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宴の後始末 魔道院の後継者
7、賢者ウィルニア対愚者の盾
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決裂までの時間は、呆れるほどに短かった。
つまり。
と、黒いスケルトンの振るう大鎌を交わしながら、勇者クロノは思う。
ボルテック殿は、いまの体の使い方に慣れていないのだ。
以前の老人の姿なら、好々爺然として、話せば、嫌味程度に受け止められても、いまの筋骨隆々の偉丈夫が同じことを言ったら。
それは完全に脅迫として、変わりはない。
そして、賢者クロノは、侮辱にはわりとおおらかに対応するのだが、脅迫にはやや過剰すぎるくらいに反応してしまうのだ。
「お主がいやと言っても、首根っこをつかんで引きずり出すくらいの覚悟で来とる。」
「ごたごた抜かしても、首根っこつかんでここから、引きずり出すつもりなんだか?」
前者ならまだ、ウィルニアでも先を促したかと思うのだが。
ウィルニアの、召喚に応じて出現したこのシャーリーと呼ばれたアンデットは、恐ろしく強かった。
攻撃する度に、分身を作りだし、その数に限りがないのだ。
「黒雷」
クロノの破砕を加えた電撃魔法が、一体を捉えて粉砕した。
だがもはや、シャーリーが何体いるのかも追い切れない。
なかには、一回り大きな個体もいる。
八本に増えた手に、てんでに鎌を構えて振り回していた。
相手をしたいるのは、敵が強いとうれしくなるアウデリアだ。両手斧で縦横無尽に繰り出される斬撃をふせいでいる。
ヨウィスは、片手にリヨンを、抱いてまま糸を振るっている。
こちらは、分身したシャーリーの一体を絡めて操っている。筋肉も神経もないアンデットをどうやって「糸繰り」しているのだろうか。
「アウデリア! ヨウィス!
コイツらには魔法が有効です!」
クロノは叫んだ。
「単なる物理打撃では、骨が集まって再生してしまう。」
「そうは、いってもねえ?」
そう言うのは「ぼく」のヨウィスだろう。
いつもの、ヨウィスは滅多に笑顔を見せない。
「もともと、魔力は『収納』に全振りしちゃってるんだ。」
「誘導針」からの「黒雷」。
一群のシャーリーがまとめて消滅する。
しかし、別の群れのシャーリーが鎌を振り下ろした。
振り下ろした鎌からもうひとり、またシャーリーが生まれ、きしる様な笑いとも悲鳴ともつかない声をあげて殺到する。
ミトラ真流、瞬き。その場からかき消えたように見えたクロノの姿は、ブレつつもシャーリーの斜め後ろに現れ、剣を一線。その首を栗落とす。
シャリーの黒い骨は尋常な硬さではない。だ、クロノの愛用の聖剣はよくそれに耐えた。
「あと、一応、聖属性、光属性は『効く』ようです。」
クロノは叫んだ。
「これは困ったねえ。」
ヘラヘラと笑いながら、「ぼく」のヨウィスが言った。
「聖職者なんて胡散臭いものは、『愚者の盾』にはいないんだ。」
「ヨウィス。」
抱きかかえられたリヨンが声をだした。
この前、聖光教会で会ったときよりは、よほどスムーズに話せるようになっていることに、クロノは驚いた。
「わたし、せいしょくしゃ」
「生殖・・・」
妙な言い方をして赤くなったのは、「わたし」のヨウィスの方だろうか。
「あとて、たくさん食べさせてね。」
伸びをするように、ヨウィスの耳元でささやいてから、リヨンは歌った。
伸びのあるいい声だった。
神の慈愛を、ひとの信頼を、ひとびとの絆を歌い上げるそれは、西の地方で愛らしい女神を信仰する宗教がその祭典で歌う聖歌。
シャーリーたちは誰一人、倒れも身悶えもしなかったが、明らかにその歌声を嫌がり、その動きが鈍くなる。
アウデリアが八本腕のシャーリーを叩き壊した。
クロノも続け様に「瞬き」を使い、さらに「誘導針」を使った「黒雷」で、数体を屠る。
だが、黒い骸骨は増え続ける一方だ。
何しろ、動くたびに数が増えるのだから。しかもネズミ算式に。
“この戦い、終わりがあるのか?”
クロノは心の中で悲鳴を上げた。
“ボルテック老師! 説得するならば早くしてくれっ!”
そのころ。
ボルテックとウィルニアは、攻撃魔法の打ち合いから、召喚獣とボルッテクの拳の対決、さらに迷宮ないの転移魔法と陣の設置について、一歩たりとも譲らぬ論戦を続け、それに一定の解決を見出した後は、魂の存在とその統合、分離について、悪魔でも青ざめるような情け無用の論議を戦わせていた。
ウィルニアにとっては、それは一つの魂を二つの肉体と人格に分離したリンドという実例があったし、ボルテックも一人の体の中に、「わたし」と「ぼく」という二つの人格を持つヨウィスを真近に見てきている。
この舌戦は、果を知らず(それでもウィルニアは一応、ホストだということを忘れず、飲み物くらいは出した)ともに一歩も引かずに持論を戦わせた。
その激しさは迷宮を揺るがし、真摯なことにおいては神をも慄かせた。
いつ果てることのない戦いではあった。
ここで、ひとつ思い出していただきたいのだが、ウィルニアの召喚する英霊のアンデッドは、必ずしも彼に服属しているわけではない。
魔道の契約による隷属、または強制ではなく、信じられないことに、信愛における依頼によって召喚され、その任務を行なっているのだ。
つまり、強制化における思考、判断力の減衰といった事象は起こりにくく、これがいま、全員を救うこととなった。
荒れ狂う三名の「愚者の盾」を遠目に、手の空いたシャーリーの一人が、二人に話しかけてきたのである。
「ウィルニア。お話中、すいませんが、まだわたし戦ってないといけませんか?」
ウィルニアは、これはしまった!とは思ったらしい。
(実際に彼はのちにそう述懐している。)
「そろそろお茶にしようと、みなに伝えてくれ。ボルテック、一緒に夕食はどうだ?」
「構わんが。ところで、さっき話したヨウィスだが、いま実際に連れてきているのだ。」
「素晴らしい! 興味深いじゃないか。 一杯やりながら少しインタビューをさせてもらおう。
そうそう、我が旧友勇者も再開を祝して飲みに行く約束をしたっきりだ。」
シャーリーはため息をついた。
(比喩的な表現であって今の彼女には呼吸器官はない)
ウィルニアにとって気の合う人間など、クロノとバズス・リウを入れても千年ぶりなのだ。
それにしても少なくともこの2時間近い戦いは一体なんだったのか。アンデットとはいえ、世の無常を感じるシャーリーであった。
つまり。
と、黒いスケルトンの振るう大鎌を交わしながら、勇者クロノは思う。
ボルテック殿は、いまの体の使い方に慣れていないのだ。
以前の老人の姿なら、好々爺然として、話せば、嫌味程度に受け止められても、いまの筋骨隆々の偉丈夫が同じことを言ったら。
それは完全に脅迫として、変わりはない。
そして、賢者クロノは、侮辱にはわりとおおらかに対応するのだが、脅迫にはやや過剰すぎるくらいに反応してしまうのだ。
「お主がいやと言っても、首根っこをつかんで引きずり出すくらいの覚悟で来とる。」
「ごたごた抜かしても、首根っこつかんでここから、引きずり出すつもりなんだか?」
前者ならまだ、ウィルニアでも先を促したかと思うのだが。
ウィルニアの、召喚に応じて出現したこのシャーリーと呼ばれたアンデットは、恐ろしく強かった。
攻撃する度に、分身を作りだし、その数に限りがないのだ。
「黒雷」
クロノの破砕を加えた電撃魔法が、一体を捉えて粉砕した。
だがもはや、シャーリーが何体いるのかも追い切れない。
なかには、一回り大きな個体もいる。
八本に増えた手に、てんでに鎌を構えて振り回していた。
相手をしたいるのは、敵が強いとうれしくなるアウデリアだ。両手斧で縦横無尽に繰り出される斬撃をふせいでいる。
ヨウィスは、片手にリヨンを、抱いてまま糸を振るっている。
こちらは、分身したシャーリーの一体を絡めて操っている。筋肉も神経もないアンデットをどうやって「糸繰り」しているのだろうか。
「アウデリア! ヨウィス!
コイツらには魔法が有効です!」
クロノは叫んだ。
「単なる物理打撃では、骨が集まって再生してしまう。」
「そうは、いってもねえ?」
そう言うのは「ぼく」のヨウィスだろう。
いつもの、ヨウィスは滅多に笑顔を見せない。
「もともと、魔力は『収納』に全振りしちゃってるんだ。」
「誘導針」からの「黒雷」。
一群のシャーリーがまとめて消滅する。
しかし、別の群れのシャーリーが鎌を振り下ろした。
振り下ろした鎌からもうひとり、またシャーリーが生まれ、きしる様な笑いとも悲鳴ともつかない声をあげて殺到する。
ミトラ真流、瞬き。その場からかき消えたように見えたクロノの姿は、ブレつつもシャーリーの斜め後ろに現れ、剣を一線。その首を栗落とす。
シャリーの黒い骨は尋常な硬さではない。だ、クロノの愛用の聖剣はよくそれに耐えた。
「あと、一応、聖属性、光属性は『効く』ようです。」
クロノは叫んだ。
「これは困ったねえ。」
ヘラヘラと笑いながら、「ぼく」のヨウィスが言った。
「聖職者なんて胡散臭いものは、『愚者の盾』にはいないんだ。」
「ヨウィス。」
抱きかかえられたリヨンが声をだした。
この前、聖光教会で会ったときよりは、よほどスムーズに話せるようになっていることに、クロノは驚いた。
「わたし、せいしょくしゃ」
「生殖・・・」
妙な言い方をして赤くなったのは、「わたし」のヨウィスの方だろうか。
「あとて、たくさん食べさせてね。」
伸びをするように、ヨウィスの耳元でささやいてから、リヨンは歌った。
伸びのあるいい声だった。
神の慈愛を、ひとの信頼を、ひとびとの絆を歌い上げるそれは、西の地方で愛らしい女神を信仰する宗教がその祭典で歌う聖歌。
シャーリーたちは誰一人、倒れも身悶えもしなかったが、明らかにその歌声を嫌がり、その動きが鈍くなる。
アウデリアが八本腕のシャーリーを叩き壊した。
クロノも続け様に「瞬き」を使い、さらに「誘導針」を使った「黒雷」で、数体を屠る。
だが、黒い骸骨は増え続ける一方だ。
何しろ、動くたびに数が増えるのだから。しかもネズミ算式に。
“この戦い、終わりがあるのか?”
クロノは心の中で悲鳴を上げた。
“ボルテック老師! 説得するならば早くしてくれっ!”
そのころ。
ボルテックとウィルニアは、攻撃魔法の打ち合いから、召喚獣とボルッテクの拳の対決、さらに迷宮ないの転移魔法と陣の設置について、一歩たりとも譲らぬ論戦を続け、それに一定の解決を見出した後は、魂の存在とその統合、分離について、悪魔でも青ざめるような情け無用の論議を戦わせていた。
ウィルニアにとっては、それは一つの魂を二つの肉体と人格に分離したリンドという実例があったし、ボルテックも一人の体の中に、「わたし」と「ぼく」という二つの人格を持つヨウィスを真近に見てきている。
この舌戦は、果を知らず(それでもウィルニアは一応、ホストだということを忘れず、飲み物くらいは出した)ともに一歩も引かずに持論を戦わせた。
その激しさは迷宮を揺るがし、真摯なことにおいては神をも慄かせた。
いつ果てることのない戦いではあった。
ここで、ひとつ思い出していただきたいのだが、ウィルニアの召喚する英霊のアンデッドは、必ずしも彼に服属しているわけではない。
魔道の契約による隷属、または強制ではなく、信じられないことに、信愛における依頼によって召喚され、その任務を行なっているのだ。
つまり、強制化における思考、判断力の減衰といった事象は起こりにくく、これがいま、全員を救うこととなった。
荒れ狂う三名の「愚者の盾」を遠目に、手の空いたシャーリーの一人が、二人に話しかけてきたのである。
「ウィルニア。お話中、すいませんが、まだわたし戦ってないといけませんか?」
ウィルニアは、これはしまった!とは思ったらしい。
(実際に彼はのちにそう述懐している。)
「そろそろお茶にしようと、みなに伝えてくれ。ボルテック、一緒に夕食はどうだ?」
「構わんが。ところで、さっき話したヨウィスだが、いま実際に連れてきているのだ。」
「素晴らしい! 興味深いじゃないか。 一杯やりながら少しインタビューをさせてもらおう。
そうそう、我が旧友勇者も再開を祝して飲みに行く約束をしたっきりだ。」
シャーリーはため息をついた。
(比喩的な表現であって今の彼女には呼吸器官はない)
ウィルニアにとって気の合う人間など、クロノとバズス・リウを入れても千年ぶりなのだ。
それにしても少なくともこの2時間近い戦いは一体なんだったのか。アンデットとはいえ、世の無常を感じるシャーリーであった。
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