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第139話 酔っ払いと暴虐の姫
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ベータ。
ベータ・グランデ。
そう仮に呼ばれる少女は、人形だった。
天才魔導師ボルテック卿が、「魔道騎士団」に至る試作品として、フィオリナをモデルに作成いた魔道人形は、己をフィオリナだと自認し、このカザリームの地で、アシットの愛情を受け、成長した。
フィオリナとしての自我は、己が魔道人形である事を知っても健在である。
リウは、彼女をフィオリナとして認め、フィオリナとして接した。
実際に横に並ばせて見せたら、それほど似てはいないかもしれない。
環境によっても、変わるのだ。
人も、人形も。
基本的な目鼻立ちは一緒でも、ベータの傍らには。彼女を女性として愛してくれたアシットがいた。
その愛情に応えるように、ベータは、フィオリナより、ややふっくらとした丸みのある曲線を獲得したのだ。
その分、ベータにとって、本来のフィオリナの持つ鮮烈なまでの美しさは損なわれたかもしれない。
そのベーダは、巨大な筒を腰だめに構えている。
そこから、通常の魔道詠唱によって作り出される火球の、ゆうに十倍はある大火球が次々と打ち出されている。
それを素手で払い除け。
ときには、竜鱗で防御しながら、ザクレイ・トッドは進む。
彼の方針は決まっている。
避雷針となったあの槍を、奪取、または破壊ののち、もう一度ブレスで決着をつける。
素手の攻撃が届くまで、あと一歩。
大火球を撃つには、もう間合いがない。
それでも、構わず、ベータは撃った。
至近距離の爆炎に、二人の体はそれぞれ後方へと吹っ飛んだ。
竜鱗で防御したザクレイ・トッドには、ダメージはない。
一方の、ベータは。
なんらかの障壁や、火力耐性の向上で防御はしたのだろう。それでも、髪は一部が焦げ、顔は煤で真っ黒。
着ていたツナギもボロボロだ。豊かな胸を包むカップは、青いレースだった。
彼女は筒を「収納」すると、さっきの槍を取り出した。
穂先から柄まで一体の金属でできた細い槍だった。
穂先は、両側についている。
絵の真ん中を握って、ひねるとカチリと音がして、槍は二本の剣へと変化した。
「竜のブレスを吸収し、打ち返す槍か。」
酔っ払いながらも、ザクレイ・トッドも魔導師だ。魔道具にはひと一倍の興味がある。
「おもしれえな。剣になったときはどんな効果があるんだ?」
「身をもって経験しなよ、駄竜の王様。」
顔を拭ってから、わずかに腰を落とす。
「アシットとの魔道具造りは、そりゃあ楽しかった。わたしはあいつのことがか大好きだったし、凄い道具ができて、あいつに褒めてもらうのがとってもうれしかった。」
「いいか、ベータ・・・とかいったな?
いま、この迷宮じゃあ、ろくでもないことが起こってる。
サイノスのじじいは、俺たちをそれぞれ闘い安い相手のところに転移させて、勝ちを拾うはずだったんだが。どうもズレているようなんだ。」
「それもいい。それもいいさ。
だが、わたしの本性は戦士なんだ。戦うからには自分の手足であるいはその延長で相手を打ち倒したい!」
「サイノスが、迷宮の、コアを掌握するのに失敗して、迷宮が叛旗をひるがえしたのか?
あるいは、別の何者かが、コアに働きかけて筋書きを替えさせたのか。」
「わたしが全身全霊で、愛してるリウは、わたしがそう言ったら喜んでくれた。
やっぱりフィオリナは、そうなんだなって。」
お互いがお互いの言うことを、まったく聞いていない。
これが、フィオリナと酔っ払いの会話である。
「複数の竜による多層の竜鱗防御。」
両手に構えた剣の切っ先が、ぬらりとひかり、液体がしたたった。
「突破して斬撃は効きにくいだろうね。それに、耐久力や再生力も竜なみだろうし。ここは毒を使ってみようかと思う。」
くだらぬ。
ザクレイ・トッドは、人間には目視できぬ速度で間合いをつめた。
そこで一撃。竜の力で放たれた拳は、ベータの頭を熟した果実のように粉砕するだろう。
その一撃を。
ベータの肘ががっちりとガードした。
ばかな。
人間にこんなことができるはずが。
思わず、わめきかけた口腔に、ベータの剣がすべりこんだ。
人間にそんなことが。
ああ、だって、ベータはフィオリナをモデルに作られていたから。
---------
一方。
迷宮最深部では、なかなか戦いがはじまらなかった。
「えっ……ああっ!」
ドゥルノ・アゴンはようやく頷いた。
ドロシーが、自分との戦いを申し込んだことに。
「おまえが俺に挑むということか?」
「はい。そのとおりです。」
「しかし、なぜ? いや、迷宮がそのように要求したのならそれは理由のひとつにはなるだろうが。」
「理由はもうひとつあります。」
ドロシーは微笑んだ。
「あなたがわたくしを愛しているからです。そして、わたくしもあなたのことを憎からず思っているからです。ゆえにわたしは、あなたを魔王にしたくない。」
「・・・・・」
「難しいのは、誰かがあなたを倒してしまえば、そのものが魔王に、させられてしまうかもしれないという点です。わたしは、誰にも魔王になってほしくはない。魔王の座から逃げて千年、迷宮にとじこもっていたリウくんをふくめてです。」
「だ、だから・・・」
ついていけない。この女の話にまったくついていけない。
だから、なんなのだ。なぜ、ドロシー。おまえが俺と戦うのだ。
「わたしなら、あなたを打倒してしまっても、魔王になれなんてお声はぜったいにかからないでしょうから。」
ドゥルノ・アゴンは悲鳴を押し殺した。
誰かこの女を止めてくれ!
ベータ・グランデ。
そう仮に呼ばれる少女は、人形だった。
天才魔導師ボルテック卿が、「魔道騎士団」に至る試作品として、フィオリナをモデルに作成いた魔道人形は、己をフィオリナだと自認し、このカザリームの地で、アシットの愛情を受け、成長した。
フィオリナとしての自我は、己が魔道人形である事を知っても健在である。
リウは、彼女をフィオリナとして認め、フィオリナとして接した。
実際に横に並ばせて見せたら、それほど似てはいないかもしれない。
環境によっても、変わるのだ。
人も、人形も。
基本的な目鼻立ちは一緒でも、ベータの傍らには。彼女を女性として愛してくれたアシットがいた。
その愛情に応えるように、ベータは、フィオリナより、ややふっくらとした丸みのある曲線を獲得したのだ。
その分、ベータにとって、本来のフィオリナの持つ鮮烈なまでの美しさは損なわれたかもしれない。
そのベーダは、巨大な筒を腰だめに構えている。
そこから、通常の魔道詠唱によって作り出される火球の、ゆうに十倍はある大火球が次々と打ち出されている。
それを素手で払い除け。
ときには、竜鱗で防御しながら、ザクレイ・トッドは進む。
彼の方針は決まっている。
避雷針となったあの槍を、奪取、または破壊ののち、もう一度ブレスで決着をつける。
素手の攻撃が届くまで、あと一歩。
大火球を撃つには、もう間合いがない。
それでも、構わず、ベータは撃った。
至近距離の爆炎に、二人の体はそれぞれ後方へと吹っ飛んだ。
竜鱗で防御したザクレイ・トッドには、ダメージはない。
一方の、ベータは。
なんらかの障壁や、火力耐性の向上で防御はしたのだろう。それでも、髪は一部が焦げ、顔は煤で真っ黒。
着ていたツナギもボロボロだ。豊かな胸を包むカップは、青いレースだった。
彼女は筒を「収納」すると、さっきの槍を取り出した。
穂先から柄まで一体の金属でできた細い槍だった。
穂先は、両側についている。
絵の真ん中を握って、ひねるとカチリと音がして、槍は二本の剣へと変化した。
「竜のブレスを吸収し、打ち返す槍か。」
酔っ払いながらも、ザクレイ・トッドも魔導師だ。魔道具にはひと一倍の興味がある。
「おもしれえな。剣になったときはどんな効果があるんだ?」
「身をもって経験しなよ、駄竜の王様。」
顔を拭ってから、わずかに腰を落とす。
「アシットとの魔道具造りは、そりゃあ楽しかった。わたしはあいつのことがか大好きだったし、凄い道具ができて、あいつに褒めてもらうのがとってもうれしかった。」
「いいか、ベータ・・・とかいったな?
いま、この迷宮じゃあ、ろくでもないことが起こってる。
サイノスのじじいは、俺たちをそれぞれ闘い安い相手のところに転移させて、勝ちを拾うはずだったんだが。どうもズレているようなんだ。」
「それもいい。それもいいさ。
だが、わたしの本性は戦士なんだ。戦うからには自分の手足であるいはその延長で相手を打ち倒したい!」
「サイノスが、迷宮の、コアを掌握するのに失敗して、迷宮が叛旗をひるがえしたのか?
あるいは、別の何者かが、コアに働きかけて筋書きを替えさせたのか。」
「わたしが全身全霊で、愛してるリウは、わたしがそう言ったら喜んでくれた。
やっぱりフィオリナは、そうなんだなって。」
お互いがお互いの言うことを、まったく聞いていない。
これが、フィオリナと酔っ払いの会話である。
「複数の竜による多層の竜鱗防御。」
両手に構えた剣の切っ先が、ぬらりとひかり、液体がしたたった。
「突破して斬撃は効きにくいだろうね。それに、耐久力や再生力も竜なみだろうし。ここは毒を使ってみようかと思う。」
くだらぬ。
ザクレイ・トッドは、人間には目視できぬ速度で間合いをつめた。
そこで一撃。竜の力で放たれた拳は、ベータの頭を熟した果実のように粉砕するだろう。
その一撃を。
ベータの肘ががっちりとガードした。
ばかな。
人間にこんなことができるはずが。
思わず、わめきかけた口腔に、ベータの剣がすべりこんだ。
人間にそんなことが。
ああ、だって、ベータはフィオリナをモデルに作られていたから。
---------
一方。
迷宮最深部では、なかなか戦いがはじまらなかった。
「えっ……ああっ!」
ドゥルノ・アゴンはようやく頷いた。
ドロシーが、自分との戦いを申し込んだことに。
「おまえが俺に挑むということか?」
「はい。そのとおりです。」
「しかし、なぜ? いや、迷宮がそのように要求したのならそれは理由のひとつにはなるだろうが。」
「理由はもうひとつあります。」
ドロシーは微笑んだ。
「あなたがわたくしを愛しているからです。そして、わたくしもあなたのことを憎からず思っているからです。ゆえにわたしは、あなたを魔王にしたくない。」
「・・・・・」
「難しいのは、誰かがあなたを倒してしまえば、そのものが魔王に、させられてしまうかもしれないという点です。わたしは、誰にも魔王になってほしくはない。魔王の座から逃げて千年、迷宮にとじこもっていたリウくんをふくめてです。」
「だ、だから・・・」
ついていけない。この女の話にまったくついていけない。
だから、なんなのだ。なぜ、ドロシー。おまえが俺と戦うのだ。
「わたしなら、あなたを打倒してしまっても、魔王になれなんてお声はぜったいにかからないでしょうから。」
ドゥルノ・アゴンは悲鳴を押し殺した。
誰かこの女を止めてくれ!
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