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第121話 反省会
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ゴルダックは、憮然として腕を組んでいる。
何度か登場しているラザリム=ケルト冒険者事務所のVIPルームである。
前回より、顔ぶれは何人か増えていた。
ひとりは、アルセドリック侯爵ロウラン。白を基調にしたトレスは、襟の高いランゴバルドの紳士服の意匠を取り入れたもので、首筋、胸元、ほとんど肌を見せていない。
いつもは、笑みすらあいてを凍らせると言われる貴婦人は、しかし、取り乱し、おそろしい勢いで相手に食ってかかっていた。
「なんで、おまえがここにいるんですか!?」
相手は、セットアップのスーツを粋に着こなしたなした若者だった。
こちらは、足を組んでソファに身を沈め、優雅に発砲酒を、たしなんでいるところだった。
化粧もしていないが、整った顔立ちで、胸とお尻の曲線から、女性だとわかる。
名を「ロウ=リンド」と言った。
「わ、わたしはっ!あなたを探して探して!」
「魔王宮にいる、と言ってなかったか、」
「冗談だと思ってました。」
「なら、見当違いの場所を探していた そっちが悪い。」
ロウに言われて、ロウランは明らかに凹んだ。むう、と子供のように、頬を膨らませるロウランの頭を撫ぜてわりながら、ロウ=リンドは続けてた。
「なぜ、ここに。と言われるとわたしが『踊る道化師』の一員で、リウに呼ばれたからだ。」
惨劇の日から、三日がたっている。
倒壊、または、全損した建物は21.半壊またはそれに近いもの50。死者と負傷者はあわせて、864人。
それでも意外に少なかったのは、再開発の決まった地域で、立ち退きが進んでいたからだ。
冒険者たちに死人は出なかった。
復帰が出来ないほどの重傷者もゼロ。
ただし、投入された三十名を越える冒険者たちで、すぐに戦闘ができるものは、ここにいるゴルダックやロウランを含めて、ほんの数人に過ぎない。
アシット・クロムウェルの魔弓で、手のひらを撃ち抜かれた古竜アドフットは、空間の割れ目から顔をのぞかせて、自らの傷口をみせ、己の敗北を宣言したのだった。
手の負傷により、動作できなくなった彼の操る戦闘人形バインハットは、回収され、雷撃を打つと同時に倒れたザクレイ・トッドも回収して、アドフットは、雲間にすがたを消した。
勝ったのだ。
カザリームは。
魔王の配下四烈将のふたりに手傷を与えて、撃退した。勝利したのだ。それは違いない。
違いないが・・・・あまりの損害に、現場にいたものすべてが、敗北感に打ちひしがれていた。
「なんでおまえが冒険者なんか、やってるんですか!」
「なんで、アルセドリック侯爵家のご令嬢だったおまえが、カザリームくんだりで冒険者をやっている?」
ロウランは、唇を噛み締めた。半ば戦闘モードに、無意識のうちに入っていたロウランは、牙になった犬歯で自分の唇に穴をあけ、「痛い」と涙ぐんだ。
「アルセドリック侯爵家は、わたしの代で滅びました。英明なるランゴバルドの王も、吸血鬼を当主にする貴族家の存続は許しませんでした。いえ、当時の王が、というよりは我が家の財産をねらった親類縁者どもですけどね。」
「よくある話だな。」
びくともせずに、ロウは答えた。
「魔力過剰による長寿の場合もそうだが、あまり長期間、当主がかわらないのは、人間の制度上まずいらしい。おまえも二十年後には、養子をとって当主を交代すると最初から宣言するべきだったのだ。
そうすれば、親類縁者共は、次の当主をめぐって誰を養子に立てるかで、かってに争いをはじめる。」
ロウランは、肩をおとした。
ロウの言葉に一定の真実があることを認めたのである。
「・・・・そりゃあ、いまのわたしなら、そうするでしょうけど・・・」
「逆だな。」
ロウは、嘲るような口調でいった。
「逆、とは?」
「当時のおまえの力では、そうするしかなかったという意味で言っている。
いまのおまえなら、あのときの立場ならすべて、力でねじ伏せろ。」
呆然と貴婦人は貴公子を見つめた。
「ランゴバルドの王だろうが、貴族がろうが、冒険者だろうが、聖櫃の守護者だろうが。
なんでもかまわない。気に食わないものはすべて、蹴散らし、殴り倒し、踏みにじればいい。」
そこで、はじめてロウは、笑顔を見せた。
「強くなったな、リシャール。いや、ロウランと呼んだほうがいいのか?」
抱き合う貴婦人と貴公子を尻目に、それ以外のものはもっと深刻な相談を始めている。
「手札は、見せておこう。」
アシット・クロムウェルが、硬い表情で言った。
「一昨日、わたしのもとに黒いカラスが手紙を運んできた。
・・・・これだ。」
「カラスはたいてい黒いよ。」
話の腰をおるのが大好きな、かつてのアシットの恋人、ベータ・グランダがちゃちゃをいれた。
リウは、だまって、手紙をとりあげ、目を通した。
「ずいぶんと高く評価してもらえたようじゃないか。」
そう言って手紙をひらひらと振って見せる。
「現代における最高水準の知性と武力を兼ね備えたカザリームを、魔王の直轄市として未来永劫の栄華を約束する、とある。冒険者のトップクラスはそのまま、近衛隊として召し抱えてくれるそうだ。すごいな、アシット。おまえは、一躍『五』烈将の仲間入りだ。
代償は、この戦いに介入しないこと! それのみ!」
「評議会には反発の声も強いが・・・・」
「一見、いい申し出のようだ。」
リウは笑う。
「最高冒険者に筆頭魔導師をくわえた戦力で、取り逃がすような相手から、傍観するだけでもう攻撃はしない、特別待遇まで約束してくれると、申し出てくれんだからな。
ただし、これを飲んだら、カザリームは、はっきりと、ドゥルノ・アゴンについたと、みなされるぞ。」
「我々は・・・・」
「正直、カザリームがどう思おうが、関係ない。世界がどうみるかだ。
ゆえに、ドゥルノ・アゴンからのこの申し出は次のように変換して、受け取る必要がある。
自分に従うか、これまでの秩序を遵守するのか。いまここで決めろ、と。」
「それはどうなのだ、リウとやら」
ゴルダックがうなった。
「おまえは、魔王バズス・リウを自称している。すなわち、やつの申し出は、新魔王につくか旧魔王を信奉するか旗色を決めろ、と、そういうことではないのか。
ならば、カザリームは、どちらにもつかん!
人間の歴史は人間が紡ぐものだ。神だろうが、魔王だろうが、手出しは許さん。」
「その言や良し。」
リウは、短く言った。
「ならばどうする? カザリーム。」
何度か登場しているラザリム=ケルト冒険者事務所のVIPルームである。
前回より、顔ぶれは何人か増えていた。
ひとりは、アルセドリック侯爵ロウラン。白を基調にしたトレスは、襟の高いランゴバルドの紳士服の意匠を取り入れたもので、首筋、胸元、ほとんど肌を見せていない。
いつもは、笑みすらあいてを凍らせると言われる貴婦人は、しかし、取り乱し、おそろしい勢いで相手に食ってかかっていた。
「なんで、おまえがここにいるんですか!?」
相手は、セットアップのスーツを粋に着こなしたなした若者だった。
こちらは、足を組んでソファに身を沈め、優雅に発砲酒を、たしなんでいるところだった。
化粧もしていないが、整った顔立ちで、胸とお尻の曲線から、女性だとわかる。
名を「ロウ=リンド」と言った。
「わ、わたしはっ!あなたを探して探して!」
「魔王宮にいる、と言ってなかったか、」
「冗談だと思ってました。」
「なら、見当違いの場所を探していた そっちが悪い。」
ロウに言われて、ロウランは明らかに凹んだ。むう、と子供のように、頬を膨らませるロウランの頭を撫ぜてわりながら、ロウ=リンドは続けてた。
「なぜ、ここに。と言われるとわたしが『踊る道化師』の一員で、リウに呼ばれたからだ。」
惨劇の日から、三日がたっている。
倒壊、または、全損した建物は21.半壊またはそれに近いもの50。死者と負傷者はあわせて、864人。
それでも意外に少なかったのは、再開発の決まった地域で、立ち退きが進んでいたからだ。
冒険者たちに死人は出なかった。
復帰が出来ないほどの重傷者もゼロ。
ただし、投入された三十名を越える冒険者たちで、すぐに戦闘ができるものは、ここにいるゴルダックやロウランを含めて、ほんの数人に過ぎない。
アシット・クロムウェルの魔弓で、手のひらを撃ち抜かれた古竜アドフットは、空間の割れ目から顔をのぞかせて、自らの傷口をみせ、己の敗北を宣言したのだった。
手の負傷により、動作できなくなった彼の操る戦闘人形バインハットは、回収され、雷撃を打つと同時に倒れたザクレイ・トッドも回収して、アドフットは、雲間にすがたを消した。
勝ったのだ。
カザリームは。
魔王の配下四烈将のふたりに手傷を与えて、撃退した。勝利したのだ。それは違いない。
違いないが・・・・あまりの損害に、現場にいたものすべてが、敗北感に打ちひしがれていた。
「なんでおまえが冒険者なんか、やってるんですか!」
「なんで、アルセドリック侯爵家のご令嬢だったおまえが、カザリームくんだりで冒険者をやっている?」
ロウランは、唇を噛み締めた。半ば戦闘モードに、無意識のうちに入っていたロウランは、牙になった犬歯で自分の唇に穴をあけ、「痛い」と涙ぐんだ。
「アルセドリック侯爵家は、わたしの代で滅びました。英明なるランゴバルドの王も、吸血鬼を当主にする貴族家の存続は許しませんでした。いえ、当時の王が、というよりは我が家の財産をねらった親類縁者どもですけどね。」
「よくある話だな。」
びくともせずに、ロウは答えた。
「魔力過剰による長寿の場合もそうだが、あまり長期間、当主がかわらないのは、人間の制度上まずいらしい。おまえも二十年後には、養子をとって当主を交代すると最初から宣言するべきだったのだ。
そうすれば、親類縁者共は、次の当主をめぐって誰を養子に立てるかで、かってに争いをはじめる。」
ロウランは、肩をおとした。
ロウの言葉に一定の真実があることを認めたのである。
「・・・・そりゃあ、いまのわたしなら、そうするでしょうけど・・・」
「逆だな。」
ロウは、嘲るような口調でいった。
「逆、とは?」
「当時のおまえの力では、そうするしかなかったという意味で言っている。
いまのおまえなら、あのときの立場ならすべて、力でねじ伏せろ。」
呆然と貴婦人は貴公子を見つめた。
「ランゴバルドの王だろうが、貴族がろうが、冒険者だろうが、聖櫃の守護者だろうが。
なんでもかまわない。気に食わないものはすべて、蹴散らし、殴り倒し、踏みにじればいい。」
そこで、はじめてロウは、笑顔を見せた。
「強くなったな、リシャール。いや、ロウランと呼んだほうがいいのか?」
抱き合う貴婦人と貴公子を尻目に、それ以外のものはもっと深刻な相談を始めている。
「手札は、見せておこう。」
アシット・クロムウェルが、硬い表情で言った。
「一昨日、わたしのもとに黒いカラスが手紙を運んできた。
・・・・これだ。」
「カラスはたいてい黒いよ。」
話の腰をおるのが大好きな、かつてのアシットの恋人、ベータ・グランダがちゃちゃをいれた。
リウは、だまって、手紙をとりあげ、目を通した。
「ずいぶんと高く評価してもらえたようじゃないか。」
そう言って手紙をひらひらと振って見せる。
「現代における最高水準の知性と武力を兼ね備えたカザリームを、魔王の直轄市として未来永劫の栄華を約束する、とある。冒険者のトップクラスはそのまま、近衛隊として召し抱えてくれるそうだ。すごいな、アシット。おまえは、一躍『五』烈将の仲間入りだ。
代償は、この戦いに介入しないこと! それのみ!」
「評議会には反発の声も強いが・・・・」
「一見、いい申し出のようだ。」
リウは笑う。
「最高冒険者に筆頭魔導師をくわえた戦力で、取り逃がすような相手から、傍観するだけでもう攻撃はしない、特別待遇まで約束してくれると、申し出てくれんだからな。
ただし、これを飲んだら、カザリームは、はっきりと、ドゥルノ・アゴンについたと、みなされるぞ。」
「我々は・・・・」
「正直、カザリームがどう思おうが、関係ない。世界がどうみるかだ。
ゆえに、ドゥルノ・アゴンからのこの申し出は次のように変換して、受け取る必要がある。
自分に従うか、これまでの秩序を遵守するのか。いまここで決めろ、と。」
「それはどうなのだ、リウとやら」
ゴルダックがうなった。
「おまえは、魔王バズス・リウを自称している。すなわち、やつの申し出は、新魔王につくか旧魔王を信奉するか旗色を決めろ、と、そういうことではないのか。
ならば、カザリームは、どちらにもつかん!
人間の歴史は人間が紡ぐものだ。神だろうが、魔王だろうが、手出しは許さん。」
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