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第53話 魔王対フィオリナ

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ベータ・グランデ。
それが、この女の本当の名前なのか、フィオリナもどきは、ペロリと舌を出して笑った。

「そうか? わたしとアシットの秘事を随分と、じっくり眺めていたようだったが?」
「気がついていたのか?」
「その節は、大変失礼をした。アシットが2回戦など求めなければ、あのまま、おまえと戦ってやれたものを。」

なんの話?と、ドロシーが尋ねたので、リウは丁寧に説明してやった。
彼が「踊る道化師・血」と、戦っていたころ、ちょうど、個室になった貴賓席で、こいつ(と、リウは呼び捨てた)とアシットが何をしていたか、を。
ドロシーは、真っ赤になったし、副校長は違う意味で顔を赤くした。

「何をやっとるのだ! 我が校は不純異性交遊は・・・」

「まあまあ。」
と、流石に照れたように、フィオリナの顔をした女は言った。
「わたしとアシットは、わたしが18になったら結婚するつもりだから、これは不純ではありません、副校長。」
「しかし、なんというか・・・・」
根が真面目で堅物なのだろう、ミヨール副校長は、苦い顔である。
「何も、万の観衆を集めたコロシアムの貴賓室で。」

「まあ、それはそれとして。」
フィオリナなら言いそうなセリフで、副校長の言葉をぶった斬ると、フィオリナもどきは、真っ直ぐにリウを見つめた。
「ここからが、我ながら不道徳なことになる。
『踊る道化師』リウ。」
「なんだ?」
「ミトラからの情報では、魔王宮で生まれ育った少女だということだったが、おまえはなんなのだ? ひょっとして自由に性別も変えられるのか?」

それは、真実に近い。

「そのドロシーとかいうのは、いまのおまえの女か?」
リウは頷いた。
ドロシーは、戦慄した。
モテ期だ!
誰でも一生に一度はあるというモテ期が、到来してしまったのだ。

ドロシーは、もともと、真面目でコツコツ勉強するだけが取り柄のような、女の子だった。
猫背で痩せっぽち。
親から言われた通り、主家の坊ちゃんの世話をし、その坊ちゃんが勘当されたときは、通っていた学校を辞めさせられて、たちのよくない仲間どもと、冒険者学校に放り込まれた。
誰も彼女を、まともに評価しようとしなかった。
それでも。
十代も半ばをすぎても、ドロシーは妄想していた。
どこかから、白馬にのった王子さまがやってきて、自分を救ってくれるのではないか、と。

冒険者学校で、であった王子さまは、真祖と神獣と神竜と魔王を連れていて、しかも婚約者までいた。
ドロシーは、間違いなく彼に救われた。死にそうな目には、なんどもあってけど。

で、でも魔王はないっ!
とくに人の婚約者に手を出すような極悪非道の魔王には。
もちろん、自分も似たようなことをしているのだが、気が付かないのがドロシーである。

「いい女ではないか。気立ても良くて頭もいい。」
フィオリナもどき、ベータ・グランデはそう言った。楽しそうだった。
そんな彼女に、ドロシーはぶった切られたのであるが。
ギムリウスのスーツがなければ、即死だっただろう。

「そいつから、もうトーナメントなぞ辞めたらと、提案を受けてな。
たしかに、それも一理ある。」

「そうしてもらえると、ありがたいな。」
リウは、真面目くさった顔でそう返した。

「だが、おまえはそれでいいのか?
このまま、わたしと別れてしまっても。
おまえの視線だけで、わたしの体が疼いてたまらない。
これは、アシットにもない感覚だ。どうやら、わたしはおまえが気になって仕方ないらしい。もっと言うならば・・・・」
フィオリナそっくりの顔が、ぺロリと舌で唇を湿らせた。
「おまえが欲しい。これは、恋なのか。だが、おまえに、欲望のままに抱かれてしまっては、これはアシットに対する浮気になる。
なので、代わりに。」

ベータ・グランデは、身をかがめて、床の上から、小型のハンマーを拾い上げた。

「愛し合う代わりに、殺し合おうと思ったわけだ。トーナメントは諦めるから、いま、ここで、な。
付き合ってもらえるかな、魔王の名を持つ少年よ。」


「やめてくれっ!」
副校長が、叫んだ。
「学校が壊れるっ!」

「ああ、先生。心配には及ばない。殺し合いと言うのは、言葉のアヤだ。わたしもリウも愛しい相手を殺したりはしない。これは、愛の行為のひとつの形態なのだ。」

ルトが、きいたら悲鳴を上げたかもしれない。
このフィオリナまで、同じようなことを言う!!

「ルールを決めよう。」
ベータ・グランデは、続けた。
「まず、戦闘範囲はこの部屋の中のみとする。
周りに被害が及んだら、その時点でそいつの負けだ。」

「そもそも、オレがおまえとの仕合いを、なぜ飲むと思ったのだ。」
ゾッとするような冷笑は、この少年が上機嫌な証拠だ。

「おまえも、わたしにめちゃくちゃに惹かれているからだ。戦いの最中に、わたしを貪り見るほどに。隣りにいる自分の女から目が離れるほどに。」

「だが断る。」
リウは肩をすくめた。
「おまえに、興味はあるが、ドロシーを危険にさらして戦うほどではない。」

「それも理由のひとつだ。」
恐ろしく、残忍そうな笑みを浮かべた、ベータ・グランデが言った。
その表情もフィオリナそっくりだった。
「おまえが抵抗しなければ、愛しいドロシーが死ぬことになる。
それから、本気になってもらっても、わたしは一向に構わないのだか。」

ぐるり。
と、ベータ・グランデはハンマーを回した。

「安心してもらおう。こちらもハンデはつける。
まず、魔法は使わない。剣も使わない。」
「おいおい」
「この部屋にあるものは、使わせてもらうが、これはおまえも同じ条件だ。いかがかな?」

「リウ殿!  この部屋にあるものは、彼女の作った魔道具です。いま出した条件では、あなたが不利になるばかりだ。」
「ご忠告ありがとう、副校長センセイ。」
リウは、出口を指し示した。
「怪我をされないうちに、退出ください。
出来れば、アシットに連絡を。」

ミヨール副校長は、それでも躊躇った。

「限定された空間と、限定された能力であるがゆえに、あなたも巻き込んでしまうかもしれない。あなたは、このベータ・グランデの能力を観察したいのかもしれないが、命あっての物種だ。」
「し、しかし!」
「光輪竜ミヨール。引くべき時は引けと。
この言葉をおまえに言うのは、千年ぶりだぞ。」

こんどこそ、ミヨール副校長は、愕然と相手の少年を見やった。彼の記憶にある美丈夫とは、程遠い。まだ骨格に華奢な部分を残した少年の姿。
だが、その口調、その佇まい。

「あなたでしたか・・・」
「というか、本気で気が付かなかったのか?
早く、アシットを呼んでくれ。」
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