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宴の後始末
8,アップルパイ争奪の悲劇
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聖帝国の歴史書には、この顛末はほんの数行、記載されただけである。
歴史家たちは、この数行に隠された謎を裏読み、深読み、はてはなにかのアナグラムか暗号が隠されていないか、調べまくったあげく、次のような結論に達した。
フィオリナが全部悪い。
ことの経過は次の通りである。
フィオリナは、その日あまり機嫌がよろしくなかった。
理由は、思ってたよりもルトといられる時間が少ないせいである。
ことが落ち着くまでは我慢するにしても、ことが落ち着いたらひと目もはばからずに、めいっぱいべたべたするつもりのフィオリナであったが、ルトは朝から、クローディア「大公」とともに、全グランダ王「良識王」の別荘へと出かけてしまっていた。
もちろん、用があるのは「良識王」陛下ではなく、その妻であるメアこと魔女ザザリである。
目的は、いよいよ境界山脈を超えて、魔族との交易を本格化させようという相談で、例の魔族伯爵ゴルニウムをはじめとする一団も傷を癒やす意味で、しばらくそこに滞在することになっていた。
もちろん、昨日、飛び込んできた聖帝国の竜人部隊の件も、報告したい。
フィオリナは着いていくとだだをこねたのだが、ほんの数日前に死ぬ直前までやりあったふたりを会わせて「続き」がはじまってしまっても困るというルトの意見で置いてけぼりにされたのだ。
憤懣やるかたないフィオリナが、ロウを誘ってデートに行こうと思いついたのは、そういうことである。
リウや、リアモンドは、それぞれ勝手気ままに街を散策している。
ギムリウスは、ひとりで歩くと奇異の目で見られるのがいやで、「不死鳥の冠」の二階の一室に巣をはって獲物がくるのをまって・・・るわけではなく、惰眠を決め込んでいた。
ロウは、街見物は一日で飽きたらしく、昼間は、だらだらと過ごした後、夜のお散歩に出かけるのが日課になっている。
幸い、失血死のニュースははいってこないので、そこはよろしくやっているのだろう。
フィオリナが誘うと、ロウは喜んで着いてきた。
この日は、季節のわりには暖かな日で、フィオリナは小姓が着るような短い胴衣とスパッツ。ロウは、トレンチコートもインバネスもやめて、もう少し軽い革のジャケットにこちらも軽快なパンツ姿である。
どちらも絶世の美女である。
それが男装でふたり街を闊歩するのは、大いに人目をひいた。
「つけられてるぞ。」
そうロウが、フィオリナの耳元でささいた瞬間、気配が殺気にかわった。
「わかっている。」
ロウの息は冷たい。別に体温を保たなくても活動に支障のない生き物なのだから、息が外気温にひとしくなるのはしかたないことで別にフィオリナはそれがイヤなわけでもなかった。
しかし、殺気の正体がまさに、ロウが耳元でささやいたことにあるのは間違いなかったので、そっと体を離して
「ミュラ!」
ストーカーに呼びかけた。
「や、やあ。偶然だねえ。ふ、ふたりでおでかけかあ・・・どこへ行くのかなあ?」
棒読みセリフ。手入れのよくないよれよれの男物のコートに、茶色の帽子、似合わないサングラス。
ミュラだって、王立学院の王妃とまで言われた美女なのだが、これでは台無しである。
「ロウと約束したんだ、ピットの店でアップルパイを食べてくる。」
「そ、そうか、そうかあ。わ、わたしもちょうど。アップルパイが食べたくてえ。ご一緒してもい、いいかな? いいよね。いいね!」
「サブマスター殿」
ロウもサングラスに口元をストールで隠す、このスタイルはかわらないのだが、こちらははるかに垢抜けていた。
「わたしとフィオリナは、ちょっとしたデートを楽しんでいるのだ。ここはご遠慮いただきたい。」
ミュラ。
フィオリナはため息をついた。
せめて殺気だけにしておいてくれ。公衆の面前で、両手に魔力を集めるな。
「ずるい、フィオリナ。わたしの方がさきなのに!」
「一緒にでかけたことなんて何回もあっただろ?」
「でもデートじゃなかったもん。」
ミュラのほうがふたつ年が上である。その分、大人っぽい。
その彼女が人通りも多い商店街でぐしぐしと泣きだされては、フィオリナも困惑するしかない。
まわりからはどうみられているのだろうか。
同性同士のカップルの三角関係がばれての痴話喧嘩か。
ああ、ほぼほぼ、その通りだな。
「ロウ、どうかな。ここはミュラも連れて行っても。」
意外にもヘタレ吸血鬼のほうが大人だった。
「わかった・・・まあ、サブマスター殿の気持ちもわからんでもないからな。」
「あ、あんたに同情されたくなんかないんだからねっ!」
フィオリナはこうして両手に美女の手をひいて、悪目立ちしながら馴染みのスイーツ店「アップルパイのピット」を尋ねた。
人気の店なので、実は朝一番で、クローディア家の使用人を走らせて、予約をいれてある。
なので、席やアップルパイの個数については心配していなかったのだが。
昨日、聖帝国から竜人部隊が王都に到着したことは、父からきいてたにせよ。
竜人がアップルパイ好きだったとは、彼女の婚約者も「魔王宮」の主も想像もしていなかった。
歴史家たちは、この数行に隠された謎を裏読み、深読み、はてはなにかのアナグラムか暗号が隠されていないか、調べまくったあげく、次のような結論に達した。
フィオリナが全部悪い。
ことの経過は次の通りである。
フィオリナは、その日あまり機嫌がよろしくなかった。
理由は、思ってたよりもルトといられる時間が少ないせいである。
ことが落ち着くまでは我慢するにしても、ことが落ち着いたらひと目もはばからずに、めいっぱいべたべたするつもりのフィオリナであったが、ルトは朝から、クローディア「大公」とともに、全グランダ王「良識王」の別荘へと出かけてしまっていた。
もちろん、用があるのは「良識王」陛下ではなく、その妻であるメアこと魔女ザザリである。
目的は、いよいよ境界山脈を超えて、魔族との交易を本格化させようという相談で、例の魔族伯爵ゴルニウムをはじめとする一団も傷を癒やす意味で、しばらくそこに滞在することになっていた。
もちろん、昨日、飛び込んできた聖帝国の竜人部隊の件も、報告したい。
フィオリナは着いていくとだだをこねたのだが、ほんの数日前に死ぬ直前までやりあったふたりを会わせて「続き」がはじまってしまっても困るというルトの意見で置いてけぼりにされたのだ。
憤懣やるかたないフィオリナが、ロウを誘ってデートに行こうと思いついたのは、そういうことである。
リウや、リアモンドは、それぞれ勝手気ままに街を散策している。
ギムリウスは、ひとりで歩くと奇異の目で見られるのがいやで、「不死鳥の冠」の二階の一室に巣をはって獲物がくるのをまって・・・るわけではなく、惰眠を決め込んでいた。
ロウは、街見物は一日で飽きたらしく、昼間は、だらだらと過ごした後、夜のお散歩に出かけるのが日課になっている。
幸い、失血死のニュースははいってこないので、そこはよろしくやっているのだろう。
フィオリナが誘うと、ロウは喜んで着いてきた。
この日は、季節のわりには暖かな日で、フィオリナは小姓が着るような短い胴衣とスパッツ。ロウは、トレンチコートもインバネスもやめて、もう少し軽い革のジャケットにこちらも軽快なパンツ姿である。
どちらも絶世の美女である。
それが男装でふたり街を闊歩するのは、大いに人目をひいた。
「つけられてるぞ。」
そうロウが、フィオリナの耳元でささいた瞬間、気配が殺気にかわった。
「わかっている。」
ロウの息は冷たい。別に体温を保たなくても活動に支障のない生き物なのだから、息が外気温にひとしくなるのはしかたないことで別にフィオリナはそれがイヤなわけでもなかった。
しかし、殺気の正体がまさに、ロウが耳元でささやいたことにあるのは間違いなかったので、そっと体を離して
「ミュラ!」
ストーカーに呼びかけた。
「や、やあ。偶然だねえ。ふ、ふたりでおでかけかあ・・・どこへ行くのかなあ?」
棒読みセリフ。手入れのよくないよれよれの男物のコートに、茶色の帽子、似合わないサングラス。
ミュラだって、王立学院の王妃とまで言われた美女なのだが、これでは台無しである。
「ロウと約束したんだ、ピットの店でアップルパイを食べてくる。」
「そ、そうか、そうかあ。わ、わたしもちょうど。アップルパイが食べたくてえ。ご一緒してもい、いいかな? いいよね。いいね!」
「サブマスター殿」
ロウもサングラスに口元をストールで隠す、このスタイルはかわらないのだが、こちらははるかに垢抜けていた。
「わたしとフィオリナは、ちょっとしたデートを楽しんでいるのだ。ここはご遠慮いただきたい。」
ミュラ。
フィオリナはため息をついた。
せめて殺気だけにしておいてくれ。公衆の面前で、両手に魔力を集めるな。
「ずるい、フィオリナ。わたしの方がさきなのに!」
「一緒にでかけたことなんて何回もあっただろ?」
「でもデートじゃなかったもん。」
ミュラのほうがふたつ年が上である。その分、大人っぽい。
その彼女が人通りも多い商店街でぐしぐしと泣きだされては、フィオリナも困惑するしかない。
まわりからはどうみられているのだろうか。
同性同士のカップルの三角関係がばれての痴話喧嘩か。
ああ、ほぼほぼ、その通りだな。
「ロウ、どうかな。ここはミュラも連れて行っても。」
意外にもヘタレ吸血鬼のほうが大人だった。
「わかった・・・まあ、サブマスター殿の気持ちもわからんでもないからな。」
「あ、あんたに同情されたくなんかないんだからねっ!」
フィオリナはこうして両手に美女の手をひいて、悪目立ちしながら馴染みのスイーツ店「アップルパイのピット」を尋ねた。
人気の店なので、実は朝一番で、クローディア家の使用人を走らせて、予約をいれてある。
なので、席やアップルパイの個数については心配していなかったのだが。
昨日、聖帝国から竜人部隊が王都に到着したことは、父からきいてたにせよ。
竜人がアップルパイ好きだったとは、彼女の婚約者も「魔王宮」の主も想像もしていなかった。
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ご覧いただきありがとうございます。なんとか完結しました。彼らの物語はまだ続きます。後日談https://www.alphapolis.co.jp/novel/807186218/844632510
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