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第101話 いつかの夜、いつかの街

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第二層の一画は、昔、リンドが暮らした西域の港町を模したものになっている。

ヨウィスとの「試し」のために作り上げたステージだったが、精巧に作りすぎたかもしれない。

宵闇が落ちる。

どんちゃん騒ぎの一行を残して、店の外にでたリンドは、久しぶりにコートを羽織っている。
夜風に肩をすくめて、ポケットをまさぐるとタバコが出てきた。
何百年かぶりの一本に火をつける。

立ち上る煙は目に染みた。

街灯にもたれかかって少し、泣いた。

ひとは脆すぎて、儚すぎる。

リンドが気に入ったものはもうここにはいない。
生意気で頭の空っぽな商会の娘も。頼りになる相棒も。

「それなのになんでおまえだけはいるのかな?」

背後に立ったトーガの青年は、困ったように笑った。
そういえば、最初にあったときもそんな表情だった。
ついでに言うなら服装もそのときのままだった。

「あれから何年たった?」

「その質問は、意味がなくないですか、リンド。」

大賢者は自然なしぐさで、リンドからタバコを一本奪い取ると、マッチをする。

息を吸い込んだとたんにむせた。

「なにを吸ってるんですか。」

「あのころ、これが流行ってたんだ。赤色2号。」

「ただの毒物ですね。」

ウィルニアは髪をなぜるような仕草で細巻きを一本取り出した。

「あのころから20年ばかりたったころに、南洋から輸入されていたバルムという銘柄です。肺と喉はそれなりに痛めますが急性の症状はほとんどありません。」

「どっちにしろ、毒じゃないか。」

「その場でのたうち回って死ぬのと、ゆるやかに死ぬのでは後者のほうが楽でしょう。」

リンドは赤色2号をもみ消すと、ウィルニアから細巻きを一本所望した。
ゆっくりと紫煙をすいこむ。

「なるほど、このほうが、楽だ。ゆっくり死ねる。」

「吸血鬼がなにを戯言をぬかすんだか。」

「だまれ! と言うかだまらせてやろうか?」

軽口をたたきあってはいるが、お互いを正面から見ようとしない。
精巧に作りすぎた舞台は、リンドにもウィルニアにも思い出という名の重荷がいっぱいにこびりついている。

「この通りをまっすぐに歩くと、わたしの勤務していた学校が見えてきます。
そこまでは作ってない、ですか?」

「ああ、あんまりあの辺りは記憶してないんだ。あの日に依頼主のお嬢さんを探しに足を踏み入れたのが初めてじゃなかったかな。
わりと品のいい学生街だったように思う。

あまり、殺し屋風情がうろちょろするところじゃなかった。」

「そもそも、なんで吸血鬼が殺し屋なんかやってたんですか?」

「・・・その次にあったときは、勇者パーティの賢者さんが魔王の側近をしてたがな。」

「ああ、リンド。わたしたちは不毛な会話をしています。」

まったくだ。
と、リンドはそれだけは賛成した。

「これから、どうします?」

「ずいぶんと引きこもっていたんだ。世界を見て回りたい。」

「公爵家のご令嬢と、ですか?」

「ルトと一緒に、だ。もれなくフィオリナもついてくる。」

そこではじめて、リンドはウィルニアの顔を覗き込んだ。

「反対か?」

「・・・反対だ、と言ったら?」

「賛成してもらって、出て行くよりも何倍かうれしいかも。」

ウィルニアはため息をついた。

「結局、真祖の吸血鬼なんてわがままの固まりじゃないですか。」
「おまえが言うかね?」
「それじゃ、こうしましょう。ラウルはおいていってください。」

今度は、リンドが顔をしかめて黙り込んだ。
タバコの煙のいく末をじっと見つめていたが、ぼそりと、

「・・・・ロウだけで、ルトたちの足をひっぱらないだろうか。」

「・・・・真祖をそこまで弱気にさせるルトと公爵令嬢に敬意を評しますね、わたしは。」
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