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宴の後始末
5,ギウリーク聖帝国
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「グランダの王が退位したことは間違いなさそうだ。」
ラウレスは、目の前の揺れる人影にそう話した。
相手は、遠く聖帝国の首都ミトラにいる。
遠話に映像を載せるこの技術は、開発されたのは半世紀近くまえであったが、あまり普及はしていない。
送り出す側と受け取る側、双方に膨大な魔力が必要とされるからだ。
「グランダも己のしでかしたことに多少、気が付いた、というところでしょうか。」
人影は、輪郭が不鮮明で細かい目鼻立ちまでは定かでない。
だが、見るものが見れば、その人物がつけている衣装が聖光教の本山ミトラの枢機卿のものであることがわかる。
「これからの手取りはいかがいたしましょう、ラウレスさま。」
その枢機卿が、腰をひくくしてそう尋ねる、このラウレスとはなにものなのか。
「交渉相手がいない交渉、戦う相手がいない戦争というのも実はやりにくいものだ。」
ラウレスは、後ろにひかえたバランをチラリと見やって、言った。バランが身をすくめるが、それを慰めるように続ける。
「バランはかなり苦戦していたので、少々手助けをしたつもりだが・・・手助けになったかどうか。やぶをつついて蛇、どころかバジリスクの巣に手を突っ込んでしまったかもしれぬ。」
「ほう・・・・」
遠話の相手は、うなった。
「ラウレスさまをしてそこまで言わしめますか? してそのお相手は。」
「王室は解体寸前。国家としても立ちゆくかどうか。
だが、周辺にはまだまだひとはいる。北の守護神白狼将軍クローディア公。」
「彼が、グランダを代表して交渉の場に出てくると?」
「どうもそうなりそうだ。西域諸国連合ならともかく、西域諸国連合(有志)では相手にもならぬと一蹴されたよ。
まあ、筋の通った話ではある。こちらも無理に西域諸国連合を振りかざすのではなく、聖光教会本山のあるギウリーク聖帝国の特使として、『魔王宮』攻略についての瑕疵を見つけてはそれをつつくという、胃がいたくなるような折衝が続きそうだ。
なので、増援は予定通りに。旗をたてた騎士たちは年が明ける頃に準備ができればいい。
だが、胃痛のほうは手当が必要だ。
スズカゼとアムゼリ神父をよこしてくれ。これは『大至急』だ。」
「“静寂の聖女”ススカゼに“殲滅神父”アムゼリですか。と、なると。」
枢機卿は表情を抑えたが、驚いているのは間違いなかった。
「もはや戦闘は避けられない、ということですか?」
「そんなことは言っていないさ。」
ラウレスはうそぶいた。
「スズカゼの癒やしの風は、ことのほか病んだ神経によく聞くのだ。そして、畏怖をしらぬ輩への説法は、アムゼリが得意だろう?
スカールが暇なはずだ。あいつに運ばせろ。」
「は、」荒い画像でも相手が蒼白になるのが見て取れた。「しかし、スカールさまはいまどこに?」
「ハイロークの丘にいるはずだ。探させろ。三日以内に頼む。」
答えもまたずにラウレスは一方的に通信を切った。
振り返ると、バランをなだめるように肩に手をおいた。
「・・・ギウリーク聖帝国中央軍の竜人部隊では、力が不足、とお考えでありますでしょうか?」
だだをこねるようにバランが言った。
「そういうことではない。」
ラウレスの表情も、ききわけのない子供に対する親のそれだ。
愛情はもっているものの「めんどくせえな、こいつ」感が見え隠れするのは否めない。
「軍は軍の体をなしていないが、竜人部隊は少数精鋭だ。そこを突かれれば必ずしも無敵ではない。
たとえば、一騎当千の冒険者を一定数用意されれば、こちらも各個撃破される危険性はある。」
「グランダの冒険者の質の悪さは定評があります。」
「相対的な質の悪さはこの場合、問題ではないのだ。必要なのは数パーティ。たとえば、迷宮内でこちらも少人数の班にわかれたところを急襲されれば苦戦は免れんだろう。」
納得したようにバランが頷いた。
「いち早く、『魔王宮』に侵入せずに王都を経由したのはそのためだったのですか!」
「まあ、それもこれもあくまでも保険をかけただけだが。」
ラウレスは、「不死鳥の冠」にいた冒険者たちを思い起こしている。
ほとんどクローディア公目当てでやってきた貴族に場所を占拠されてしまっていたが・・・・
あのマントの少女。
奥で飲んでいた剣士と魔法使い。
いずれも西域でも銀級で通用するだろう。そしてクローディア自身の力。かれが早晩呼び寄せるであろう白狼騎士団。
「いずれにせよ、油断は禁物ということだ。今夜はゆっくり休むが良い。
ときに乗り心地はいかがだったかな?」
「正直に申し上げます。人間は空を移動する生き物ではないことを痛感いたしました。」
「それは申し訳なかった。」
ラウレスは、ちょっとしょげた。まあいい。いざとなれば、彼自身の力を振るえばいいのだ。
ラウレスは、目の前の揺れる人影にそう話した。
相手は、遠く聖帝国の首都ミトラにいる。
遠話に映像を載せるこの技術は、開発されたのは半世紀近くまえであったが、あまり普及はしていない。
送り出す側と受け取る側、双方に膨大な魔力が必要とされるからだ。
「グランダも己のしでかしたことに多少、気が付いた、というところでしょうか。」
人影は、輪郭が不鮮明で細かい目鼻立ちまでは定かでない。
だが、見るものが見れば、その人物がつけている衣装が聖光教の本山ミトラの枢機卿のものであることがわかる。
「これからの手取りはいかがいたしましょう、ラウレスさま。」
その枢機卿が、腰をひくくしてそう尋ねる、このラウレスとはなにものなのか。
「交渉相手がいない交渉、戦う相手がいない戦争というのも実はやりにくいものだ。」
ラウレスは、後ろにひかえたバランをチラリと見やって、言った。バランが身をすくめるが、それを慰めるように続ける。
「バランはかなり苦戦していたので、少々手助けをしたつもりだが・・・手助けになったかどうか。やぶをつついて蛇、どころかバジリスクの巣に手を突っ込んでしまったかもしれぬ。」
「ほう・・・・」
遠話の相手は、うなった。
「ラウレスさまをしてそこまで言わしめますか? してそのお相手は。」
「王室は解体寸前。国家としても立ちゆくかどうか。
だが、周辺にはまだまだひとはいる。北の守護神白狼将軍クローディア公。」
「彼が、グランダを代表して交渉の場に出てくると?」
「どうもそうなりそうだ。西域諸国連合ならともかく、西域諸国連合(有志)では相手にもならぬと一蹴されたよ。
まあ、筋の通った話ではある。こちらも無理に西域諸国連合を振りかざすのではなく、聖光教会本山のあるギウリーク聖帝国の特使として、『魔王宮』攻略についての瑕疵を見つけてはそれをつつくという、胃がいたくなるような折衝が続きそうだ。
なので、増援は予定通りに。旗をたてた騎士たちは年が明ける頃に準備ができればいい。
だが、胃痛のほうは手当が必要だ。
スズカゼとアムゼリ神父をよこしてくれ。これは『大至急』だ。」
「“静寂の聖女”ススカゼに“殲滅神父”アムゼリですか。と、なると。」
枢機卿は表情を抑えたが、驚いているのは間違いなかった。
「もはや戦闘は避けられない、ということですか?」
「そんなことは言っていないさ。」
ラウレスはうそぶいた。
「スズカゼの癒やしの風は、ことのほか病んだ神経によく聞くのだ。そして、畏怖をしらぬ輩への説法は、アムゼリが得意だろう?
スカールが暇なはずだ。あいつに運ばせろ。」
「は、」荒い画像でも相手が蒼白になるのが見て取れた。「しかし、スカールさまはいまどこに?」
「ハイロークの丘にいるはずだ。探させろ。三日以内に頼む。」
答えもまたずにラウレスは一方的に通信を切った。
振り返ると、バランをなだめるように肩に手をおいた。
「・・・ギウリーク聖帝国中央軍の竜人部隊では、力が不足、とお考えでありますでしょうか?」
だだをこねるようにバランが言った。
「そういうことではない。」
ラウレスの表情も、ききわけのない子供に対する親のそれだ。
愛情はもっているものの「めんどくせえな、こいつ」感が見え隠れするのは否めない。
「軍は軍の体をなしていないが、竜人部隊は少数精鋭だ。そこを突かれれば必ずしも無敵ではない。
たとえば、一騎当千の冒険者を一定数用意されれば、こちらも各個撃破される危険性はある。」
「グランダの冒険者の質の悪さは定評があります。」
「相対的な質の悪さはこの場合、問題ではないのだ。必要なのは数パーティ。たとえば、迷宮内でこちらも少人数の班にわかれたところを急襲されれば苦戦は免れんだろう。」
納得したようにバランが頷いた。
「いち早く、『魔王宮』に侵入せずに王都を経由したのはそのためだったのですか!」
「まあ、それもこれもあくまでも保険をかけただけだが。」
ラウレスは、「不死鳥の冠」にいた冒険者たちを思い起こしている。
ほとんどクローディア公目当てでやってきた貴族に場所を占拠されてしまっていたが・・・・
あのマントの少女。
奥で飲んでいた剣士と魔法使い。
いずれも西域でも銀級で通用するだろう。そしてクローディア自身の力。かれが早晩呼び寄せるであろう白狼騎士団。
「いずれにせよ、油断は禁物ということだ。今夜はゆっくり休むが良い。
ときに乗り心地はいかがだったかな?」
「正直に申し上げます。人間は空を移動する生き物ではないことを痛感いたしました。」
「それは申し訳なかった。」
ラウレスは、ちょっとしょげた。まあいい。いざとなれば、彼自身の力を振るえばいいのだ。
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ご覧いただきありがとうございます。なんとか完結しました。彼らの物語はまだ続きます。後日談https://www.alphapolis.co.jp/novel/807186218/844632510
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