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クローディア大公の結婚式
ひとたらしの大公
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人たらし、という言葉がある。
いや、辞書にあるのかどうかは、知らないが少なくとも、クローディア大公は、面と向かって、言われたことがある。
相手は、自分の娘のフィオリナで、たしかはじめて、口をきいたグランダ王家の影とはなした場所の中だ。
フィオリナは悪い意味で使ったのではないと思うが、なんとなく、口八丁で相手をまるめこんでいるイメージがあって、クローディアはあまり好きではない。
この話を、ルト経由できいていたドロシーは、その言葉に深く納得したのだった。
クローディアは、旅芸人姿のギンとリクを居間に招くと、使用人をよんで、軽食と飲み物を用意させたあと、人払いを命じた。
「どちらさまか、伺ってもよろしいですか?」
ときいたのは、ここがアライアス侯爵の別邸であり、使用人たちもすべて、アライアス侯爵家に属していたのだから、当たり前だ。
「わたしの手下だ。」
クローディアはどうどうと答えた。
「アライアス閣下も当然、お持ちだろうが、裏のややクセのある仕事を受け持つものたちだ。
北のほうでは『影』とか『暗部』とか称していた。別にここで騒ぎを起こすわけでも、ギウリーク聖帝国になにか仕掛けるわけでもない。
ただ、しばらくオールべに滞在してもらっていたので、あそこの民情などを報告してもらう。
まだ、わたしは正式なオールべ伯爵ではないが、いわば領地内部でのことだ。
あまり事細かには、聞かれたくないのでな。」
使用人は、一礼して、その場を辞した。彼としては、客人であるクローディア大公に、この晩に訪問者があったこと、それが、クローディア大公の『暗部』であることを報告できるば、合格点であったので、それでよかったのだ。
クローディアは、ギンとリクにすわってくつろぐようすすめ、茶を注いですすめた。そのときに同じ急須からそそいだ茶をさきに飲むのは、貴人同士の礼儀である。
毒をいれいていない、ということを相手方に示すためだ。
たいして、ギンは苦笑で、リクは無表情にそれを迎えた。
ドロシーがみたところ、ギンは、以前には貴族かそれに近い上流階級に属していたようなので、貴族同士で行う礼儀を、クローディアが自分たちに対して行ったことに、おかしみを感じたのだろう。
「人払いするには、適切な対応だったと思います。」
ドロシーは、パイを切り分けながら、クローディアに言った。
短い間ではあるが、ドロシーなりに、クローディアという傑物への接し方がわかってきている。
クローディアは、部下が軽口を叩くのを好む。
意見をどんどんあげるのを好む。
「あそこまであけすけに、言ってしまえばそれでもなお、防諜を続けようという使用人はいないでしょう。
彼らにしても、そのまでの報告がアライアス閣下にできれば、問題ないわけですか。」
「人様の仕事っぷりにまで、心配すると早く老け込むぞ。」
ギンが、しわひとつもない顔で笑った。
「そもそもわたしらは、別にクローディア陛下の部下じゃあないのだから。
あんな言い方をしたら、もしわたしらが、ミトラで不始末をしでかしたら、疑惑の矛先は、あんたにも向くんじゃないのかい? 大公閣下。」
「『仕掛け屋』を配下に置いていた、という、評判のためなら泥も被ろう。」
と、クローディアは言った。
たしかに、知る人ぞ知る凄腕の殺し屋集団「仕掛け屋」が実は、北の新興国クローディア大公国の息がかかっていると言われたら。
それはとはうもないスキャンダルであるが、同時に利用価値もある。
少なくとも、クローディア大公家に対して、暗殺を考えていたものたちは、二の足を踏むだろう。
同じことをやり返されるのが、目に見えているからだ。
ギンは茶碗を取り上げると、それを飲んだ。
貴族の、あいだでは、これは「あなたを、信用しておきます。」のメッセージになる。
「ドロシー殿が、道中世話になったようだ。改めて礼を言わせてもらう。」
「俺たちは俺たちの仕事を果たしてきただけだ。」
うっそりと、リクが答えた。
クローディアよりは、いくぶん小柄ながら、よく鍛えられた巌のような身体。
ギンが、手に持つ弦楽器をはじめ、あらゆる場所に仕込んだ暗器をもって、戦うのに対して、リクは無手だった。
「ドロシーから、どこまで聞いている?」
答えによっては、この場でクローディアを消す、ドロシーも殺す。
そういう凄みのある問だったが、百戦錬磨の将軍は、軽くかわした。
「なにもきいてない。」
「じゃあ、なぜ、俺たちをここにあげた?」
「わたしの推論をきいてもらおうと思ったからだ。もし、間違っていればそれまでの話だ。」
ギンは、リクの肩に手をおいた。
「話をきこうかね。」
「まず、お主たちの今回の仕掛けの相手は、神子ハロルドだ。依頼人はアライアス侯爵ミーア。」
「ふん。」
ギンは、喉をみせて笑った。
「話を続けてみてもいいよ? 陛下。」
「そうだな。おまえたちはいったんは、依頼を受けたものの、裏を取るうちに疑問点が出てきた。
本当に、アライアスの目標は、教皇庁の闇を暴くことなのか。」
ギンとリクは顔を見合わせた。
そこまでは合っていた。
そして、クローディアは、少なくとも彼らに敵対する気はないのだ。
いや、辞書にあるのかどうかは、知らないが少なくとも、クローディア大公は、面と向かって、言われたことがある。
相手は、自分の娘のフィオリナで、たしかはじめて、口をきいたグランダ王家の影とはなした場所の中だ。
フィオリナは悪い意味で使ったのではないと思うが、なんとなく、口八丁で相手をまるめこんでいるイメージがあって、クローディアはあまり好きではない。
この話を、ルト経由できいていたドロシーは、その言葉に深く納得したのだった。
クローディアは、旅芸人姿のギンとリクを居間に招くと、使用人をよんで、軽食と飲み物を用意させたあと、人払いを命じた。
「どちらさまか、伺ってもよろしいですか?」
ときいたのは、ここがアライアス侯爵の別邸であり、使用人たちもすべて、アライアス侯爵家に属していたのだから、当たり前だ。
「わたしの手下だ。」
クローディアはどうどうと答えた。
「アライアス閣下も当然、お持ちだろうが、裏のややクセのある仕事を受け持つものたちだ。
北のほうでは『影』とか『暗部』とか称していた。別にここで騒ぎを起こすわけでも、ギウリーク聖帝国になにか仕掛けるわけでもない。
ただ、しばらくオールべに滞在してもらっていたので、あそこの民情などを報告してもらう。
まだ、わたしは正式なオールべ伯爵ではないが、いわば領地内部でのことだ。
あまり事細かには、聞かれたくないのでな。」
使用人は、一礼して、その場を辞した。彼としては、客人であるクローディア大公に、この晩に訪問者があったこと、それが、クローディア大公の『暗部』であることを報告できるば、合格点であったので、それでよかったのだ。
クローディアは、ギンとリクにすわってくつろぐようすすめ、茶を注いですすめた。そのときに同じ急須からそそいだ茶をさきに飲むのは、貴人同士の礼儀である。
毒をいれいていない、ということを相手方に示すためだ。
たいして、ギンは苦笑で、リクは無表情にそれを迎えた。
ドロシーがみたところ、ギンは、以前には貴族かそれに近い上流階級に属していたようなので、貴族同士で行う礼儀を、クローディアが自分たちに対して行ったことに、おかしみを感じたのだろう。
「人払いするには、適切な対応だったと思います。」
ドロシーは、パイを切り分けながら、クローディアに言った。
短い間ではあるが、ドロシーなりに、クローディアという傑物への接し方がわかってきている。
クローディアは、部下が軽口を叩くのを好む。
意見をどんどんあげるのを好む。
「あそこまであけすけに、言ってしまえばそれでもなお、防諜を続けようという使用人はいないでしょう。
彼らにしても、そのまでの報告がアライアス閣下にできれば、問題ないわけですか。」
「人様の仕事っぷりにまで、心配すると早く老け込むぞ。」
ギンが、しわひとつもない顔で笑った。
「そもそもわたしらは、別にクローディア陛下の部下じゃあないのだから。
あんな言い方をしたら、もしわたしらが、ミトラで不始末をしでかしたら、疑惑の矛先は、あんたにも向くんじゃないのかい? 大公閣下。」
「『仕掛け屋』を配下に置いていた、という、評判のためなら泥も被ろう。」
と、クローディアは言った。
たしかに、知る人ぞ知る凄腕の殺し屋集団「仕掛け屋」が実は、北の新興国クローディア大公国の息がかかっていると言われたら。
それはとはうもないスキャンダルであるが、同時に利用価値もある。
少なくとも、クローディア大公家に対して、暗殺を考えていたものたちは、二の足を踏むだろう。
同じことをやり返されるのが、目に見えているからだ。
ギンは茶碗を取り上げると、それを飲んだ。
貴族の、あいだでは、これは「あなたを、信用しておきます。」のメッセージになる。
「ドロシー殿が、道中世話になったようだ。改めて礼を言わせてもらう。」
「俺たちは俺たちの仕事を果たしてきただけだ。」
うっそりと、リクが答えた。
クローディアよりは、いくぶん小柄ながら、よく鍛えられた巌のような身体。
ギンが、手に持つ弦楽器をはじめ、あらゆる場所に仕込んだ暗器をもって、戦うのに対して、リクは無手だった。
「ドロシーから、どこまで聞いている?」
答えによっては、この場でクローディアを消す、ドロシーも殺す。
そういう凄みのある問だったが、百戦錬磨の将軍は、軽くかわした。
「なにもきいてない。」
「じゃあ、なぜ、俺たちをここにあげた?」
「わたしの推論をきいてもらおうと思ったからだ。もし、間違っていればそれまでの話だ。」
ギンは、リクの肩に手をおいた。
「話をきこうかね。」
「まず、お主たちの今回の仕掛けの相手は、神子ハロルドだ。依頼人はアライアス侯爵ミーア。」
「ふん。」
ギンは、喉をみせて笑った。
「話を続けてみてもいいよ? 陛下。」
「そうだな。おまえたちはいったんは、依頼を受けたものの、裏を取るうちに疑問点が出てきた。
本当に、アライアスの目標は、教皇庁の闇を暴くことなのか。」
ギンとリクは顔を見合わせた。
そこまでは合っていた。
そして、クローディアは、少なくとも彼らに敵対する気はないのだ。
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