婚約破棄で終わらない! 策謀家王子と腕力家公爵令嬢 チートな二人のそれからはじまる物語り

此寺 美津己

文字の大きさ
上 下
174 / 248
宴の後始末 小悪党どもの日常

道化師に鈴をつけるのは誰

しおりを挟む
グランダの王都は、少し中心を外れれば、西域、特にランゴバルドやミトラ、オールベといった大都市と比較すれば、信じられないような安価で屋敷が手に入る。

戴冠争いに敗れた「燭乱天使」はそういった屋敷を一つ借り切っていた。
溜め込んだ資金は、潤沢であったし、そもそも金銭面から言えば、王都を脅かした黒竜の翼を切断して、追い払ったゴルバに多額の報酬金が出たので、その程度の費用は十分賄えていたのである。

三階建ての屋敷は、広間やゲスト用の寝室などを備え、周りの庭には鬱蒼と木々が生い茂って、中の様子を隠していた。
その一室。

「ただのお披露目にしては、また、やることがいちいち派手ね。」
“聖者“と異名をとる銀級冒険者は、顔を顰めている。
肉感的な肢体を、かっちりとしたスーツに包んで、そう呟いたマヌカの前には、水晶球が置かれている。
ぼんやりと浮かんだ人影は、見るものが見れば、灰命宮の護衛官イザークだとわかるだろう。

声は途切れ途切れで不明瞭だった。

「銀灰が闇姫オルガと目した少女は、別人でした。しかし、踊る道化師を通じてオルガと壊乱帝は、コンタクトを取ったようです。わたしはその場にいることはできませんでしたが、オルガを次の皇帝として立てることを告げ、オルガもそれを了承したと思われます。
それまで期間、オルガの護衛係として、『踊る道化師』が指名され、オルガ自身もその一員となることが決定しました。
これは、『悪夢』の長イーゴールからの情報です。」

「やることなすこと全てハルトくんにしてやられてるじゃないか。」

ソファに深く腰掛けた男が笑った。
顔色は悪くないが、いちいち動くのもだるそうで、あまり健康的には見えない。
人前に出るときには必ず身についていたランドバルト風の襟の高いスーツではなく、バスローブのようなものを羽織っていた。

かつての彼を知るものが見たら、そのあまりの覇気のなさ、人を惹きつけるオーラのようなものが消え失せたこの男を、本当にあのクリュークかと、目をこすったことだろう。

それでも彼は、西域で悪名高いパーティ『燭乱天使』のリーダー、クリュークである。

「笑い事ではない。」
マヌカは怖い顔で言った。
「オルガをその身柄の安全を守る代わりに、『燭乱天使』のリーダーに立てるという計画が潰えた。我らのチームの立て直しは、振り出しに逆戻りだ。」

「焦ることはない。」
クリュークは手をひらひらと振ってみせた。
「イザークはよくやってくれた。これだけの情報をこの速さで手に入れただけでも上等だ。
グランダのバルゴール財務卿にでも売りつけてやってくれ。
彼なら高く買ってくれるだろう。」

「引き続き、壊乱帝の護衛官として勤務せよ。皇太子、第一皇女、中央軍閥以外にももっと馬鹿がいて、壊乱帝を殺して、闇姫の皇位継承を早めたいと思うものがいないとも限らない。」
クリュークは、水晶球の中のイザークに語りかけた。
「徹底的に阻止せよ。現在の八強国体制は今少し続いてもらいたいのだ。」

「お身体はいかがです? クリューク様。」
イザークは心配そうに尋ねた。

「少なくともこのまま滅してしまう心配はなさそうだよ、イザーク。」

少し寂しそうにクリュークは笑ってみせた。

「こうやってはるか、ミトラにいるきみと連絡が取れているわけだから、契約した神々の何柱かは、引き続き、協力をあおげそうだ。
ただ、ヴァルゴールの力を使えなくなったのは痛い。
実に痛いな。
実際のところ、あれ以来、交信すらできないのだ。まさか、滅したということもあるまいに。」

「まさか。」
マヌカがこわばった顔で囁いた。
「まさか、本当に道化師どもに。」

「それはあるまい。」
クリュークは断言した。
「あれたちは、いくら力を持っていようがこの世界の産物だ。
神を殺すということは、この世界の一部を再生不能なまでに破壊することだ。
たとえ、それが可能だとしても、あれたちはそんな無茶は望まないよ。それこそ、ヴァルゴールから仕掛けでもしない限り。」

「そのことで気になる情報があります。」
イザークが言った。
「確定的な証拠固めは何一つできておりませんので、噂話のまた聞きになってしまうのですが。」

「相手は神だ。」
クリュークは肩をすくめた。
「こちらとしては推論するしかない。どんな話かな?」

「12使徒のミランを見かけました。」

クリュークはいやそうに顔を歪めた。

「あのひねくれものを、か。確かに、ミランの活動拠点はミトラだったな。
そういえば少し前に、司祭から使徒は全てランゴバルドに集合するように伝達が出ていたはずだ。
わたしはこの体で、動くことができなかったが。
ミランのことだ。どうせ司祭の呼び方など無視していたのだろう。」

「『踊る道化師』の一人と行動をともにしておりました・・・・というより、仕えているかのようでした。」
「ミランを心服させるものがいるというのか? それは驚きだ。
とにかく人間嫌いだったからな、あいつは。」

思い出したようにクリュークはくすくすと笑った。

「蜘蛛の亜人、使徒ゴウグレと一時仲が良かったのだが、喧嘩別れをした。
理由は、ゴウグレがミランに誕生日のプレゼントを贈ったからだ。
“プレゼントを贈る“という行為が人間らしくて嫌だったとか。」
「そういえば、クリューク、あなたとは結構仲が良かったはずよ。」
マヌカが皮肉な笑いを浮かべた。
「あなたのやることが人間離れしているところが気に入ったとかで。」

「で、誰に仕えているのだ? ミランは。
およそ、『踊る道化師』は残らず、人間離れした奴らばかりだがな!」

「それが・・・」
イザークは言い淀んだ。
「もっとも当たり前の人間に見えるアキルという少女です。
黒い瞳と黒い髪をしていたので、銀灰は、彼女が闇姫オルガだと断じておりました。
ですが、実際には違ったそうです・・・壊乱帝自らがそれを確認しています。」

「何ものなのだ? その女は。」

「それが・・・本人及び踊る道化師どもの話では・・・異世界人だと。」
「ほう・・・・それは珍しい存在ではあるな。」
「神によってこの世界に導かれた『勇者』であると。」

クリュークとマヌカは顔を見合わせた。
異世界人だけでも稀少なのに、千年ぶりの「勇者」を自称するのか。案外とんでもない食わせ物か・・・

「彼女を召喚したのは邪神ヴァルゴールであると。」

どこまでぶち込んでくるのだ!
流石に、与太話だろうと言いかけたマヌカだったが
「・・・・ミランが懐いていると言ったな。」
「はい。」
イザークは頷いた。
「見たところ、いえ、やることも当たり前の人間以外、何者でもありません。
にもかかわらず、ミランはまるでヴァルゴールその人に仕えるがごとき、敬虔な態度で、アキルに仕えています。
まさかとは思いますが、本当にヴァルゴールが招いた勇者だったとすれば、あの態度は頷けます。」

「おまえは、予定通り壊乱帝と共に、銀灰に還れ。」
クリュークは考え込みながらそう告げた。
「どのみち、踊る道化師から目を離すわけにはいかないようだ。一緒にそのアキルとかいう少女も観察させてもらう。」

「かしこまりました。では通信はこれにて。」

球が暗くなり、クリュークとマヌカは、また顔を見合わせた。

「地獄の蓋でも開いたのか?」
「開いたのだろうさ。魔王宮という名のな。」

二人の魔人は、顔を見合わせてため息をついた。
彼らがここで療養生活を送っている間にも世界は動いている。
そこに、割って入る力はないにせよ、観察だけは続けなければならない。

「リヨンは、ダメよ。」
マヌカは言った。
「無理に行かせようとしたら、あの子はここを抜けるわ。間違いなく。」
「冒険者を雇うしかあるまい。」
真面目くさって、クリュークは言った。

「誰を!
相手は『踊る道化師』なのよ?」
「まあ」
クリュークは自分で自分のアイデアが気に入った、とでもいうように、にんまりに笑った。
「依頼を受けてくれるかはともかく、心当たりがないわけではない。」

しおりを挟む
ご覧いただきありがとうございます。なんとか完結しました。彼らの物語はまだ続きます。後日談https://www.alphapolis.co.jp/novel/807186218/844632510
感想 3

あなたにおすすめの小説

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

╣淫・呪・秘・転╠亡国の暗黒魔法師編

流転小石
ファンタジー
淫 欲の化身が身近で俺を監視している。 呪 い。持っているんだよねぇ俺。 秘 密? 沢山あるけど知りたいか? 転 生するみたいだね、最後には。 これは亡国の復興と平穏な暮らしを望むが女運の悪いダークエルフが転生するまでの物語で、運命の悪戯に翻弄される主人公が沢山の秘密と共に波瀾万丈の人生を綴るお話しです。気軽に、サラッと多少ドキドキしながらサクサクと進み、炭酸水の様にお読み頂ければ幸いです。 運命に流されるまま”悪意の化身である、いにしえのドラゴン”と決戦の為に魔族の勇者率いる"仲間"に参戦する俺はダークエルフだ。決戦前の休息時間にフッと過去を振り返る。なぜ俺はここにいるのかと。記憶を過去にさかのぼり、誕生秘話から現在に至るまでの女遍歴の物語を、知らないうちに自分の母親から呪いの呪文を二つも体内に宿す主人公が語ります。一休みした後、全員で扉を開けると新たな秘密と共に転生する主人公たち。 他サイトにも投稿していますが、編集し直す予定です。 誤字脱字があれば連絡ください。m( _ _ )m

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

処理中です...