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第87話 銀雷の魔女の思うこと
しおりを挟む一歩ごとに悲鳴をあげるランレイ高校の自警団とやらを、「沈黙」の警備員が連れ去るのを見ながら、マシューはクロウドを感心したように、見上げた。
「けっこう、腕も弁も立つようになったじゃないか、クロウド。」
クロウドは、中指で、顎のあたりを掻いた。照れた時の癖だった。
「ドロシーがこのところ、悩んでいたのは知っている。」
マシューは、低い声で言った。
「たぶん、二ヶ月ばかり前の鍛錬中に、おまえの突きを流しきれなくて、肋を折った時からだ。」
「そりゃあ、違うんじゃないのか?」
クロウドは唸るように言った。
「その前の週に、ファイユの滑空歩法からの斬撃に、何も反応できなかった時からだ。」
「あれは反応できない。そもそもギムリウスちゃんの歩法だ。人間が再現できているだけでも天才以外の何者でもない。だがそれを言うならば、
おまえの身体強化だって、大したものだ。アモンさまの特訓があったとはいえ、街の不良レベルから、階層主と一線を交えるレベルに達するとは、尋常の才能ではない。」
「そもそも」
クロウドは、歩き出しながらため息をついた。
「ドロシーの婚約者であるあんたが、あいつが悩んでいることをわかっていて、なんで放っておいたんですかい?」
マシューは、ハンサムと言えなくもない微妙なラインの顔を顰めた。
「ドロシーは、ひどく欲深くてな。妙な言い方だが。」
それは・・・・頭がよく、仕事熱心で、几帳面なドロシーにその評価はどんなものなのだろう。
「彼女は、むかしから、頭が良くても真面目でも几帳面だった。
だが、それが、誰にも評価されない。そんな状態で長い年月を過ごしてきた。
だから、人並み外れた存在にその才能を評価されることに、ものすごく弱い。それこそ、異性ならばその時点で、惚れ込んでしまうほどに。」
「それがマシュー、あんただっていうんですかい?」
「ま、さ、か。」
でしょねえ。と、クロウドは口に出しては言わなかった。
「たとえば、ルトだ。たとえば、古竜をも凌ぐ、魔拳士ジウル・ボルテックだ。
今回、ドロシーは、カザリームにいて、ルトともジウル老師とも離れているけど、もしベータがいなければ、リウと関係を持っていただろう。」
「じゃあ、なんでマシュー。あんたと結婚するきでいるんですかい?」
「あれの両親は、代々うちに仕えてくれている。ドロシーも極めて古風な道徳観念を持っている。つまり、伴侶を得て定職につき、子どもを産んで温かい家庭を築くということが、人生において最も価値のある生き方だという。」
「それは、ほとんど、人外の連中から高い評価を受けて、女としても愛されるという欲求と矛盾しませんか?」
マシューは、地面をじっと見つめて、だから、彼女は欲深だ、と吐き捨てるように言った。
「人を超えた存在から、愛され、その才能を絶賛されながら、一方で、平凡な家庭をも築きたいという。それぞれ、別のパートナーが必要だとすると、平凡な家庭のちょっと頼りない旦那役が、わたしに回ってだけなんだ。」
クロウドは・・・実は、迷宮での死闘以来、ドロシーが気になっていた。
マシューの言ったことは、確かに頷ける部分があったが、彼にとっても愉快な考え方ではなかった。
「だったら、そこらの女に声をかけるのはやめた方がいいんじゃねえか。特にファイユはやばいぜ。身内だ。」
「ファイユについては、そうだな。あれはあれで、放って置いたらろくでもないことになりかねなくてな。実際、それを生業にしている男に引っかかって、結構な金額をむしり取られた。」
「確かに、市場価格の十倍くらいの値段で、酒を飲まされたりはしていましたがね。あの類の店は、そんなもんです。いわゆるいい男がついて、接客してくれるということへの対価ですな。恋愛に耐性のないファイユがコロリと言ってしまったのは、ファイユの責任でしょう。」
「それで、使い込んだ金を全額取り返さなかったのか。」
マシューは、幼馴染を始め見るような顔で見つめた。
「まあ、飲み食いした分は、払ってやらんとね。そうじゃなければ、店ではなくて、奴個人が借金を被ることになる。奴が自分の店を持ちたいので、その資金にするんだと言って、ファイユからむしった金は返金させましたが。」
「あれな・・・あのあと、利息をつけて返ってきたぞ。」
「は? それはまた・・・」
「エミリアが手を回したらしい。『ロゼル一族』とは、敵対はしたくないらしい。」
「俺たちは随分と厄介な存在になっちまったんですね・・・・。」
「そういうことだ。おまえやファイユはともかく、このわたしでさえ、街の不良程度に遅れを取ることなどあり得ない状態になっている。」
「だとするとですよ、もしベータが言ってるように、ドロシーが誰か気になる男としけこんでやがって帰ってこないのだとしたら・・・」
それは、人外の力を持つ、超常の存在。
ルトや、ジウル・ボルテック、リウに匹敵する存在。
そんなものが、もしドロシーの前に現れたのだとしたら。
ドロシーの方から誘いかねない。
だが、それは誰なのだろう。
「とにかく、若い女性向きのコートを扱っている店を手分けしてあたろう。日暮れ前に集合して、いったん事務所に集合だ。エミリアや陛下も情報を集めているはずだ。」
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