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第56話 駆けつけた魔導師
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ドロシーの口腔内に、触手が突き込まれる。
それを彼女は、噛み止めた。普通の人間の歯であり、普通の人間の咬合力である。食いちぎれるわけもない。だが、そんな行動に出られたことが意外だったのだろう。触手はわずかに動きを止めた。
そのわずかな隙。ドロシーは、かろうじて自由になる平手で、触手を叩いた。
それほど、強い打撃には見えない。
だが、その一撃で、触手の動きはぴたりと止まり、次の瞬間、大きく痙攣を始めたのだ。
大きく投げ出されるドロシーを、リウは素早くキャッチした。なんでどでもいう。ドロシーは普通の人間だ。天井の高さから床に落ちただけでも、当たりどころが悪ければ、死ぬ。
当然、ベータ=フィオリナには、背を向ける行動になったが、彼女はそれどころではなかった。
暴走を始めた触手の群れに、打たれ、締められ、それでもなんとか群れを抜け出して、先ほどのハンマーで、触手を打ちのめしていた。
「何をやった!」
動きが鈍重なハンマーでは、いかに雷の属性を込めたとしても、数十方の触手には分が悪い。
「わたしの・・・魔力撃です。」
息も絶え絶えのドロシーは、小さな声で言った。
「魔力撃を使って、相手の魔力を乱してやることができないか・・・ジウルの発想です。
相手が、普通の人間なら効果はありません。
でも魔法を使用中の魔法使いならば失神するほどの衝撃になるでしょう。そして、その成り立ちから魔道に由来する生物なら。あるいは魔法で構成され、魔法で動く魔道具なら。その存在をかき乱すことになるはずです。」
------------------------
アシット・クロムウェルの到着は、遅すぎはしなかった。
だが、充分早かった、とも言えない。
間に合えば、彼は愛するフィオリナと「踊る道化師」との戦いをなんとしてでも止めたであろう。
ミヨールは、学校の副校長として、あるいは、契約を結んだ古竜として、間違った判断はしなかった。
彼は直ちに、念話でアシットに、連絡をとったのである。
駆けつけたアシットは、転移を使えない者としては、破格に早かった。
だが、充分過ぎるほどでは、なかったのだ。
フィオリナは。
彼の愛する婚約者は、半ば体を損壊され、床に横たわっていた。
リウやドロシーの攻撃では無い。自らの魔道具の暴走の結果だった。
むろん、生きてはいない。
いや。
最初から、生きてなどいなかったのだ。
その引き裂かれた体の中に、人間には存在しない器官がある。
明滅する宝珠。二番目の心臓。魔力を蓄積する魔力袋。
「アシット。」
彼女は弱々しく、腕を上げた。
手首から先は、なくなっていて、人間のそれとは明らかに違う素材で組み上げられた骨が、露出していた。
「わ、わたしはどうなって、る、の。
体が動かないくらい大怪我をしてるのに、痛みはかん、じないし、まだ生きて、る、よ?」
「しばらく、お眠り、フィオリナ。」
アシットは、囁いた。その文言そのものになにかの呪文がこめられていたのか、フィオリナは、微笑むと、目を閉じて意識を手放した。
「そうだな。このフィオリナは魔道人形だ。」
振り返ったその表情だけで、ドロシーは、意識を手放しそうになった。
アシットは。
ルトを思わせる、品良く、落ち着いた物腰の青年は、その目付きだけで、こちらを殺そうとでも言うように、こちらを睨んでいる。
「ボルテック卿の人形だ。10のときのフィオリナを能力に至るまで完全にコピーした人形だ。」
アシットは、胸を張った。
「だが、ぼくがこれに注いだ愛情は本物だ。そして彼女も自分がフィオリナだと信じ、それに応えた。」
修理、は可能なのだろう。
だが、彼女が人形であることを、リウたちに知られたこと、いや、自分自身がそれを目の当たりに、突きつけられたことが、許せないのだ。
「おまえたちの言ったフィオリナが、もともとのフィオリナであったとしても、ぼくのフィオリナだってそれに劣らないはずだ。」
だだを捏ねるように、悪鬼の表情の魔導師は言った。
「同じ、10歳のフィオリナから、成長してきたんだ。何が違う、ホンモノと比べて何が劣ったんだ?」
リウの手から、清冽ななにかが、ドロシー二流れ込んだ。倒れかけた体をなんとか起こして、ドロシーは、狂気の魔導師を見返した。
狂気の焔を、清流が打ち消した。
「彼女はフィオリナそのものです。顔立ちや身体つきは、少し違いますけどね。ワガママっぷりまでフィオリナです。」
キッパリとドロシーは言った。
「差が生じたのだとしたら、この六年の育った環境です。」
「ぼくは彼女に最良の教育を施した。
古竜ミヨールはもともと彼女の家庭教師だった。王立学院とやらで、愚物に混じって教育をうけたグランダのフィオリナに、うちのフィオリナが劣るはずがない。」
リウは、面白そうにドロシーを見ている。目の輝きが続きを言えと促していた。
それは、残酷なことなのかもしれない。
少しためらって、ドロシーは続けた。
「グランダのフィオリナは、ルト・・・ハルト王子とともに育ち、ここのフィオリナには、ハルトがいなかった。」
ドロシーは、どんな極大魔法にも勝る真実を叩きつけた。
「二人のフィオリナの差は、あなたとハルトの差です。」
それを彼女は、噛み止めた。普通の人間の歯であり、普通の人間の咬合力である。食いちぎれるわけもない。だが、そんな行動に出られたことが意外だったのだろう。触手はわずかに動きを止めた。
そのわずかな隙。ドロシーは、かろうじて自由になる平手で、触手を叩いた。
それほど、強い打撃には見えない。
だが、その一撃で、触手の動きはぴたりと止まり、次の瞬間、大きく痙攣を始めたのだ。
大きく投げ出されるドロシーを、リウは素早くキャッチした。なんでどでもいう。ドロシーは普通の人間だ。天井の高さから床に落ちただけでも、当たりどころが悪ければ、死ぬ。
当然、ベータ=フィオリナには、背を向ける行動になったが、彼女はそれどころではなかった。
暴走を始めた触手の群れに、打たれ、締められ、それでもなんとか群れを抜け出して、先ほどのハンマーで、触手を打ちのめしていた。
「何をやった!」
動きが鈍重なハンマーでは、いかに雷の属性を込めたとしても、数十方の触手には分が悪い。
「わたしの・・・魔力撃です。」
息も絶え絶えのドロシーは、小さな声で言った。
「魔力撃を使って、相手の魔力を乱してやることができないか・・・ジウルの発想です。
相手が、普通の人間なら効果はありません。
でも魔法を使用中の魔法使いならば失神するほどの衝撃になるでしょう。そして、その成り立ちから魔道に由来する生物なら。あるいは魔法で構成され、魔法で動く魔道具なら。その存在をかき乱すことになるはずです。」
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アシット・クロムウェルの到着は、遅すぎはしなかった。
だが、充分早かった、とも言えない。
間に合えば、彼は愛するフィオリナと「踊る道化師」との戦いをなんとしてでも止めたであろう。
ミヨールは、学校の副校長として、あるいは、契約を結んだ古竜として、間違った判断はしなかった。
彼は直ちに、念話でアシットに、連絡をとったのである。
駆けつけたアシットは、転移を使えない者としては、破格に早かった。
だが、充分過ぎるほどでは、なかったのだ。
フィオリナは。
彼の愛する婚約者は、半ば体を損壊され、床に横たわっていた。
リウやドロシーの攻撃では無い。自らの魔道具の暴走の結果だった。
むろん、生きてはいない。
いや。
最初から、生きてなどいなかったのだ。
その引き裂かれた体の中に、人間には存在しない器官がある。
明滅する宝珠。二番目の心臓。魔力を蓄積する魔力袋。
「アシット。」
彼女は弱々しく、腕を上げた。
手首から先は、なくなっていて、人間のそれとは明らかに違う素材で組み上げられた骨が、露出していた。
「わ、わたしはどうなって、る、の。
体が動かないくらい大怪我をしてるのに、痛みはかん、じないし、まだ生きて、る、よ?」
「しばらく、お眠り、フィオリナ。」
アシットは、囁いた。その文言そのものになにかの呪文がこめられていたのか、フィオリナは、微笑むと、目を閉じて意識を手放した。
「そうだな。このフィオリナは魔道人形だ。」
振り返ったその表情だけで、ドロシーは、意識を手放しそうになった。
アシットは。
ルトを思わせる、品良く、落ち着いた物腰の青年は、その目付きだけで、こちらを殺そうとでも言うように、こちらを睨んでいる。
「ボルテック卿の人形だ。10のときのフィオリナを能力に至るまで完全にコピーした人形だ。」
アシットは、胸を張った。
「だが、ぼくがこれに注いだ愛情は本物だ。そして彼女も自分がフィオリナだと信じ、それに応えた。」
修理、は可能なのだろう。
だが、彼女が人形であることを、リウたちに知られたこと、いや、自分自身がそれを目の当たりに、突きつけられたことが、許せないのだ。
「おまえたちの言ったフィオリナが、もともとのフィオリナであったとしても、ぼくのフィオリナだってそれに劣らないはずだ。」
だだを捏ねるように、悪鬼の表情の魔導師は言った。
「同じ、10歳のフィオリナから、成長してきたんだ。何が違う、ホンモノと比べて何が劣ったんだ?」
リウの手から、清冽ななにかが、ドロシー二流れ込んだ。倒れかけた体をなんとか起こして、ドロシーは、狂気の魔導師を見返した。
狂気の焔を、清流が打ち消した。
「彼女はフィオリナそのものです。顔立ちや身体つきは、少し違いますけどね。ワガママっぷりまでフィオリナです。」
キッパリとドロシーは言った。
「差が生じたのだとしたら、この六年の育った環境です。」
「ぼくは彼女に最良の教育を施した。
古竜ミヨールはもともと彼女の家庭教師だった。王立学院とやらで、愚物に混じって教育をうけたグランダのフィオリナに、うちのフィオリナが劣るはずがない。」
リウは、面白そうにドロシーを見ている。目の輝きが続きを言えと促していた。
それは、残酷なことなのかもしれない。
少しためらって、ドロシーは続けた。
「グランダのフィオリナは、ルト・・・ハルト王子とともに育ち、ここのフィオリナには、ハルトがいなかった。」
ドロシーは、どんな極大魔法にも勝る真実を叩きつけた。
「二人のフィオリナの差は、あなたとハルトの差です。」
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