103 / 248
第101話 いつかの夜、いつかの街
しおりを挟む
第二層の一画は、昔、リンドが暮らした西域の港町を模したものになっている。
ヨウィスとの「試し」のために作り上げたステージだったが、精巧に作りすぎたかもしれない。
宵闇が落ちる。
どんちゃん騒ぎの一行を残して、店の外にでたリンドは、久しぶりにコートを羽織っている。
夜風に肩をすくめて、ポケットをまさぐるとタバコが出てきた。
何百年かぶりの一本に火をつける。
立ち上る煙は目に染みた。
街灯にもたれかかって少し、泣いた。
ひとは脆すぎて、儚すぎる。
リンドが気に入ったものはもうここにはいない。
生意気で頭の空っぽな商会の娘も。頼りになる相棒も。
「それなのになんでおまえだけはいるのかな?」
背後に立ったトーガの青年は、困ったように笑った。
そういえば、最初にあったときもそんな表情だった。
ついでに言うなら服装もそのときのままだった。
「あれから何年たった?」
「その質問は、意味がなくないですか、リンド。」
大賢者は自然なしぐさで、リンドからタバコを一本奪い取ると、マッチをする。
息を吸い込んだとたんにむせた。
「なにを吸ってるんですか。」
「あのころ、これが流行ってたんだ。赤色2号。」
「ただの毒物ですね。」
ウィルニアは髪をなぜるような仕草で細巻きを一本取り出した。
「あのころから20年ばかりたったころに、南洋から輸入されていたバルムという銘柄です。肺と喉はそれなりに痛めますが急性の症状はほとんどありません。」
「どっちにしろ、毒じゃないか。」
「その場でのたうち回って死ぬのと、ゆるやかに死ぬのでは後者のほうが楽でしょう。」
リンドは赤色2号をもみ消すと、ウィルニアから細巻きを一本所望した。
ゆっくりと紫煙をすいこむ。
「なるほど、このほうが、楽だ。ゆっくり死ねる。」
「吸血鬼がなにを戯言をぬかすんだか。」
「だまれ! と言うかだまらせてやろうか?」
軽口をたたきあってはいるが、お互いを正面から見ようとしない。
精巧に作りすぎた舞台は、リンドにもウィルニアにも思い出という名の重荷がいっぱいにこびりついている。
「この通りをまっすぐに歩くと、わたしの勤務していた学校が見えてきます。
そこまでは作ってない、ですか?」
「ああ、あんまりあの辺りは記憶してないんだ。あの日に依頼主のお嬢さんを探しに足を踏み入れたのが初めてじゃなかったかな。
わりと品のいい学生街だったように思う。
あまり、殺し屋風情がうろちょろするところじゃなかった。」
「そもそも、なんで吸血鬼が殺し屋なんかやってたんですか?」
「・・・その次にあったときは、勇者パーティの賢者さんが魔王の側近をしてたがな。」
「ああ、リンド。わたしたちは不毛な会話をしています。」
まったくだ。
と、リンドはそれだけは賛成した。
「これから、どうします?」
「ずいぶんと引きこもっていたんだ。世界を見て回りたい。」
「公爵家のご令嬢と、ですか?」
「ルトと一緒に、だ。もれなくフィオリナもついてくる。」
そこではじめて、リンドはウィルニアの顔を覗き込んだ。
「反対か?」
「・・・反対だ、と言ったら?」
「賛成してもらって、出て行くよりも何倍かうれしいかも。」
ウィルニアはため息をついた。
「結局、真祖の吸血鬼なんてわがままの固まりじゃないですか。」
「おまえが言うかね?」
「それじゃ、こうしましょう。ラウルはおいていってください。」
今度は、リンドが顔をしかめて黙り込んだ。
タバコの煙のいく末をじっと見つめていたが、ぼそりと、
「・・・・ロウだけで、ルトたちの足をひっぱらないだろうか。」
「・・・・真祖をそこまで弱気にさせるルトと公爵令嬢に敬意を評しますね、わたしは。」
ヨウィスとの「試し」のために作り上げたステージだったが、精巧に作りすぎたかもしれない。
宵闇が落ちる。
どんちゃん騒ぎの一行を残して、店の外にでたリンドは、久しぶりにコートを羽織っている。
夜風に肩をすくめて、ポケットをまさぐるとタバコが出てきた。
何百年かぶりの一本に火をつける。
立ち上る煙は目に染みた。
街灯にもたれかかって少し、泣いた。
ひとは脆すぎて、儚すぎる。
リンドが気に入ったものはもうここにはいない。
生意気で頭の空っぽな商会の娘も。頼りになる相棒も。
「それなのになんでおまえだけはいるのかな?」
背後に立ったトーガの青年は、困ったように笑った。
そういえば、最初にあったときもそんな表情だった。
ついでに言うなら服装もそのときのままだった。
「あれから何年たった?」
「その質問は、意味がなくないですか、リンド。」
大賢者は自然なしぐさで、リンドからタバコを一本奪い取ると、マッチをする。
息を吸い込んだとたんにむせた。
「なにを吸ってるんですか。」
「あのころ、これが流行ってたんだ。赤色2号。」
「ただの毒物ですね。」
ウィルニアは髪をなぜるような仕草で細巻きを一本取り出した。
「あのころから20年ばかりたったころに、南洋から輸入されていたバルムという銘柄です。肺と喉はそれなりに痛めますが急性の症状はほとんどありません。」
「どっちにしろ、毒じゃないか。」
「その場でのたうち回って死ぬのと、ゆるやかに死ぬのでは後者のほうが楽でしょう。」
リンドは赤色2号をもみ消すと、ウィルニアから細巻きを一本所望した。
ゆっくりと紫煙をすいこむ。
「なるほど、このほうが、楽だ。ゆっくり死ねる。」
「吸血鬼がなにを戯言をぬかすんだか。」
「だまれ! と言うかだまらせてやろうか?」
軽口をたたきあってはいるが、お互いを正面から見ようとしない。
精巧に作りすぎた舞台は、リンドにもウィルニアにも思い出という名の重荷がいっぱいにこびりついている。
「この通りをまっすぐに歩くと、わたしの勤務していた学校が見えてきます。
そこまでは作ってない、ですか?」
「ああ、あんまりあの辺りは記憶してないんだ。あの日に依頼主のお嬢さんを探しに足を踏み入れたのが初めてじゃなかったかな。
わりと品のいい学生街だったように思う。
あまり、殺し屋風情がうろちょろするところじゃなかった。」
「そもそも、なんで吸血鬼が殺し屋なんかやってたんですか?」
「・・・その次にあったときは、勇者パーティの賢者さんが魔王の側近をしてたがな。」
「ああ、リンド。わたしたちは不毛な会話をしています。」
まったくだ。
と、リンドはそれだけは賛成した。
「これから、どうします?」
「ずいぶんと引きこもっていたんだ。世界を見て回りたい。」
「公爵家のご令嬢と、ですか?」
「ルトと一緒に、だ。もれなくフィオリナもついてくる。」
そこではじめて、リンドはウィルニアの顔を覗き込んだ。
「反対か?」
「・・・反対だ、と言ったら?」
「賛成してもらって、出て行くよりも何倍かうれしいかも。」
ウィルニアはため息をついた。
「結局、真祖の吸血鬼なんてわがままの固まりじゃないですか。」
「おまえが言うかね?」
「それじゃ、こうしましょう。ラウルはおいていってください。」
今度は、リンドが顔をしかめて黙り込んだ。
タバコの煙のいく末をじっと見つめていたが、ぼそりと、
「・・・・ロウだけで、ルトたちの足をひっぱらないだろうか。」
「・・・・真祖をそこまで弱気にさせるルトと公爵令嬢に敬意を評しますね、わたしは。」
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる