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第24話 安全地帯を確保するための危険な戦い
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上がった階層は、少なくとも泥にくるぶしまで一歩ごとに潜り込むことはなかった。
しかし、あまり楽しいところでもない。
数十年にわたって放置された廃屋がこんな感じだった。
もと絨毯だった、繊維の残骸。ぼろぼろの壁は触るだけで、しっくいが剥がれ落ちてきた。
あかりはところどころに設置されたランプの頼りない炎だけ。
それでも一時間以上は、彷徨っただろうか。
「休憩にしよう。」
唐突にマシューが言った。
「階層主と戦ったあとにも、休憩はとっている。」
エミリアはそっけなく言った。
「そう言うのではなくって、睡眠を含む長い時間の休憩だ。」
「わたしたちは、今日中にここを出ないといけない。」
エミリアは、冷徹に指摘した。
「明日は、『踊る道化師トーナメント』のはずだ。」
「・・・それは無理です。」
ドロシーも冷静に言った。
「わたしたちがいなければっ」
「いなければ、どうなります?」
エミリアは黙った。
「リウ君が一人で、戦うだけの話です。およそ、戦力としてはわたしたちは全く当てにされていません。
だから、わたしたちは、『試しの迷宮』というクエストを全力で行えば、それでいいんです。」
「わ、わたしたちはその程度の臣下なのか?」
「現時点ではそうです。」
ドロシーは言った。
「現状に満足できないのであれば、もっと力をつけるしかありません。」
「・・・おまえは頭がいい。」
悔しそうにエミリアは言った。
「しかも強い、のだな。」
「ロウさまやギムリウスの間近にいたからでしょうね。
あれらは、悪てはありません。それどころか善ですらない。
ただひたすらに自分勝手なだけなのです。
もし、彼らに一人前と認めてもらおうと思ったら、あの『試し』を受けるしかないんです。
ジウルもルトくんも残念姫も。
そうして、階層主の友誼を勝ち取りました。わたしもいつかは・・・」
ドロシーは、形を抱くようにした。
実際に少し寒かったのだ。
彼女が着込んでいた拳法着は、階層主の使った腐食性の液体のためにボロボロの残骸となり、いまのドロシーは身体のせんも露なあの、銀のボディスーツだけだった。
斬撃にも魔法耐性にもすぐれたギムリウスの糸で編まれたそれは、動きやすさはあったが防寒具としてはあまり役に立ってはいない。
そして、男性の視線からボディラインを隠す役目も。
さすがに首輪で、繋がれたこの状態でふらちをいたすものがいるとも思えなかったが。
“そう言えば、マシューはドロシーの婚約者だったな。”
エミリアは、唐突にそのことを思い出した。
ドロシーの戦う、その姿そのものが扇情的に映るかもしれない。
だが、それはここから、脱出してからのお楽しみだ。
「交代で仮眠をとろう。ドロシー、少し付き合ってくれるか?」
「いや、見張りならぼくが最初にたつよ。戦い続きでドロシーとエミリアは疲れてるだろ?」
「わたし以外が見張りの役に立つとはとても思えないんだけど。」
けっこうまともなことを言っているマシューもこれには黙るしかない。
「まだ一体も魔物と遭遇してないから、なにが出るかわからない。
まず、どこかの部屋を探索して、危険がないことを確認して、休憩場所にしましょう。出来れば、魔物が巣食ってるところがありがたいわね。
そういうところは、そいつさえ倒せばしばらくは安全地帯と見なせるわ。」
屋敷を模しているのだろうが、あまりにも広大すぎて現実感がなくなる長い通路の脇のドアを、クロウドがこじ開けた。
素晴らしい!
全員が寛げるソファがあって、しかも魔物もいる!
魔物は、スケルトンだった!
滑らかな動きは、普通のスケルトンではなかった。
それでもエミリアの棒術なら簡単に捌けただろう。五人をつなぐ鎖がなければ!
疲労と恐怖から、すっかり精彩をかいたファイユがいきなり、コケた。
引きずられる形で、エミリアもバランスを崩す。
なんとか踏ん張ったクロウドが前に出た。
スケルトンの踏み込みは鋭く、剣撃は疾い。
クロウドの拳がそれを受け止めようとした。いくらなんでも素手では!
だが、拳には、首輪から繋がる鎖が巻かれていた。
こちらも魔法による強化がされているのだろう。鎖は切れず、斬撃は防がれた。
そしてクロウドの放った蹴りも悪くない。自らのバランスを危うくするハイキックのかわりに、スケルトンの脛を狙ったのだ。
拳士として修行したドロシーにはわかる。判断も間違っていない。威力も十分だった。だが、スケルトンの骨が頑丈すぎたのだ。
脛を抑えて倒れ込むクロウド。
剣を振り上げたスケルトンの、コメカミにドロシーの氷の球が打ち込まれた。ひとつ、ふたつ、みっつ。
人間なら一撃で昏倒する。
だがこいつは、1歩、2歩と後ずさりしたが、それだけだった。
ならば魔力撃をつかう。
前に出ようとしたドロシーは、首輪を引っ張られて後ろ向きに転んだ。
ファイユが。ファイユが四つん這いで逃げようとしていた。
スケルトンが突進する。
そこに集中するように、エミリアの光の矢が、殺到した。
華麗な剣さばきで、スケルトンがそのいくつかを叩き落とした。
だがすべては無理だ。
光の矢は頭蓋に大穴をあけ、肋骨を何本か吹き飛ばし、剣を持たない方の腕を粉砕した。
それでも、スケルトンは前進してくる。
ひいいいっ
と背後から悲鳴が聞こえた。
ファイユ、だ。とことん、足を引っ張る、いや首輪をひっぱる気らしい。
倒れたままのクロウドは、立ち上がれない。スケルトンが剣を振りかざした。
パキイィ!
とっさに、ドロシーが作り出した氷の盾に、剣は半ばまでくい込んだ。
うまい。
剣は、ガッチリと盾にくい込んで、抜くこともでかななさそうだ。
ドロシーは倒れ込むようにして、スケルトンの足先に自分の指を届かせた。
相手の体内の魔力の循環をぶち壊す魔力を送り込む。
ぐらっ。
とスケルトンは倒れた。
こいつらは、魔力によって「生きて」いる。それを乱されれば。
吹き上がる光芒のなかに、スケルトンは微塵に粉砕されていく。
その偽りの生命を動かしていた魔力が逆に働いたのだ。
ドロシーは体を起こした。
たぶん・・・
クロウドの脛は折れている。
添え木をあてて、固定してなんとか動けるようにしてやらないと。ええっと、痛み止めの魔法は。
「痛い」
すすり泣く声が聞こえる。
「どこが」
かえしたエミリアの声に苛立ちが隠れていたのはしかたないだろう。
「首輪が擦れて。みんなが引っ張るから。」
おまえが引っ張ってるんだけどな。
ウンザリとドロシーは思った。
しかし、あまり楽しいところでもない。
数十年にわたって放置された廃屋がこんな感じだった。
もと絨毯だった、繊維の残骸。ぼろぼろの壁は触るだけで、しっくいが剥がれ落ちてきた。
あかりはところどころに設置されたランプの頼りない炎だけ。
それでも一時間以上は、彷徨っただろうか。
「休憩にしよう。」
唐突にマシューが言った。
「階層主と戦ったあとにも、休憩はとっている。」
エミリアはそっけなく言った。
「そう言うのではなくって、睡眠を含む長い時間の休憩だ。」
「わたしたちは、今日中にここを出ないといけない。」
エミリアは、冷徹に指摘した。
「明日は、『踊る道化師トーナメント』のはずだ。」
「・・・それは無理です。」
ドロシーも冷静に言った。
「わたしたちがいなければっ」
「いなければ、どうなります?」
エミリアは黙った。
「リウ君が一人で、戦うだけの話です。およそ、戦力としてはわたしたちは全く当てにされていません。
だから、わたしたちは、『試しの迷宮』というクエストを全力で行えば、それでいいんです。」
「わ、わたしたちはその程度の臣下なのか?」
「現時点ではそうです。」
ドロシーは言った。
「現状に満足できないのであれば、もっと力をつけるしかありません。」
「・・・おまえは頭がいい。」
悔しそうにエミリアは言った。
「しかも強い、のだな。」
「ロウさまやギムリウスの間近にいたからでしょうね。
あれらは、悪てはありません。それどころか善ですらない。
ただひたすらに自分勝手なだけなのです。
もし、彼らに一人前と認めてもらおうと思ったら、あの『試し』を受けるしかないんです。
ジウルもルトくんも残念姫も。
そうして、階層主の友誼を勝ち取りました。わたしもいつかは・・・」
ドロシーは、形を抱くようにした。
実際に少し寒かったのだ。
彼女が着込んでいた拳法着は、階層主の使った腐食性の液体のためにボロボロの残骸となり、いまのドロシーは身体のせんも露なあの、銀のボディスーツだけだった。
斬撃にも魔法耐性にもすぐれたギムリウスの糸で編まれたそれは、動きやすさはあったが防寒具としてはあまり役に立ってはいない。
そして、男性の視線からボディラインを隠す役目も。
さすがに首輪で、繋がれたこの状態でふらちをいたすものがいるとも思えなかったが。
“そう言えば、マシューはドロシーの婚約者だったな。”
エミリアは、唐突にそのことを思い出した。
ドロシーの戦う、その姿そのものが扇情的に映るかもしれない。
だが、それはここから、脱出してからのお楽しみだ。
「交代で仮眠をとろう。ドロシー、少し付き合ってくれるか?」
「いや、見張りならぼくが最初にたつよ。戦い続きでドロシーとエミリアは疲れてるだろ?」
「わたし以外が見張りの役に立つとはとても思えないんだけど。」
けっこうまともなことを言っているマシューもこれには黙るしかない。
「まだ一体も魔物と遭遇してないから、なにが出るかわからない。
まず、どこかの部屋を探索して、危険がないことを確認して、休憩場所にしましょう。出来れば、魔物が巣食ってるところがありがたいわね。
そういうところは、そいつさえ倒せばしばらくは安全地帯と見なせるわ。」
屋敷を模しているのだろうが、あまりにも広大すぎて現実感がなくなる長い通路の脇のドアを、クロウドがこじ開けた。
素晴らしい!
全員が寛げるソファがあって、しかも魔物もいる!
魔物は、スケルトンだった!
滑らかな動きは、普通のスケルトンではなかった。
それでもエミリアの棒術なら簡単に捌けただろう。五人をつなぐ鎖がなければ!
疲労と恐怖から、すっかり精彩をかいたファイユがいきなり、コケた。
引きずられる形で、エミリアもバランスを崩す。
なんとか踏ん張ったクロウドが前に出た。
スケルトンの踏み込みは鋭く、剣撃は疾い。
クロウドの拳がそれを受け止めようとした。いくらなんでも素手では!
だが、拳には、首輪から繋がる鎖が巻かれていた。
こちらも魔法による強化がされているのだろう。鎖は切れず、斬撃は防がれた。
そしてクロウドの放った蹴りも悪くない。自らのバランスを危うくするハイキックのかわりに、スケルトンの脛を狙ったのだ。
拳士として修行したドロシーにはわかる。判断も間違っていない。威力も十分だった。だが、スケルトンの骨が頑丈すぎたのだ。
脛を抑えて倒れ込むクロウド。
剣を振り上げたスケルトンの、コメカミにドロシーの氷の球が打ち込まれた。ひとつ、ふたつ、みっつ。
人間なら一撃で昏倒する。
だがこいつは、1歩、2歩と後ずさりしたが、それだけだった。
ならば魔力撃をつかう。
前に出ようとしたドロシーは、首輪を引っ張られて後ろ向きに転んだ。
ファイユが。ファイユが四つん這いで逃げようとしていた。
スケルトンが突進する。
そこに集中するように、エミリアの光の矢が、殺到した。
華麗な剣さばきで、スケルトンがそのいくつかを叩き落とした。
だがすべては無理だ。
光の矢は頭蓋に大穴をあけ、肋骨を何本か吹き飛ばし、剣を持たない方の腕を粉砕した。
それでも、スケルトンは前進してくる。
ひいいいっ
と背後から悲鳴が聞こえた。
ファイユ、だ。とことん、足を引っ張る、いや首輪をひっぱる気らしい。
倒れたままのクロウドは、立ち上がれない。スケルトンが剣を振りかざした。
パキイィ!
とっさに、ドロシーが作り出した氷の盾に、剣は半ばまでくい込んだ。
うまい。
剣は、ガッチリと盾にくい込んで、抜くこともでかななさそうだ。
ドロシーは倒れ込むようにして、スケルトンの足先に自分の指を届かせた。
相手の体内の魔力の循環をぶち壊す魔力を送り込む。
ぐらっ。
とスケルトンは倒れた。
こいつらは、魔力によって「生きて」いる。それを乱されれば。
吹き上がる光芒のなかに、スケルトンは微塵に粉砕されていく。
その偽りの生命を動かしていた魔力が逆に働いたのだ。
ドロシーは体を起こした。
たぶん・・・
クロウドの脛は折れている。
添え木をあてて、固定してなんとか動けるようにしてやらないと。ええっと、痛み止めの魔法は。
「痛い」
すすり泣く声が聞こえる。
「どこが」
かえしたエミリアの声に苛立ちが隠れていたのはしかたないだろう。
「首輪が擦れて。みんなが引っ張るから。」
おまえが引っ張ってるんだけどな。
ウンザリとドロシーは思った。
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