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第137話 古竜対・・・・

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「バークレイ・・・が、竜の姿に。」
ドゥルノ・アゴンは、鏡を食い入るように見つめた。その顔が青ざめている。
「これで、決着だ。あの冒険者はチリも残るまい。これでまず、一勝だ。」

青ざめながらも、ドゥルノ・アゴンは断言した。

「あのザックとやら、少しは名の知れた冒険者には違いない。」
ドゥルノ・アゴンは言った。
「たしかランゴバルドの冒険者だ。かの大邪神ヴァルゴールと繋がりのあるとも噂される男だ。無茶な戦いぶりから、二つ名が「不死身の酔いどれ狼」。」
落ち着きを取り戻したのか、ドゥルノ・アゴンの口元に笑みが浮かぶ。
「はたして、消し炭になっても蘇るのか、ためさせてもらおう。」

「わたしはルトから聞いております。彼はいまは、ヴァルゴールの使徒ではありません。ヴァルゴールの拘束からとかれた代償に、その不死身はうしなわれました。」
「それはいいな。もはや勝負にもなるまい。」



巨竜の口腔部に、光が点った。
口の牙を魔法陣に見立てた竜の得意とする強烈無比の魔法攻撃「ブレス」。
人間が制御できるレベルの障壁は、役にはたたない。
位相をずらしてさえ、ダメージを免れない。

(これは同じ竜同士でもそうだ。ブレスの攻撃力はつねに竜鱗の防御力を上回る。最強の矛は最強の盾を上回るのだ。竜が竜のブレスに対抗する手段は、ほとんどの場合、己のブレスでの「相殺」だ。)

これで、終わりだ。
ドゥルノ・アゴンがつぶやいた。
ドロシーは、ルトからすべてを聞いているわけではない。特に、冒険者学校に入るまえ、グランダの国を出るに至った経緯などは、こまかにはきいてはいない。おそらくは、あまり愉快な思い出ではなかったからだろう。
王位継承権をめぐって、「魔王宮」におりたことも。
そこで同行した「彷徨えるフェンリル」の面々についても。

でも。
と、ドロシーは心の中で思った。

これは終わりではないわね。

竜のブレス。古竜バークレイの放ったブレスは、無数の武器の集合体だった。矢があった。やりがあった。剣が。攻城用の大槌もあった。
数百におよぶそれら群れが、それを振り回すたくましい腕に携えられて、ザックにむかって殺到。

それを。

白銀のブレスが迎え撃った。

槍が折れる。
剣が圧し曲がる。
矢が砕け散る。

減殺されたブレスを、ザックはやすやすとかわした。

「き、」
バークレイが呻いた。
「きさまは。」

「俺は頭が悪くてなあ。」
ザックは陽気にそういって、また一口、瓶から酒をあおった。
「自分が不死身じゃなくなっていることをついつい忘れちまうんだ。まったく、いまのを食らったら俺の再生力でもヤバかった。ほんとうに。」

「ば、ば、ば、ば、ば、ばかな・・・バークレイの全力の攻撃が・・・竜のブレスが・・・」
「全力かどうかは、あとでバークレイさまに確かめましょう。」
ドロシーが、またまた顔を青くしたドゥルノ・アゴンに優しく言った。
「いずれにしても、古竜は人間をはるかにこえた存在なのは事実です。でも、人間をはるかにこえた存在はほかにもいるのです。」

「ざ、ザックは!」
ドゥルノ・アゴンの端正な顔が歪んだ。
「二流の冒険者だ。」

「たしかに、ヴァルゴールの束縛からのがれて名を『フェンリルの咆哮』にあらためてからは、それほど日が経っていないとききます。おっしゃる通り、たいした実績はないでしょう。でも、二流の冒険者だから『人間』だとは限りませんからね。
ああ、わたしは説明が下手です。申し訳ありません。くどくどとつまらぬことを申し上げました。」

鏡の中でザックは。

講師ほどもある巨大な銀色の毛をした狼に、姿をかえていた。

「ふぇんりる・・・・」
「そういうそうですね。」
ドロシーは、己のあるじの博識をほめた。

“きさま、神獣か。”
バークレイが吠えた。これは比喩的な表現ではなく、巨大な顎となった彼の口は、言葉を発するのにはむかなかったからだ。

ザックも同様だったが、有限寿命者を超えたふたつの生命体は、すみやかにヒトが「念話」と、よぶ会話方式に移行した。
“なぜ、冒険者などしている!”
“よく言うわ。”
巨大なしっぽの一撃を 機敏に避けながらザックは吠えた。
“なんで、古竜が魔王復活などに手を貸す? ”

“全ては、我が師である「血の聖者」サイノスの策によるものだっ!”

古竜が人間を師と仰ぎ、その意志を尊重するのか?
常識のあるザックは、爪をたてて、壁面を走りながら考えた。
まあ、珍しいことではあるのだが、かつてグランダを襲った黒竜の、ルトへの懐き方を知っている彼は、まあ、そんなこともあるかと、納得した。

壁を走り、天井へ。さらに、別の壁面へ。
魔法などはいらない。単にその身に備わった筋力だけで十分だった。

バークレイの体は巨大すぎて、この空間ではかえって、邪魔になり、その動きは鈍くなっている。
爪の一撃を掻い潜って、背中の肉を食いちぎった。

魔力を秘めたフェンリルの牙は、それをやすやすとやってのけた。


「あ、あれは!」
ドゥルノ・アゴンは、またドロシーの首を絞めあげようとしたので、ドロシーは、そっとその手をとって、逆方向へ捻りあげた。
痛みをさけるための、ドゥルノ・アゴンの体の動きを先取りするかのように、身体をすべらせて、彼を投げ飛ばした。

もちろん、怪我などさせないように、そっとだ。
倒れたまま、だだをこねる子供のように、ドゥルノ・アゴンは叫んでいる。
「あれは、あれもおまえたちの仲間なのか?」
「踊る道化師、の一員か、という意味でしたなら答えはノー、です。」
ドロシーは、肌にまとわりつく、職種とテープを、ばりばりと引き剥がした。

その下は素肌のはずだった。
ほかに衣類は与えていない。だが、彼女の体は、銀色に輝くボディスーツに覆われていた。

「あのひとは、先程も言ったように『フェンリルの咆哮』という冒険者パーティの一員です。
永続的なパーティを兼任するのは、西域ギルドの禁則事項として、第88条一項に定められていますので、そういう意味では『仲間』ではありません。」

「だったら、なぜ、神獣がおまえたちのために戦うのだ。」

「くわしくは存じませんが、ヴァルゴールからの隷属を解くために、『踊る道化師』のリーダー、ルトから多大な貢献があったときいています。」
「ならば・・・・」
起き上がったドゥルノ・アゴンは、考え込んだ。
「『踊る道化師』は、邪神ヴァルゴールと敵対するものなのか・・・・」

ドロシーは、しなやかな手足をもったアキルという少女、その明るい笑顔、快活な表情、朗らかな声を思い起こして
「いいえ。」
と言った。
「むしろ、ヴァルゴールは仲間というか・・・友だちです。」

「わ、け、が、わからん!」

「まあ、『踊る道化師』はそういうものだ、とおぼえていただくのがよろしいかと存じます・・・・ああ、とうとう、ラナ公爵閣下が動きますね。このまま口喧嘩で終わるのかと、期待しておりましたのですが。」

次なる鏡のなかで、ふたりの吸血姫がぶつかりあった。



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