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第104話 海竜登場

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船旅は、順調だった。
これが長期の旅とも慣れば、また違うのだろうが、わずかに3日である。
食料も水も、たっぷりつんでおきさえすれば、あの忌まわしい現実・・・・「腐敗」からも免れる。
ギムリウスは、マストのてっぺんから、大海原を見渡していた。

「すごいなあ。よくどこを走ってるのか、わかりますよね。」
「そこらへんは、人間の技術だな。」
横木に足をかけて、ぶら下がりながら、ロウ=リンドが言った。
「とはいっても、体にしみついた“能力”ではないだけに、継承が難しい。
発明者のウィルニアが健在でも、失われてしまった技術はいくつもある。
例えば蓄電池なんかがそうだ。」

「おーいっ、降りてこい!」
看板から、ザックが怒鳴った。命令を聞いてやる義理はなかったが、ロウとギムリウスは言われた通りにした。

ロウはそのまま、飛び降りて、着地寸前に減速、ふわりと甲板に降り立つ。
ギムリウスは、昆虫を思わせる動作で帆柱をすべりおりた。
「この船の船長だ。ドラグドという。」
長い顎髭の男が、手を差し出した。
「おや、快適な航海をありがとう、ドラグド船長。」
ロウは、こんなときは如才ない。握り返した手はあたためておかなかったので、少し冷たいかもしれないが、ここは、我慢してもらおう。

「それが、そうも言っていられなくなったらしい。」
ザックが、口をはさんだ。そうはいいながらワクワクしているかのような笑みを浮かべているのだから、タチが悪い。

「海竜がでたらしいのだ。」
苦虫を噛み潰したような顔で、船長は言った。

「それはめずらしい。」
ロウはそう言った。心からの言葉である。飛翔もできれば転移もできるロウにとっては、海から離れられない海竜など、敵ではない。
「たしかに、食べたことはないですね。」
ギムリウスは、言った。常識を身につけたギムリウスはちゃんと、ナイフとフォークを両手にもっている。
いきなりかぶりつくことなく、ちゃんと切り分けていただくつもりだ。

ずれた反応に、船長の顔色が曇る。
じろりと横のザックをみたその目つきは「大丈夫なのか、こいつら!」とはっきり言っている。

“まあ、こいつら自身が海竜をしのぐ化け物だからな。”
とザックは思ったが、もちろん、彼自身にもそれは当てはまる。

「この船に銀級冒険者の俺たちがのっていることを知ってな。海竜を排除できないかとの相談をうけた。」

「カザリームの指示はどうなんだ?」
ロウはたずねた。
「海竜の討伐隊を派遣する。これ以上、カザリームには近づかず、海上に待機せよ・・・だ。」

「好きなときだけ、海上に姿を表す海竜の討伐か。何日かかるかわからないでしょう?」
「そうだな・・・・この船は、バルトに戻るのがいちばんの選択肢だ。」
「もっと遠方の・・・たとえば、東域からの船は?」
「そこらも、バルトに一度退避することになるだろう。もう三隻も沈められたそうだ。」

船長の顔色はいよいよ悪い。
「生き残ったものの証言だと、どうもそれぞれ異なる海竜に襲われたらしい。こんなことがあるのか。」

珍しいが、ないわけでは、ないだろう。
もともと縄張り意識の強い生き物だが、たまたま抗争中の海竜がこの海域に紛れ込んだのかもしれない。

ロウはギムリウスと目を合わせた。
海竜は、彼らにとっては大きめの野生動物でしかない。
「唐揚げとソテー・・・」
と、ギムリウスが、またまた船長にとって意味不明なことを言った。

「まあ、冒険者としては船長の、判断を尊重しますよ。バルトに引き返すのは確かにおすすめでしょう。
たとえ、海竜を討伐ないし、撃退しても船が沈んでしまえば、元も子もない。海竜などというものは、悪天候などといった自然現象の一部だと思うしかないのです。いや、船長の判断は正しいと思います。」
 ペラペラとよく口の回る真祖を、ザックが睨んだ。
もう、カザリームまで転移で行くと決めてかかっている。

転移は、魔術的には非常に騒音を伴うものとして、知られている。
こっそりとカザリームに入りたかったリウたちは、海路を選んだのだが、実際には、ギムリウスならばふたりくらいを連れて、転移する程度からば、誰にも気づかれないで行うことは可能であった。

後は、選択すべきことはいくつか。
船上からいきなり転移するか、港に戻るまで待つか、ついでにザックを置き去りにするか、連れていくか。

そのくらいである。

だが。
船長が跪いて、ロウの手を握った。
愛の告白か、そんなにわたしって、まあ美人には違いないけど。

「ここで、船を返したらわたしは、破産だっ!」
ああ、そういうこと。
と、ロウは理解した。
積んでいる荷物は、鮮度が命の果物類である。たとえ、三日でも過ぎれば市場に出回るときには、食べ頃を過ぎてしまう。

「なら、いま食べましょう。」
ギムリウスは、ポイントの外れたことを、いいながらどこからか大皿を取り出した。
「金銭面の条件は悪くない。」
とりなすように、ザックが言った。
「正直言って、この金額を払ったら無事に、荷が届いても船長が破産するんじゃないか、と気がかりな、くらいだ。
それに、仮に海竜が必ずしも現れるとは限らない。なにもなくても報酬は支払ってもらえる。
うまくすればなにもしないで、往復の船賃に、滞在費も最高級のホテルに酒に女を」
「おいぼれおおかみっ」
ロウが、うんざりしたように言った。
「海竜はどうにでもなるけど、船っていうのはけっこう脆くてね。」

「食べましょう!」
ギムリウスが言ったのは、海竜のことなのか、積荷の果実のことなのか、この船そのものなのかは不明である。

「まあ、ザックがよければよし、としましょう。」
ロウがザックにむけた、にこやかな笑みは“いざとなったらおまえひとりでなんとかしろよ ”の意味であり、ザックもそれを理解した。

おや、と。
ギムリウスは空を見上げた。
巨大な鳥に見えるが、背にひとが乗っていた。
船の上空で、旋回すると、そこから飛び降りた。風の魔法のコントロールで、甲板に降り立ったのは、かなりの手だれだ。
フードをはねあげ、ゴーグルを外した顔は、まだ若い。
歳は20を越えたばかりか。精悍な顔立ちの青年だ。

「カザリーム筆頭魔導師アシット・クロムウェル。」
青年はテキパキと言った。
「この海域からの退去を命じた伝令鳥は、届いていないのか?」

「う、受け取っています。」

とんでもない大物の登場に、船長の顔色が一層、悪くなる。

「し、しかし、この船には幸いにも銀級冒険者が乗り込んでおりました。しかるべき対処を相談してたいたところです。」
「なるほど、不幸中の幸い、というところだな。至急戦闘態勢を整えたまえ。」
「はい、大至急航路を変更し・・・え、戦闘態勢?」

アシット・クロムウェルは、沈痛な面持ちで、海面を指差した。
200メトルも離れていないところで水飛沫が上る。
巨大な一本角を鼻先にはやした顔は、長い首を備えていたが、爬虫類と言うよりは、魚に似ていた。
海面から飛び出した頭部だけでも5メトルはあるように、見えた。


「残念ながらもう遅い。」
アシットは、冷静に言った。
「戦うしかない。銀級冒険者は何人いる? わたしの指示に従ってくれ。」
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