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第113話 緊急事態

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闇鴉亭は、本日も盛況である。
所属のバーティが持ち込む素材の利益に加え、冒険者の登録料。これが、馬鹿にならない金額だ。
ギルマスのアーシェは、せいぜい説明を省略した簡素な手続きを心がけていた。
犯罪者が身分のロンダリングをするのに、冒険者という立場を利用するのは常のことで、そのために。真義の球と呼ばれる、嘘を言えば光る球に手をかざして自分の名前や犯罪歴がないことを宣誓するのは、大事な手続きだったが、アーシェのところでは少しくらい球が光ろうが光ったと認めない。

そんなことより、数をこなして、登録料の銀貨10枚を手に入れることにしている。
ついでに新しく冒険者になったものに、パーティの紹介もしていてこちらは、たったの銀貨7枚だった。
首尾よく、パーティが成立すればパーティ登録もたったの!
銀貨5枚だ。(これは普通「届け出」程度のもの無料のギルドも多い)

そしてこの時点から、アーシェは貸付けを、はじめることにしている。貸付けた金をパーティ全体の連帯保証に出来るからだ。

「やあ、久しぶり。」
明るくあいさつされて、アーシェはちょっと戸惑った。
この笑顔、この声、この顔をした少年を彼女は知っている。

それも二人。

「ルトでもハルトでもいい。どっちも同じ人間だから。」

少年は慣れた様子で「真義の球」に手を差し伸べた。球は光らず。
つまりこの少年はウソは言っていない。

「彼らは、迷宮のなかで知り合った。
一緒にパーティを組もうと思うんだけど、冒険者登録はお願いできるかな。」

じゃらじゃらじゃら。

このルトという坊やがハルト王子だとしたら、経済状況はまったく改善されていないようだった。

「金欠王」とか「小銭殿下」とか陰で呼ばれていると知ったらどう思うだろう。

銀貨が多かったが銅貨も量としては同じくらいあった。釣り銭以外ではまず、使われることのない鉄貨も。金貨は一枚もなし。

「このリウはぼくと同じく生まれはここ。
こっちのコートの姉さんはロウ。西方の出身なんだ。
それからこっちの露出の多いほうの姉さんは、アモンっていう。出身は中原だよ。
こっちのパニエの子は、ギムリウス。ご覧の通り、亜人なんだ。
全員、共通語はしゃべれるし、書ける。
みんなグランダの法に触れるようなことは、まったくしていない。」

球は光らず。
ルトはまったくウソは言っていない。
余計なことは言わなかっただけで。

「あと銀貨で三枚分、足りないね。」
アーシェは守銭奴というわけではなかったが、安全で確実な上がりが見込める冒険者登録商売からはがっちり利益を出したかった。

「あんたがハルトなら、聞きたいんだけど?」

「答えられることなら。なにしろ、さっきまで迷宮の中にいたんだ。」

「他ならぬ迷宮がらみだよ。
グランドマスターが、ウロボロス鬼兵団と迷宮でやりあって、負けた、ってのは本当かい?」

「本当だよ。その現場に居合わせたわけじゃないけど。」
 
そして一呼吸おいてから続けた。

「クリューク殿は、かなり深刻な魔力欠乏症だ。とんでもない魔法を連発して使ったからだ。生命まで削ってしまってる。
回復は何日もかかるだろう。

リヨンという女の子は、もっとひどい。体を半分焼かれている。命が助かれば儲け物だろう。
『竜殺』は得物を折られたし、『聖者』も使役獣を何体も倒されたらしい。
『神獣使い』はよくわからないが、戦力としては半減してる。」

ルトは、さりげなく、本当にさりげなく、空いた方の手を球においたままだった。

登録中に話しかけられて、ついそこから手を外すのを忘れてしまったように。

球は光らない。
ルトはウソはついていない。

本当は、クリュークたちが、ウロボロス鬼兵団に敗れたことと、大きなダメージを負ったことには直接の関係はなかったが、受けとったアーシェはそうは思わなかったし、アーシェがそう思わないであろうと、ルトはわかっていた。

「銀貨3枚は負けておくよ。ハルト。」
艶やかな自慢の黒髪をかきあげながら、アーシュは言った。
「ご帰還おめでとう。王子さま。」


「どこに行っていたの?」

腹が減った、街を見物したいとのたまう、一行をなんとか黙らせて、「不死鳥の冠」に戻ったものの、待っていたフィオリナはご機嫌あまりよろしくなかった。

「『闇鴉』。彼らの冒険者登録に、ね。」

「そんなの『不死鳥の冠』ですればいいのに!」

誰かが、ひじをつんつんするので、振り向くとミュラが泣きそうな顔でいやいやをしていた。

「だめ、ぜったい。」

「なんで!」

「バカ言わないで考えてみてよ。するのよっ!」

そこらへんの事情は、ミュラには話してあった。

「ふむ。」
その全員が友人であるところの公爵家令嬢は、首を傾げた。
「言われてみると、リスクはあるなあ。」

「リスクしかないよっ!」

「じゃあ、ルトの」と言いかけて「ハルトの使い魔ってことにすればいいんじゃないか?」

「あの子はどうするのっ!?」

ミュラが指差した先では、リウがさっそく楽しそうに、白酒を果汁で割ったものを壺ごと流し込んでいる。
肴は、煮込み鍋ごとに燻製肉、チーズの盛り合わせ。

「あの子は人間なんだから、そのまま登録できるでしょ。」

「な、名前が、なんですけどっ!」

「偶然って怖いね。」

「ハルト殿下が魔王宮から、連れ帰ったんですよ?
それが、偶然、古の魔王とおんなじ名前の別人だったってことですか?」

場所は冒険者ギルド「不死鳥の冠」。
入口の扉は固く閉ざされ、看板には「本日休業」の文字が踊っている。

「アウデリアさんたちは?」

「王都がはじめてのクロノを見物に連れ出した。ヨウィスも一緒。
イリアは学院へ。復学させてくれるよう手を回したので。」

「親父殿は宮中だよね。アイベルさんも?」

「コッペリオとゾアも連れて行っている。ここまで来たら怖いのは暗殺だからな。
とは言え…」
フィオリナは、羨ましそうに健啖ぶりを発揮するリウを見つめた。
いまは、まだ酔っぱらうわけにはいかない。
「父上は王室の“影”もきっちり掌握されているようだ。暗殺の影に怯えるのは案外、王室の向きかもしれない。」

フィオリナはルトに向き直った。
わかっているが目が怖い。

視線を逸らさずにいられるのは、ルトくらいのものだった。

「これからどうするのか、そろそろ教えてくれる?」
「まずは向こうの出方次第。」

これから。
ずいぶんと重たい想いが込められた『これから』なのかもしれなかった。
わたしたちは。
これからどうするの?
婚約破棄は?
王太子は?

だが、ルトは戦闘態勢を解いていない。フィオリナと巡り会って地上に、戻れたのは、戦場からキャンプに戻った程度。

まだ戦いは続く。
間違えれば血の河、死体の山は天に届くだろう。

「クリュークはまだ意識がもどらないみたい。」
手元の水晶板を眺めながら、フィオリナは言った。
「リヨンは、大丈夫そう。あの紋章師が、なにやらお尻と首筋に書き込んだらすぐに目を覚まして」

「やっほー」
入口のドアが壊れるような勢いで開かれた。
刺青の少女はくるっと一回転して、床に降り立った。
「さあ、西域で名高い美少女冒険者リヨンちゃんの参上だよ!
いまはフリーだから、か、く、や、すで雇われまあす!」

リヨンは全員から、ガン無視された。

「な、なぜ………」
「ヴァルゴールの契約はまだ、有効。つまりペイント女はヴァルゴールの」

「わたしたちは別にヴァルゴールになんの干渉もうけてないし」

「ウソだ。」

この声は、天井の隅に巣くった繭玉からきこえた。
わずかに切れ目が入り、そこから目が覗いている。虹彩が七色に回転するその瞳は、むろん、人間のものではありえない。

「おまえからはヴァルゴールの匂いがした。単に一度や二度、ヴァルゴールを呼び出した程度ではつかない匂いだ。
ヴァルゴールの地上での代行者、使徒の匂いだ。」

「それは、まあ。」
リヨンはそこを論じてもしょうがないと思ったのか、曖昧に頷いた。
「でも、ヴァルゴールがわたしたちになにか命じたことはない。具体的にでも抽象的にでも。」



「そもそもクリュークはこのことを承知してるのか?」
フィオリナがもっともな質問をしたが、ああ、あれはまだ寝てる、というのがリヨンの返答だった。

「マヌカとラキエは、クリュークについている。ラキエの召喚能力が戻れば、強力な治癒力をもつ魔獣なり精霊を召喚して、クリュークを治せるだろうと思う。

だんちょは、その…まともな治癒魔法が効かないくらいにはニンゲンやめちゃってるから。」

そういいながら、リウのテーブルに座り込み、こっちにもなんか飲み物と叫ぶ。

「ペイント女、また文様がかわったな。」
フィオリナも隣に座った。
これは、治癒のための文様だよっと、リヨンは答えた。

いままでで、いちばんおとなしい柄かもしれない。
顔は、右目部分に青で入れ墨のように十字が描かれているだけ。
意外に品のある顔立ちだった。

首筋から肩甲骨へ金と青のラインが降りている。肩甲骨からさらに胸にむかってそのラインは伸びていたがそこはシャツに隠れてわからなかった。

「そもそも戦えるのか?」

ついさっきまで半分黒焦げで意識もなかった少女である。
『フェンリルの咆哮』のカーラの治癒魔法は、弾かれて通じなかった。
それほどに、文様を施されたリヨンは、人間とかけ離れていたのである。

奢りは最初の一杯だけだから、な。と念押ししながら、フィオリナは甘酸っぱい乳酒をさしだした。
酒精はひくいので、つぶれることはあるまい。
夜もふけてきている。

「もちろん!
いまのわたしは、ほとんど不死身に近いよ。」

真っ二つにされたって復活できる。

光の鞭くらいしか武器は装備してないけど・・・力はけっこうあるから、組みついて動きをとめてやれば、刺されたって、突かれたって平気だよ!」

「・・・・その戦い方って、ザックさんの劣化版ですよねえ・・・・」

リヨンの顔がひきつった。

「そ、そ、そんなことはない。」

どんどんどん!

不死鳥の冠のドアが激しくノックされた。


「鍵は開いてますよ。
ですが、今日はもう閉店している・・・・・」

「オレだ・・・と言ってもわからんか。ボルテックだ。」
ドアが開いた。

クローディアとともに、王宮に顛末の報告に赴いたはずのボルテックは、険しい表情だった。

「エルマート殿下が行方不明だ。
陛下は・・・後宮に入ったまま、連絡がつかん。」

「呼びに行くべきでしょう。エルマートがいないなんて、けっこうな緊急事態じゃない?」

「行ったさ。」
ボルテックは、嘲るように笑った。
じじいの彼がやると、クソ憎らしかったが、ハンサムな今のボルテックにはなかなか様になっていた。
「しかし、後宮までたどり着けず、逆にバケモノに襲われて逃げ帰ってきたらしい。
で、オレが呼ばれて行ってみたら・・・・」

ボルテックは逞しい肩をすくめてみせた。

「後宮を含むその一角が、迷宮化されていた、というわけだ。

迷宮攻略といえば、冒険者の出番だろう?
だれか、すぐに力になってくれる冒険者パーティはいないかね?」



「アウデリアとクロノは何時に帰るかわからない。ヨウィスも一緒だ。」

フィオリナは、いやな予感がして後ろを振り返った。

「おい・・ルト・・・ハルト。こいつらを冒険者登録した、とか言ってなかったか?」

トン。と音をたてて、リウが酒壺をおいた。
煮込みはあらかた空になっている。

奥の席で、コン、とちいさな咳をして、コートの美女が立ち上がる。サングラスに口元を隠したストール。

メリハリのある曲線美の女は、呵呵と笑ってルトの背中を叩いた。

バリっと、繭玉がやぶれ、パニエの少女が音もなく降り立つ。

「ほんとうに申し訳ないです、ボルテック卿。
ご覧のようにぼく以外の全員が、今日、冒険者登録したばかりの」

ルトが、笑った。

「駆け出し冒険者なのですが、もしお力になれれば。」

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