145 / 248
怪人どものお稽古
しおりを挟む
考えてみれば、元英雄級の冒険者であるシホウに、直々に指導を受ける機会なんか、滅多にない。
冒険者にある種のあこがれをいだいていたヤンにはよくわかる。
ヤンは。言われた通り、膝を曲げて中腰の姿勢を取っている。
かれこれ、もう、半刻はたっているだろうか。 足は激痛を伝え、汗が滴り、落ちる。
師匠たちはどうしているのかと、見れば、のんびり茶を飲みながら談笑しているのである。
西域への留学。とくにヤンの希望するミトラの、上級魔道学校は治安の悪い地域にあると言う。
なので、護身術になれば、とこの怪しげな「魔法拳法研究会」に入ってみた。
いまのところは「基礎体力作り」ということで、走ったりへんなリズムで呼吸したり、こうやって膝をまげて立たされたり。
続けているは、こうして放課後のひととき、身体を動かすと夜、寝付かれなくなることが、なく、健康にはよさそうだった。強くなった感じは皆無である。
「あまり、俺の言うことをきかんほうがいいぞ。」
と、巨漢の拳法家は、正面に座るジウルという拳法家にそんなことを言う。
ジウル・ボルテック。
この男、突然、魔道院を放り出して雲隠れしたボルテック卿のひ孫に当たるらしい。
若い頃のボルテック卿は、このようだったのだろうか、と思わせるどこか似通った顔立ちは、もちろん若々しく。年齢は、20代の前半。つまり、ヤンといくらも違わない年代である。
こちらは、黒い袖のない稽古着に身を包んでいる。
「無茶を言ってくれる。」
ジウルは、茶を啜りながら言い返した。
「お前の教えてくれるあれやこれやについていくのが精一杯なのに、言うことを聞くなとは?」
「拳術というものは所詮は、人対人の戦闘を想定したものだからだ。
おまえが相手にするものは、人間とは限るまい。違うか?」
「冒険者ならそうだろうな。」
ジウルは頷いた。
「だが、絶士とやらはどうなのだ? おぬしらもどこその迷宮に潜って、夜に一輪だけ咲く紫檀草の採取を命じられたりするのか?」
「もっと悪い。」
巨漢は淡々と答えた。
「事故に見せかけて一国の元首を殺害しろ、とか。碌でもない荒事を平気でおおせつかる。」
「それにしても相手は人間だろう。」
「ふむ」
思慮深そうに、シホウは頷く。
「例えば、こたびの相手だ。アウデリアは、ひとの姿をとっているが人間だろうか?
我が仲間、グルジエンは、異世界からの来訪者だ。いまは人の姿をとっているが、もともとの姿はひととはかけ離れたものだと言う。」
「たしかにな。しかし、相手がひとの姿をとっていれば、拳は有効だ。」
ぐはっ
荒い息を吐き出して、ヤンは崩れ落ちた。
目印の砂時計は、まだ目盛りをひとつ半残している。
「だいぶ、様になってきた。」
シホウが、のそり、と立ち上がった。
「いまの姿勢から真っ直ぐに、コブシを打ち出してみよ。」
ヤンは、困ったように、助けを求めるようにジウルを、見た。
「言われた通りにしてみろ。」
ヤンは言われた通りに、腰を落とした。
バンチの撃ち方など一度も習ってはいない。自分のパンチは、いかなる芋虫よりも遅く、どんな羽虫よりも軽い。
殴りつけたら、こぶしのほうが痛む。
ヤンは不承不承で、腰を落とした。
ずん、と体重がのったその瞬間脚を払われた。バランスを崩した彼の腰は自然に回転し、その勢いのまま、打ち出した拳がシホウの巨大な手のひらに吸い込まれていく。
バンっ
と乾いた音がした。
ヤンの拳は、シホウの手のひらに包まれている。だがそこに生じた衝撃は。
これまで感じたことがないものだった。
「急所に当たれば、一撃であいてを失神されられる。」
シホウは、手を開いてヤンのコブシを解放した。
「これが、この三日、おぬしがたち続けた成果だ。」
シホウの笑みは、慈愛あふるるものだった。
そう、ヤンには、感じられた。
「どうだ? 続けてみるか?」
ぜ、せひ!と、答えたヤンの声がうわずってしまったのも無理はなかろう。
「つまらん、お稽古を続けているなあ。」
彼ら「魔法拳法研究会」が借りているのは、食堂に隣接した多目的スペースだった。
人目につくが、まあ、部員が、というか、部員見習いがヤンひとりなので、多少は宣伝になるか、と思いこの場所を借りて稽古をしていたのだ。
まだ、夕飯の時刻にはだいぶ間がある。
揶揄するような声を掛けてきたのは、黒い詰襟、同色のスラックスに身を包んだ魔道院生だった。
「なんだ? 入部希望か?」
ジウルは、優しくきいたつもりだったが相手は、ふん、と鼻を鳴らした。
「魔道院で拳法修行とは笑わせる。」
腰に剣を下げているものは、魔道院には珍しくない。
だがこの青年の剣は。
「俺は魔剣研究会のザジ。前総帥の曾孫を自称する道化者の見物にきたんだ。」
冒険者にある種のあこがれをいだいていたヤンにはよくわかる。
ヤンは。言われた通り、膝を曲げて中腰の姿勢を取っている。
かれこれ、もう、半刻はたっているだろうか。 足は激痛を伝え、汗が滴り、落ちる。
師匠たちはどうしているのかと、見れば、のんびり茶を飲みながら談笑しているのである。
西域への留学。とくにヤンの希望するミトラの、上級魔道学校は治安の悪い地域にあると言う。
なので、護身術になれば、とこの怪しげな「魔法拳法研究会」に入ってみた。
いまのところは「基礎体力作り」ということで、走ったりへんなリズムで呼吸したり、こうやって膝をまげて立たされたり。
続けているは、こうして放課後のひととき、身体を動かすと夜、寝付かれなくなることが、なく、健康にはよさそうだった。強くなった感じは皆無である。
「あまり、俺の言うことをきかんほうがいいぞ。」
と、巨漢の拳法家は、正面に座るジウルという拳法家にそんなことを言う。
ジウル・ボルテック。
この男、突然、魔道院を放り出して雲隠れしたボルテック卿のひ孫に当たるらしい。
若い頃のボルテック卿は、このようだったのだろうか、と思わせるどこか似通った顔立ちは、もちろん若々しく。年齢は、20代の前半。つまり、ヤンといくらも違わない年代である。
こちらは、黒い袖のない稽古着に身を包んでいる。
「無茶を言ってくれる。」
ジウルは、茶を啜りながら言い返した。
「お前の教えてくれるあれやこれやについていくのが精一杯なのに、言うことを聞くなとは?」
「拳術というものは所詮は、人対人の戦闘を想定したものだからだ。
おまえが相手にするものは、人間とは限るまい。違うか?」
「冒険者ならそうだろうな。」
ジウルは頷いた。
「だが、絶士とやらはどうなのだ? おぬしらもどこその迷宮に潜って、夜に一輪だけ咲く紫檀草の採取を命じられたりするのか?」
「もっと悪い。」
巨漢は淡々と答えた。
「事故に見せかけて一国の元首を殺害しろ、とか。碌でもない荒事を平気でおおせつかる。」
「それにしても相手は人間だろう。」
「ふむ」
思慮深そうに、シホウは頷く。
「例えば、こたびの相手だ。アウデリアは、ひとの姿をとっているが人間だろうか?
我が仲間、グルジエンは、異世界からの来訪者だ。いまは人の姿をとっているが、もともとの姿はひととはかけ離れたものだと言う。」
「たしかにな。しかし、相手がひとの姿をとっていれば、拳は有効だ。」
ぐはっ
荒い息を吐き出して、ヤンは崩れ落ちた。
目印の砂時計は、まだ目盛りをひとつ半残している。
「だいぶ、様になってきた。」
シホウが、のそり、と立ち上がった。
「いまの姿勢から真っ直ぐに、コブシを打ち出してみよ。」
ヤンは、困ったように、助けを求めるようにジウルを、見た。
「言われた通りにしてみろ。」
ヤンは言われた通りに、腰を落とした。
バンチの撃ち方など一度も習ってはいない。自分のパンチは、いかなる芋虫よりも遅く、どんな羽虫よりも軽い。
殴りつけたら、こぶしのほうが痛む。
ヤンは不承不承で、腰を落とした。
ずん、と体重がのったその瞬間脚を払われた。バランスを崩した彼の腰は自然に回転し、その勢いのまま、打ち出した拳がシホウの巨大な手のひらに吸い込まれていく。
バンっ
と乾いた音がした。
ヤンの拳は、シホウの手のひらに包まれている。だがそこに生じた衝撃は。
これまで感じたことがないものだった。
「急所に当たれば、一撃であいてを失神されられる。」
シホウは、手を開いてヤンのコブシを解放した。
「これが、この三日、おぬしがたち続けた成果だ。」
シホウの笑みは、慈愛あふるるものだった。
そう、ヤンには、感じられた。
「どうだ? 続けてみるか?」
ぜ、せひ!と、答えたヤンの声がうわずってしまったのも無理はなかろう。
「つまらん、お稽古を続けているなあ。」
彼ら「魔法拳法研究会」が借りているのは、食堂に隣接した多目的スペースだった。
人目につくが、まあ、部員が、というか、部員見習いがヤンひとりなので、多少は宣伝になるか、と思いこの場所を借りて稽古をしていたのだ。
まだ、夕飯の時刻にはだいぶ間がある。
揶揄するような声を掛けてきたのは、黒い詰襟、同色のスラックスに身を包んだ魔道院生だった。
「なんだ? 入部希望か?」
ジウルは、優しくきいたつもりだったが相手は、ふん、と鼻を鳴らした。
「魔道院で拳法修行とは笑わせる。」
腰に剣を下げているものは、魔道院には珍しくない。
だがこの青年の剣は。
「俺は魔剣研究会のザジ。前総帥の曾孫を自称する道化者の見物にきたんだ。」
0
ご覧いただきありがとうございます。なんとか完結しました。彼らの物語はまだ続きます。後日談https://www.alphapolis.co.jp/novel/807186218/844632510
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説

平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?
伽羅
ファンタジー
転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。
このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。
自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。
そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。
このまま下町でスローライフを送れるのか?
転生して貴族になったけど、与えられたのは瑕疵物件で有名な領地だった件
桜月雪兎
ファンタジー
神様のドジによって人生を終幕してしまった七瀬結希。
神様からお詫びとしていくつかのスキルを貰い、転生したのはなんと貴族の三男坊ユキルディス・フォン・アルフレッドだった。
しかし、家族とはあまり折り合いが良くなく、成人したらさっさと追い出された。
ユキルディスが唯一信頼している従者アルフォンス・グレイルのみを連れて、追い出された先は国内で有名な瑕疵物件であるユンゲート領だった。
ユキルディスはユキルディス・フォン・ユンゲートとして開拓から始まる物語だ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる