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大団円 婚約破棄の後始末
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もう二度とはないかと思っていた光景だった。
クローディア公爵家の大広間を使って行われる舞踏会会場の入り口で、ルトは一瞬、感慨にふけった。
あのときはああするしかなかった。
罪悪感に何度自問自答したことだろう。
会場の入り口で、迎えたフィオリナは、すらりと背が高い彼女を引き立てるような最新のドレスを身にまとい、婉然と彼に微笑みかけると、会場の中央へとルトをいざなった。
皆の注目が集まったところで
さあて。
と言って、腰に手をあててフィオリナは笑った。
まるで芝居に登場する悪役の公爵令嬢みたいに、高慢で、残酷そうな笑いだった。
そのまんまではないか。
と、言うなかれ。
クローディア公爵領はいまや、クローディア大公国であり、彼女はその嫡子。大公国の姫君である。
公爵令嬢ともなれば、王家に嫁いだり、自ら家督を相続しない限り、その上はなかなかないものだが、さすがはフィリオナ!と、ルトは心から感嘆した。
「エルマートは王になり、あなたは王位継承からもはずれて、自由の身。間違いないわね?」
ということは、婚約破棄しなければならなかった理由はすべて、解消、解決。
と、いうことはだ、ハルトまたはルト。
あらためて、わたしにプロポーズしてもらおうか?」
#__・ここでかっ__#
そのことは予想はしていたにせよ、ルトは絶句した。
新たに財務卿となったバルゴールがいる。謹厳実直な法務卿オウルスほか今後、エルマートによる新グランダ国を支える重鎮たちがほとんど顔をそろえている。
冒険者たちも、緋のドルバーザやミア=イア、「フェンリルの咆哮」の面々。有力なギルドマスターまで揃い踏みだ。
エルマートの戴冠式に出席するため、居残った勇者クロノやその目付役らしき、ミトラの「剣聖」カテリア嬢も参列していた。
もちろん、フィオリナの父、クローディア大公も巌のごとき体躯を礼装用の鎧に身を包み、腕組みして、ルトを睨んでいた。
隣には、それに負けない鍛え上げた肉体美を誇示するかのような簡素な鎧のアウデリアがいた。一応、礼装のつもりなのか、中原風の豪奢な縁飾りのついたマントを羽織って、目をかがやかせている。
助けを求めるように、仲間たちを探したが、皆が皆、興味津々でニヤニヤと笑いながら、こっちを眺めているので、ルトは泣きそうになった。
ヨウィスなどは、興奮しきって、頬を紅潮させ、目は血走り、自分がぶっ倒れそうだった。
「どうだ?
出来れば、愛の言葉のひとつもささやいてほしい。
これだけの証人のまえで、愛を誓えるのだ。
いやあ」
豪快にフィオリナは笑った。
顔立ちはまるで違うのに、そんな笑いはアウデリアそっくりなのだ。
「終わりよければすべてよし、とはこのことだな。
さあ、我が君よ。
わたしとの永遠の愛を、誓ってくれ!」
相変わらず、フィオリナのほうがちょっと背が高い。
ルトは、愛しい婚約者を見つめながら、ふところから一通の手紙をおずおずと取り出した。
「なんだ? ラブレターにしては、味気ない。まるで公文書用のマウレア紙みたいだ、ぞ?」
フィオリナの顔を不安が過ぎる。
ルトはそのまま、クローディア大公の方へ向き直った。
「クローディア陛下に申し上げます。
わたくし、駆け出し冒険者のルトは、フィオリナ姫を我が伴侶としたく」
主に冒険者界隈のものたちが、なにが駆け出し冒険者だとぶつぶつとブーイングを飛ばしはじめた。
黙れ!
とくにザック。
「結婚を申し入れたいのですが、ここに陛下にしか、解決できない重大な問題がございます。」
「ほう?」
鋭い視線から放たれる眼光は、気の弱いものなら失神できるレベルだが、この程度、クローディア大公には平常運転だ。
むしろ、この状況を楽しんでいる風もある。
なにしろ、ルトとは、幼子のころからの付き合いなのだ。
「わたしにしか解決できない問題があると申されるか?
逆に伺いたいが、殿下とフィオリナが添い遂げたいと願うならば、何人をもって止められる?」
「今から、ここでフィリオナ姫にプロポーズするには、大公陛下のお許しが必要なのです。」
「なに言ってるんだ!ルト…ハルト。父上が反対するはずないだろっ!」
狼狽したようにフィオリナが叫んだ。
まあまあ、とフィオリナをにこやかに制しながら、ルトは続けた。
「そもそも、高位の貴族、王室にとっては婚姻も政治ごと。
舞踏会の席上で、婚約破棄を喚きたてただけで、婚約が破棄できるはずがありません。
そうですね、法務卿オウルス閣下?」
「さようですな。」
オウルスは丁寧に手入れされ、長く伸ばした顎髭を撫ぜながら答えた。
「前にも殿下には申し上げましたな。
婚約を取りやめるためには、まず相手の家の家長に対し、婚姻法第87条細則10条から21条にに定められた書式に則り、文書にて申し出を行うのが第一歩となります。
片方の有責による婚約破棄の場合には、当然、賠償も絡んでくることも多く、判例から鑑みて、数ヶ月はかかる手続きとなりましょう。」
「つまり、舞踏会で叫んだだけの婚約破棄そのものが無効であるという」
「法の立場からは、その通りです。
ハルト殿下とクローディア家の婚約は未だ有効です。」
「これは、困った、困った、困ったなあ。
ぼくは、いま、ここでフィオリナにプロポーズしたいのですが、婚約者にさらにプロポーズするということが、実際問題、可能なのでしょうか。」
「愛の睦言ならばお二人だけのときに、好きなだけかわすのがよろしかろうと思います。」
クソ真面目に法務卿は答えた。
「ただ、法的な意味はありません。これだけの証人を前にして行う必要もありません。
結婚の約束をした相手に、さらに結婚の約束を迫るのですから。」
法務卿と、おそらくクローディア大公は、ルトのやろうとしていることに気がついている。
気がついていながら、飄々と、いつものマジメ腐った表情をくずさない法務卿オウルス、それだけの奥深さのある人物ならば、エルマートのグランダを切り盛りしてくれるだろう。
「なるほど、婚約破棄が無効ということになれば、未だにぼくとフィオリナ姫は婚約者のまま。
あらためて、プロポーズするのもおかしな話です。
ですが、姫のたってのご要望とあらば、しかたありません。
法に則って、まずは婚約破棄からはじめさせていただきます
陛下。」
ルトはうやうやしく、「法に則って」書かれた書面を、封筒から取り出し、クローディア大公に捧げた。
「ぼくと姫君の婚約を無効とすることをお許しください。」
クローディアは、破顔して、書面を受け取り、中身も見ずに粉々に破り捨てた。
「絶対に許さん。」
クローディア公爵家の大広間を使って行われる舞踏会会場の入り口で、ルトは一瞬、感慨にふけった。
あのときはああするしかなかった。
罪悪感に何度自問自答したことだろう。
会場の入り口で、迎えたフィオリナは、すらりと背が高い彼女を引き立てるような最新のドレスを身にまとい、婉然と彼に微笑みかけると、会場の中央へとルトをいざなった。
皆の注目が集まったところで
さあて。
と言って、腰に手をあててフィオリナは笑った。
まるで芝居に登場する悪役の公爵令嬢みたいに、高慢で、残酷そうな笑いだった。
そのまんまではないか。
と、言うなかれ。
クローディア公爵領はいまや、クローディア大公国であり、彼女はその嫡子。大公国の姫君である。
公爵令嬢ともなれば、王家に嫁いだり、自ら家督を相続しない限り、その上はなかなかないものだが、さすがはフィリオナ!と、ルトは心から感嘆した。
「エルマートは王になり、あなたは王位継承からもはずれて、自由の身。間違いないわね?」
ということは、婚約破棄しなければならなかった理由はすべて、解消、解決。
と、いうことはだ、ハルトまたはルト。
あらためて、わたしにプロポーズしてもらおうか?」
#__・ここでかっ__#
そのことは予想はしていたにせよ、ルトは絶句した。
新たに財務卿となったバルゴールがいる。謹厳実直な法務卿オウルスほか今後、エルマートによる新グランダ国を支える重鎮たちがほとんど顔をそろえている。
冒険者たちも、緋のドルバーザやミア=イア、「フェンリルの咆哮」の面々。有力なギルドマスターまで揃い踏みだ。
エルマートの戴冠式に出席するため、居残った勇者クロノやその目付役らしき、ミトラの「剣聖」カテリア嬢も参列していた。
もちろん、フィオリナの父、クローディア大公も巌のごとき体躯を礼装用の鎧に身を包み、腕組みして、ルトを睨んでいた。
隣には、それに負けない鍛え上げた肉体美を誇示するかのような簡素な鎧のアウデリアがいた。一応、礼装のつもりなのか、中原風の豪奢な縁飾りのついたマントを羽織って、目をかがやかせている。
助けを求めるように、仲間たちを探したが、皆が皆、興味津々でニヤニヤと笑いながら、こっちを眺めているので、ルトは泣きそうになった。
ヨウィスなどは、興奮しきって、頬を紅潮させ、目は血走り、自分がぶっ倒れそうだった。
「どうだ?
出来れば、愛の言葉のひとつもささやいてほしい。
これだけの証人のまえで、愛を誓えるのだ。
いやあ」
豪快にフィオリナは笑った。
顔立ちはまるで違うのに、そんな笑いはアウデリアそっくりなのだ。
「終わりよければすべてよし、とはこのことだな。
さあ、我が君よ。
わたしとの永遠の愛を、誓ってくれ!」
相変わらず、フィオリナのほうがちょっと背が高い。
ルトは、愛しい婚約者を見つめながら、ふところから一通の手紙をおずおずと取り出した。
「なんだ? ラブレターにしては、味気ない。まるで公文書用のマウレア紙みたいだ、ぞ?」
フィオリナの顔を不安が過ぎる。
ルトはそのまま、クローディア大公の方へ向き直った。
「クローディア陛下に申し上げます。
わたくし、駆け出し冒険者のルトは、フィオリナ姫を我が伴侶としたく」
主に冒険者界隈のものたちが、なにが駆け出し冒険者だとぶつぶつとブーイングを飛ばしはじめた。
黙れ!
とくにザック。
「結婚を申し入れたいのですが、ここに陛下にしか、解決できない重大な問題がございます。」
「ほう?」
鋭い視線から放たれる眼光は、気の弱いものなら失神できるレベルだが、この程度、クローディア大公には平常運転だ。
むしろ、この状況を楽しんでいる風もある。
なにしろ、ルトとは、幼子のころからの付き合いなのだ。
「わたしにしか解決できない問題があると申されるか?
逆に伺いたいが、殿下とフィオリナが添い遂げたいと願うならば、何人をもって止められる?」
「今から、ここでフィリオナ姫にプロポーズするには、大公陛下のお許しが必要なのです。」
「なに言ってるんだ!ルト…ハルト。父上が反対するはずないだろっ!」
狼狽したようにフィオリナが叫んだ。
まあまあ、とフィオリナをにこやかに制しながら、ルトは続けた。
「そもそも、高位の貴族、王室にとっては婚姻も政治ごと。
舞踏会の席上で、婚約破棄を喚きたてただけで、婚約が破棄できるはずがありません。
そうですね、法務卿オウルス閣下?」
「さようですな。」
オウルスは丁寧に手入れされ、長く伸ばした顎髭を撫ぜながら答えた。
「前にも殿下には申し上げましたな。
婚約を取りやめるためには、まず相手の家の家長に対し、婚姻法第87条細則10条から21条にに定められた書式に則り、文書にて申し出を行うのが第一歩となります。
片方の有責による婚約破棄の場合には、当然、賠償も絡んでくることも多く、判例から鑑みて、数ヶ月はかかる手続きとなりましょう。」
「つまり、舞踏会で叫んだだけの婚約破棄そのものが無効であるという」
「法の立場からは、その通りです。
ハルト殿下とクローディア家の婚約は未だ有効です。」
「これは、困った、困った、困ったなあ。
ぼくは、いま、ここでフィオリナにプロポーズしたいのですが、婚約者にさらにプロポーズするということが、実際問題、可能なのでしょうか。」
「愛の睦言ならばお二人だけのときに、好きなだけかわすのがよろしかろうと思います。」
クソ真面目に法務卿は答えた。
「ただ、法的な意味はありません。これだけの証人を前にして行う必要もありません。
結婚の約束をした相手に、さらに結婚の約束を迫るのですから。」
法務卿と、おそらくクローディア大公は、ルトのやろうとしていることに気がついている。
気がついていながら、飄々と、いつものマジメ腐った表情をくずさない法務卿オウルス、それだけの奥深さのある人物ならば、エルマートのグランダを切り盛りしてくれるだろう。
「なるほど、婚約破棄が無効ということになれば、未だにぼくとフィオリナ姫は婚約者のまま。
あらためて、プロポーズするのもおかしな話です。
ですが、姫のたってのご要望とあらば、しかたありません。
法に則って、まずは婚約破棄からはじめさせていただきます
陛下。」
ルトはうやうやしく、「法に則って」書かれた書面を、封筒から取り出し、クローディア大公に捧げた。
「ぼくと姫君の婚約を無効とすることをお許しください。」
クローディアは、破顔して、書面を受け取り、中身も見ずに粉々に破り捨てた。
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