76 / 164
第76話 特異種ディクック
しおりを挟む
蜘蛛。
第三回層の第空洞を、根城にした「理性のある魔物」である災害種は、「次の手段」を考えざるを得ない。
眷属は、まだまだ数がいる。とは言え、こんな戦い方をあと、半日、続けられたら全滅してしまうだろう。
人間がそれを何時間も続けることなど、できるわけがない。
と、言うことは彼女には、もう理解の範疇を超えていた。
彼女の『巣』に干渉し、それを使って自在に空間をかけ、眷属どもを翻弄し、次々と葬り去っていく。
そんなことは人間にできるわけがない。
ならば、魔王の配下であるこいつらもまた、人間ではないのだ。
彼女は、巣を解除しようとした。
相手は巣を使って、移動している。
ならば、それを単なる粘糸の集合体に変えて仕舞えば。
眷属もいまのような高速移動はできなくなるが、相手も糸に絡まれて動けなくなる。
それから数にものを言わせて、戦闘不能に追い込む。
これならば、彼女の勝ちだ。
だが。遅かった。
「掌握した。」
凛とした女の声が、空洞に響いた。
蜘蛛は彼女の「巣」がもう「巣」では無くなったことを理解した。
それは、もう体を拘束するだけの粘糸の集合体。
「巣」のコントロールをすべて乗っ取られたことに、蜘蛛は直ぐに気がついた。
眷属たちも。そして、彼女自身も。
いまや、クモの巣に捕らわれて虚しくもがく、一匹の蜘蛛にすぎない。
「『巣』を乗っ取ったのですか。」
呆れたように、ドロシーは、ベータを振り返った。
「他人の呪文に干渉して、掌握するのは、フィオリナよりもルトの得意技ですが。」
「これほど、非常識を見せても、驚かない。何が起こったのかわからなくて、呆然とするか、
魔法に知識を持っているものいなら、パニックくらい起こしてくれると可愛いのだが?」
「ああ、驚いてます。ルトではなくてフィオリナが、この戦法をとったことが。」
と、ドロシーは言ってみせた。体をくねらせて、ベータの拘束から抜け出すと、浮遊の魔法を唱えた。
あらためて練習したつもりはなくても、見よう見まねで覚えてしまう魔法がときどきある。
周りが当たり前のように使っているので、なんの緊張感もなしに使ってしまうのだ。
とはいえ、魔力の残りは潤沢というわけではない。
フヨフヨと漂いながら、足場になりそうなところを探す。
その彼女を、一陣の風がさらった。
何が起こったのかは、わかった。
黒いボディスーツに身を包んだ女性だ。おそらくは女性の姿をした魔物だ。
新たに、投じられた糸を伝って、通常の飛翔魔法ではあり得ない角度から、ドロシーを腰だきにして、彼女をさらってのである。
ベータは、この奇襲にも反応した。
だが、闇夜を折り上げたようなボディスーツは、彼女の斬撃にも耐えたのだ。
ドロシーにはわかったいた。
ベータの一撃は、ドロシーを誤って傷つけないように微妙に抑えたものだったのだ。
クスッ。
と、ドロシーは笑った。
“ベータは間違いなくフィオリナだ。”
それは、製作者であるジウル・ボルテックに対する賞賛なのかもしれない。あるいは、ベータを愛を持って養育したアシット・クロムウェルに対するものも。
「なぜ、笑う。」
彼女を横抱きにした美女が、話しかけた。
「面白いことがあったからです。わたしは冒険者パーティ『踊る道化師』のドロシー。」
驚いたように、女の黒瞳がドロシーを覗き込んだ。
「わたしは、ディクック。ご覧のような・・・・蜘蛛
の魔物だ。」
「ドロシーを離せよ。」
この空間は、ベータの「巣」と化している。高速で飛翔するディクックに軽々と追いつき、さらにその前方に回り込むように、剣を構えた。
「不意をつかれたから、切り損なったがもう慣れた。そのボディスーツの材質も初めてではない。
わたしの剣ならば、十分切り裂ける。
ドロシーを離して、ここから永久に立ち去ると誓えば、命は取らぬと約束しよう。」
「ベータ! 知性のある魔物です。“災害種”です!」
「わかっている。」
腹立たしげに、ベータは言った。
「だから、こうして話をしている。どうした? 言葉は喋れぬのか?」
「ベータ、剣を引いてください。」
「ドロシー、そいつは魔物だ。人間の姿をしているが蜘蛛の親玉だ。」
「知性のある魔物ならば交渉が可能です。」
ドロシーは、舌先で唇を示した。
見えるほど、余裕たっぷりではない。彼女の首に回されたディクックの腕は軽々とドロシーの首をへし折るだろう。
その後の「治癒」が、間に合うかどうかは、ルトたち以外では、心もとなかった。
「それに、このボディスーツがわたしが、着ていたものと同質のものならば、彼女はわたしの仲間の知り合いです。」
第三回層の第空洞を、根城にした「理性のある魔物」である災害種は、「次の手段」を考えざるを得ない。
眷属は、まだまだ数がいる。とは言え、こんな戦い方をあと、半日、続けられたら全滅してしまうだろう。
人間がそれを何時間も続けることなど、できるわけがない。
と、言うことは彼女には、もう理解の範疇を超えていた。
彼女の『巣』に干渉し、それを使って自在に空間をかけ、眷属どもを翻弄し、次々と葬り去っていく。
そんなことは人間にできるわけがない。
ならば、魔王の配下であるこいつらもまた、人間ではないのだ。
彼女は、巣を解除しようとした。
相手は巣を使って、移動している。
ならば、それを単なる粘糸の集合体に変えて仕舞えば。
眷属もいまのような高速移動はできなくなるが、相手も糸に絡まれて動けなくなる。
それから数にものを言わせて、戦闘不能に追い込む。
これならば、彼女の勝ちだ。
だが。遅かった。
「掌握した。」
凛とした女の声が、空洞に響いた。
蜘蛛は彼女の「巣」がもう「巣」では無くなったことを理解した。
それは、もう体を拘束するだけの粘糸の集合体。
「巣」のコントロールをすべて乗っ取られたことに、蜘蛛は直ぐに気がついた。
眷属たちも。そして、彼女自身も。
いまや、クモの巣に捕らわれて虚しくもがく、一匹の蜘蛛にすぎない。
「『巣』を乗っ取ったのですか。」
呆れたように、ドロシーは、ベータを振り返った。
「他人の呪文に干渉して、掌握するのは、フィオリナよりもルトの得意技ですが。」
「これほど、非常識を見せても、驚かない。何が起こったのかわからなくて、呆然とするか、
魔法に知識を持っているものいなら、パニックくらい起こしてくれると可愛いのだが?」
「ああ、驚いてます。ルトではなくてフィオリナが、この戦法をとったことが。」
と、ドロシーは言ってみせた。体をくねらせて、ベータの拘束から抜け出すと、浮遊の魔法を唱えた。
あらためて練習したつもりはなくても、見よう見まねで覚えてしまう魔法がときどきある。
周りが当たり前のように使っているので、なんの緊張感もなしに使ってしまうのだ。
とはいえ、魔力の残りは潤沢というわけではない。
フヨフヨと漂いながら、足場になりそうなところを探す。
その彼女を、一陣の風がさらった。
何が起こったのかは、わかった。
黒いボディスーツに身を包んだ女性だ。おそらくは女性の姿をした魔物だ。
新たに、投じられた糸を伝って、通常の飛翔魔法ではあり得ない角度から、ドロシーを腰だきにして、彼女をさらってのである。
ベータは、この奇襲にも反応した。
だが、闇夜を折り上げたようなボディスーツは、彼女の斬撃にも耐えたのだ。
ドロシーにはわかったいた。
ベータの一撃は、ドロシーを誤って傷つけないように微妙に抑えたものだったのだ。
クスッ。
と、ドロシーは笑った。
“ベータは間違いなくフィオリナだ。”
それは、製作者であるジウル・ボルテックに対する賞賛なのかもしれない。あるいは、ベータを愛を持って養育したアシット・クロムウェルに対するものも。
「なぜ、笑う。」
彼女を横抱きにした美女が、話しかけた。
「面白いことがあったからです。わたしは冒険者パーティ『踊る道化師』のドロシー。」
驚いたように、女の黒瞳がドロシーを覗き込んだ。
「わたしは、ディクック。ご覧のような・・・・蜘蛛
の魔物だ。」
「ドロシーを離せよ。」
この空間は、ベータの「巣」と化している。高速で飛翔するディクックに軽々と追いつき、さらにその前方に回り込むように、剣を構えた。
「不意をつかれたから、切り損なったがもう慣れた。そのボディスーツの材質も初めてではない。
わたしの剣ならば、十分切り裂ける。
ドロシーを離して、ここから永久に立ち去ると誓えば、命は取らぬと約束しよう。」
「ベータ! 知性のある魔物です。“災害種”です!」
「わかっている。」
腹立たしげに、ベータは言った。
「だから、こうして話をしている。どうした? 言葉は喋れぬのか?」
「ベータ、剣を引いてください。」
「ドロシー、そいつは魔物だ。人間の姿をしているが蜘蛛の親玉だ。」
「知性のある魔物ならば交渉が可能です。」
ドロシーは、舌先で唇を示した。
見えるほど、余裕たっぷりではない。彼女の首に回されたディクックの腕は軽々とドロシーの首をへし折るだろう。
その後の「治癒」が、間に合うかどうかは、ルトたち以外では、心もとなかった。
「それに、このボディスーツがわたしが、着ていたものと同質のものならば、彼女はわたしの仲間の知り合いです。」
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる