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第117話 糸繰り人形
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「後詰への次のご指示が全くないと思っていたら。」
ロウランは、牙を覗かせた口元を、取り出した扇子で覆い隠した。
ひとに混じって生きる吸血鬼には、赤光を放つ目や、吸血の願望に従って延びる犬歯などを、隠すものが多い。
「勝手にこんなところで街を破壊し、被害を拡大させらた挙句に、負けかけているとは、笑止千万。」
「気をつけなされよ、侯爵閣下。」
ゴルダックが、彼女に敬称を、つけるときは、なにがしかの警鐘を与えるときだ。
ロウランの形のよい眉がひそめられた。
氷の世界は解除された。
雨も止んでいる。
それもまた、ザクレイ・トッドの魔術だったのだろう。雲間から日が差し込み、氷に閉ざされたこの市街をキラキラと輝かせる。
いや、市街地ではない。瓦礫の山だ。
倒壊してなくても修復に耐える建物の方が、少ないだろう。
ただ、この一角は新市街でも再開発は進んでいない。
高層構造体の多い地域ならば、人々の避難遅れも含めて、損害はこんなものでは済まなかっただろう。
白い彫像と化したザクレイ・トッドの体から水蒸気が、巻き上がった。
「寒いぞ、ばかやろう。」
青ざめた顔で酔っぱらいは怒鳴った。
「死んだらどうすんだ?
人類史に、とって大損失だぞ。ぼくのような天才を失うのは!」
「氷の世界から、脱出するとは、見事だよ、孺子。」
ロウランは、顕然と、言った。
「お仲間のほうは、そうはいかんようだが。」
なんらかの対処を行ったザクレイ・トッドとは、違い、竜人バインハットは、そのままゆっくりと、崩れ落ちていった。
芯まで凍らされて脆くなったのだろう。
まだカチカチに凍っている地面に叩きつけられた拍子に、首と肩に亀裂が走り、ルーシェが抱き抱えたままの足首は、そのまま折れて、地面に残った。
ルーシェは、霜に覆われて、失神していた。
ロウランの「氷の世界」は、あたり一面を凍結させれる魔術だったが、その、中でも対象物を影響から外すことが可能だった。
だが、火炎魔人形態をとっていたルーシェには、冷気だけで充分なダメージになったのであろう。
凍りついた地面に顔を突っ込むようにしてピクリとも動かない。
「バインハットの旦那!」
ザクレイ・トッドは、壊れたバインハットでは無く、空に向かって呼びかけた。
「壊れちまいましたぜ?」
ゆっくりと。
ゆっくりと。空の一角が裂けた。
壊れたバインハットの体がそこに吸い込まれ、鉤爪こ生えた巨大な手にキャッチされた。
一同は、呆然と空を見上げた。
鱗に包まれた顔は、口が尖り正しく竜。だ。、だが、その身体のフォルムは、 長い手足をそなえた人間のものに近かった。
「随分とイヤな壊し方をしたくれるのお。」
嗄れた声で、龍の顔を持つ巨人が言った。
「なかの操り糸までも凍りついてバラバラに、なっておる。こうなると直すよりも」
バインハットの体が手の中で握りつぶされた。
もう片方の手で取り出したのは・・・!
そっくり同じバインハットだった!
「開闢竜アドフット!」
ロウランが、呟いた。
「きさまがなぜ。」
「懐かしい顔ぶれもいるし、そうでもないものもいる。」
傷ひとつないバインハットを、地上に放り投げながら、人型古竜は楽しげに言った。
バインハットは地上に落下直前にくるりと態勢をかえて、足から着地した。
その人形のような顔に、不敵な仏頂面がもどり、腰の剣をぬき、からからと笑ってみせた。
上空では、古竜アドフットが、人間と同じ手のひらをそなえた指をひらき、それが精妙な動きをみせている。ほんのわずかな動きであったが、その動きとバインハットの動きがリンクしているのに、ゴルダックは気がついた。
「人形繰りか!」
戦斧に魔力を注ぎ込みながら、ゴルダックは叫んだ。
「竜人バインハットとは、おまえが操る人形なのか!」
「我は、人間の文化をことのほか好む。」
古竜は照れたように言った。
「特に、人間の生活の営みを破壊し、命を奪うことが気に入っている。悪癖だと自覚はしているがな。
さて、我が直接そこに降りてしまうと、人間どもが絶滅しかねない。それでは、もう二度と、人間を壊す遊びはできない。ゆえに」
バインハットが、剣を掲げて八相に構えた。
「こうして異次元に身を置き、人形を繰ることでうさを晴らしている。
このことについては、古竜の間でもすこぶる評判が悪くてな。
数少ない友人のリンド伯爵にも、ことあるごとに怒られたものだ。きいおるか?
真祖の秘蔵っ子。」
「知らぬ。」
ロウランの目は、いまや怒りに真紅にそまり、上空の竜を。地上の竜人を交互に睨んだ。
「リンドなど知らぬ。」
「ロウランを名乗るお前がかわいいことよ。」
空間の亀裂は閉じつつあった。
「勝負は戦う前から、結末がわかっては面白くない。とりあえず、いまは『その』バインハットを倒せれば、おまえたちの勝ちとしてやろう。」
ロウランは、牙を覗かせた口元を、取り出した扇子で覆い隠した。
ひとに混じって生きる吸血鬼には、赤光を放つ目や、吸血の願望に従って延びる犬歯などを、隠すものが多い。
「勝手にこんなところで街を破壊し、被害を拡大させらた挙句に、負けかけているとは、笑止千万。」
「気をつけなされよ、侯爵閣下。」
ゴルダックが、彼女に敬称を、つけるときは、なにがしかの警鐘を与えるときだ。
ロウランの形のよい眉がひそめられた。
氷の世界は解除された。
雨も止んでいる。
それもまた、ザクレイ・トッドの魔術だったのだろう。雲間から日が差し込み、氷に閉ざされたこの市街をキラキラと輝かせる。
いや、市街地ではない。瓦礫の山だ。
倒壊してなくても修復に耐える建物の方が、少ないだろう。
ただ、この一角は新市街でも再開発は進んでいない。
高層構造体の多い地域ならば、人々の避難遅れも含めて、損害はこんなものでは済まなかっただろう。
白い彫像と化したザクレイ・トッドの体から水蒸気が、巻き上がった。
「寒いぞ、ばかやろう。」
青ざめた顔で酔っぱらいは怒鳴った。
「死んだらどうすんだ?
人類史に、とって大損失だぞ。ぼくのような天才を失うのは!」
「氷の世界から、脱出するとは、見事だよ、孺子。」
ロウランは、顕然と、言った。
「お仲間のほうは、そうはいかんようだが。」
なんらかの対処を行ったザクレイ・トッドとは、違い、竜人バインハットは、そのままゆっくりと、崩れ落ちていった。
芯まで凍らされて脆くなったのだろう。
まだカチカチに凍っている地面に叩きつけられた拍子に、首と肩に亀裂が走り、ルーシェが抱き抱えたままの足首は、そのまま折れて、地面に残った。
ルーシェは、霜に覆われて、失神していた。
ロウランの「氷の世界」は、あたり一面を凍結させれる魔術だったが、その、中でも対象物を影響から外すことが可能だった。
だが、火炎魔人形態をとっていたルーシェには、冷気だけで充分なダメージになったのであろう。
凍りついた地面に顔を突っ込むようにしてピクリとも動かない。
「バインハットの旦那!」
ザクレイ・トッドは、壊れたバインハットでは無く、空に向かって呼びかけた。
「壊れちまいましたぜ?」
ゆっくりと。
ゆっくりと。空の一角が裂けた。
壊れたバインハットの体がそこに吸い込まれ、鉤爪こ生えた巨大な手にキャッチされた。
一同は、呆然と空を見上げた。
鱗に包まれた顔は、口が尖り正しく竜。だ。、だが、その身体のフォルムは、 長い手足をそなえた人間のものに近かった。
「随分とイヤな壊し方をしたくれるのお。」
嗄れた声で、龍の顔を持つ巨人が言った。
「なかの操り糸までも凍りついてバラバラに、なっておる。こうなると直すよりも」
バインハットの体が手の中で握りつぶされた。
もう片方の手で取り出したのは・・・!
そっくり同じバインハットだった!
「開闢竜アドフット!」
ロウランが、呟いた。
「きさまがなぜ。」
「懐かしい顔ぶれもいるし、そうでもないものもいる。」
傷ひとつないバインハットを、地上に放り投げながら、人型古竜は楽しげに言った。
バインハットは地上に落下直前にくるりと態勢をかえて、足から着地した。
その人形のような顔に、不敵な仏頂面がもどり、腰の剣をぬき、からからと笑ってみせた。
上空では、古竜アドフットが、人間と同じ手のひらをそなえた指をひらき、それが精妙な動きをみせている。ほんのわずかな動きであったが、その動きとバインハットの動きがリンクしているのに、ゴルダックは気がついた。
「人形繰りか!」
戦斧に魔力を注ぎ込みながら、ゴルダックは叫んだ。
「竜人バインハットとは、おまえが操る人形なのか!」
「我は、人間の文化をことのほか好む。」
古竜は照れたように言った。
「特に、人間の生活の営みを破壊し、命を奪うことが気に入っている。悪癖だと自覚はしているがな。
さて、我が直接そこに降りてしまうと、人間どもが絶滅しかねない。それでは、もう二度と、人間を壊す遊びはできない。ゆえに」
バインハットが、剣を掲げて八相に構えた。
「こうして異次元に身を置き、人形を繰ることでうさを晴らしている。
このことについては、古竜の間でもすこぶる評判が悪くてな。
数少ない友人のリンド伯爵にも、ことあるごとに怒られたものだ。きいおるか?
真祖の秘蔵っ子。」
「知らぬ。」
ロウランの目は、いまや怒りに真紅にそまり、上空の竜を。地上の竜人を交互に睨んだ。
「リンドなど知らぬ。」
「ロウランを名乗るお前がかわいいことよ。」
空間の亀裂は閉じつつあった。
「勝負は戦う前から、結末がわかっては面白くない。とりあえず、いまは『その』バインハットを倒せれば、おまえたちの勝ちとしてやろう。」
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