婚約破棄で終わらない! 策謀家王子と腕力家公爵令嬢 チートな二人のそれからはじまる物語り

此寺 美津己

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クエスト 披露宴に出席せよ

魔女と隠者

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ヨウィスは、たぶんみなが忘れているとは思うが、グランダの魔道学校の学生である。
成績のほうは無償の奨学金を申請出来るほど、優秀であるが、生活費も授業料も冒険者として稼いでいる。
変わり者ではあるが、学校でも冒険者ギルドでも人気があった。

いつも小柄な体を、少し背を丸めて、濃い灰色のマントにフードを深く下ろして、とぼとぼと歩く。顔立ちはかわいらしいのだが、俯き加減で相手を見ずにしゃべるもので、そもそもめったに顔を見せない。
見せたところで、無表情か仏頂面かの二択である。
それ以外の表情を見た者は、ザレやフィオリナといったごく一部の近しい仲間を除いては、軒並み死んでいる。
死んでいる、というのはそのままの意味で、大抵は彼女の操る鋼糸術で、絞められるか切られるか。

ヨウィスとしては、これで満足であって、彼女なりの将来設計としては、このまま魔道院に残り、あわよくば研究員として籍を得て、好き勝手な研究をして、よけいな人付き合いや出世競争とは無縁の人生を過ごす、というのものである。

だが、このところ、少々風向きが変わってきてる。
ひとつには、変わった同居人ができたことである。

名をリヨン、という。
もともとが、ハルト王子の暗殺のためやってきた西方域の銀級パーティ「蝕乱天使」のひとりであった。なんどか共闘したり、闘ったりしたあげくに、彼女は戦神を地上に下ろすための受肉の媒介として使われて、体の大半を喪失することになった。
受肉化が終わらないうちに、頭部を切り離すことに成功したため、なんとか命は永らえものの、彼女はしばらくはひとりで食事をすることもできない状態だった。それをヨウィスが拾って、彼女の体が再生するまで、面倒を見続けたのである。

「蝕乱天使」そのものが、壊滅状態にあり、またリヨンを受肉の材料にしようとしたのが「蝕乱天使」のリーダー、クリュークであったので自然とリヨンは、ヨウィスに「懐いた」。
ヨウィスもそれを受け入れはしたのだが、リヨンがひとりで生活できるまで、少なくとも冒険者としての仕事はできない。
何日も家をあけたりしないで済む仕事‥‥

それが、新しく魔道院の学院長になった、ウィルニアの秘書である。

千年前の「賢者」ウィルニアは、いろいろな面で困った人物であった。
だが、幸いにもヨウィスは、「魔力と知力を持て余している困った人」は、ハルト王子なり、フィオリナなり、前学長のボルテックなりで慣れていた。
ウィルニアもこの変わり者の隠者を気に入り、かくして、ヨウィスは、魔道院から給料をもらう身分となったのである。

ヨウィスは、伸びをした。
上級課程にあるヨウィスは、自分の研究室を持つことを認められている。
リヨンが元気になってからは、かなり遅くまでここで、自分の勉強をすることが多い。
同居人は、とにかく常にしゃべり、動き回り、かまってやらないとならない体質で、ヨウィスとしては、それは不快ではないのだが、とにかく「困る」のだ。

帰りに「不死鳥の冠」にでも顔を出してみようか、とヨウィスは思った。
ザックはすぐにでも、ミトラにむけて出発したいような口ぶりだったが、いっこうに連絡がない。
魔王宮の竜に、駅のある街まで運んでもらう計画がうまくいかなかったのだろうか?

ドアが礼儀正しく、ノックされた。
魔道院の研究室は、繁華街とは別の意味で不夜城である。
夜の方が集中しやすい、あるいは、夜でないと意味のない魔法の実験など、半数近い部屋で、何かしらが行われている。
誰か学生が、ヨウィスに夜食でも誘いに来たのかもしれない。

ヨミは半分当たって半分外れていた。
扉の外にいたのは、ザザリで、彼女は自分が焼いたパンの袋を、ヨウィスに差し出して、「夜食にどうぞ」と言った。

「どうも」
とヨウィスは返した。
ザザリがここにいることは別に間違いではない。ザザリはいやメア陛下は、魔道院の講師だ。
主に、初等部のまだ幼いと言っても良い生徒たちに、魔法の初歩を教えている。
あと、こっそりと夜がふけたあとで、上級クラスの生徒に混じって研究会に参加していることがある。

何かにつけてでしゃばることを嫌がるメアさまが、いつの間にこのような知識を。

当然のように誰もが芽生える疑問は、芽生える前にメアが消していた。精神操作は、彼女のもっとも得意とするところである。

「ヨウィス、この前の話なんだけど。」

ヨウィスは体をずらした。その隙間からするりとメアは入り込み、彼女のお気に入りの椅子に腰を下ろす。

「少し変更が入りそう。というか入ったわ。それを報告しにきたの。」
「…魔王宮になにか?」
「うん、はずれ、かな?
魔王宮の古竜たちに協力はお願いできそうよ。ただ、出発がすこしのびる。
連れて行くメンバーも増えるわ。

あなたやザック以外にも。」

「誰を?」
「そうね。例えばわたし。それからわが夫、良識王陛下。わが息子エルマート陛下。クローディア家のリア。それからなんの因果か『不死鳥の冠』のミュランも。」

「…なあにが起こった?」

ザザリ、いやメアは、イヤそうな嬉しそうな顔で、ヨウィスに手紙を突き付けた。
「ルトとフィオリナが式をあげるそうよ。あなたやわたしにも出席しほしいって!」

ヨウィスは押し黙った。
顔は下をむいたまま、みじろぎもしない。

永久に続くかと思われた沈黙を破ったのは、メア=ザザリのほうだった。

「もちろん、もう一人のあなた、もよ。
ほんとにあなたは『わたし』の真似が下手ね!」

くす。
くすくすくす。
フードの下でヨウィスが笑う。

「『ぼく』のヨウィスにも聞きたいわ。どう、出席する?」


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ご覧いただきありがとうございます。なんとか完結しました。彼らの物語はまだ続きます。後日談https://www.alphapolis.co.jp/novel/807186218/844632510
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