婚約破棄で終わらない! 策謀家王子と腕力家公爵令嬢 チートな二人のそれからはじまる物語り

此寺 美津己

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怪人どものお稽古

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考えてみれば、元英雄級の冒険者であるシホウに、直々に指導を受ける機会なんか、滅多にない。
冒険者にある種のあこがれをいだいていたヤンにはよくわかる。

ヤンは。言われた通り、膝を曲げて中腰の姿勢を取っている。
かれこれ、もう、半刻はたっているだろうか。 足は激痛を伝え、汗が滴り、落ちる。

師匠たちはどうしているのかと、見れば、のんびり茶を飲みながら談笑しているのである。
西域への留学。とくにヤンの希望するミトラの、上級魔道学校は治安の悪い地域にあると言う。
なので、護身術になれば、とこの怪しげな「魔法拳法研究会」に入ってみた。
 いまのところは「基礎体力作り」ということで、走ったりへんなリズムで呼吸したり、こうやって膝をまげて立たされたり。
続けているは、こうして放課後のひととき、身体を動かすと夜、寝付かれなくなることが、なく、健康にはよさそうだった。強くなった感じは皆無である。

「あまり、俺の言うことをきかんほうがいいぞ。」
と、巨漢の拳法家は、正面に座るジウルという拳法家にそんなことを言う。
ジウル・ボルテック。
この男、突然、魔道院を放り出して雲隠れしたボルテック卿のひ孫に当たるらしい。
若い頃のボルテック卿は、このようだったのだろうか、と思わせるどこか似通った顔立ちは、もちろん若々しく。年齢は、20代の前半。つまり、ヤンといくらも違わない年代である。
こちらは、黒い袖のない稽古着に身を包んでいる。

「無茶を言ってくれる。」
ジウルは、茶を啜りながら言い返した。
「お前の教えてくれるあれやこれやについていくのが精一杯なのに、言うことを聞くなとは?」

「拳術というものは所詮は、人対人の戦闘を想定したものだからだ。
おまえが相手にするものは、人間とは限るまい。違うか?」

「冒険者ならそうだろうな。」
ジウルは頷いた。
「だが、絶士とやらはどうなのだ? おぬしらもどこその迷宮に潜って、夜に一輪だけ咲く紫檀草の採取を命じられたりするのか?」

「もっと悪い。」
巨漢は淡々と答えた。
「事故に見せかけて一国の元首を殺害しろ、とか。碌でもない荒事を平気でおおせつかる。」

「それにしても相手は人間だろう。」
「ふむ」
思慮深そうに、シホウは頷く。
「例えば、こたびの相手だ。アウデリアは、ひとの姿をとっているが人間だろうか?
我が仲間、グルジエンは、異世界からの来訪者だ。いまは人の姿をとっているが、もともとの姿はひととはかけ離れたものだと言う。」
「たしかにな。しかし、相手がひとの姿をとっていれば、拳は有効だ。」

ぐはっ
荒い息を吐き出して、ヤンは崩れ落ちた。

目印の砂時計は、まだ目盛りをひとつ半残している。
「だいぶ、様になってきた。」
シホウが、のそり、と立ち上がった。
「いまの姿勢から真っ直ぐに、コブシを打ち出してみよ。」
ヤンは、困ったように、助けを求めるようにジウルを、見た。
「言われた通りにしてみろ。」
ヤンは言われた通りに、腰を落とした。
バンチの撃ち方など一度も習ってはいない。自分のパンチは、いかなる芋虫よりも遅く、どんな羽虫よりも軽い。
殴りつけたら、こぶしのほうが痛む。

ヤンは不承不承で、腰を落とした。
ずん、と体重がのったその瞬間脚を払われた。バランスを崩した彼の腰は自然に回転し、その勢いのまま、打ち出した拳がシホウの巨大な手のひらに吸い込まれていく。
バンっ
と乾いた音がした。

ヤンの拳は、シホウの手のひらに包まれている。だがそこに生じた衝撃は。
これまで感じたことがないものだった。

「急所に当たれば、一撃であいてを失神されられる。」
シホウは、手を開いてヤンのコブシを解放した。

「これが、この三日、おぬしがたち続けた成果だ。」
シホウの笑みは、慈愛あふるるものだった。
そう、ヤンには、感じられた。
「どうだ? 続けてみるか?」

ぜ、せひ!と、答えたヤンの声がうわずってしまったのも無理はなかろう。

「つまらん、お稽古を続けているなあ。」

彼ら「魔法拳法研究会」が借りているのは、食堂に隣接した多目的スペースだった。
人目につくが、まあ、部員が、というか、部員見習いがヤンひとりなので、多少は宣伝になるか、と思いこの場所を借りて稽古をしていたのだ。

まだ、夕飯の時刻にはだいぶ間がある。
揶揄するような声を掛けてきたのは、黒い詰襟、同色のスラックスに身を包んだ魔道院生だった。

「なんだ? 入部希望か?」
ジウルは、優しくきいたつもりだったが相手は、ふん、と鼻を鳴らした。
「魔道院で拳法修行とは笑わせる。」
腰に剣を下げているものは、魔道院には珍しくない。
だがこの青年の剣は。

「俺は魔剣研究会のザジ。前総帥の曾孫を自称する道化者の見物にきたんだ。」
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