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第97話 幻惑士と魔導師

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エミリアは、拗ねるように、リウにこうも言ってみた。
「勝ち目のまったくない戦いに、部下を強要されるようなら、思い切って降伏してみましょうか?
いえ、もちろん本当に降伏するのではありませんですよ!
降伏したフリをして、ドゥルノ・アゴンの陣営に入り込み、こちらに情報をながせればと。」

リウは、エミリアを見つめた。真正面からそうされたことは、あまりなかったエリミアは、狼狽えた。
思わず、仰け反るようにして、リウの視線から体を遠ざけようと、それはもう無意識にしていた。

「おまえの言うことは、かなり難しいことだぞ?」
リウは、言った。
「ドロシーほど、頭が良くて、場合によったは体をはることが出来るなら、そんな手もあるが・・・オレはわかっていたら止めたし、おまえにもそう言う。
危なすぎるからやめろ。」

ーーーーーーーーーー

ドロシー・ハート。
その名で、ここ数日よばれていた女は、暗がりのなかでぱっちりと目を開いた。
しばらく、耳をすまして、あたりの様子を伺う。

リウたちの日常は、恐るべき敵の出現にも関わらず、変化は無い。
そろって朝食をすませたあと、学校へ出かける。
帰りはまちまちだ。リウとフィオリナは、ほとんど行動をともにしている。
ファイユとマシュー(こいつは事前調査にはなかった)は、付き合っているのか、帰りは一緒になることが多いが、エリミアは不規則だ。
一番、年下に見えるのだが、帰宅は深夜に及ぶことがある。

いま、家にいるのは、マーベルという女魔導師だけだった。
時刻もよし。
ドロシーは、ベッドから起き出した。

何日もほとんどを、ベッドの上で過ごしていたはずだが、足取りはしっかりとしている。
バジャマに、素足のまま、ドロシーは部屋を出た。
なかなか豪華なコンドミニアムである。
1階の寝室だけで四つ。さらにリビングやそれに、続くダイニング、入り口のエントランススベースに加え、2階にも寝室や執務室などがあるらしい。
しかも、それがコンドミニアムらしく、効率よくまとまっている。

「ああ、“ドロシー”。」

マーベルは、リビングにいた。
食事用のテーブル以外にも、勉強用の机や椅子がいくつか設置されているのだが、マーベルは、テーブルを使い、その全てに資料を積み上げている。
そろそろ夕食の準備にかかる時間帯のはずだ。食事は通いの家政婦が作ってくれるが、テーブルがらこの惨状では、食事どころではないだろう。

今までのこいつらの会話をきくと、どうもこのマーベルとやらは、上古の魔族、その転生体らしい。
それはそれでよい。
まるきりただの人間では、彼女の相手にはならないだろうから。

四烈将のなかでも、ことさら戦いを好むのが、彼女だった。
六体の嵐竜を体内に飼うザクレイ・トッドでもなく。
単騎で1国を屠ると言われる吸血鬼、ラナ公爵ロゼリッタではなく。
武威をもって、古竜のなかでもその名も高いバインハッドでさえなく。

たかだか、他人に化けるのが得意なだけの亜人、このブランカなのだった。

そう。
ドゥルノ・アゴンのもとから、逃げ出そうとしたドロシーは、彼らに捉えられた。かわりに、リウたちのもとに戻ったのは、ブランカだった。
体も顔も、体臭にいたるまで、ブランカは対象をやすやすと真似る、ことが出来る。声や口調だって同様だ。
だが、知識や記憶はそうはいかないので、数日間熱を出して(これも彼女には容易い事だった)寝込み、その後は、精神的ショックを受けたことにして、尋問を免れていたのである。

「もう起きて大丈夫なの?
“ドロシー”。」
マーベルは立ち上がって、ブランカを迎えた。
その言葉に妙な引っ掛かりを感じながらも、ドロシーはマーベルに導かれるままに、リビングの奥の扉へと促された。

ん?
こんなところにドアがあったのか?

-------------------

放っておけ。
というのが、リウの指示だった。当人はスパイのつもりだろうが、単なる捕虜だ。内在する魔力は相当なものだ。
(本物のドロシーなど比べ物にならない)
おそらくは、新魔王サマとやらの腹心の一人だろう。ならば人質に使える。

仕掛けてきたらいかがいたしましょうか?
と、マーベルは頭を垂れて、リウに問うた。リウは、千年前の威厳をたたえながら、少年の声で言った。
「ここの、家具や食器は最初から備えたあったものなんだ。」
「・・・」
「壊したりして、弁償されられるのも嫌だから、部屋に被害が及ばないように。」

転生しなくっても、千年もたつと人間ってかわっちゃうんだなあ。
と、マーベルは大人しく心の中で嘆息するに、留めた。
たか笑をして“空間ごと抹消しろ ”とでも言われるかと思ったのだ。

しかし、正直に言えば、この変化は好ましい。魔族の常としてマーベルは、戦うことを、嫌悪しているわけではない。ただ戦争という集まった旗が違うものを、むやみに殺すのが、嫌だっただけだ。

マーベルは偽ドロシーを、開けた扉の中へ誘った。そこは、彼女の支配する迷宮、である。
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