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第123話 彼らなりの迷宮の利用方

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アウデリアは迷いない早さで迷宮を進む。
分岐ごとに、リヨンが「こっち」だの「あっち」だの正しい方向を示してくれる。

罠はいくつもあったが、作動してから間もないと見えて、いずれも動作済みであった。

これでは多少、狭苦しいのと、本来の通路よりも距離が長くなっているだけで、散歩と変わらない。

それでも進むにつれて、リヨンの顔色が曇ってきたので、フィオリナは

「どうした、ペイント女。
傷でも痛むのか?」

と声をかけた。


「そゆう、わけじゃないんだ。
ただ………」

「ただ?」
「目印の付け方が、わたしたちとそっくりだ。
前に一層を歩いてたときに、わたしがつけたのと同じ付け方だ。
ルトは」
奇怪な隈取りのほとんど無いリヨンの顔は、むしろ幼げに見える。
「わたしが目印を付けたのに気がついていた?
そして、いまあんたたちが、あとを追っかけるのに、わたしも連れていくであろうことまで、わかっていた?
そんな」
微かな震えは、恐怖とおそらくは、体調が万全出ないことがもたらした物だろう。
「そんなこと、あるのか?」

「おまえが、あちこちを、引っ掻いたりしてるのは、エルマートとイリア以外は気がついていたよ。」
フィオリナは、無情にもはっきり言い切った。
「今回、ハルトが同じやり方で目印を残してるのは、そのやり方が優れてるからだと思ったせいで、それは自慢していいことじゃないかな。」

「以前から思っていたのだが」
先頭を歩くアウデリアが振り返りもせずに言った。

「クリュークという男はいささか己に自信を持ちすぎる。
周りがバカに見えて仕方ないのかもしれんが、」

リヨンは、それには特に反論はないようだった。
俯いてしばらくは、てくてくと歩いていたが。

「わたしは、この件が終わったら、クリュークのところを離れてみようと思う。」

「早まるな!」
アウデリアが、すごみのある笑いを浮かべた。
「組織を抜けたら殺られるぞ。おまえらはそれだけのことをしてきたんだからな。」
「それがそうでも、ないらしい。
『不死鳥の冠』に来る前に、実はもう1件、ギルドに寄ってきたんだよ。

わたしたちが、『ウロボロス鬼兵団』に負けたって話がもう広まってた。
負けて、だんちょは意識不明、わたしは再起不能の重傷、ゴルバやマヌカも手傷を負ってる、と。

それ、とこれは関係ない話しなんだけどね。
いままで、確かにわたしたちは、評判にあぐらかいて無茶してきた。
それが、落ちてしまった以上、しっぺ返しを食らうのは間違いない。

それにこの手の噂は早いんだ。
来週くらいには西域にまで、話がひろまってても不思議はない。」

「ネズミが船が沈むのを察知したというけか。」

アウデリアは、カラカラと笑った。

「笑いごとじゃない。」
そういいながらも、アウデリアを睨む気力もないリヨンは、次の目印となる壁の傷をみつけた。

「落ちた評判を取り戻すには、な。

一度、身の丈以下に体を縮めんのさ。

まあ、その前に、もっと手っ取り早い、どうも先々の行方が不安なときの解消方法がある。」

「ふうん。」
リヨンは、胡散臭げにアウデリアを見上げた。
「どんな?」

「体を動かすことだ!」

愚者の盾の一行が入った部屋のトビラが閉まり。

「魔素」
顔を顰めたヨウィスが、なにやら丸薬を飲み、同じものを皆にも差し出した。

「無用」
ボルテックがふぅっと息を吐き出しながら、両方の拳を顔の前で合わせて、目を瞑る。

こぉおおっ!

なんどか、深く浅く呼吸を繰り返してから、手足の緊張をほぐすかのように体を屈伸させた。

「ああ、なるほど」

なにが「なるほど」なのかは、ヨウィスにはわからない。
ボルテックとやっていることは全然違ってはいたけれど、なんどか息を吸ったり吐いたりを繰り返しながら、体の緊張をとく。

フンっ!

と最後に短く息を吐いて同時に、手刀を振った。

愛剣は失っている。
だが、その一閃に愚者の盾の面々は、剣の輝きを見た。

「まあ、こんなものか。」

アウデリアも笑って、丸薬を断った。

「なんというか、まともな人間は、このパーティではふたりだけなのか。」

ヨウィスの丸薬を飲んだクロノがぼやく。

リヨンもまた魔素の影響をまったく受けていないようだった。

部屋の1部画がゆがみ、捻れて、ボロボロのマントを羽織った剣士たちを生み出す。
一人は3メトルに達する巨人で、その剣もまた、通常の人間の身長を超えていた。

「アウデリア姐さん、ひょっとして“体を動かす”ってのは、こいつらと、戦うってこと?」

「迷宮はストレスの解消にはもってこいの場所なんだ!」

フィオリナとクロノが頷くのをみて、リヨンは思った。

こいつら普通じゃない。




ザザリのいるはずの離宮。
少し大きめの屋敷、程度のその内部は、空間を拡張され、正しいルートを歩んでも10日以上かかる広大なものとなっている。

「提案です。」

ルトは、手を上げて言った。
正直、いつもだったら、ぜんぶのお膳立てをすませたあとで、決定事項として発表しているが、彼らは特別だ。

「転移魔法に干渉する魔法を阻害する魔法を作りたいと思うのですが。」

「できるのか。」

「時間・・・・集中できる時間があれば。」

「それは難しいかも。」
リアモンドが、屋敷の入り口を指し示した。

ぞろぞろと。

目に怪しい光を宿した一団がそこから吐き出されてくる。

魔法使い風のもの、槍を構えたもの、巨大な盾を持ったもの、先ほど倒した暗殺者風のものもいる。
これまでとは違い、明らかにボス格と思われる異形はいなかったが、もし、すべてが魔素によって強化された魔族を迷宮の魔物化したものだとしたら、なみなみならぬ戦力だった。

「ちょうどいい。」

リウは、うれしそうに言った。

「むこうは、こちらを数で圧倒するつもりなんだろうが」

思い通りにはならない。

そう言って胸をはったが、ルトのじとジト目を見て、あわてて付け足した。

「いや、別にオレは、おまえの婚約者みたいに、まず腕力に訴えてみるタイプじゃないぞ。
いくら倒せても、むこうは無尽蔵に増援を送れるんだから、こっちが消耗するばかりだって、言いたいんだろ?

でも大局的に見てだな。
ここは戦っておいたほうがいいんだ。」

「あまやかすなあ・・・・」
リアモンドがにやっと笑う。
「本気で惚れてるのか? まあ、同じ人間同士、わたしが口出しをすることでもないが」

魔法使いが術を紡ぎ出した。
魔法陣を介するのではなく、直接、空中に無数の氷の梁を生み出す。

梁が見る間に組み上がって、それは氷の竜となる。

キラキラと輝く氷の骨で構成された竜は、声にならない雄叫びをあげて、こちらに歩み始めた。

盾士は巨大な盾を構え、その後ろから槍士が続く。

「まず、ルト。

ここにいるものは、おまえの力の巻き添えを食うような未熟者は一人もいない。

かまわずに目の前の敵を葬り去ってみろ。」

ルトは助けを求めるように周りを見回したが、なるほど、ここはそういうところであり、そういうものたちだということを改めて、納得。

小さなため息をついた。

「ロウ。」

我関せずと、術の準備をしていたロウ=リンドはビクッと背筋を伸ばし、恐る恐るリウに視線を向ける。

「暗殺者どもの始末はおまえ一人でやれ。
あの氷の竜の完成と同時に、姿を消している。

魔法使い共も、竜を制御しているやつ以外は、影に沈んだ。

どこから仕掛けてくるかわからん。そっちもやってみせろ。

半分のおまえでも、おまえはリンド。真祖のリンドだ。」

「ああ・・・・わかった・・・・」

ロウは、牙を見せて唇をなめた。

「人間を超えたものとの戦いに馴れていないルトとわたしを戦いに慣れさせる。

ザザリの魔物たちをその練習台に使う、というわけです・・・か。」

広げたコートが翼のように見えた。
真祖は、笑う。

サングラスの奥で目は赤光を放っていた。

「ならば、お見せしよう。ホンモノの真祖吸血鬼の戦いというものを!」

「・・・・そのセリフはやめろ。」

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