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第22話 見習い道化師対階層主

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クロウドのみたところ、ここの階層主は、何かの言語でコミュニケーションが取れるような知性は持ち合わせていないようだった。

ガチガチと噛み鳴らされる大顎は、大型の甲虫に似ていた。
虫のような複眼は、間違いなくクロウドたちを「餌」として見ている。

いいじゃないか。
あれやこれやと複雑な会話も、急所がどこかと悩む必要もない。
あそこだ。
あの顎を砕いてやれば、最大の武器がなくなる。

クロウドは、自分を人間だと考えるのをやめた。
今の彼は極限まで引かれた弓だ。足場がしっかりしていればさらに体重移動も乗せられるが、さらさらと流れていく砂地では、それは望めない。

あとは、距離だ。彼の打撃が最大の威力を持って叩き込めるようにする。
その。
距離。

「無理に踏ん張るな!」
マシューが叫んでいた。

クロウドとの鎖に緩みを持たせるんだ。
「ま、マシュー。頭打ったの? まともなこと言ってるわよ?」
ドロシーの不安げな声。

顎が開かれた。頭部の周りの細かい節足が、クロウドを取り込もうと、身体を抑え込みにかかる。
実にいいじゃないか。
相手が仰け反ったり吹き飛んでしまって威力が伝わらないことだけが、心配だったんだ。
ありがたい。

魔力で強化されたクロウドの拳は、すべての筋力によるバネの力を一点に集中させた。
クロウドの腕を食いちぎるはずの、顎がまず無惨に砕けた。
クロウドの腕を咀嚼する口腔を破砕しながら、直進した拳はそのまま食道を突き進み、階層主の頭の下半分を粉砕した。

代償は、クロウドの拳。威力は十分だったが、部位への強化はそれほどでもなかった。
指が2本折れた。
だが、拳はもうひとつ。
ためは足りないが、こいつの複眼はそれほど、頑丈そうではない。

一気に叩き潰した。
拳は、手首まで潜った。

あげた悲鳴は、人間でも何かの動物の声にも全く似ていない。金属音に近いものだったが、それが苦痛を訴えるものであることは、全員にわかった。
砂が。流砂が止まっている。

相変わらずの砂地ではあったが、それは流れることをやめ、しっかりと踏み締めることができた。

シギャアアアァアアア

階層主は、地下から躍り出た。
潜っていたため、体長はわからなかったが、それは砂ムカデに似た怪物であったのだ
全長は20メトルは超えている。小型の竜ほどもあり。しかも。

クロウドに叩き潰された頭は、地面に落ちている。
そして落ちた頭の後に、新しい頭部が構成されつつあった。

「急所は頭部ざじゃないのね。」
エミリアが叫んだ。
「あれは単なる捕食器官・・・・本体は。」

ドロシーは、氷の礫を投げつけた。
硬い外皮の生き物には、牽制にしかならない。
「クロウド!」

「ああ、すまねえ、ドロシー。」
クロウドは振り返らずに、両手を上げてプラプラさせた。
両手ともに指が何本か変形している。
「どうもパンチに特化して練習しすぎちまった。蹴りじゃあこのデカブツは倒せねえ。」

「エミリア! 援護をお願いします。わたしが前に!」

それはうまくいかなかった。
巨大なムカデは、その巨体が動くことだけで、十分な攻撃になったのだ
のたうつ巨体に吹き飛ばされ、鎖につながられた五人は、互いに絡まる形で、床に叩きつけられた。

「ファイユとマシューが、頭を打った。」
エミリアが叫んだ。
「意識がない。」

地面が砂地で幸だったかもしれない。叩き着付けられた衝撃は、それだけで、立ち上がれぬほどのダメージを与えるに十分なものだった。
「鎖が絡まって・・・」
クロウドがうめいた。
エミリアも足絡まった鎖に苦戦している。立ち上がることさえ、難しい。

「一撃で決めます。」

比較的まともな、ドロシーが立ち上がった。
列の最後尾だったのが幸してか、首輪の鎖は、手足には絡まっていない。とはいえ、ファイユとマシューが自力で立てない以上、回避の動きも取れず、少しでも有利なポジションを取るために、移動することもままならない。
襲いかかってくる巨体を、迎え撃つ。
できる戦術は、それだけだった。

切りに似た毒液が、その頭上に降りかかった。

風の魔法で、その一部を吹き散らしたのは、歴戦のエミリアだった。とはいえ、完全ではない。ドロシーの服の一部が溶けていく。
下に着込んだギムリウスのスーツは、毒液にも有効だった。触れた毒液は無害なものに変じ、
だがドロシーの剥き出しの二の腕、太ももあたりが、みるみる爛れて、白い煙をあげた。

ドロシーは全くの無表情。
いや、その唇が震え、はあっと喘ぎにも似た吐息を漏らした。

大ムカデは、単純に一向を押しつぶす方をとった。
巨体が、のしかかるように突進する。

ドロシーの拳は。
ジウル・ボルテック直伝の、魔力撃。

それを使えるのは、この世界に彼女と愛しい師匠の二人だけ。

もともとが、「物理」と「魔法」。双方が、兼ね備わったいないと突破できない「竜鱗」を貫くための技である。それが階層主にも有効なのは、明らかだ。だが、この圧倒的な質量は。

例え、階層種にダメージ通ったとしても押し潰されて絶命する運命に変わりはないのではないか。
ドロシーは自分の拳を巨大な攻城槌だと考える。

城壁の扉を打ち破るために、数十人係で操作する。先端に金属をかぶせた巨大な丸太、だ。
彼女は、同年代の男の子たちのように、そんなものに憧れたりはしなかった。
ドロシーが見たのは、歴史の教科書だ。
「魔力・・・・」
ぐっと腰だめにした拳に魔力を伝える。筋力強化、だけではない。拳と一緒に魔力を打ち込む。
目の前に迫った巨体は壁だ。どこまでも続く壁面だった。

出口はどこにもない。このまま、ドロシーはこの壁に叩きつけられ、すりつぶされ、肉片となる。ああ。
恍惚の吐息は、恐怖心を麻痺させるため。
これは、殺し合いではない。愛の行為だ。相手は、愛しい階層主さまなのだ。
ドロシーは、自分の身をこのお方に捧げるのだ。身も心も。

技も。

ばしゃあああっ!

紫の体液が降りかかった。

毒性はなかったが、ひどい匂いがした。
彼らが跪く、前後に。両断された階層主の身体が転がった。

ドロシーの、一撃は、大ムカデの身体の一節を粉砕していたのである。
「ど、ドロシー、お、おまっ」
這いずるように、クラウドが寄ってきた。実際に手足に鎖をからめた状態ではそうするしかなったのであるが、首輪を引っ張られる形になったエミリアが罵声を浴びせた。
「そ、その技、俺にも教えてくれ。」

いや、この技は魔法使い並に、魔力の制御が必要なんだよ。
ドロシーは、言おうとしたが、エミリアの叫びに振り返った。


「まだ、生きている!」
粉砕した節の断面。

分かれたそれぞれに、新たな顎と複眼が作られつつあった。

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