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魔道院始末
魔拳士、帰る
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ジャイロは、魔道院に勤務してもう、20年になる。
専門は「魔法陣による魔法の強化と実践」だ。とはいえ、研究ばかりの人間ではない。
若い頃には、西域にて冒険者として活躍し、銅級を保持している。
ちなみに組織の運営者としても優秀であり、ボルテックの元で、副学長とでもいうべきポジジヨンを長年勤めてた。
ボルテック卿が引退することでもあれば、次はの学院長は、彼ではないかと目され、実情のよくわからない有象無象が擦り寄ってきた時期もある。
だが、ボルテックは、最初にあった時から今までも、変わらぬ「じじい」であり、その間に老け込んだかと言われても、いや最初から老けておりました、と言って笑うくらいのことしか、彼にはできない。
出身は、グランダ王都から、旅をすれば6日はかかる地域の農家であった。
果樹園を経営する両親は、幼い頃から特に魔力に秀でたこの三男坊を、近くの街の学校に通わせる程度の資力はあり、また、彼が冒険者志願をしたときにも、快く応援してくれた。
その後、彼が魔道院に職を得たときは、心から喜んでくれた。
別段、金の無心をしたりしたことはない。
両親の果樹園は、身入りは悪くなかったし、後は、長男夫婦が継いだからだ。
ちなみに人柄も良い。
このたびの魔道院の学院長の変更。すなわちボルテック卿の引退と、ウィリニアの就任に際しても同じポジションに留まりつづけた。
実践のあるいは実戦の経験ももち、魔道院という組織の運営における実務の経験、その両方をバランスよく兼ね備えた人材は、ほかにはいなかっただろう。
ついでにいうなら、永遠にナンバーツーの座に居続けることの覚悟も踏まえていた。
それにしても困ったものだ。
と、定例の会議を終えて自室に戻りながら、彼は思った。
ボルテック卿は我儘で、へそ曲がりで、とんでもないジジイであったが、少なくとも魔道院を私物化しきっていた。すなわち自分の持ち物と同程度には大事にしていたのである。
新しい学院長殿は、ボルテックに輪をかけてへそ曲がりで、その言を信じるならば、ボルテック以上のとんでもジジイであって、しかも魔道院には、これっぱかしも愛着がない。
魔導師としてはすごいのだろうし、国との折衝一つとっても「無能」からは対極にあることは間違いなかった。
だが、気まぐれだ。
この度も、「ミトラに行ってくる。あとはよろしく。」の一言で、突然、行先不明になってしまった。残された秘書は、ごく最近雇われたばかりの魔道院の学生、冒険者のヨウィスと言って、これは無愛想なことを除けばかなり有能で、彼女からはウィルニアに連絡することはできた。
だが、そのヨウィスも「休暇をもらってミトラに行ってくる。」とのことで姿をくらましている。
あとは、日常のルーティーンワークをこなすだけ。
この状態を維持しろと言われれば、何ヶ月かは持つだろう。だが、1年は無理だ。
トップを欠いた組織というのはそんなもので、特に魔道院のように、そのトップに特異な人物を配さねばならぬような組織には、絶対のトップは必ずいなければならない。
“今日も大丈夫。明日も大丈夫。だが、来週は? 来月は?”
憮然として部屋に帰ったジャイロは、少し酒でも飲んでから帰ろうと思っていた。
アルコールが体によくないのは知っているが、少なくともこの先の見えない不安から、いっときでも解放されたい気持ちの方が強かったのだ。
だが、部屋には先客がいた。
彼の秘蔵のボトルはすでに、半分以上開けられ、二人の侵入者はいいご機嫌で軽口を叩きあっている。
「いや・・・勝手におじゃまさせていただいて・・・ます。ジャイロ事務長殿。」
やや若い、筋肉質の男が手をあげて、挨拶した。
「先にやらせてもらって・・・ますぞ。」
「別にわたしにまで敬語は結構です。」
ジャイロは、ため息をついた。
面白いもので、彼の口髭は、彼の心情を正確に模写する。ため息と共に、ピンと跳ね上がった口髭がだらりと下がるのは実物だった。
「ボルテック卿・・・・・」
「いや、俺は、そのひひ孫でジウル・ボルテックという・・・」
「だから、そこいらの茶番は、少なくとも教職員の間では必要ありませんから。」
ジャイロは、自分も応接に腰掛けると、酒瓶から至高の液体をグラスに注いだ。
おそろしい・・・・酒瓶はもう三分の一も残っていなかった。
「ボルテック卿、そっちのでっかい方はどなたですかね。」
若返ったボルテックもなかなかの偉丈夫だったが、もう一人は規格外だった。
二人掛けの椅子に一人で腰を下ろしてなお窮屈そうだったのだ。
かといって、太っている訳ではない。いや太ってはいるのだろうが、脂肪の奥には強靭な筋肉が息づいている。
「お初にお目にかかる。」
大男は、素直に頭を下げた。
「俺は、シホウという。見た目の通りの拳士だ。」
なるほど。
貴族でも学者でも魔道士でも剣士でもないとは思っていたが、拳士だったか。
ジャイロは納得したような納得できないような気がした。
基本的には武具での防御ではなく、回避を目指す拳士は、あまり太った男はいない。
素手同士の戦いならいざ知らず、武器を持った相手がいる以上、「的」はでかくしない方が良い場合が多いのだ。
「ジャイロ殿とおっしゃるか?」
「いかにも。」
「失礼ながら、冒険者として働かれていたことが。」
「シホウ、そいつはもともと、ミトラの同級冒険者だ。」
ボルテック卿が口を挟んだ。
「確か銅級だったな。もともとグランダの出身でな。こっちで稼ごうと戻ってきたんだが、こっちには冒険者にとってロクな働き口がなくてな。
魔道院で拾ってやったのが、いつだっけな?」
「二十年前です。」
ジャイロは、見かけ上は遥かに年下のボルテックに、頭を下げた。
「それは感謝しておりますが、師よ。突然のご来訪はいかなる御用向きでありましょう。
もし、年甲斐もない拳法修行を諦めて、魔道院にお戻りいただけるならば、教職員、生徒一同心より歓迎申し上げますが。」
「皮肉をいうな、ジャイロ。」
ボルテックは笑った。同じ笑いからをかつてのボルテック老がすればそれは、妖怪ジジイの嫌味な笑みでしかなかったのだろうが、若き偉丈夫の今の彼がすると、男走ったいい感じの笑みに見えなくもない。
「流石に、それをしたら、ウィルニアの顔を潰すことにもなるだろう。」
「そのウィルニア学院長は、ふらりと西域に出かけたまま、帰ってこないどころか、連絡も取れません。」
ジャイロはブツブツと言った。
「何か、肴になるものを用意させましょう。」
「助かるな。なにしろ、オールべから転移してきたばかりで、腹は減っている。」
専門は「魔法陣による魔法の強化と実践」だ。とはいえ、研究ばかりの人間ではない。
若い頃には、西域にて冒険者として活躍し、銅級を保持している。
ちなみに組織の運営者としても優秀であり、ボルテックの元で、副学長とでもいうべきポジジヨンを長年勤めてた。
ボルテック卿が引退することでもあれば、次はの学院長は、彼ではないかと目され、実情のよくわからない有象無象が擦り寄ってきた時期もある。
だが、ボルテックは、最初にあった時から今までも、変わらぬ「じじい」であり、その間に老け込んだかと言われても、いや最初から老けておりました、と言って笑うくらいのことしか、彼にはできない。
出身は、グランダ王都から、旅をすれば6日はかかる地域の農家であった。
果樹園を経営する両親は、幼い頃から特に魔力に秀でたこの三男坊を、近くの街の学校に通わせる程度の資力はあり、また、彼が冒険者志願をしたときにも、快く応援してくれた。
その後、彼が魔道院に職を得たときは、心から喜んでくれた。
別段、金の無心をしたりしたことはない。
両親の果樹園は、身入りは悪くなかったし、後は、長男夫婦が継いだからだ。
ちなみに人柄も良い。
このたびの魔道院の学院長の変更。すなわちボルテック卿の引退と、ウィリニアの就任に際しても同じポジションに留まりつづけた。
実践のあるいは実戦の経験ももち、魔道院という組織の運営における実務の経験、その両方をバランスよく兼ね備えた人材は、ほかにはいなかっただろう。
ついでにいうなら、永遠にナンバーツーの座に居続けることの覚悟も踏まえていた。
それにしても困ったものだ。
と、定例の会議を終えて自室に戻りながら、彼は思った。
ボルテック卿は我儘で、へそ曲がりで、とんでもないジジイであったが、少なくとも魔道院を私物化しきっていた。すなわち自分の持ち物と同程度には大事にしていたのである。
新しい学院長殿は、ボルテックに輪をかけてへそ曲がりで、その言を信じるならば、ボルテック以上のとんでもジジイであって、しかも魔道院には、これっぱかしも愛着がない。
魔導師としてはすごいのだろうし、国との折衝一つとっても「無能」からは対極にあることは間違いなかった。
だが、気まぐれだ。
この度も、「ミトラに行ってくる。あとはよろしく。」の一言で、突然、行先不明になってしまった。残された秘書は、ごく最近雇われたばかりの魔道院の学生、冒険者のヨウィスと言って、これは無愛想なことを除けばかなり有能で、彼女からはウィルニアに連絡することはできた。
だが、そのヨウィスも「休暇をもらってミトラに行ってくる。」とのことで姿をくらましている。
あとは、日常のルーティーンワークをこなすだけ。
この状態を維持しろと言われれば、何ヶ月かは持つだろう。だが、1年は無理だ。
トップを欠いた組織というのはそんなもので、特に魔道院のように、そのトップに特異な人物を配さねばならぬような組織には、絶対のトップは必ずいなければならない。
“今日も大丈夫。明日も大丈夫。だが、来週は? 来月は?”
憮然として部屋に帰ったジャイロは、少し酒でも飲んでから帰ろうと思っていた。
アルコールが体によくないのは知っているが、少なくともこの先の見えない不安から、いっときでも解放されたい気持ちの方が強かったのだ。
だが、部屋には先客がいた。
彼の秘蔵のボトルはすでに、半分以上開けられ、二人の侵入者はいいご機嫌で軽口を叩きあっている。
「いや・・・勝手におじゃまさせていただいて・・・ます。ジャイロ事務長殿。」
やや若い、筋肉質の男が手をあげて、挨拶した。
「先にやらせてもらって・・・ますぞ。」
「別にわたしにまで敬語は結構です。」
ジャイロは、ため息をついた。
面白いもので、彼の口髭は、彼の心情を正確に模写する。ため息と共に、ピンと跳ね上がった口髭がだらりと下がるのは実物だった。
「ボルテック卿・・・・・」
「いや、俺は、そのひひ孫でジウル・ボルテックという・・・」
「だから、そこいらの茶番は、少なくとも教職員の間では必要ありませんから。」
ジャイロは、自分も応接に腰掛けると、酒瓶から至高の液体をグラスに注いだ。
おそろしい・・・・酒瓶はもう三分の一も残っていなかった。
「ボルテック卿、そっちのでっかい方はどなたですかね。」
若返ったボルテックもなかなかの偉丈夫だったが、もう一人は規格外だった。
二人掛けの椅子に一人で腰を下ろしてなお窮屈そうだったのだ。
かといって、太っている訳ではない。いや太ってはいるのだろうが、脂肪の奥には強靭な筋肉が息づいている。
「お初にお目にかかる。」
大男は、素直に頭を下げた。
「俺は、シホウという。見た目の通りの拳士だ。」
なるほど。
貴族でも学者でも魔道士でも剣士でもないとは思っていたが、拳士だったか。
ジャイロは納得したような納得できないような気がした。
基本的には武具での防御ではなく、回避を目指す拳士は、あまり太った男はいない。
素手同士の戦いならいざ知らず、武器を持った相手がいる以上、「的」はでかくしない方が良い場合が多いのだ。
「ジャイロ殿とおっしゃるか?」
「いかにも。」
「失礼ながら、冒険者として働かれていたことが。」
「シホウ、そいつはもともと、ミトラの同級冒険者だ。」
ボルテック卿が口を挟んだ。
「確か銅級だったな。もともとグランダの出身でな。こっちで稼ごうと戻ってきたんだが、こっちには冒険者にとってロクな働き口がなくてな。
魔道院で拾ってやったのが、いつだっけな?」
「二十年前です。」
ジャイロは、見かけ上は遥かに年下のボルテックに、頭を下げた。
「それは感謝しておりますが、師よ。突然のご来訪はいかなる御用向きでありましょう。
もし、年甲斐もない拳法修行を諦めて、魔道院にお戻りいただけるならば、教職員、生徒一同心より歓迎申し上げますが。」
「皮肉をいうな、ジャイロ。」
ボルテックは笑った。同じ笑いからをかつてのボルテック老がすればそれは、妖怪ジジイの嫌味な笑みでしかなかったのだろうが、若き偉丈夫の今の彼がすると、男走ったいい感じの笑みに見えなくもない。
「流石に、それをしたら、ウィルニアの顔を潰すことにもなるだろう。」
「そのウィルニア学院長は、ふらりと西域に出かけたまま、帰ってこないどころか、連絡も取れません。」
ジャイロはブツブツと言った。
「何か、肴になるものを用意させましょう。」
「助かるな。なにしろ、オールべから転移してきたばかりで、腹は減っている。」
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ご覧いただきありがとうございます。なんとか完結しました。彼らの物語はまだ続きます。後日談https://www.alphapolis.co.jp/novel/807186218/844632510
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