婚約破棄で終わらない! 策謀家王子と腕力家公爵令嬢 チートな二人のそれからはじまる物語り

此寺 美津己

文字の大きさ
上 下
154 / 248
宴の後始末

8,アップルパイ争奪の悲劇

しおりを挟む
聖帝国の歴史書には、この顛末はほんの数行、記載されただけである。
歴史家たちは、この数行に隠された謎を裏読み、深読み、はてはなにかのアナグラムか暗号が隠されていないか、調べまくったあげく、次のような結論に達した。


フィオリナが全部悪い。


ことの経過は次の通りである。

フィオリナは、その日あまり機嫌がよろしくなかった。
理由は、思ってたよりもルトといられる時間が少ないせいである。
ことが落ち着くまでは我慢するにしても、ことが落ち着いたらひと目もはばからずに、めいっぱいべたべたするつもりのフィオリナであったが、ルトは朝から、クローディア「大公」とともに、全グランダ王「良識王」の別荘へと出かけてしまっていた。

もちろん、用があるのは「良識王」陛下ではなく、その妻であるメアこと魔女ザザリである。
目的は、いよいよ境界山脈を超えて、魔族との交易を本格化させようという相談で、例の魔族伯爵ゴルニウムをはじめとする一団も傷を癒やす意味で、しばらくそこに滞在することになっていた。
もちろん、昨日、飛び込んできた聖帝国の竜人部隊の件も、報告したい。

フィオリナは着いていくとだだをこねたのだが、ほんの数日前に死ぬ直前までやりあったふたりを会わせて「続き」がはじまってしまっても困るというルトの意見で置いてけぼりにされたのだ。

憤懣やるかたないフィオリナが、ロウを誘ってデートに行こうと思いついたのは、そういうことである。

リウや、リアモンドは、それぞれ勝手気ままに街を散策している。
ギムリウスは、ひとりで歩くと奇異の目で見られるのがいやで、「不死鳥の冠」の二階の一室に巣をはって獲物がくるのをまって・・・るわけではなく、惰眠を決め込んでいた。
ロウは、街見物は一日で飽きたらしく、昼間は、だらだらと過ごした後、夜のお散歩に出かけるのが日課になっている。
幸い、失血死のニュースははいってこないので、そこはよろしくやっているのだろう。

フィオリナが誘うと、ロウは喜んで着いてきた。

この日は、季節のわりには暖かな日で、フィオリナは小姓が着るような短い胴衣とスパッツ。ロウは、トレンチコートもインバネスもやめて、もう少し軽い革のジャケットにこちらも軽快なパンツ姿である。
どちらも絶世の美女である。
それが男装でふたり街を闊歩するのは、大いに人目をひいた。

「つけられてるぞ。」

そうロウが、フィオリナの耳元でささいた瞬間、気配が殺気にかわった。

「わかっている。」

ロウの息は冷たい。別に体温を保たなくても活動に支障のない生き物なのだから、息が外気温にひとしくなるのはしかたないことで別にフィオリナはそれがイヤなわけでもなかった。

しかし、殺気の正体がまさに、ロウが耳元でささやいたことにあるのは間違いなかったので、そっと体を離して

「ミュラ!」

ストーカーに呼びかけた。

「や、やあ。偶然だねえ。ふ、ふたりでおでかけかあ・・・どこへ行くのかなあ?」

棒読みセリフ。手入れのよくないよれよれの男物のコートに、茶色の帽子、似合わないサングラス。
ミュラだって、王立学院の王妃とまで言われた美女なのだが、これでは台無しである。

「ロウと約束したんだ、ピットの店でアップルパイを食べてくる。」

「そ、そうか、そうかあ。わ、わたしもちょうど。アップルパイが食べたくてえ。ご一緒してもい、いいかな? いいよね。いいね!」

「サブマスター殿」
ロウもサングラスに口元をストールで隠す、このスタイルはかわらないのだが、こちらははるかに垢抜けていた。
「わたしとフィオリナは、ちょっとしたデートを楽しんでいるのだ。ここはご遠慮いただきたい。」

ミュラ。

フィオリナはため息をついた。
せめて殺気だけにしておいてくれ。公衆の面前で、両手に魔力を集めるな。

「ずるい、フィオリナ。わたしの方がさきなのに!」

「一緒にでかけたことなんて何回もあっただろ?」

「でもデートじゃなかったもん。」

ミュラのほうがふたつ年が上である。その分、大人っぽい。
その彼女が人通りも多い商店街でぐしぐしと泣きだされては、フィオリナも困惑するしかない。

まわりからはどうみられているのだろうか。
同性同士のカップルの三角関係がばれての痴話喧嘩か。

ああ、ほぼほぼ、その通りだな。

「ロウ、どうかな。ここはミュラも連れて行っても。」

意外にもヘタレ吸血鬼のほうが大人だった。

「わかった・・・まあ、サブマスター殿の気持ちもわからんでもないからな。」

「あ、あんたに同情されたくなんかないんだからねっ!」

フィオリナはこうして両手に美女の手をひいて、悪目立ちしながら馴染みのスイーツ店「アップルパイのピット」を尋ねた。
人気の店なので、実は朝一番で、クローディア家の使用人を走らせて、予約をいれてある。
なので、席やアップルパイの個数については心配していなかったのだが。

昨日、聖帝国から竜人部隊が王都に到着したことは、父からきいてたにせよ。

竜人がアップルパイ好きだったとは、彼女の婚約者も「魔王宮」の主も想像もしていなかった。
しおりを挟む
ご覧いただきありがとうございます。なんとか完結しました。彼らの物語はまだ続きます。後日談https://www.alphapolis.co.jp/novel/807186218/844632510
感想 3

あなたにおすすめの小説

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

処理中です...