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クローディア大公の結婚式

魔女の聞き込み

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「どう思う?」

「仕掛け屋」の最大の強みは、周りの一般人の中に溶け込めることだった。
異様な服装、風体などはしていない。リクはそれでもよく鍛えた体をもち、盛り場の怖いお兄さん風なところもあるが、ギンはちょっと艶っぽい旅芸人のお姐さん、である。

そいつらが、場末の居酒屋で何やら、話し込んでいようが、少なくとも固有名詞さえ出さないようにすれば、よもや大貴族から依頼を受けた要人の暗殺の相談をしているとは、夢にも思われまい。

ドロシーにしてもジウルにしても、その風態は修行中の拳士にしか見えぬ。
ただ。
ギムリウスが、困ったなあ。
彼は、なんとなく話が不調に終わったことを感じ取り、その意味がわからないのでなんとなく不安げだった。そして、その手の不安感は、彼の場合、ついうっかり、口に運んだスープをスプーンごと咀嚼してしまう、といった妙な行動に反映されるのである。

だから、ギンは出来るだけギムリウスとはたまたま席が同じになっただけの、ふりをしていた。
さきの「どう思う?」もリクに言ったものである。

「支払いは適正だと思いますよ。」
それをなぜ、この奇妙な生き物が答えるのか。

ギムリウスは、瞳を左右の目にひとつずつにまとめていたし、脚はおりたたんで、人間の足に同化させていた。なので完全に人間のふりを完璧に行なっているつもりなのだが、着ているものが入院着で、ぉまけに素足なので注目は集まらざるをえない。

「そうじゃない。」

このかわいらい生き物が、ミトラで話題の「踊る道化師」に属していることをきいたギンは、やや固い口調で言った。アライアスの暗部ならまだよかった。「踊る道化師」は、先日のミトラ大聖堂の魔物の襲来に際しては、真っ先に駆けつけて、大活躍した冒険者パーティである。
それはすでに数々の伝説に彩られ、なかにはギウリークが誇る竜人からなる特殊部隊を叩きのめした。などというものさえあるのだ。
そして、ご存知の通り、彼らは、竜人どころか、古竜も叩きのめしているし、そもそも大聖堂の崩壊は、ギムリウスのせい、である。

そこまでは、ギンとリクは知らないし、ドロシーたちも言ってはいけないことの区別はできた。

「逃走経路なら、わたしが転移させます。お好きなところにお送りしますよ。」

「そう簡単なことじゃない。」
ジウルが口をはさんだ。
「転移魔法は使えるヤツが少ないんだ。転移でいなくなったと思われれば真っ先に、こいつが疑われる。」

なんとなく、ジウルがかばったくれたので、ギムリウスはうれしくなってニコニコした。
ドロシーを連れ帰りに行った時に彼女に怖がられたのは、fギムリウスにとってはかなりショックだったのだ。

「いや、旦那。わたしが心配なのはそれ以前の問題なんです。」
「どうやって紛れ込むか、か?」
「いえいえ。あの奥方さんの話がどこまで、本当かってことですよ。」
「まあ、裏取りは必要なのだろうが。」
ジウルは首を傾げた。
「ありそうな話、ではあったな。」

ギンは顔を伏せるようにして、口元に僅かに笑みを浮かべた。それはおそろしく冷たいものに見えた。
「旦那、おひとつ。」

そういわれて、壺から酒を注いでもらう。

「とまあ、こんなふうに簡単にいくものですかね? 鞍替えってものが。」

それが聖光教が「神子」の魂を伝承させる儀式のことだと、ジウルは理解した。
「簡単ではない、な。準備もいるし。だが、相手が相手だ。下々の我々には思いもつかない方法があるんだろう。」

「と言われてるときは、たいてい、ないのよね。」
呟くように、ギンは言った。
「なにが言いたい?」
と、口調は詰問なのだが、顔は笑っている。
「引越し自体が茶番だといいたいのか?」
「そこまで、言い切るには材力が足りない。」
そう言って、また酒壺を取り上げた。
「ハロルドってやつのことを、少し調べたい。やつを疎んじてたとかいう奥方の親類筋に心当たりはないかい?」
「それなら、心当たりはあります。」ドロシーは、濡らした指でテープルに、ガルフィートと書いて、直ぐに消した。
「こちらは、奥方とは長い家ぐるみで長い付き合いがありそうですし、その男のことも当然、知っているはずです。」
「目の付け所がいいね。」
と、ギンは破顔した。
「ついでに、そこいらの聞き込みおまえさんに任せようか。両家ともにあんたは頻繁に出入りしてたんだろ?」
「わ、わたしがですか!?」

「会場と式次第の件で、相談をしたいと、連絡を貰っています。」
ギムリウスが言った。
「そうなんですか!?
ならちょうどいい。そこにお2人を紹介すれば・・・」
「なんて紹介するんだい?」
「それは、ミトラへの旅の途中で大変お世話になった旅芸人さんで」
「およしよっ!
オールべでなにがあったかなんて、腹を探られたくもない。」


結局、ドロシーは一人で、ガルフィート伯爵のところに顔を出すはめになった。
「所用でいったんミトラを離れておりました。」
そんなふうに、ドロシーが挨拶するとガルフィートはわかった、とでも言うように、鷹揚に笑って、向かいの席に座るよう、促した。

「先だってのクローディア大公の歓迎会で大変世話になったな。
侯爵からそなたの有能ぶりは話しを聞いている。」
「いいえ、とんでも。」
ドロシーは消えてなくなりたい、と思った。承認欲求は強いと自負はしていたものの、ここまでの貴人にここまで褒められる理由はないのだ。
だいたいにおいて、アクシデントだらけのあの会が無事に終わったのは、ルトくんのおかげであって、彼女自身は入場客を、カウントしたり、地味な仕事しかしていない。

「クローディア陛下の地位が決まった。爵位は新設のオールべ伯爵。旧エステル伯爵の所領の大半をその領地とし、実際の行政は、鉄道公社から人員を派遣してもらう。
資料はそこに。」
「この件は、クローディア大公ご夫妻には?」

お主はクローディア大公家の秘書官だろう?
というガルフィート伯爵の言葉をきいて、ドロシーは愕然とした。
それは、もっと家柄の正しい貴族の師弟が、正式な学校をでて、然るべきキャリアを積んでなるものだ。

「伯爵、閣下。わたくしはそのようなたいそうな者ではありません!
いま秘書官を務めているのは、ご嫡子フィオリナ姫の婚約者ルトさまです。」

「ルト殿下を経由するかは、任せる。鉄道公社との打ち合わせの窓口は、保安局のアイザック・ファウブルを尋ねてほしい。ドロシー嬢とルト殿の名は告げてある。」
「ま、待って下さい!
こちらの書類は間違いなく、クローディア陛下にお届けします。しかし、決定するのは」
「もちろんだ、ドロシー嬢。」
ガルフィートは、冷静に言った。
「決定するのは、大公ご自身だ。だがこの内容がいかなるものかを、よく理解してもらい、説明して欲しい。これは秘書官たるきみの役目だと、わたしは思う。」

「わたしは、結婚式の打ち合わせとのことで呼ばれたのだと、そううかがいました!」
「もちろん、それ、もだ。」
ガルフィートにとって、優秀だがあまりにも若いドロシーを手玉にとることなど、造作もなかったのだろう。
笑って、もうひとつの資料を持ち出す。
「では、心楽しい披露宴の計画を練ろうではないか、秘書官殿?」

もちろん、若く有能なドロシーは、手玉にとられたように見せることも造作もなかったのである。



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