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魔女の幸せの生活

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王都から半日、というところにある前王“良識王”の隠遁先。
特に決まった呼称はなく、貴族の間で話に登る際は、「湖畔の離宮」、地元の住民からは「メアさまのお屋敷」と呼ばれている。
実際には、離宮と呼ばれる程の規模はなく、お屋敷、ですらぎりぎりだった。

当初はそれでも10人からの者が、前王の世話をするために、泊まり込みで勤務していたのだが、もはや彼になんの権力もないことがわかると、1人さり、2人さり。
今では、地元の農家から通いで炊事洗濯をする者が2人のみだった。

これはメアが、なかなか家庭的な人物であり、こっそり魔法も使って家事をそつなくこなしてしまうので、そもそもそんな必要がなかった、ということが大きい。

前王は、湖水に釣り糸を垂れ、その蘊蓄をたれ、時には酒を嗜んで、平和に暮らしていた。権力の座に返り咲こうとする気はまったくなく、かつて、彼の取り巻きとして悪評高い「夜会派」の貴族が尋ねてきた際は、自分の釣った魚と庭の菜園で採れた野菜で大いにもてなし、彼らを辟易させた。

屋敷の部屋は、そんなわけでかなり余ったが、メアはそこで、村の子供たちに簡単な読み書きを教えている。
他にも、庭の菜園や、屋敷に隣接した果樹園の手入れもする。
果樹園の方は順調で、次の収穫期には、そこそこの利益が出そうだった。
こちらの方は、誰か人を雇った方がいい、とメアと前王は話しをしていた。

メアは、このところ、家を開けることが多くなった。
例の魔道院とランゴバルド冒険者学校の対抗戦以来、魔道院に教職を持ったのだ。
こっそり転移で通っているので、グランダでの泊まりは十日に一度程度であった。

「ただいま、わたしの陛下!」
「おかえり、メア!
今日は王都に泊まりの予定じゃなかったかね?」

ふたりは(言っておくがこのかなり長くなった物語の元凶ともいえるふたりは)抱き合って、キスをした。
良識王は、歴代の王たちの例に習わず、貴妃やら淑妃といった側女を置くことは一切なかった。これは家庭人としては悪くはない。また単純に自らの生活に余分な経費をかけないという意味ではプラスである。しいてマイナス面をあげるなら、もともと王侯貴族の婚姻は、政治、外交の延長にあるのだから、そのいずれにも積極的ではなかったこの前王の施政を象徴するものである、ともいえた。

メアも前王もここでの暮らしを心から楽しんでいた、といえる。
この地は、グランダの中心である王都からほど近く、湖水を中心に風光明媚な別荘地としても知られ、またここで採れる果実でおかげで、地元も豊かだった。
痛みやすい果実で、遠方への出荷は難しかったが、干したものは広く西域にまで出回り、たとえば、それを刻んだものは、ちょうどこの頃に、銀灰皇国の闇姫がミトラのとあるカフェで大いに気に入ったケーキの生地に練り込まれていたかもしれない。

「あなた! ハルトとフィオリナ姫がいよいよ結婚するそうなのよ。」
「おお・・・・」
母親が違う、とはいえ、ハルトは前王の実子には違いない。
「それはめでたい、な。式はどこであげるのだ? ここか? クローディア大公国か?」

もともと彼とメアの子、エルマートを王位につけるため、当時王太子だったハルトに嫌がらせの限りをつくし、命まで狙った元凶ふたりは、リビングに腰を落ち着けて、前王がいれたお茶を飲みながら、楽しそうに語らった。

「それが、きいてください。なんとミトラで挙げるっていうのよ!」
「ミトラ! ギウリークの、ミトラか?
それは、なんというか・・・・」
前王は、適当な言葉がでずに首をひねった。
「・・・流行っているのか? 若いものの間で。」

「さすがにそれはないわ。だってまともに旅をすれば10日以上かかるのよ?」
「そうか・・・しかし、そうだ。ハルトとフィオリナ姫はランゴバルドに留学中であったな。そして、クローディア大公とその奥方もまたミトラへ上京中。」
うんうん、と彼は頷いた。
「それで、ミトラで式か。うむ、悪くはないな。しかし、そうとなれば」

わざわざグランダの貴族を出席させるのがわずわらしいので、そうしたのだ、と前王は解釈した。
「なにか、贈りものでもしよう。我が子の晴れ姿を見ることが出来ないのは、残念だが、おそらくは彼もわたしの出席は望んでいないのだろう。」

じゃーん、と言いながらメアは、ギムリウスから招待状を取り出した。
「ちゃんと招待状がきてるのっ!
あなたとわたし、それにエルマートもね!」
「でかした!!メア。」
前王は、破顔してメアの頬にキスをした。別にこの件については、メアの功績はない。また。招待状もよく見れば肝心の日取りや場所といったものが空白のなんとも奇妙なものだったのだが、そこらへんは夫に細かく解説してやる気はまったく無い。

「出席でよいですわね?」
「もちろんだとも!」

そこで少し不安そうに、周りを見回した。
「そうなると、屋敷を二十日以上はあけることになるな。エルマートも執務の方は問題ないだろうか?」

「そこは手抜かりないわ、あなた。」
メアはおっとりと笑った。
「ロザリアまで竜が連れていってくれることになってるの。」
「なに! 竜に乗れるのかっ!」
と、目を輝かした前王に、いややっぱり男の子かよっとメアは心の中で毒づいた。

ちなみに、おっとりとした家庭的でおよそ出しゃばることをしないメアが、古竜の手配をしていることについては、なんの疑問をもたない。そのようにメア、いやザザリがコントロールしている。いろいろな形の夫婦はあれどこれはこれで幸せな家庭の典型だと言って言えないこともなかった。

「それじゃあ、わたしもう一度出かけてきます。すこし話が長くなるかもしれないから、晩御飯は先に召し上がってくださいね。」
「ずいぶんとわが伴侶は忙しいのだな。」
一緒にゆっくりできると思っていた前王はすこしがっかりしたようだった。
「ちゃんと帰りますから大丈夫です。なにか珍しいものでも求めてきますので、今宵はそれを肴に、ハルトの結婚を祝いましょう。」

おお、そうだそうだな、ならば賄いのマーサさんにパイでも焼いておいてもらおう、と前王ははしゃいだ。

メアは、懐のもう二通の招待状を握りしめた。
ギムリウスからそれを届けてもらうように頼まれたのだ。

ヨウィスと。


ミュラに!

ヨウィスはともに魔王宮を探索した仲間であり、諸事情もよくわかっている。ルトとフィオリナの長年の友人でもあるから、まあいい。
しかし、ミュラは。

王都の噂も、それが八割型真実であることもメアは知っている。
妻の愛人を招待しちゃうのかあ。

メアとしての意識は拒否反応を示し、ザザリとしての意識は呆れ返っている。

“あとの出席者は、魔王宮の階層主に魔王その人、古竜だと?
いったいどんな結婚式になるんだか。”

自分が闇森の魔女ザザリであることを棚にあげて、メアはそんなことを思った。

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