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第96話 四烈将の古竜

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エミリアの前に、魔王の四烈将のひとりバインハットと名乗る偉丈夫が現れたのとき、エミリアは、とっさに逃げることを考えた。
リウの命令は、逃げずに戦え、だったがそれでもまず、逃亡を考えてしまったのはいくつか理由があった。

まず、エミリアとクロウドは、そもそも避難の途中だった。最寄りのターミナルで、「繭」を降り、自宅までの道を歩いているとき。
突然、天地を緩がるような轟音が響いた。
それは、空からだった。

そして、最高層の構造体、そのまた上のあたりで空全体が紫に染まるような、凄まじい稲妻が走ったのだ。

構造体の避雷針は、何度かそれを上止めたが、稲妻は空を埋めつくし続ける。
ついに、避雷針はふっとび、続いて高層階の窓ガラスが。更には、構造体のコンクリートそのものが、分離して、落下を始めたのである。

クロウドは、ぐっと唇を噛んで落ちてくる荷車ほども、ありそうな固まりを破砕せんと、力を蓄えたが、エミリアが止めた。
「逃げるのっ! 走って離れるのよ。」

エミリアが見たところ、あれは魔法戦闘に違いなかった。
おそらくは、ディクックが実験用に構築したと、言っていた街全体を覆う「巣」に、魔王が、侵入したのだ。
あの稲妻は、魔法戦闘の余波にすぎない。あんなものとまともに戦えるか!

そう思って、群衆と一緒に逃げ出したのだ。判断は間違っていない。
いくつかの構造体は、崩壊をはじめ、見えない力がそれをくいとめた。ただ完全に食い止めてはいない。

ほとんと家ほどもある岩塊が、落ちてくる。異常に気がついたものはどのくらいいるだろう。だが建物の中、とくに直接破壊の対象になった高層階の中にいたものは、全滅だ。
被害人数は・・・考えたくもないが、むしろこれから増えるのだ。

悲鳴をあげて走る人々の中に、仁王立ちする男がいた。
文句も出そうなものだが、まるで切り立った岩が、川の水を分けるように、人々はその男を避けて死に物狂いで、走っていく。
ただ、エミリアとクロウドはそうはいかなかった。

男は。
エミリアとクロウドの真正面に立っていたのだ。
右にも左にも避けられない。本当に真正面に。

足を止めたエミリアとクロウドに、男は淡々と告げた。
「俺は、ドゥルノ・アゴン四烈将の一人バインハット。おまえらは『踊る道化師』のものだな?」

足を止めたクロウドがうめいた。
「いかにも俺は、踊る道化師・・・・見習いのクロウド。こっちは同じくエミリア。」
「わたしは“見習い”じゃないから!」

バインハットは、手のひらを突き出した。
見えない何が放出された。背後で爆音。
振り返った二人の目の前で、転がってきた大岩が砕けた。

バラバラになった瓦礫を、エミリアを抱え込んだクロウドがその背中で受け止めた。

「その意気やよし。」

偉丈夫は、笑った。
「試合ってもらおうか。クロウド、エミリア。
我が王が、お主らの主人と戦うときには、挟雑物はまじってもらいたくないのだ。」

その存在だけで、人は跪くだろう。人とは隔絶した超越存在。それは。

「こいつ、古竜だ、クロウド。」

エミリアが逃げようとした理由の二つ目がこれだ。
古竜と戦う?
勘弁してくれ。わたしはただの盗賊だ。確かに千年以上の歴史はあるし、頭目はロウ=リンドという真祖だが、わたしはただの人間なんだ、ちょっぴり歳は食ってるが。

「棟梁。」
クロウドは、いろんな呼び方でエミリアを呼ぶ。エミリアとか、エミリアさんとか。
棟梁と呼ぶのは、敵を前にした時だ。それはもちろん、間違っている。
わたしは大工の親玉ではないし、もし組織のトップのつもりでそう呼んでるのなら、トップはロウ=リンドだ。
「やるぞ。
なあに、古竜といえば、ラウレスさんだ。あのひと同じ存在だと思えば、そんなに大したことがない・・・ような気にもなれるだろう?」

「そ・・・それは、」
たしかに、ラウレスの顔を思い浮かべても、恐怖は微塵もなく、食欲しかわいてこないのである。
「わたしはシメのチャーハンが好き。」

ボキっとクロウドが、拳を作って指を鳴らした。

「や、やっぱり、に、逃げよう。人の流れに隠れれば・・・・」
「ダメだぞ、棟梁。」
クロウドが言った。
「逃げたら、被害が拡大する。」

エミリアは目を見開いた。

つまり、
「逃げるな、戦え。」
は、そういう意味だった。

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