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クローディア大公の結婚式
天使乱舞
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「断っておきますが、彼は、自死です。ぼくが殺したわけではありません。」
額から大きく損壊した頭は、かろうじて、それが、男性の、それもまだごく若い男のものだとわかる。
なにかに、憑かれたか。
フィールべは、とっさにそう判断した。
学問一筋にやっていても、危機に応対する判断力や、肝の座り方は、尋常ではない。誠にアライアス家の血筋と教育はやっかいなものであった。
ならば、無闇に刺激するのはまずいか。
残念ながら、生首のほうは、埋葬してやるくらいしか、これ以上してやれることはなさそうだった。
「座りたまえ、ノウブルくん。わたしにその生首を届けるのが目的では無いのだろう?」
「これは、恐れ多くも、この度行われる黒目―ディア大公の結婚式にて、ハロルドさま、クローディア大公を暗殺せんと企てていた暗殺者の一味です。」
くやしそうに、ノウブルは、生首を蹴った。
首はごろごろと転がって、史机の足にあたってとまった。
絨毯は変えさせるか。
フィールべは内心、ため息をついた。
人間の血や体液のしみは落ちにくいと聞いたことがある。
「身元は割れているのか?」
「仕掛け屋、という殺し屋です。捕らえて仲間の居場所をはかせるつもりでしたが、先に…」
ノウブルは、椅子のひとつに、腰を下ろした。
なにに憑かれたのかは、わからないが、かなり高位の存在であることは、間違いない。
もともとのノウブルの人格は、そいつに完全に食い潰されてしまっている。
それでいて、振る舞いは、人間のものだ。
記憶もノウブルのものを、完全に使いこなしているようだ。
これは、もう、もとには戻るまい。つまり、フィールべ枢機卿は、この夜、ふたりの人間の死を間の目の当たりにしたことになる。
ひとりは、たいして親しくは無い貴族のこせがれで、ひとりは見ず知らずの男だったが、決して、気分のいいものではなかった。
「裏はとらせてもらうが」
フィールべは慎重に言った。
「きみの、言う通りならば、なにか褒美をとらせよう。」
「褒美!」
成績はまあまあの部類だったか。子爵家のぼんぼんは、顔を輝かせた。
「そう、褒美! ぼくはまさに褒美が欲しくて、こんなことをしたんです。」
「まあ、期待に添えるように、褒賞を用意するよ。」
「これは、猊下ではないと出来ないことなのです!」
ノウブルは、ぐぐっと前のめりに顔を突き出した。
合わせて、フィールべは、身体をひいた…あまり、近づきたい相手ではなかったからだ。
「あまり、無理を言ってはくれるなよ…いくら枢機卿でも出来ることと出来ないことがある。」
「猊下にしかできないことなのですっ!」
少年の瞳から虹色の燐光が、ゆうるゆうると、立ち上る。
「猊下は、教皇庁の特務戦力“聖竜師団”を差配されていますよね?」
確かに、グランダ遠征から失態続きの竜人たちの部隊の担当を、前任者から引き継いだ。
長となる古竜の就任も二転三転したのだが、結局、レクスという人材(竜材?)を得て解決した。
だが、それは、外に出ていい情報では無い。
どこかの間者なのか。この少年を使ってわたしに接近しようとしているものは。
だが、彼の両眼が発するあやしい光は、文献でその現象を読んだことがあった。
「ぼくの論文を読んでくれましたよね?」
それは、ノウブルが半年ばかり前にかいた論文だった。「天使の召喚とその定着」。
神学校の顧問の立場にあったフィールべは、それを読んだ。着眼点は悪くないし、見るべきところはあったが、あまりにも荒く、論文の体を成していなかった。
フィールべは、褒めるべき部分は褒め、全体としては、書き直しを命じたつもりだったが、彼の解釈は違っていたようだった。
「あの論文を高く評価していただいたことを感謝いたします!
そして、そのうえであれを世間から葬りさろうになさった事、いえいえ」
別になにも口を挟んじゃいないんだけどな。
と、フィールべ枢機卿は思った。
「立場上、そのように、なさるのは無理もない。卑小な人間がそう考えることを、いちいち咎め立てしたり、罰をくだしたりはいたしません。
ですが、殺し屋を葬った褒賞をというのであれば、ぜひ、ぼくの進言をお聞き届けください。」
フィールべは、黙って先を促した。
「もはや、実戦部隊の体をなさない“聖竜師団”の即刻の解散を!
かわりに、“天使”の力を宿した者で組織された“降臨者”による舞台編成をお手伝いください。」
ノウブルは立ち上がった。
目の燐光は顔の半分をおおいつくしている。
「大丈夫です、猊下。」
彼は囁くように言って、手を伸ばした。
「すぐに猊下も、ぼくと同じになれます。」
だが、その手が、フィールべに触れる前に、その手首が掴まれた。
掴んだのは、鱗に包まれ、鉤爪をはやした醜い手だ。
だが、フィールべは、それを見た時、こころからほっとした。
「遅いぞ、ルクス。虐められるとこだったじゃないか。」
「たったの10分だよ、フィールべ。」
新しく竜人たちの長になった、若者は、快活に言った。額の左側に角が飛び出ている。
相変わらず、人化は、苦手な古竜レクスであった。
額から大きく損壊した頭は、かろうじて、それが、男性の、それもまだごく若い男のものだとわかる。
なにかに、憑かれたか。
フィールべは、とっさにそう判断した。
学問一筋にやっていても、危機に応対する判断力や、肝の座り方は、尋常ではない。誠にアライアス家の血筋と教育はやっかいなものであった。
ならば、無闇に刺激するのはまずいか。
残念ながら、生首のほうは、埋葬してやるくらいしか、これ以上してやれることはなさそうだった。
「座りたまえ、ノウブルくん。わたしにその生首を届けるのが目的では無いのだろう?」
「これは、恐れ多くも、この度行われる黒目―ディア大公の結婚式にて、ハロルドさま、クローディア大公を暗殺せんと企てていた暗殺者の一味です。」
くやしそうに、ノウブルは、生首を蹴った。
首はごろごろと転がって、史机の足にあたってとまった。
絨毯は変えさせるか。
フィールべは内心、ため息をついた。
人間の血や体液のしみは落ちにくいと聞いたことがある。
「身元は割れているのか?」
「仕掛け屋、という殺し屋です。捕らえて仲間の居場所をはかせるつもりでしたが、先に…」
ノウブルは、椅子のひとつに、腰を下ろした。
なにに憑かれたのかは、わからないが、かなり高位の存在であることは、間違いない。
もともとのノウブルの人格は、そいつに完全に食い潰されてしまっている。
それでいて、振る舞いは、人間のものだ。
記憶もノウブルのものを、完全に使いこなしているようだ。
これは、もう、もとには戻るまい。つまり、フィールべ枢機卿は、この夜、ふたりの人間の死を間の目の当たりにしたことになる。
ひとりは、たいして親しくは無い貴族のこせがれで、ひとりは見ず知らずの男だったが、決して、気分のいいものではなかった。
「裏はとらせてもらうが」
フィールべは慎重に言った。
「きみの、言う通りならば、なにか褒美をとらせよう。」
「褒美!」
成績はまあまあの部類だったか。子爵家のぼんぼんは、顔を輝かせた。
「そう、褒美! ぼくはまさに褒美が欲しくて、こんなことをしたんです。」
「まあ、期待に添えるように、褒賞を用意するよ。」
「これは、猊下ではないと出来ないことなのです!」
ノウブルは、ぐぐっと前のめりに顔を突き出した。
合わせて、フィールべは、身体をひいた…あまり、近づきたい相手ではなかったからだ。
「あまり、無理を言ってはくれるなよ…いくら枢機卿でも出来ることと出来ないことがある。」
「猊下にしかできないことなのですっ!」
少年の瞳から虹色の燐光が、ゆうるゆうると、立ち上る。
「猊下は、教皇庁の特務戦力“聖竜師団”を差配されていますよね?」
確かに、グランダ遠征から失態続きの竜人たちの部隊の担当を、前任者から引き継いだ。
長となる古竜の就任も二転三転したのだが、結局、レクスという人材(竜材?)を得て解決した。
だが、それは、外に出ていい情報では無い。
どこかの間者なのか。この少年を使ってわたしに接近しようとしているものは。
だが、彼の両眼が発するあやしい光は、文献でその現象を読んだことがあった。
「ぼくの論文を読んでくれましたよね?」
それは、ノウブルが半年ばかり前にかいた論文だった。「天使の召喚とその定着」。
神学校の顧問の立場にあったフィールべは、それを読んだ。着眼点は悪くないし、見るべきところはあったが、あまりにも荒く、論文の体を成していなかった。
フィールべは、褒めるべき部分は褒め、全体としては、書き直しを命じたつもりだったが、彼の解釈は違っていたようだった。
「あの論文を高く評価していただいたことを感謝いたします!
そして、そのうえであれを世間から葬りさろうになさった事、いえいえ」
別になにも口を挟んじゃいないんだけどな。
と、フィールべ枢機卿は思った。
「立場上、そのように、なさるのは無理もない。卑小な人間がそう考えることを、いちいち咎め立てしたり、罰をくだしたりはいたしません。
ですが、殺し屋を葬った褒賞をというのであれば、ぜひ、ぼくの進言をお聞き届けください。」
フィールべは、黙って先を促した。
「もはや、実戦部隊の体をなさない“聖竜師団”の即刻の解散を!
かわりに、“天使”の力を宿した者で組織された“降臨者”による舞台編成をお手伝いください。」
ノウブルは立ち上がった。
目の燐光は顔の半分をおおいつくしている。
「大丈夫です、猊下。」
彼は囁くように言って、手を伸ばした。
「すぐに猊下も、ぼくと同じになれます。」
だが、その手が、フィールべに触れる前に、その手首が掴まれた。
掴んだのは、鱗に包まれ、鉤爪をはやした醜い手だ。
だが、フィールべは、それを見た時、こころからほっとした。
「遅いぞ、ルクス。虐められるとこだったじゃないか。」
「たったの10分だよ、フィールべ。」
新しく竜人たちの長になった、若者は、快活に言った。額の左側に角が飛び出ている。
相変わらず、人化は、苦手な古竜レクスであった。
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ご覧いただきありがとうございます。なんとか完結しました。彼らの物語はまだ続きます。後日談https://www.alphapolis.co.jp/novel/807186218/844632510
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