婚約破棄で終わらない! 策謀家王子と腕力家公爵令嬢 チートな二人のそれからはじまる物語り

此寺 美津己

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第106話 駆け出し冒険者と降臨した邪神

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少年はふつうに歩いてきたのだ。

部屋の奥に、さらに2層深部へとつながる階段がある。
そこをあがってきたのだ。

別段、転移などという魔法的なちからではない。

ただ、なんの気負いもなく歩き、なんの気負いもないまま、ヴァルゴールに話しかけた。

ヴァルゴールにとって、それははじめての体験だった。

「我に問いかけるお主はなにものか?」

「駆け出し冒険者のルトと・・・・・」

「それはやめろおおおおおおぉっ!」
ザックが叫んだ。あやうくビームを出しそうになったほどの心からの叫びだった。

「相手は邪神殿ですよ、ザックさん。
駆け出し冒険者だろうが、王子だろうがたいしてかわりませんよ。」

ルトにつづいて階段を登ってきた一団がいる。
斧を担いだ女冒険者は、明らかに酔っている。肩をくんだ美貌の少女になにやらしきりに話しかけるのだが、少女の方は明らかにいやがり、生返事を繰り返している。

黒い水着を来た女は絶世の美女だ。
およそ、男の妄想にしか存在しないようなスタイルをしていて、隣の拳法家の男のわきばらを小突いては、大声で笑っている。男のほうもいやがるようすもなくなにやら言い返し、ここは和気あいあいとしていた。

ロングコートの少年は、いや、胸がふくらんでいるから少女なのだろうか。
こちらは明らかにうかない顔であったのを、両脇からパニエの少女と軽装鎧の剣士の少年、銅の輪で髪をまとめた少年にあれこれ慰められていた。
フードをまぶかに被った小柄な影はひとり、綾取りにせいを出していた。

ザックにとってはお馴染みの面々であった。
本来の姿ではあったが彼は軽く身震いした。

「我と対話を望むか、限りある命の人間が。」

「ザックさんの呪いを解いたのはぼくです。」
ルトは平然と言った。
「対話する権利くらいはあるでしょう?」

「ほう・・・」

目がほそまった。怒りか、それともなんらかの興味がわいたのか、そこからは知れなかった。

「ならば、覚えてこう。ルト、であったな?
クリュークに契約させたすべての隷属者を解放せよ、と?

ならば、その代償にお主はなにを我に差し出すのだ?

一国の命をすべてささげても達せない願いだぞ?」

「一国の全人口? 百万かそこいらでしょうか。たかが、定命の人間の命、山と積み上げてもそんなものが、ヴァルゴールになにか価値があるのでしょうか?」

ヴァルゴールは戸惑い、明らかに困惑していた。

そう。
確かに、彼になにかを懇願するために命を捧げるものは、古来より大勢いた。
しかし、捧げられた命。たかだか、奴隷の少年の命だの、いくら捧げられたところで、ヴァルゴールにとってなにかの足しになるというものではない。

「ならば、なにを差し出す? ルトよ。」

「あなたにとってもとてもよいお話ですよ。」
にこやかな笑みは、ベテランの商人を思わせた。あるいは凄腕の詐欺師、か。
「ぼくの望みをはたしもらうかわりにあなたとクリュークの契約を解除いたします。
あなたはもうクリュークの呼び出しや指示に従わなくていい。」

「な、」

なにを、と言おうとしてクリュークは咳き込んだ。

「クリュークのほうは、納得していないようだが。」

「これから納得してもらう予定です。」
ルトはポケットに手をいれたまま、夜空を見上げた。
そこに邪神の目などうかんでいないかのような楽しげな表情で。

「ここで、フェンリルを再び隷属化してしまうと、そのすべはなくなってしまいます。
せっかくお越しいただいのですが、自らの神域へお帰りください。」

竜殺。

古竜をも葬った剣の一撃をとめたのは、黒い水着の美女だった。

ゴルバの渾身の一撃をうけとめた、美女の二の腕には、明滅する龍鱗が浮いていた。

「いい剣だし、いい腕だ。」

美女は、褒めた。

「ヴァルビオン程度なら一撃で葬れるだろう。だが、相手が悪かったな。」

ゴルバの全身の筋肉が盛り上がる。逞しい体がさらに一回り大きくなったようだった。
渾身の力を剣に込める。
だが、美女の細腕は、わずかにゆるぎさえしなかった。

「いかがでしょう? ぼくの提案は。」

浮かぶ「目」はゆっくりと閉じた。

「検討に値する。」

くだけた天井が復元されていく。
虚空から石がうまれ、集まって岩になり、それが天井となり、ほんの数舜の間にもうそこには空も空に開いた目もなく。最初からあったような天井があるだけだった。

“検討に値すると言わねばどうするつもりだった?”

これは念話で、対象をルトだけに絞ったものだった。
少し考えてルトは正直に答えた。

“仲間たちとあなたに言うことを聞かせるまで戦います”

“神たるものはまず己の存続を第一に考える”

“ならば、あなたの判断が正しかったということでしょう、ヴァルゴール。願わくば二度と出会わないことを。”

人間の言葉になおせば『是』であっただろうか。とにかくこちらの意見を受け入れてヴァルゴールはここを去った。

「こんな、こと、が」
クリュークが倒れそうになるのを、マヌカが抱きとめた。

「これでは、戦えない。戦う必要すらなくなった。
こいつらは、『愚者の盾』」よ。

わたしたちは、ハルトと『愚者の盾』の合流を阻止することに失敗したということ。」

「と、言うわけなので。」
ルトは、全員にむかって叫んだ。
「クリュークさんやリヨンも含めて、魔王宮から退出願います。」

「わ、たしは、せい、やくをたて、た。」

クリュークは、自分を抱きとめてくれているマヌカの顔に爪をたてた。

眼鏡がくだけ、頬に傷がついたが、マヌカは手をはなさない。

「あれに・・・・迷宮の奥にいる、あれに会うまでは、かえる・・・かえることはでき、ない。」

「負けたのよ。わたしたちは負けたのよ。」

クリュークの爪は、マヌカの上着を引き裂き、シャツを切り裂く。
下着の色は、紺色で、マヌカの白い肌にはよく似合っていた、クリュークはそれも引きちぎった。
豊かな乳房がこぼれ出たが、マヌカは隠そうともせず、クリュークをその胸に抱きしめた。

「だめだ・・・わたしはあれに会う・・・会うまでは帰れない。ここから出ることはできない・・・」

ぽん。

と、クリュークの肩を少年が叩いた。

十代の半ばに見えるが、ルトとは違いその表情には、とぼけたような穏やかさはない。
子供は子供、なのだろうが、これは猛獣の子供だった。

クリュークが目をむけたそのまえで、少年はにやっと笑った。

「なら、これでいいな。さて、地上にご帰還だ。」
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ご覧いただきありがとうございます。なんとか完結しました。彼らの物語はまだ続きます。後日談https://www.alphapolis.co.jp/novel/807186218/844632510
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