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第69話 初めてのお使いは放送事故
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ラザリム・ケルト事務所は、ガラスをふんだんに使ったビカビカの建物の、22階にある。
昇降用の「繭」にはなんとか慣れたドロシーだが、連れはそうでもない。
「うちからだったら、巣をひとつ渡るだけだから、直接乗り付けた方がはるかに早いよ。」
自前の「繭」を創造し、駆使できるカザリームでも数少ない魔導師のひとりである、フィオリナ(β)は、そう言って、ドロシーを睨む。
睨まれても、高度な魔法で構築された「巣」と「繭」を自在に操るなど彼女にはできない。
「そもそも、同じ『巣』の中で移動するならともかく、『巣』をまたがつて、移動することが合法なんですか?
とんでもない事故が起こりそうな気がしますけど?」
もっともな疑問に、ベータはニヤリと笑って答えた。
「自前の繭で飛んだらもう違法だぞ。」
でしょうねえ。
ドロシーはため息をつく。
要は、こいつをフィオリナだと思えばいいのだ。なら、いくら非常識でもワガママでも「フィオリナだから」ですむ。
そう思えば、感情的な反発のないぶん、本物よりも接しやすいかもしれなかった。
「これはそれは、ベータさま、ドロシー嬢。」
案内された応接には、副所長のケルトが待っていた。年齢不詳、年寄りには見えぬが若々しさのない青年は、笑顔で二人を迎えた。
ドロシーが、新しい住所を告げると驚いたように首を振った。
「ずいぶんと、住居に金をかけましたね。」
ケルトは外見や物言いにあわない、実直な冒険者のようだった。
「私がリウ殿からきいた計画では、迷宮探索には、リウさまは同行せず、経験に乏しいみなさんを、我が事務所に所属する各パーティに振り分けて実践を積んでいただく、と言うことだったのですが、正直、その期間は、あまり高額な賃金は払えないと思われるのですよ。」
ケルトは、ベータにチラリと目をやった。
そういえば、彼女の美しさは、どんな格好をしていたって隠しようもないのだが、今日も今日とて、あの作業用のツナギ服である。
「アシットの援助だったら期待はしてないな。」
問われる前に、ベータは答えた。
「いくらなんでも振った男にそこまで要求しては、女が廃るってもんだろ?」
「アシット様と別れたのですか?」
いささか下世話な好奇心を剥き出しにして、ケルトが尋ねた。
ベータは、うん、と腕組みをして、天井を見上げた。
「アシットには感謝しているし、嫌いじゃない。でも今は、どうしようもなく、リウに惹かれている。この気持ちに嘘がつけない。」
ランゴバルドの本物と、同じことを言う。
やっぱり、この魔道人形もフィオリナなのだ、とドロシーは実感した。
「少し予定が、変わりました。リウに同行してもらう手段が見つかったようなのです。
さっそくでも、探索できる迷宮を教えてください。」
「転移阻害の腕輪を外す、算段がついたと?」
「あれは、リウが、理由があって外さないだけです。詳しい話は本人に聞いてください。
入口が、転移陣のタイプでも構いません。なんとかなりそうなので。」
ケルトは、デスクの傍らから、バインダーを手に取った。
ペラペラとページをめくる。
「短期間で行って帰ってくることが出来て、報酬も良いもの。」
と、彼は、難しそうな顔をした。
「素材集めなどでは、時間が不定になります。かといって、討伐などもお目当ての魔物に巡り合わなければ、報酬は微々たるもの。」
なぜ、短期間で遂行できるクエストでないとまずいのか、と、問いかけそうになって、ドロシーは慌ててやめた。そうだ。彼女たちは一応学生なのだ。
あまり、授業に穴をあけない方がいいに決まっている。
「階層主、はどうですか? あれなら各層の間に固定されているはずです。
それを討伐する・・・と言うクエストは何か発注されていませんか?」
「いくつかありますが、うちに来ているものは、みな他のパーティが遂行中です。
あなた方が並の冒険者でないことは、よくわかったつもりですが、なんの実績もない方にここまでの任務は、任せられない。うちの事務所も信用と実績を大事にしているので、ね。」
そう言いながら、バインダーから一枚の紙をひっぱり出した。
「一つ、あまり人気がないため、放置されているものがあることはあります。
正直、難易度が高すぎて、失敗してもらっても構わない任務だ。
ただし、迷宮自体も涸れはてたところで、途中での素材の収集と言った副次的な収入も期待できない。そのくせ、階層主は、知性のある魔物。いわゆる『災害級』です。」
「いいじゃないか!」
ベータが叫んだ。
「わたしの初陣にはもってこいだ! どこに行けばいい? 何を倒して来ればいいんだ?」
「場所は、『ガルハド幻影宮』。無数の罠に、窒息性のガスで満たされた階層など、労ばかり多く、正直誰も行きたがらない迷宮です。
そこから、ハアルブル球と呼ばれる魔法球を持ち帰ってほしい。これはガルハド幻影宮の迷宮主が持っていると言われる秘宝です。
五年前に一度だけ、酔狂な冒険者、あのアウデリアが持ち帰ったアイテムです。」
「あの」
あのアウデリアさんが、か。
「そうです。斧神の化身とも呼ばれる銀級冒険者です。彼女にして、2度とごめんだと言わしめた迷宮主から、見事秘宝を持ち帰ることができるのか。」
それは。
いくらなんでも「初めての迷宮」にしては難しすぎないか、とドロシーは言おうとしたのだがら、ベータは、有無を言わさずに、ケトルの手から契約書を奪い取ると、サインしてしまった。
「よし! これで契約成立だ。」
「わかりました。リウと相談して最善を尽くします。
ガルハド幻影宮の情報はいただけるでしょうね。それとその迷宮主の情報も。」
「もちろんです。」
ケルトは、用意した資料を手渡してくれた。
読み進めるにつれて、ドロシーは緊張がほぐれていくのを感じた。
これなら。
「わかりました。今日中にまたこちらに伺います。報酬の用意と次のクエストの準備をお願いいたします。」
帰りは、自前の「繭」を使うと駄々をこねるベータをあやしながら、ドロシーは、商店街で買い出しを行なって、我が家に戻った。
「ただいま!」
「お帰りなさい。」
結構、打ち解けマーベルが出迎えてくれた。
「みんなは、お昼近くになって起き出して、学校に出かけたわよ。あなたがたは、行かなくてよかったの?」
「わたしは単位は全部取ってる。」
とベータが意気揚々と答えた。
「後は、18になったら卒業して、アシットと結婚するつもりだったんだけど、ちょっと予定が変わっただけ。」
「いわゆる、生活費ってのを稼がないと行けないので。」
ドロシーは、夕飯にするつもりで買い込んだ、肉や野菜をおろしながら言った。
「クエストの受注の件で、冒険者事務所に行ってきました。一つ、マーベルさんにお願いしたいのだけれど?」」
「はい?」
「ハアルブル球のストックってまだ、お持ちかなあ?」
魔族の大魔導師は、収納から薄紫の輝きを放つ手のひらに収まるほどの、球体を差し出した。
「どうぞ。必要だったらまた作れるから。」
「ありがとう。じゃあ、ちょっともう一度、ラザリム=ケルト事務所に行ってくるから、お留守番はお願いできる?」
「ち、ちょっと! 迷宮をわたしたちだけで攻略しに行くんじゃないの!?」
ベータが不満そうに叫んだ。
「攻略も何も。」
ドロシーは、マーベルの肩に手を置いた。
「この人が『ガルハド幻影宮』の迷宮主の魔導師マーベルさんだから。」
—————————
あとで、この話をきいた異世界人のアキルは、「初めてのお使い、放送事故じゃん。」と呟いた、と言う。
昇降用の「繭」にはなんとか慣れたドロシーだが、連れはそうでもない。
「うちからだったら、巣をひとつ渡るだけだから、直接乗り付けた方がはるかに早いよ。」
自前の「繭」を創造し、駆使できるカザリームでも数少ない魔導師のひとりである、フィオリナ(β)は、そう言って、ドロシーを睨む。
睨まれても、高度な魔法で構築された「巣」と「繭」を自在に操るなど彼女にはできない。
「そもそも、同じ『巣』の中で移動するならともかく、『巣』をまたがつて、移動することが合法なんですか?
とんでもない事故が起こりそうな気がしますけど?」
もっともな疑問に、ベータはニヤリと笑って答えた。
「自前の繭で飛んだらもう違法だぞ。」
でしょうねえ。
ドロシーはため息をつく。
要は、こいつをフィオリナだと思えばいいのだ。なら、いくら非常識でもワガママでも「フィオリナだから」ですむ。
そう思えば、感情的な反発のないぶん、本物よりも接しやすいかもしれなかった。
「これはそれは、ベータさま、ドロシー嬢。」
案内された応接には、副所長のケルトが待っていた。年齢不詳、年寄りには見えぬが若々しさのない青年は、笑顔で二人を迎えた。
ドロシーが、新しい住所を告げると驚いたように首を振った。
「ずいぶんと、住居に金をかけましたね。」
ケルトは外見や物言いにあわない、実直な冒険者のようだった。
「私がリウ殿からきいた計画では、迷宮探索には、リウさまは同行せず、経験に乏しいみなさんを、我が事務所に所属する各パーティに振り分けて実践を積んでいただく、と言うことだったのですが、正直、その期間は、あまり高額な賃金は払えないと思われるのですよ。」
ケルトは、ベータにチラリと目をやった。
そういえば、彼女の美しさは、どんな格好をしていたって隠しようもないのだが、今日も今日とて、あの作業用のツナギ服である。
「アシットの援助だったら期待はしてないな。」
問われる前に、ベータは答えた。
「いくらなんでも振った男にそこまで要求しては、女が廃るってもんだろ?」
「アシット様と別れたのですか?」
いささか下世話な好奇心を剥き出しにして、ケルトが尋ねた。
ベータは、うん、と腕組みをして、天井を見上げた。
「アシットには感謝しているし、嫌いじゃない。でも今は、どうしようもなく、リウに惹かれている。この気持ちに嘘がつけない。」
ランゴバルドの本物と、同じことを言う。
やっぱり、この魔道人形もフィオリナなのだ、とドロシーは実感した。
「少し予定が、変わりました。リウに同行してもらう手段が見つかったようなのです。
さっそくでも、探索できる迷宮を教えてください。」
「転移阻害の腕輪を外す、算段がついたと?」
「あれは、リウが、理由があって外さないだけです。詳しい話は本人に聞いてください。
入口が、転移陣のタイプでも構いません。なんとかなりそうなので。」
ケルトは、デスクの傍らから、バインダーを手に取った。
ペラペラとページをめくる。
「短期間で行って帰ってくることが出来て、報酬も良いもの。」
と、彼は、難しそうな顔をした。
「素材集めなどでは、時間が不定になります。かといって、討伐などもお目当ての魔物に巡り合わなければ、報酬は微々たるもの。」
なぜ、短期間で遂行できるクエストでないとまずいのか、と、問いかけそうになって、ドロシーは慌ててやめた。そうだ。彼女たちは一応学生なのだ。
あまり、授業に穴をあけない方がいいに決まっている。
「階層主、はどうですか? あれなら各層の間に固定されているはずです。
それを討伐する・・・と言うクエストは何か発注されていませんか?」
「いくつかありますが、うちに来ているものは、みな他のパーティが遂行中です。
あなた方が並の冒険者でないことは、よくわかったつもりですが、なんの実績もない方にここまでの任務は、任せられない。うちの事務所も信用と実績を大事にしているので、ね。」
そう言いながら、バインダーから一枚の紙をひっぱり出した。
「一つ、あまり人気がないため、放置されているものがあることはあります。
正直、難易度が高すぎて、失敗してもらっても構わない任務だ。
ただし、迷宮自体も涸れはてたところで、途中での素材の収集と言った副次的な収入も期待できない。そのくせ、階層主は、知性のある魔物。いわゆる『災害級』です。」
「いいじゃないか!」
ベータが叫んだ。
「わたしの初陣にはもってこいだ! どこに行けばいい? 何を倒して来ればいいんだ?」
「場所は、『ガルハド幻影宮』。無数の罠に、窒息性のガスで満たされた階層など、労ばかり多く、正直誰も行きたがらない迷宮です。
そこから、ハアルブル球と呼ばれる魔法球を持ち帰ってほしい。これはガルハド幻影宮の迷宮主が持っていると言われる秘宝です。
五年前に一度だけ、酔狂な冒険者、あのアウデリアが持ち帰ったアイテムです。」
「あの」
あのアウデリアさんが、か。
「そうです。斧神の化身とも呼ばれる銀級冒険者です。彼女にして、2度とごめんだと言わしめた迷宮主から、見事秘宝を持ち帰ることができるのか。」
それは。
いくらなんでも「初めての迷宮」にしては難しすぎないか、とドロシーは言おうとしたのだがら、ベータは、有無を言わさずに、ケトルの手から契約書を奪い取ると、サインしてしまった。
「よし! これで契約成立だ。」
「わかりました。リウと相談して最善を尽くします。
ガルハド幻影宮の情報はいただけるでしょうね。それとその迷宮主の情報も。」
「もちろんです。」
ケルトは、用意した資料を手渡してくれた。
読み進めるにつれて、ドロシーは緊張がほぐれていくのを感じた。
これなら。
「わかりました。今日中にまたこちらに伺います。報酬の用意と次のクエストの準備をお願いいたします。」
帰りは、自前の「繭」を使うと駄々をこねるベータをあやしながら、ドロシーは、商店街で買い出しを行なって、我が家に戻った。
「ただいま!」
「お帰りなさい。」
結構、打ち解けマーベルが出迎えてくれた。
「みんなは、お昼近くになって起き出して、学校に出かけたわよ。あなたがたは、行かなくてよかったの?」
「わたしは単位は全部取ってる。」
とベータが意気揚々と答えた。
「後は、18になったら卒業して、アシットと結婚するつもりだったんだけど、ちょっと予定が変わっただけ。」
「いわゆる、生活費ってのを稼がないと行けないので。」
ドロシーは、夕飯にするつもりで買い込んだ、肉や野菜をおろしながら言った。
「クエストの受注の件で、冒険者事務所に行ってきました。一つ、マーベルさんにお願いしたいのだけれど?」」
「はい?」
「ハアルブル球のストックってまだ、お持ちかなあ?」
魔族の大魔導師は、収納から薄紫の輝きを放つ手のひらに収まるほどの、球体を差し出した。
「どうぞ。必要だったらまた作れるから。」
「ありがとう。じゃあ、ちょっともう一度、ラザリム=ケルト事務所に行ってくるから、お留守番はお願いできる?」
「ち、ちょっと! 迷宮をわたしたちだけで攻略しに行くんじゃないの!?」
ベータが不満そうに叫んだ。
「攻略も何も。」
ドロシーは、マーベルの肩に手を置いた。
「この人が『ガルハド幻影宮』の迷宮主の魔導師マーベルさんだから。」
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あとで、この話をきいた異世界人のアキルは、「初めてのお使い、放送事故じゃん。」と呟いた、と言う。
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