婚約破棄で終わらない! 策謀家王子と腕力家公爵令嬢 チートな二人のそれからはじまる物語り

此寺 美津己

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第115話 新たなる迷宮

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冒険者になれるのは、人間に決まって


いるわけではない。



「冒険者の国」と呼ばれるのは西方のランゴバルトだ。
ここが中心になって各国の冒険者ギルドのマスターたちが集まり、そのルールが決められる。
国家を超越した組織なのだが、グランダは実はそこには加盟していなかった。

それでも、ギルドの運営、依頼者との約束事、冒険者の登録、育成などほとんどすべてが、ランゴバルトが教科書になっている。

それによれば、冒険者になれるのは

「依頼を果たす能力があり」
「契約を守る知性がある」

以上であった。

実際にランゴバルトでは、「人型」で「知性がある」異種族もまた冒険者として活動していた。

典型は、魔力に優れた「長寿族」であり、これは北のグランダでも王都からさほど遠くないところに大きな集落がある関係で街でもよく見かけられる。
あとは、竜の血をひくといわれる竜人。
体力、魔力ともに人間を大きく凌駕する傾向にある。
またごく少数だが、「龍鱗」と呼ばれる体にうろこ状の防護膜を張り巡らすことが出来るものもいるという。それはまさに竜族の鱗にも似た、魔法にも物理にも強い耐性をもつため、そのような者がもしいれば、希少性もあいまって、冒険者などではなく、王侯貴族に召しかかえられるべき逸材として扱われるので、実際には街で冒険者などやっている竜人はかえって少ない。

さらには、明らかに魔物よりのはずの吸血鬼でさえも、ランゴバルドでは冒険者登録が可能だった。
その魔力、怪力、不死身性など、冒険者をやらないほうがおかしいだろうと、ランゴバルド出身の冒険者などは真面目な顔でいうのであるが、それでは、パーティ仲間を食事の対象として見ているやつと一緒にパーティがくめるのか、何日も迷宮ですごせるのか、と、問い詰められたそのランゴバルド出身の冒険者は答えに窮したが「どんな欠点があろうが、魔力、怪力、不死身性・・・・」とこの話は堂々巡りとなる。

いずれにしてもランゴバルドをはじめ、西域の多くの国家では、長命族や竜人、吸血鬼が冒険者になっていることは珍しくなく、そういった意味では、冒険者はある程度人に似た容姿をもち、会話が成り立つ程度の知性があれば、それでなれるのである。

「エルマート殿下はどうなってるのです?」

ルトが一行を先導して、宮廷の奥に歩み始めたクローディアに話しかける。

ルトがハルトなら、エルマートは呼び捨てでかまわないのだが、あるいは、本人もハルトに戻るのかルトのままでいくのか、決めかねてるのだろうか。

「姿を消したのは、ほんの数日前と思われます。」

逆に言えば数日間姿を消したのに気が付かなかったわけだ。   

「王室の『影』は? 王家には必ず護衛がつくはずですが。」

「気がついたらいかなったそうです。」
クローディアはじろりとルトを睨んだ。
「認識阻害魔法でも使われたのでしょうか?」

「ああ、それはたぶん、天性のものです。」
さらりと、ルトは言った。
「彼は、信じられないくらい影がうすい。王子だから、それなりに人目を集めてますが、そうでなければ・・・」

「本気で言ってますか?」

「迷宮解放の日に、金属蜘蛛と戦ったときのことを覚えてますか?
大声で聖剣の詠唱をおこなっていても蜘蛛は見向きもしなかった。」

「そういえば。」

蜘蛛に斬りかかる直前まで、彼もエルマートの存在に気が付かなかった。

確かに蜘蛛にとってその時点での最たる脅威は、フィオリナであり、リヨンでり、ヨウィスであったのかもしれないが・・・

「あまり真剣に考え込まないでください。」
ルトは、言った。
「あくまで影がうすい、程度です、乱戦にまきこまれればちゃんと攻撃もされますし。
でもまあ、そういう特殊な才能をもってるとでもしでおけば、まんまと家出を許してしまった王家の影も面目がたつのではないかと、そんなふうに思っただけです。」

「王家の影をご存知か?」

「当代はルル=オリガでしたね。
真面目なんで、その・・・国王陛下やブラウ公の元ではえらく苦労していると思います。」

「ここです。」

一行が足を止めたのは、なんの変哲もない小部屋。
調度品は、小さなテーブルに椅子が数脚。壁の飾り棚の花は萎れていた。

奥の扉から階段があって、その先が後宮。いわゆる王の私的な空間となるはずであったが、当代のグランダ王は漁色家には程遠い人物で、王妃メアと身の回りの世話をする者は、料理人をいれても十人に満たなかっただろう。
エルマートも幼少期はここで暮らしていたが、入学後は、王立学院の寮にはいっていた。また街中に自分の屋敷も持ち、そこで療養を行っていたはずであった。

グランダでは当代の王は「グランダ」を名乗り、退位後、送り名をされるのが通例だった。

生前に退位してきままな生活を楽しもうと目論むものは前もって、自分への送り名を決めさせておくこともあって、彼の場合は『良識王』であった。
戦も起こさず、飢饉もなく、過度な無駄遣いもしない。
まこと、為政者として、また家庭人として良識のある王である、ということらしい。

「このさきの通路は少々入り組んおります。
奥向のことで、めったな部外者は立ち入らないのが通例でしたので。

特別な料理人や芸人、また私的に「奥」でのパーティなどがある際には、ここは目隠しをしてもらい、案内のものが手をひいて通ることになっております。」

口早に説明したのは、宮中付きの侍女だった。

「まあ、そんなのは建前で、わたしらは、洗濯物を届けたり、食材を届けたりでいつも出入りしてましたけどね。たしかに何箇所か行き止まりの通路はありますけど、目隠しどころか、目をつぶっても通れる・・・はずでした。」

彼女の話によれば、異変が起こったのは、正確に異変が起こっていることに気がついたのは、今日の午後。

エルマートが街中の屋敷にも、学院の寮にも戻っていないことがわかり、報告のため、侍従のものが、足を踏み入れたところ、いくら歩いても外に出られず、戻って衛兵といっしょにもう一度、入ったところ。

「ボロボロの服をきた剣士・・・に見えました。」

腕を肩から吊るされた侍従は、宮中でもよく見かけたことのある人物だった。
貴族でも准貴族の出身でもないため、出世とは無縁だが、いつも地道に仕事をこなしていた。

「言葉は、かわせませんでした。兵もわたしも不意をつかれたこともあって、逃げ出しました。
逃げ帰って、侍従長へ報告、侍従長はおそらく、ブラウ公に相談されていたのだと思います。
ですが、なんの手もうたれずにそのまま時間だけがすぎていただところに・・・」

チラリとクローディアを見上げて目には敬意がこもっていた。

「クローディア閣下が到着され、ことの次第をお聞きいただくと、さっそく、お連れの拳士のかたと一緒に、ここへお越しになられ・・・その・・・奥が『迷宮』化されている、と。

侍従長には、そんな馬鹿なことがと、取り合わず、兵を連れて、通路に足を運び這々の体で逃げ帰り、その後ブラウ公がそんな馬鹿なことがと取り合わず。ご自分の護衛兵とともに、通路に足を運ばれ、そのあと、傷だらけになって逃げてまいりました。」

およそ武張ったこととは無縁に人生を送ってきたのだろう。
顔色はいまもよくない。

「そのあと、たぶんあれは王室の『影』と呼ばれる特別な護衛の方だがだと思います。
黒装束の顔を隠した一団が、入られました。ですがその方たちも、何名かは歩けないほどの傷を負われて、逃げ帰ってくる始末です。」

「それはご苦労であった。ルル。」

クローディアはゆっくりと言った。

「怪我の具合はどうだ?」

初老の男性にみえる侍従は、ゆっくりと顔をあげた。実直な侍従のふりを止めたその顔は、まったくの無表情だった。

「わたしは、一度会った人間なら、次のあったときもそうとわかるのだ。
変装でも認識阻害でも嵌められたことは、なかった・・・のだがな。」

向き直って侍女に話かける。


「お主も『影』か?」

「ご明察です、クローディア閣下。」
その声は、演じていた年代よりもかなり若々しいものだった。
「ルルの姉になります。ミカーラと申します。
ルルが、やたらにクローディア閣下を持ち上げるもので、これは、一度検分せねば、と。
場合によっては、王命に背くものとして、処断せねばと思っておりましたが。」

「ほう? お主のおメガネには叶ったのかな?」

「さ、『今』はグランダには必要な方だった、とだけお答えいたしましょう。」

「彼女は、『影』の中でも主に誘拐や暗殺、破壊工作を担当する『ほむら』のリーダーです。」

ルトが淡々と口を出した。

さすがにギョッとした様子ミカーラはルトを見据えた。
「おま、え、は?」

「この前、冒険者登録をしたばかりの駆け出し冒険者のルトと申します。ミカーラ姐さん。」

「・・・か、駆け出し冒険者が、なぜ、そんなことを知っているっ!」

「と、まあ、こんなふうに認識阻害魔法は作用いたします。」

口をパクパクさせている侍女をしりめに、ルトは自分のパーティを振り返る。

「エルマートはどこにいるんでしょう?」

「迷宮のようだ。」
少しだけ、目をとじたロウが答えた。

「おまえたちに倒されたギムリウスのユニークを、リサイクルしたものを第二層に階層主の影として放っておいたのだが、聖剣らしきものを使う男に倒されている。

一緒にいたのは、緋色の光輪を使う冒険者とその人形、女剣士、おい、それにギムリウスの新しいユニークもいるらしい。

こんな妙なパーティもあるんだな!」

(いや、そのセリフをあなたが口にするのはおかしい、とクローディアは思った)

「剣のユニークには、知性を与えました。」
ギムリウスは得意そうに薄い胸を張った。
「自ら学び、成長するよう意識づけをしてありますので!」

「あ、あのこの方たちは…」
ルルが、年配の侍従の顔のまま、少女の声で言った。

「さっき、登録をすませたばかりの駆け出し冒険者です。

こっちの亜人がギムリウス。コートの二枚目がロウ、露出の高いお姉さんがアモン、剣士はリウです。

で、リウ。エルマートたちへの攻撃は一時、中断してもらえる?
ケガはともかく、無事に戻ってくれないと、ぼくらの出発が遅くなるかもしれません。」

「そうだね…うん、そうした。」

「で、こっちの迷宮だね、問題は。」

ルトは何かを放り投げるような仕草をした。キラリと光るものが階段の奥へ消えていく。
フィオリナには、それが見えた。糸だ。ヨウィスの糸だ。

「出来てからわずかしかたってない。まだ“世界”としてはかなり不安定だよ。
攻略方法は、どうするのがいいかな。」
駆け出し冒険者たちは顔を見合わせたが、リウが代表して答えた。

「迷宮ごと破壊はできるが、なかにいる者の無事は保証できない。
また余波でこの街にも被害がおよぶ。

地道な攻略しかない。」

「な、なんなんですか、このひとたちはっ!!」

ルルが悲鳴をあげた。


リウが精悍な美貌に笑みをうかべた。
「オレたちは、なにせ、ほら『駆け出し冒険者』なので、なにかと常識にうとい部分がある。
大目に見てほしい。」

「ふ、」
不死鳥の冠では、『駆け出し冒険者』というのはなにかの隠語になっているのでしょうか!

と、ルルの詰問をルトは爽やかに返した。

「そんなことはないですし、彼らを登録したのは『闇鴉やみがらす』ですから。」
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ご覧いただきありがとうございます。なんとか完結しました。彼らの物語はまだ続きます。後日談https://www.alphapolis.co.jp/novel/807186218/844632510
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