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第144話 人形と酔い醒ましの魔法

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ベータは思った。

見かけは酔っ払いでも、確かにその身に宿すのは、竜の力なのだろう。
ただし、ろくに制御はきかない。

ブレスは、収束せずに辺り一面の空間を紫電で埋め尽くすが、それだけだ。
これなら、人間が単身で行使しうる障壁でカバーすることが可能だ。
同様に、出現した巨大な鉤爪の一撃も魔力は込められておらず、ベータはそれを手で払い除けて。ザクレイ・トッドに、近づき無造作に刃を振るった。

それは、ザクレイ・トットが展開した竜鱗の防禦を、くぐりぬけ、その肌にわずかに傷を与えた。
飛び下がるザクレイ・トッドの顔色が、紫色に変色した、

喉を押さえて、それでも距離を稼ぐべく、下がりながら、「ブレスもどき」を放つ。
殺到する紫電を、ベータの双剣が絡み取り、打ち返した。

「ギャフっ!」

悲鳴をあげて、ザクレイ・トッドが吹っ飛んだ。
体勢を立て直そうとするが、ベータの剣の毒は、呼吸を司る器官を侵すものだった。
息のできないザクレイ・トッドは、空気を求めて舌を突き出すが、そのまま地面を掻きむしり・・・

立ち上がった。

「くそっ魔王の情婦っ!」
ゼエゼエと、息を荒らげながら、ザクレイ・トッドは喚く。「もうちょっで死ぬかと思ったぜ。」

「逆になぜ死なない。」
ベータは不思議そうに、相手の男を眺めた。
場末の酒場には、こんな魔道士くずれが時々いる。

カザリームは、多数の迷宮を抱える都市国家だ。冒険者の数は多いが、ランゴバルドのように、それを手厚く育成するというマネはしない。
冒険者などいくらでも集まってくるし、使い潰されるのはそれだけの、実力しかないからだ。

そのよくいるタイプの、昼から泥酔魔導師の、ザクレイ・トッドは、ベータの剣が作り出した致死の毒から回復してみせた。
言っておくが、竜にも効く毒だ。

うおおおおっ!

頭上で組み合わされたザクレイのトッドの腕が。床に叩きつけられる。
轟音とどもに。石畳が砕け、その破片が撒き散らされた。

舌打ちして、破片を払い除けつつ、後退するベータに、ブレスが、吐き散らされる。

体勢を、崩したベータには、それは捌ききれなかった。
着ていたツナギが、燃え始め、ベータは顔をしかめて、脱ぎ捨てた。
ツナギのしたは、シャツとみじかいバンツのみ。汗に濡れたシャツを通して下着の色がわかる。

その背を踏みつけるように、ザクレイ・トッドが、落下した。
頭から床に叩きつけられた、ベータの後頭部を、さらに踏みつける。

床にベータの顔がめり込み、まわりに放射状にひびが走った。
背に跨り、なおも拳をふるおうとする。1発、2発、3発。

顔を上げたベータの顎の下に、ザクレイ・トッドの腕がするりとからみついた。
そのまま、ベータのノドを締め上げる。
顔面を朱に染めて、ベータは、ザクレイ・トッドを背負うように立ち上がった。

「クソっ!」 
と悪態をついたのは、ザクレイ・トッドの方だった。
「クソが! 折れねえ。てめえのクビの骨はオリハルコンかなんかでできているのか?」

あんがい、そう、かもよ。
と、ベータは思ったが、声は出ない。
ザクレイの腕が、首をしめあげている。
息が出来なくて苦しい、と思う自分は、フィオリナなのかそれを模して作られただけの魔道人形なのか。

自分はフィオリナだ。
ベータはあらためて思った。
たしかに体の中には人間のそれとはちがう臓器があった。魔道で制作された部品もあった。
だが、それは、大きな事故にあって、体の大半を失ったからだ。

ベータは、アシットからそう、聞かされていたしそれを信じる。
剣はまだ手にもっているが、密着した状態からは、得物が長すぎて、ザクレイ・トッドに攻撃することはできない。剣をじかに握り直した。自分を主と認めた自我のある剣は、刀身を力任せに握っても持ち主を傷つけないという。
ベータがつくったこの剣にそんな素養はない。

皮が裂け、肉がきれ、骨まで食い込む剣は、痛みより熱さをベータの手に伝えた。
だが、これでいい。この長さで。

「いい加減にあきらめて、気絶でもしろ・・・・」

言いかけたザクレイ・トッドの口の中に、刀身を突っ込んでかき回す。

声にならない悲鳴をあげて、首をしめる手の力が緩んだ。
ベータは、力いっぱいザクレイ・トッドを突き飛ばす。
肺が(あるいは肺に相当する器官が)空気をもとめて、あえいたが、いっこうに呼吸は楽にならない。
剣が分泌した毒が、ベータの体をも冒しているのだ。

心のなかでおのれの開発した剣の性能に、文句垂れながらも、ベータは毒を解除する。

たちあがったタイミングは、ザクレイ・トッドもベータもほとんど同時だった。

相手もこの毒に「馴れている」。

ベータは、剣の分泌する毒の種類をかえた。

踏み込みざまに一閃!
束尻を握ることで、間合いをのばした剣は、ザクレイ・トッドの眉間をわずかに、かすめた。

それはほんのかすり傷。
だが、その傷口から肉腫がふくれ上がり、ザクレイ・トッドの顔を覆い尽くす。

これは、そういう、毒、だ。
よろよろと下がるザクレイに、右袈裟斬り。
剣は、一直線に肩口から、腰まで走り抜けた。

だが、浅い。

切断プラス魔力。
それを、可能にする名剣でさえ、幾重にも張り巡らされたザクレイ・トッドの竜鎧の防御にはそこまでしか、届かない。
これは、その肉体にまでダメージを届かせたベータを褒めるべきだった。

なにしろ、もとがもと。
ボルテック卿をして、彼の長い人生においても最強の剣士と言わしめた、フィオリナなのだ。

わずかな傷口は、しかし、血の代わりに肉芽を吹き出し、ザクレイ・トッドの体を侵食していく。

そのための、「毒」であり、ベータの、目論見は決して間違ってはいない。
ただ、その毒への対応が早すぎる。

ザクレイは、手に爪を生やすと、肉腫を削り取った。そんなもので治まる毒ではないのだが、彼の体はこよ「毒」にもすみやかに対応したのだ。

ベータは呻いた。

こいつに毒は効かない。


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