが言った。

「おまえいったい」

ダン!

ベータの足跡が床に残る。
脹脛に猛烈な痛みが走った。

ザクレイ・トッドは。
こちらを見失ったはずだ。

少なくとも。新しい毒をまぶしたこの剣の一撃を、いやがりはするはず。

そして、嵐竜のブレスをこの状態で吸収できない。
と、なれば。

迷宮の決闘場は、紫電につつまれた。

あいかわらず、収束のできないあわれなブレスだ。
だが、防護障壁もない。ただただ神速の移動にすべてをかけたベータには大問題だ。

紫電がからみつく。意志にはんして筋肉が痙攣する。
髪が逆立つ。
すべてをこらえて、前進する。こちらを見たか、とらえたか。もう遅い、遅いぞ、ザクレイ・トッド。この剣のい一撃がわたしの最期の攻撃だ!

紫電による筋肉の痙攣のせいで、わずかに速度がおちた。
ザクレイ・トッドが体をずらす。
剣は、その手首をわずかにかすめた。

そのまま、ベータは床に突っ込んだ。
並のダメージではない。
ごろごろと転げて、頭を打ち付けた。

おいおい。魔道人形は気を失うこともできないのか。なんかすっごく痛いんですけど。


それでも、まだ動ける。手も足も動く。魔道人形ってのは便利なものだ。 剣を杖にして、立ち上がる。目の前に、ザクレイ・トッドがいた。右手に竜の爪を形成していた。 ああそうか、とどめを刺すつもりか。いいだろう、受けて立とうじゃないか。こちらも拳を握りこむ。

ザクレイ・トッドの竜の爪を。
虚空から現れた顎が、加えて引きちぎった。

ほうけたようにザクレイ・トッドは、なくなった右手首を呆然とながめた。
血が噴水のようにふきだしている。

顎は今度はザクレイ・トッドの頭を食いちぎろうとする。
それを別の顎が迎え撃った。

尾が。爪が。顎が。

ザクレイ・トッドの周りに出現した。それは互いの存在が許せぬとでも言うように、噛みつき、引っかき、叩きつけ、ブレスを放出した。

「き、き、きさま・・・・」

ザクレイ・トッドはその嵐の中からかろうじて転げ出た。

「なにをした!」

目は血走っていたが、さきほどの呂律の妖しい酔っぱらいの声ではなかった。

「今度の『毒』は、な。」ベータは、その喉首をつかんで床にたたきつけた。「酔い醒まし、だ!」

そうしておいてよかった。
二人の頭の高さを紫のブレスが駆け抜けていく。
直撃すれば、人間なら蒸発できただろう。

「き、きさまは・・・・」
「凶暴きわまりない嵐竜を多頭飼いできたのは、やつらをつねに酔っ払わせておいたからだ。」

ザクレイ・トッドが硬直した。

「おまえが、常によっていたのもおまえという存在を通じて、嵐竜を酔わせておくためだった。だから素面にもどった嵐竜はもうあんたの言う事をきくのをやめて互いを攻撃しはじめたのさ。」






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