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クローディア大公の結婚式
神子殺し
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「本来、政治の世界には関わらないのが『仕掛け屋』です。」
ギンは、礼を失しない程度に、アライアス侯爵にクギをさした。
もともと、高位貴族ならば、その家中に「暗部」だの「影」とか呼ばれる荒事や諜報を司る人員を抱えているのが常である。
それが、手に余るのならば、どこの街にもどんな国にでも、殺し屋はいる。
組織として請け負っているものもいれば、フリーランスもいる。
彼女たち「仕掛け屋」はそのどちらでもない。「尽きせぬ恨みをはらす」のが、その仕事とされ、それが殺しという形態になるのは、たまたまだ、と「仕掛け屋」は言うのだ。
実際にそう名乗る「仕掛け屋」たちの殺しは、必ずしも営利だけと言い切れぬ場合も見受けられた。
「わかっている。これは、政治とは関係のない。わたし個人の私怨によるものだ。」
「侯爵家の権力が通じない相手、という意味でしょうか。
それはそれで、政治的にならざるを得ませんですねえ。」
言いながら、ギンはもい半ば、腰を浮かせている。
内容が気に入らなければ、大枚を積まれても平気で断る。
これもまた「仕掛け屋」の特徴のひとつであった。
「わたしには良人がいた。」
アライアスは、すがるような目でギンを見やった。
「我が一人息子の父親になる。身分が低かったので、婚姻という形式はとらなかったが、わたしも他に男は作らなかった。唯一無二の相手として、終生を誓った。」
「いた、と言うのは? 殺されたということですか?」
「殺されたようなものだ。」
ギンの目が冷たくなる。
周りくどい話は嫌いだった。
「まあ、姐さん。もう少し話を聞きましょうぜ。」
リクが声をかけた。
ギンも気を取りなおす。依頼を受けるにせよ、断るにせよ、敵に回して得になる相手ではない。
「もう、10年以上昔になる。聖光教の『神子』を知っているか?」
「唯一神が、この世界に顕在したお姿ですよね。」
一応、聖光教の信者であるドロシーが口を挟んだ。
「勇者と並んで、聖光教の二枚看板です。勇者の方は、生まれ変わり。神子は御霊移シによって永遠に存在し続ける、という。」
言っておく。「敬虔な」教徒ではないようだ。
「そうだな。神の器にされた人間がそう長くは持たない、ということもあるのだろうが、わたしはもっと単純に神といえども老いさらばえた肉体に留まりたくないのだ、というふうに解釈している。
そして、11年前に、我が良人、ハロルドが神子の器に選ばれたのだ。」
「神なんぞと魂が融合してしまえば、個人の自我など失われる。」
いかにも拳士といった風態のジウルがそんなことを言ったので、アライアスはちょっとびっくりしたようだった。
もちろん、ジウルが20代の青年なのは見かけだけ。
実態は、百年以上にわたってグランダの魔道院を支配した人類社会でも最強の魔導師ボルテック卿なのだ。
「実質殺されるのと大差はない。魂そのものが失われてしまうから、単なる『死』よりたちが悪いな。完全なる消滅、だ。」
「その通りだ。」
アライアスは唇を噛み締めた。
「神子がそういうものであるこタァ、わたしらも知識はあるさ。」
ギンが伝法な口調で言った。
「しかし、アライアス侯爵家と言えば、ギウリークでも屈指の大貴族じゃないか。
そこの、まあ、正式ではないにしろ、夫に手を出すなんてことがあるのかい?
言っちゃあ、悪いが、教皇庁とギウリーク聖帝国は、表裏一体。現に当代の枢機卿に一族だっているじゃないか。
そんな無茶がまかり通るものとは、ちょっと信じられないね。」
「ハロルドは、身内には評判が良くなかった。」
アライアスは、悔しそうに言った。
「もともとは辺境の守備隊の騎士だと名乗っていた。栗色の巻毛で、逞しい体つきで、でも笑った顔がたまらなく可愛らしかった。
しかし、侯爵家の身内のものは、あれは良くない。侯爵家の財産目当てに近づいたのだと、家の中でもハロルドを爪弾きにした。
その頃には、もう兄は、信仰の道に入ることが決まっていたから、わたしが次の当主となることもわかっていた。息子が生まれるとすぐに、教皇庁からハロルドに神子の打診がきた。
逃げれば、アライアス侯爵家に迷惑がかかるからと、あいつは笑って。」
涙がポタポタと、テーブルに落ちた。
「笑って、神子になったのだ。」
アライアスは、きっと一同を睨んだ。
「こんな制度は、もうやめるべきだ。」
「だから、それは、勝手に侯爵家の力でもなんでも使って、制度改革を訴えればいいじゃない。」
ギンは肩をすくめた。
「わたしら、『仕掛け屋』が何かする余地はないわ。せっかく、ミトラまで呼ばれてきては見たけど、全く無駄足になったようね、侯爵閣下。」
「そうだな。確かに神子という伝統、神子という制度はそうだ。」
アライアスは答えた。
「だが、神子は、魂を移さずに殺されたこともない。病死を含め自然死したこともないのだ。
つまり、今、神の器となっているハロルドの命さえ絶てば」
「神子というシステム自体が崩壊するわけね。」
ギンは、考え込んだ。
「・・・・いや、無理だわ。神子は通常、教皇庁の奥に匿われていて、滅多に人前には姿を現さない。いくらなんでもそこまで潜って、仕掛けをやり遂げて、生還する自信はない。」
「神子が姿を表す機会はある。」
アライアスが言った。
「近々、クローディア大公国の大公ご夫妻の披露宴が、ミトラで行われる。これに祝福のため神子が臨席することは決定済みだ。」
「ふうん? 場所は? 日時は?」
「それが、会場に予定していた大聖堂が先日、魔物の襲来を受けて全壊してしまってな。」
なぜか、ギムリウスがすまなそうに体をすくめた。
「日時と場所は調整中だ。芸人も多数呼ぶ予定だから、そこに潜り込むことは簡単だ。
どうだ、引き受けてはくれないか?」
ギンは、礼を失しない程度に、アライアス侯爵にクギをさした。
もともと、高位貴族ならば、その家中に「暗部」だの「影」とか呼ばれる荒事や諜報を司る人員を抱えているのが常である。
それが、手に余るのならば、どこの街にもどんな国にでも、殺し屋はいる。
組織として請け負っているものもいれば、フリーランスもいる。
彼女たち「仕掛け屋」はそのどちらでもない。「尽きせぬ恨みをはらす」のが、その仕事とされ、それが殺しという形態になるのは、たまたまだ、と「仕掛け屋」は言うのだ。
実際にそう名乗る「仕掛け屋」たちの殺しは、必ずしも営利だけと言い切れぬ場合も見受けられた。
「わかっている。これは、政治とは関係のない。わたし個人の私怨によるものだ。」
「侯爵家の権力が通じない相手、という意味でしょうか。
それはそれで、政治的にならざるを得ませんですねえ。」
言いながら、ギンはもい半ば、腰を浮かせている。
内容が気に入らなければ、大枚を積まれても平気で断る。
これもまた「仕掛け屋」の特徴のひとつであった。
「わたしには良人がいた。」
アライアスは、すがるような目でギンを見やった。
「我が一人息子の父親になる。身分が低かったので、婚姻という形式はとらなかったが、わたしも他に男は作らなかった。唯一無二の相手として、終生を誓った。」
「いた、と言うのは? 殺されたということですか?」
「殺されたようなものだ。」
ギンの目が冷たくなる。
周りくどい話は嫌いだった。
「まあ、姐さん。もう少し話を聞きましょうぜ。」
リクが声をかけた。
ギンも気を取りなおす。依頼を受けるにせよ、断るにせよ、敵に回して得になる相手ではない。
「もう、10年以上昔になる。聖光教の『神子』を知っているか?」
「唯一神が、この世界に顕在したお姿ですよね。」
一応、聖光教の信者であるドロシーが口を挟んだ。
「勇者と並んで、聖光教の二枚看板です。勇者の方は、生まれ変わり。神子は御霊移シによって永遠に存在し続ける、という。」
言っておく。「敬虔な」教徒ではないようだ。
「そうだな。神の器にされた人間がそう長くは持たない、ということもあるのだろうが、わたしはもっと単純に神といえども老いさらばえた肉体に留まりたくないのだ、というふうに解釈している。
そして、11年前に、我が良人、ハロルドが神子の器に選ばれたのだ。」
「神なんぞと魂が融合してしまえば、個人の自我など失われる。」
いかにも拳士といった風態のジウルがそんなことを言ったので、アライアスはちょっとびっくりしたようだった。
もちろん、ジウルが20代の青年なのは見かけだけ。
実態は、百年以上にわたってグランダの魔道院を支配した人類社会でも最強の魔導師ボルテック卿なのだ。
「実質殺されるのと大差はない。魂そのものが失われてしまうから、単なる『死』よりたちが悪いな。完全なる消滅、だ。」
「その通りだ。」
アライアスは唇を噛み締めた。
「神子がそういうものであるこタァ、わたしらも知識はあるさ。」
ギンが伝法な口調で言った。
「しかし、アライアス侯爵家と言えば、ギウリークでも屈指の大貴族じゃないか。
そこの、まあ、正式ではないにしろ、夫に手を出すなんてことがあるのかい?
言っちゃあ、悪いが、教皇庁とギウリーク聖帝国は、表裏一体。現に当代の枢機卿に一族だっているじゃないか。
そんな無茶がまかり通るものとは、ちょっと信じられないね。」
「ハロルドは、身内には評判が良くなかった。」
アライアスは、悔しそうに言った。
「もともとは辺境の守備隊の騎士だと名乗っていた。栗色の巻毛で、逞しい体つきで、でも笑った顔がたまらなく可愛らしかった。
しかし、侯爵家の身内のものは、あれは良くない。侯爵家の財産目当てに近づいたのだと、家の中でもハロルドを爪弾きにした。
その頃には、もう兄は、信仰の道に入ることが決まっていたから、わたしが次の当主となることもわかっていた。息子が生まれるとすぐに、教皇庁からハロルドに神子の打診がきた。
逃げれば、アライアス侯爵家に迷惑がかかるからと、あいつは笑って。」
涙がポタポタと、テーブルに落ちた。
「笑って、神子になったのだ。」
アライアスは、きっと一同を睨んだ。
「こんな制度は、もうやめるべきだ。」
「だから、それは、勝手に侯爵家の力でもなんでも使って、制度改革を訴えればいいじゃない。」
ギンは肩をすくめた。
「わたしら、『仕掛け屋』が何かする余地はないわ。せっかく、ミトラまで呼ばれてきては見たけど、全く無駄足になったようね、侯爵閣下。」
「そうだな。確かに神子という伝統、神子という制度はそうだ。」
アライアスは答えた。
「だが、神子は、魂を移さずに殺されたこともない。病死を含め自然死したこともないのだ。
つまり、今、神の器となっているハロルドの命さえ絶てば」
「神子というシステム自体が崩壊するわけね。」
ギンは、考え込んだ。
「・・・・いや、無理だわ。神子は通常、教皇庁の奥に匿われていて、滅多に人前には姿を現さない。いくらなんでもそこまで潜って、仕掛けをやり遂げて、生還する自信はない。」
「神子が姿を表す機会はある。」
アライアスが言った。
「近々、クローディア大公国の大公ご夫妻の披露宴が、ミトラで行われる。これに祝福のため神子が臨席することは決定済みだ。」
「ふうん? 場所は? 日時は?」
「それが、会場に予定していた大聖堂が先日、魔物の襲来を受けて全壊してしまってな。」
なぜか、ギムリウスがすまなそうに体をすくめた。
「日時と場所は調整中だ。芸人も多数呼ぶ予定だから、そこに潜り込むことは簡単だ。
どうだ、引き受けてはくれないか?」
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