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第89話 銀雷の魔女と魔王の異界
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そこは明るかった。
とはいえ、陽光ではない。一昔前の魔法灯のもたらす、青白い炎だ。
だが、光の量は充分。
となりにたつ、新たなる魔王ドゥルノ・アゴンの若々しくも近寄り難い容貌などは、よく分かるのだ。
それなのに、なにも見えない!!
壁も天井もなく、すべてが溶けている。
果てしなく広がっているのか、と問われれば首を傾げるしかない。
まるで、迷宮のなかにいるような閉塞感を感じるのだ。
迷宮!
ドロシーは、息を飲んだ。
まさしくここは、迷宮なのだ。高度な術式によって生み出された別世界。
それが既存のものでなく、この男。
ドゥルノ・アゴンによって生み出されたのだとしたら。
ドゥルノ・アゴンは、本人が言うように、リウに匹敵する魔力を持っていることになる。
ルトやアモンたちがいれば、なにも問題はないだろう。単独ならまだ平気だ。
だが、いまのリウには、私たちがいる。
エミリアは、変幻自在の棒術と魔法の併用で、オールマイティ、サイズが人間を大きく超えなければ、爵位持ちの吸血鬼以外なら、そうそうひけはとらないだろう。
スランプから、脱したファイユは、双剣に一段と磨きをかけている。剣術のみの試合ならば、カザリーム全体でも五指に入るのではないか、と冒険者事務所のイシュトが言っていた。
相手がデカブツならば、クロウドの出番だ。魔力による身体強化から繰り出す攻撃は、竜鱗以外のあらゆる防御を打ち砕くだろう。
そして、マシュー!
愛しいわたしの未来のだんなさまは、そこいらの街のチンピラなぞ歯が立たない。まあ、迷宮のなかで街のチンピラに遭遇したことがないので、本領発揮が出来ないでいるのだが。
だが、そんなもの!
本当の強者にはなんの役に立つのだろう。
わたしたちが、リウの足をひっぱる!
その事実に、ドロシーは、唇を噛んだ。みな、それなりにリウを敬愛している「魔王党」の、仲間である。その仲間が戦いにおいては、リウのお荷物でしかない。
さらに、ドゥルノ・アゴンには、彼の言うところの「世界の意志」が味方しているというのだ。
「ドロシー・ハート。我が愛しき銀雷の魔女よ。」
ドゥルノ・アゴンは、黒に金のラインの入った金属の鎧を身に着けていた。
兜は、鷹を意匠にしたもので、伝説のバズス・リウの兜が、狼をモチーフにしていたのをどこか意識していたのかもしれない。
それほど、分厚いものではないが、強力な付与を施されたものなのは、魔術師のドロシーにはひと目でわかった。篭手の指先は鋭い爪となっていた。腰に穿いた剣は、片手で扱う長さで、鞘の形状から見ると、もっとも一般的な両刃の剣だろう。
長いマントは縁飾りのついた豪奢なもので、目の覚めるような青に、金糸銀糸で刺繍が施されていた。
ドロシーは、偉丈夫といってよい体格のドゥルノ・アゴンを見上げた。
「わたしが、ひとりでバズス・リウに挑むと思ったか。」
男の威厳ある美貌は、北の海にあるという氷山を思わせた。山そのものが氷となって、海の上をただよっているらしい。
「我が配下を紹介しよう。」
光が、集まり部屋の片隅を照らしだした。
魔導師だ。まだ若い。魔導師と呼ばれるものがよく着る黒いマントは、擦り切れてボロボロだ。手には飲みかけの酒便をもっていた。
「なんだい。ドゥルノ・アゴン。もう約束の時間だったかい。」
瓶からあおった酒は、口から溢れて、胸元まで濡らした。げふっと、酒が苦手な者ならそれだけで、悪酔いしそうなゲップをしてドゥルノ・アゴンに手をふった。
「我が腹心。ザクレイ・トッド。二つ名は『嵐竜王』。」
ドロシーは、疑問を口にした。
「嵐竜というのは、ついに知性を獲得することなく、千年を生きた竜ですね。単体の攻撃力だけなら、古竜を凌ぐものもいるとか・・・」
ドゥルノ・アゴンは、じろり、とドロシーを見た。あれ?今の発言はまずかったのかな。
「よお、そっちのねえちゃんは? いいオンナじゃねえか?」
ドロシーは、制服を脱がされて、長く裾をひくドレスを与えられていた。
白い生地は、半ば透けているのに加えて、胸元が大きくひらき、そのスリットはドロシーの引き締まったお腹にまで達していた。
それは、とんでもなくエロティックなドレスに違いなかった。男の観心を誘うのが目的の商売女でもちょっとしないだろう。
急に動いたら、スリットから乳房がこぼれて剥き出しになってしまう。
それでもそのドレスは、長身のドロシーの伸びやかな手足によくに合った。
「バズス・リウの配下だ。銀雷の魔女だ。」
ザクレイ・トッドは、ヒックとしゃくり上げ、また酒を飲んだ。
琥珀の液体が口から、だらだらと溢れた。
「で、おまえさんはヤツの女を寝とったのか。魔王に勝つってことはそういう意味なのかい?
違うだろ。そいつは」
目に宿ったのは、意外に冷静な光だった。
「そいつは危険だ。そいつは殺しておけ。」
「仮に、わたしが何かの意図を持って、この人に近づいたとしても、何が出来るというの?」
ドロシーか、抗議すると、ドゥルノ・アゴンは手を挙げた。やめろ、という意味だろう。
ドロシーは口をつぐんだ。
「こいつは、リウの女では無い。ただの秘書官だ。」
「だったらなおさら死体にしておいたほうがよきね。」
反対側の隅を照らした光が、女の姿を浮かび上がられせた。
深紅のドレスの女貴族だった。
整った顔立ちであったが、それを肉食獣の飢えに満ちた品の悪いものに見せているのは、口元から除く2本の牙と、赤光を放つ瞳。
「我が腹心。ラナ公爵ロゼリッタ。」
「抱きたいならば、わたしが血を吸ってあげる。それならば、安心して好きなだけ慰みものに出来る。」
「公爵級の吸血鬼!」
それは、単身で国を落とすと言われている伝説の吸血鬼だった。
「少しは黙れんか、ドロシー。」
ドゥルノ・アゴンが、いらいらしたように言った。
ドロシーは、黙った。
どうもドゥルノ・アゴンは、彼女がなにかに気がついて積極的に発言するのはお好みではないらしい。
「なかなか、頭のいい子だな。」
光が集まった。現れたのは、鎧に身を包んだ武人。面頬を下ろしているので、容貌はわからない。だだ体格はドゥルノ・アゴンより一回り大きく、体つきもがっちりとしている。
「今度は古竜っ!」
「黙れんのか、おまえは。」
ドゥルノ・アゴンは、うんざりしたように言った。
そうか、この男は、びっくりしたり怖がったりしてくれる女の子が好きなのか。
とはいえ、陽光ではない。一昔前の魔法灯のもたらす、青白い炎だ。
だが、光の量は充分。
となりにたつ、新たなる魔王ドゥルノ・アゴンの若々しくも近寄り難い容貌などは、よく分かるのだ。
それなのに、なにも見えない!!
壁も天井もなく、すべてが溶けている。
果てしなく広がっているのか、と問われれば首を傾げるしかない。
まるで、迷宮のなかにいるような閉塞感を感じるのだ。
迷宮!
ドロシーは、息を飲んだ。
まさしくここは、迷宮なのだ。高度な術式によって生み出された別世界。
それが既存のものでなく、この男。
ドゥルノ・アゴンによって生み出されたのだとしたら。
ドゥルノ・アゴンは、本人が言うように、リウに匹敵する魔力を持っていることになる。
ルトやアモンたちがいれば、なにも問題はないだろう。単独ならまだ平気だ。
だが、いまのリウには、私たちがいる。
エミリアは、変幻自在の棒術と魔法の併用で、オールマイティ、サイズが人間を大きく超えなければ、爵位持ちの吸血鬼以外なら、そうそうひけはとらないだろう。
スランプから、脱したファイユは、双剣に一段と磨きをかけている。剣術のみの試合ならば、カザリーム全体でも五指に入るのではないか、と冒険者事務所のイシュトが言っていた。
相手がデカブツならば、クロウドの出番だ。魔力による身体強化から繰り出す攻撃は、竜鱗以外のあらゆる防御を打ち砕くだろう。
そして、マシュー!
愛しいわたしの未来のだんなさまは、そこいらの街のチンピラなぞ歯が立たない。まあ、迷宮のなかで街のチンピラに遭遇したことがないので、本領発揮が出来ないでいるのだが。
だが、そんなもの!
本当の強者にはなんの役に立つのだろう。
わたしたちが、リウの足をひっぱる!
その事実に、ドロシーは、唇を噛んだ。みな、それなりにリウを敬愛している「魔王党」の、仲間である。その仲間が戦いにおいては、リウのお荷物でしかない。
さらに、ドゥルノ・アゴンには、彼の言うところの「世界の意志」が味方しているというのだ。
「ドロシー・ハート。我が愛しき銀雷の魔女よ。」
ドゥルノ・アゴンは、黒に金のラインの入った金属の鎧を身に着けていた。
兜は、鷹を意匠にしたもので、伝説のバズス・リウの兜が、狼をモチーフにしていたのをどこか意識していたのかもしれない。
それほど、分厚いものではないが、強力な付与を施されたものなのは、魔術師のドロシーにはひと目でわかった。篭手の指先は鋭い爪となっていた。腰に穿いた剣は、片手で扱う長さで、鞘の形状から見ると、もっとも一般的な両刃の剣だろう。
長いマントは縁飾りのついた豪奢なもので、目の覚めるような青に、金糸銀糸で刺繍が施されていた。
ドロシーは、偉丈夫といってよい体格のドゥルノ・アゴンを見上げた。
「わたしが、ひとりでバズス・リウに挑むと思ったか。」
男の威厳ある美貌は、北の海にあるという氷山を思わせた。山そのものが氷となって、海の上をただよっているらしい。
「我が配下を紹介しよう。」
光が、集まり部屋の片隅を照らしだした。
魔導師だ。まだ若い。魔導師と呼ばれるものがよく着る黒いマントは、擦り切れてボロボロだ。手には飲みかけの酒便をもっていた。
「なんだい。ドゥルノ・アゴン。もう約束の時間だったかい。」
瓶からあおった酒は、口から溢れて、胸元まで濡らした。げふっと、酒が苦手な者ならそれだけで、悪酔いしそうなゲップをしてドゥルノ・アゴンに手をふった。
「我が腹心。ザクレイ・トッド。二つ名は『嵐竜王』。」
ドロシーは、疑問を口にした。
「嵐竜というのは、ついに知性を獲得することなく、千年を生きた竜ですね。単体の攻撃力だけなら、古竜を凌ぐものもいるとか・・・」
ドゥルノ・アゴンは、じろり、とドロシーを見た。あれ?今の発言はまずかったのかな。
「よお、そっちのねえちゃんは? いいオンナじゃねえか?」
ドロシーは、制服を脱がされて、長く裾をひくドレスを与えられていた。
白い生地は、半ば透けているのに加えて、胸元が大きくひらき、そのスリットはドロシーの引き締まったお腹にまで達していた。
それは、とんでもなくエロティックなドレスに違いなかった。男の観心を誘うのが目的の商売女でもちょっとしないだろう。
急に動いたら、スリットから乳房がこぼれて剥き出しになってしまう。
それでもそのドレスは、長身のドロシーの伸びやかな手足によくに合った。
「バズス・リウの配下だ。銀雷の魔女だ。」
ザクレイ・トッドは、ヒックとしゃくり上げ、また酒を飲んだ。
琥珀の液体が口から、だらだらと溢れた。
「で、おまえさんはヤツの女を寝とったのか。魔王に勝つってことはそういう意味なのかい?
違うだろ。そいつは」
目に宿ったのは、意外に冷静な光だった。
「そいつは危険だ。そいつは殺しておけ。」
「仮に、わたしが何かの意図を持って、この人に近づいたとしても、何が出来るというの?」
ドロシーか、抗議すると、ドゥルノ・アゴンは手を挙げた。やめろ、という意味だろう。
ドロシーは口をつぐんだ。
「こいつは、リウの女では無い。ただの秘書官だ。」
「だったらなおさら死体にしておいたほうがよきね。」
反対側の隅を照らした光が、女の姿を浮かび上がられせた。
深紅のドレスの女貴族だった。
整った顔立ちであったが、それを肉食獣の飢えに満ちた品の悪いものに見せているのは、口元から除く2本の牙と、赤光を放つ瞳。
「我が腹心。ラナ公爵ロゼリッタ。」
「抱きたいならば、わたしが血を吸ってあげる。それならば、安心して好きなだけ慰みものに出来る。」
「公爵級の吸血鬼!」
それは、単身で国を落とすと言われている伝説の吸血鬼だった。
「少しは黙れんか、ドロシー。」
ドゥルノ・アゴンが、いらいらしたように言った。
ドロシーは、黙った。
どうもドゥルノ・アゴンは、彼女がなにかに気がついて積極的に発言するのはお好みではないらしい。
「なかなか、頭のいい子だな。」
光が集まった。現れたのは、鎧に身を包んだ武人。面頬を下ろしているので、容貌はわからない。だだ体格はドゥルノ・アゴンより一回り大きく、体つきもがっちりとしている。
「今度は古竜っ!」
「黙れんのか、おまえは。」
ドゥルノ・アゴンは、うんざりしたように言った。
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