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第95話 蜘蛛と嵐竜王

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ギムリウスの「ユニーク」であるディクックの前に、「新たなる魔王ドゥルノ・アゴンの配下、ザクレイ・トッド」だと名乗る魔導師らしき男があらわれたとき、ディクックが、こいつを倒してしまおうと反射的に、判断してしまったのには、いつくか理由がある。

まず、ひとつ。
ディクックは、あくまでギムリウスの創造物であり、魔王たるリウの直接の配下ではない。いまは、そういうことになっているにせよ、それは、現在おかれた状況と互いの利害が一致しているだけで、本当の意味での忠誠心は薄かった。

ふたつめ。
ディクックと、マーベル、フィオリナに対して、リウは「敵と遭遇したら逃げろ」と命令したが、その理由を深く解説しようとはしなかった。ディクックは前後の話から、自分たちが損傷を受けるのを気遣ってのことだと解釈した。それは、事実ではあったが、理由はそれだけではなかった。
ならば、無傷で倒せれば倒してしまったほうがいいと。勝手に解釈したのが過ちの二点め。

みっつめ。
相手は、あまりにも弱そうに見えた。どこからどう見てもただの人間であり。しかも酩酊していた。そのような状態の人間は、さらに弱い。いずれにしても偉大なる神獣ギムリウスさまに作られたディクックが、単体の人間に遅れを取ることなどありえなかった。

よっつめ。
ディクックは、人間たちが建物の昇降や、地域の移動のために構築した「巣」のさらに上方に、新たな「巣」を作りつつあり、そこを移動中だったのだ。つまり、彼が自由になる「世界」にのそのそと足を踏み入れてきたのが、実情で、それは戦いにおいて、ディクックが圧倒的に有利なことを意味していた。                                          

以上の点から、ディクックは、攻撃をしかけた。
彼の、体を中心に眷属たちが、走り出す。
それは、蜘蛛の姿はもうしていなかった。接近しての噛みつきやひっかきなどよりも、巣を高速に移動しながら、投射系の魔法攻撃を放つのが有効と。
これは、リウさまやあのフィオリナという女と相談して、決めた強化ポイントだ。

その形状は。

「行け! ファンネル!」

ずっと以前に、知り合った異世界出身の冒険者が、ディクックの多方向からの、同時攻撃をうけたときに、まるでファンネルがどうの、ニュータイプがどうの、言っていたのを思い出したのだ。
なので、形状はそんな形であった。

魔導師は、30階建ての建築構造物をはるかに超える、この高さに平然と飛翔しているのは、たしかに優秀な魔導師なのだろうが、しょせんは人間の範囲内だ。
どんな飛翔魔法だろうと、ディクックの眷属たちのありえない移動速度と軌道からの攻撃はさけられない。

だが、彼は大人しく光の矢に貫かれたりはしなかった。

ごお。

魔導師の組んだ印から、迸っのは雷のブレス。まるで、嵐竜が吐き散らすそれのように、収束の悪いブレスは、拡散して巣を直撃した。
嵐竜に例えたのは、必ずしも悪い意味ばかりではない。その出力は明らかに嵐竜にひっ敵した。

ディクックがいたあたり一帯が紫の放電につつまれた。

だが。

ディクックの展開した「巣」は、広大にな空間を占めており、放電はその全体に分散され無害な力として、外部に放出された。
たとえば、もっともっと影響範囲を収束し、ディクックのみを対象にした魔術ならばこうはならなかっただろう。
むやみにたらに大きな威力範囲を設定した魔法攻撃を「散らす」のは、ディクックの空間支配の魔法「巣」の得意とするところでもあったのだ。

それでもディクックの放った眷属は、一瞬、制御を失い、その攻撃はあらぬ方向へとそれた。

「どこを狙ってやがる!」
酔っ払い特有の舌がもつれるような声で、魔導師ザクレイ・トッドは、嘲笑した。

だったらおまえの魔術はどうなのだ。
ディクックは言い返そうとしたが、やめた。それより眷属たちの制御を早く取り戻して、次の攻撃をしかけるべきだった。

そのディクックに再び、攻撃魔法が襲った。
またも嵐竜なみの電撃攻撃で、それは虚しく外部に拡散し。

外部に!?

二度続けてはまずいかもしれない。
最も高い建築構造体までは、50メートルもないのだ。
ディクックの巣が撒き散らした電撃が、その先端の避雷針に吸い込まれていく。それはいいのだ。避雷針だから。だがそれが二度も続いたら。

ディクックの焦りをあざ笑うかのように、またもザクレイ・トッドは、電撃を放つ。いくら撃っても無駄だ。こんな嵐竜なみの荒い魔法など、「巣」がすべて拡散してしまい・・・・

電撃は三度では終わらない。
四回。
五回。
もっとも高層の建築構造体の、避雷針が火を吹き、折れ曲がった。
高層階の窓にはめ込まれたガラスが、次々と砕ける。内部で火災も起こっているようだ。

六回目!

呪文の合間をぬって攻撃するつもりの、ディクックだったが、攻撃にはまったく途切れがない。
いくらなんでもディクックも気が付きはじめた。

人間が!
たかが人間の魔導師が、嵐竜のブレスをなぜここまで、連射できる!

さすがに連射は、六回で止まった・・・・だが、すでに高層建築物のいくつかは、上部から崩壊をはじめている。
中には何百・・・何千人がいるのだろう。恐るべき大惨事だ。
人間社会の中で人間として、暮らし、「繭」と「巣」の開発に従事した時期のあるディクックにはわかる。
それは。

止めなければならない。

攻撃のためのリソースはすべて遮断。
ディクックは、別の眷属を呼び寄せ、倒壊しかかった高層構造体を糸で補強にかかる。

六発の嵐竜のブレスを吐き終わったザクレイ・トッドは、おそらく転移により、姿を消している。
六連続の豪雷を散らされるのは、おそらく相手にとっても想定外だったのだ。
そこを反撃すれば、あるいは勝機だったのかもしれぬ。だが、現実に破滅に向かう街を無視して戦闘が継続できただろうか。

蜘蛛の糸はたりず、もっとも損壊の大きな建物から、破片が地上へと落ちていく
破片と言っても大きな者は戸建ての家くらい。小さなものでも荷車ていどはある。
ここらは、商業地区のはずだ。混雑した通りにこんなものが落ちたらどんな惨事になるのか。

ここにきて、やっとディクックは、リウの言葉の意味を正しく理解した。

なぜ、戦わずに「逃げろ」とリウが、指示したのか。
戦えば、勝敗に関わらずカザリームの街を破壊してしまうからだ。
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