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第52話 繭の射手

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警備員たちの繭は、あとを追いかけるようにして、15階に到着した。
降りてきた彼らの顔色がよくない。

「あんたは、自分で『繭』を作り出すことができるのか!」
「何度も見せてもらっていれば、わかる。」
「とは、言ってもだな、もともと繭はその移動も兼ねて、ひとつの構築された魔法なんだ。そこに自分の魔法を重ねがけすることになると。」
元「繭」職人だったという警備員は、ブツブツと言った。
「いや、驚いたよ。こんなことができるのは、世界中でアシットさまだけかと思っていた。」

「アシットさまをご存知なんだすか?」
ドロシーが話を引き取った。リウがアシットを呼び捨てにすることでおこるトラブルを、未然に防いだつもりである。
「ご存知も、なにも。」
警備員は言った。
「市長の兄上で比類なき魔道の天才。このクラード高等学校も多額の寄付をうけているはずだ。」

仕立てのいいスーツに身を包んだ中年の、男が足早にやってきた。
「ご苦労・・・彼らが、『繭』から撃たれたというものたちか?
わたしは、ここで副校長を務めている。ゼダ・ミヨール。」
「わたしは、ランゴバルドの銀級冒険者ドロシー、こっちが同じパーティのリウです。」

「突然の訪問、陳謝する。」
そう言いながらリウは、掴み取った矢を差し出した。
見たミヨール副校長が唸った。

「ほう、見覚えがおありかな?」
揶揄するように、リウは言った。

「隠し立てしてもしかたないだろう。」
ミヨール副校長は、警備員にご苦労だった、と言って下がらせると、さきにたって歩きだした。

「これは、当校の武具研究会が作り出した『空矢』だ。」
と、歩きながら彼は言う。

「つまり、犯人はその武具研究会とやらにいると?」
どうも、学校内のサークルというのは、ロクなことをしないなあ、と思うドロシーであるが、自分自身が「魔王党」という一種のサークルに所属しているのは、棚に上げている。

「そして、15階の発着場所に『繭』の到着は、この1時間ではゼロだ。」
「どういうことだ?
オレはたしかにここに、『繭』が入るのを見たぞ?」
「たしかに、ついさっき、15階に『繭』が到着したのは、目視で何人もが確認している。
そして、校内を調べたが不審者の侵入は、これもまたゼロ、だ。」

「わかりました。」
ドロシーが言った。
「犯人は学校内にいても、不審者と見なされない人物でしかも自前の『繭』を作り出し、操ることのできる人物ですね。
そうすると、犯人はアシットさまになってしまいますが?」

「残念ながら、現市長の兄上が、冒険者を狙う理由は考えられない。」

それは実は、大いにあるのだが、リウもドロシーも賢明にも黙っていた。

「しかし、ひとつのタペストリーとして織り上げられた繭の魔法式に、新たな要素を介入させるのは、至難の業では?」
と、その至難の業をたったいま、使った者が、しゃあしゃあと述べた。
「カザリーム最高峰の魔導師たるアシット以外にそんな人物が。」

「いる。」
副校長の顔が苦いものになった。
「そもそも『空矢』も彼女の発明だ。
空気圧を使った特殊な射出装置を使い、発射後もある程度目標を追尾がきく。」

「だとすると、動機はなんでしょう。」
「わからん! 本人に聞いてくれ!
ベータ・グランデ!
お客さまだっ!」

ドアを開けた先は、工具と作りかけの魔道具、金属片が散乱する汚れた部屋だった。
作業服の女性が、立ち上がる。

作業服は、ポケットのやたら沢山着いた上下繋ぎになったぼたっとしたシルエットの服だ。
髪はあげて、手荒く結んでいる。作業の邪魔にならないことだけを考慮した乱雑な結び方だった。
大きなメガネは、視力の補正というよりも、顔を保護する目的なのだろう。
顔の半分を覆っている。

「十分ばかり前に、おまえが自分の繭を使って、登校してきたことは、確認している。」
ミヨール副校長は、威厳のある口調で言った。責める、というより事実を確認するための、穏やかな口調だ。

「それは、その通りです。」
ベータ・グランデは、素直に認めた。ドロシーは震え上がった。
体の線も、顔も隠しているが、この女は・・・・!

「このお二人は、おまえに『繭』から矢を射かけられたと、仰っている。何か反論はあるか?」
「いいえ。でも、この二人が何か怪我でもしましたか? 見たところピンピンしてるようですが。」
「確かに怪我はされていないようだが・・・」
「そうでしょう。それが答えです。」

そう言って、彼女は大きなメガネ・・・・ゴーグルを外した。
名工の手による天使の彫刻・・・・そう言ってしまうには、あまりにも獰猛な美貌が、現れた。

ドロシーは、自分の手を握るリウの手に、力が入るのを感じた。
彼もまた、そう感じている。
これは、まるで・・・本物のフィオリナ、だ。
作業着の胸元のジッパーを、開けて、袖を脱いだ。下は黒いタンクトップだった。形の良い胸の膨らみが、はっきりわかる肌にぴったりとして素材だ。

「単なる挨拶です。コミュニケーションですよ、こんなもの。」
その手に、さっきリウが受け止めたのと、同じ半透明の矢が現れた。
「当たらなかったのは、見ていたし、当たっても、効かないでしょう? こんなもの。」

「射かけた方はそう言うかもしれんが。」
苦い顔で、ミヨールは言った。
「射かけられた方はそうもいかん。こちらは確かに腕利きの冒険者のようだが・・・」

「巷で話題の『踊る道化師』のリウと、ドロシーです。」
フィオリナは、楽しそうに言った。
「二人とも、初対面ではないので。」

「オレは初対面だぞ、剣姫。」
フィオリナと呼びたくないのか、リウはそんな言い方をした。
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