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第100話 魔族からの挑戦
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魔王宮に勤務する際は、派遣元の各ギルドの意匠を身につけるように、指示されていた。
ギルド「不死鳥の冠」のサブマスター、ミュラは背に大きく不死鳥を刺繍したパーカーを羽織っている。
色は地味なダークグレーだったが、刺繍はかなり手の込んだもので、彼女用にフィオリナが作らせたものだ。
物理的な耐性は、みかけ通りだが、呪詛や幻覚などの抵抗力が格段にあがる、すぐれものだ。
フードははねのけて、腕組み。
そのまま、フィオリナ譲りの眼光で、集まった冒険者たちを睨む。
「王宮には、クリューク殿が、受付を守らずに迷宮内に進入しようとしたこと、ならびにその際に、西域の有力冒険者“ウロボロス鬼兵団”にけが人をだしたこと、報告しております。」
バルゴール伯爵が、額の汗を拭き拭き、ミュラに話しかけた。
「クローディア閣下が仲裁にはいられたことも報告いただきましたでしょうか?」
「もちろんですとも!」
バルゴールが敬語を使っているのは、もちろんミュラがエノーラ伯爵家というグランダでも有数の格式ある貴族の令嬢であることもあるが、それ以上に、ミュラの「仕切り」に感服しているためもある。
一筋縄ではいかない冒険者に、きちんと順番を守らせるだけでもたいしたものなのに、けが人の救護、動きがとれなくなったパーティの救出、普通なら取り乱して大騒ぎするだけの緊急事態にも一切、動揺せず、的確な処理で被害を最小限に抑えている。
今回も、グランドマスターであるクリュークと、西域の有力パーティのトラブルという、場合によっては国家間の関係をゆるがすような事態に、見事に対処した。
クローディア公爵を呼んで事態の収拾にあたらせる、という発想がもはや、なみのギルドマスターを超えている。
これはまだ先々の話になってくるのだろうが、フィオリナがエルマートに嫁ぐにせよ、婿をとって、クローディア公爵家の女公爵になるにせよ、このさきずっと「不死鳥の冠」のギルドマスターを続けるとは思えない。
そうすれば、この少女がギルドマスターに就任する可能性は高い。
恐ろしく高い。
バルゴールにしてみれば、つきあって損のない相手だった。
もう一度、ミュラは氷のような視線で集まった冒険者たちを睨んだ。
そして。
春の淡雪が溶けるように、にっこりと微笑んだ。
「おまたせしました。これより、『魔王宮』へご入場いただけます。」
あつまった冒険者は、2百を超えていただろうか。
おおっ
と、一斉に歓喜の叫びがあがる。
「では、これより魔王宮へ向かう!
勇敢なるグランダならびに、西域の冒険者たちよ
栄光と富を掴み取れ!」
ウロボロス鬼兵団のザクリー大隊長が、叫んだ。
おおっ!
と、冒険者たちが応える。
ウロボロス鬼兵団を先頭に、すでに受付をすませた冒険者たち(クリュークが騒動を起こす前から待ちくたびれていた連中)がぞろぞろと階段を降り始めた。
そうでないものも、大いに士気をあげたまま、受付の列に並ぶ。
グランドマスターのパーティに勝った、という名声を与えてウロボロス鬼兵団を黙らせておいて、実はクリュークたちの先行を許す。
我があるじながら、クローディア公爵の采配というのは、恐ろしい。
これで、少なくとも今日一日は平穏に終わるのだろう。
いや、ウロボロス鬼兵団の負傷者の治療代は、グランダ側がもつべきだろう。
だが、それをどうやってクリュークたちに納得させるか。
「エノーラ伯爵家ご令嬢。」
バルゴールは、まだ現場にいた。
王命でもあって宮中にあがるとき以外は、最近は神殿のまわりをうろうろしていることが多い。
バルゴール伯爵の噂はきいていた。
王の取り巻き“夜会派”の中心人物のひとりで、とくかく金に汚い男。
王都の徴税長官を兼ねていて、尻尾こそつかませないが、徴収した税のかなりの割合がその懐に消えている、とも噂される。
「ウロボロスの負傷者ですが、いずれも大事には至りませんでした。
十日も待たずに快癒するでしょう。」
「ミュラ、とお呼びいただけますか?伯爵閣下。
わたしは、すでに伯爵家を離れて、独り立ちしています。」
「これは失礼した。
ミュラ殿。ウロボロスの治療費、入院費は国庫より補おうと考えますが、いかがです。」
ミュラはちょっと驚いて、バルゴールを見上げた。
てかてかとひかるあぶらぎった顔。口髭。
歌劇に出てくる悪徳貴族そのままに風貌だったが、目の光は理性的で、提案内容もミュラの考えとぴったり合っていた。
「それは…ウロボロスにとってはありがたい話なのでしょうが…
なぜ、そうおっしゃるのか、理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「グランダの評判をおとさないためですよ、ミュラ殿。」
いやらしく口髭をひねりながら伯爵は言う。
“お約束の返済をいただけないならば、お嬢さまの身柄をいただくことになりますなあ”
とかぬかす、悪徳商人の表情をうかべたまま、しごくまともなことを述べた。
「ウロボロスは、単なる銀級のパーティではない。総合力では黄金級に匹敵するが、行動の自由のため、あえて銀級に留まっているときいております。
黄金級ともなると、所属するギルド、ギルドのある国からの勅命で活動しなければならないこともあります。
それはそれで、名誉なことでもあり、報酬も跳ね上がりますが・・・傭兵として戦場に駆り出されることも多いウロボロス鬼兵団は、そうなってしまうといろいろまずいのでしょうな。
西域でも恐れられてはいるものの、依頼する側からも冒険者仲間からも信頼は高い。
グランダはこれからも魔王宮で稼がねばならん国です。だが、二層より奥を攻略できるパーティは、数えるほどときている。
西域の冒険者には、これからもここを訪ねて、攻略を進めてもらわねばならない。
たかだか数名の治療費をケチっておる場合ではないのです。」
バルゴールは、くちびるをミュラの耳元に近づけた。
下品なくどき文句でも囁いているように、遠目には見えたかもしれない。
「ウロボロスの治療費、だまってクローディア閣下が負担するおつもりだったか知れませんが、そうはいかない。
わたくしにもおいしいところを残していただかないと!」
「さすがは、バルゴール伯爵閣下。」
異性としては好みのタイプではなかったが、「不死鳥の冠」としては付き合っておかねばならない。
差し支えなく、おだてておくのは、伯爵家令嬢を経験したミュラにはたやすいものだ。
「これからもよしなに。」
バルゴールはにこにこして何やら話そうとしたが、そのときまたも列の後方から怒声があがった。
そう。またも、だ。
朝のクリュークたちの大騒ぎと同様。
受付待ちの列を守らない阿呆がいる。
うんざりして、ミュラは受付を「古代樹」の受付嬢にまかせて、様子を見に行く。
今度は誰だ。
イライラがつのる。
列の後ろで、冒険者たちに囲まれているのは、見たこともない連中だった。
リーダーらしき男は、外見だけならなかなかの偉丈夫で、黒い革製のコートに、鎖やらリングがじゃらじゃらついた意匠は、ミュラも見たことがない。
「どこのパーティだ?
所属のギルドを言え。」
ミュラの短い問いにその十倍ほどの言葉が返ってきた。
罵詈雑言部分を削除すると、この男はゴルニウム伯爵といって、どこのギルドにも、所属してないらしい。
「どこの田舎から出てきたのかは知らんが、迷宮に入るには冒険者証がいる。
まだもっていないなら、王都のギルドで登録を済ませてこい。」
とても分かりやすく説明したつもりだったが、男の返答は、俺はゴルニウム伯爵だ、というものだった。
ああ。こいつはちょっと頭がへんなのだ、とミュラは理解した。
田舎郷士がときどき、爵位を名乗って上京してくることはある。
耕す畑にも事欠くような、その土地では生まれた時から、御館様と煽てられ、プライドにこり高まって、ある日見つけたボロボロの家系図を頼りに伯爵だ、侯爵だと、名乗って王都にやって来る。
たいていは相手にされないまますごすごと帰郷するのだが、運が悪いと無礼打ちにあったりして、耳やら片腕やらを失って、逃げ帰ることもある。
それにしても、ゴルニウムはないだろう。と、ミュラはため息をついた。
ゴルニウムって、境界山脈の山の名前じゃん。そんなところを領土だと主張して伯爵?
ありえん。
「あのね、どこの国にもゴルニウム伯爵なんて貴族はいないの!
もう少し考えてしゃべらないかなあ。」
一瞬、黙ったミュラが恐れ入ったのだと、勘違いして、続きを話そうとした男の顔が真っ赤に染まり、さらに紫を帯びてくる。
無礼者っ!
と叫んで剣を引き抜いたゴルニウムは、剣を大きく振りかぶる。
なんだ、こいつ。
本気で殺る気か。
なら。
ミュラは体の向きをかえながら、半歩男に近づく。
振り下ろされた剣は、ミュラの前髪をふわりと、巻き上げながら、石畳に深々とくい込んだ。
ミュラが軽く足を払うと、垂直に立った剣の柄に、男は顎を打ち付け、そのまま倒れて激痛にのたうち回る。
取り巻き連中が一斉に武器を抜いた。抜こうとしたが、すでにミュラの風と重力魔法は完成している。
男たちは、バランスを失い、互いにぶつかり合ってバタバタと倒れた。
「不死鳥の姉さん。」
冒険者がおそるおそる話しかけてきた。
「強えんですね?」
「姫に、稽古をつけてもらってるからな。」
フィオリナの剣戟に比べれば、男の剣など止まっているようなものだった。
いや、振り上げた角度、筋肉の緊張、視線から、振り下ろす前から軌道がわかる。
周りの冒険者たちから、感嘆の声が、もれた。
グランダの冒険者の間で、姫、といったら、フィオリナしかいない。
そのフィオリナの片腕としてギルドを、切り盛りし、また直に稽古をつけてもらっいる。
冒険者たちの尊敬と羨望の眼差しに、僅かに頬を紅潮させながらミュラは言った。
「さあて」
ミュラの視線に、倒れた男たちが悲鳴をあげる。
「順番待ちも守れん冒険者なぞ、生きてる価値もないのだが、そもそもコイツらは冒険者ですらないようだ。
適当にぶちのめして、大路に放り出しておけ。
間違っても殺すんじゃないぞ。
死体を片付けるのが面倒だからな。」
うまくぶちのめせたら受付順番待ちを先にしてやる。
と、言うと周りの冒険者たちはわれ先に、ゴルニウムの一派を蹴りつけはじめた。
急所ははずし、骨折はさせずに打撲にとどめているあたり、さすがに喧嘩なれしている。
とミュラは感心して、受付に戻った。
魔族ゴルニウム伯爵の魔王宮への侵入はこうして阻止されたのである。
ギルド「不死鳥の冠」のサブマスター、ミュラは背に大きく不死鳥を刺繍したパーカーを羽織っている。
色は地味なダークグレーだったが、刺繍はかなり手の込んだもので、彼女用にフィオリナが作らせたものだ。
物理的な耐性は、みかけ通りだが、呪詛や幻覚などの抵抗力が格段にあがる、すぐれものだ。
フードははねのけて、腕組み。
そのまま、フィオリナ譲りの眼光で、集まった冒険者たちを睨む。
「王宮には、クリューク殿が、受付を守らずに迷宮内に進入しようとしたこと、ならびにその際に、西域の有力冒険者“ウロボロス鬼兵団”にけが人をだしたこと、報告しております。」
バルゴール伯爵が、額の汗を拭き拭き、ミュラに話しかけた。
「クローディア閣下が仲裁にはいられたことも報告いただきましたでしょうか?」
「もちろんですとも!」
バルゴールが敬語を使っているのは、もちろんミュラがエノーラ伯爵家というグランダでも有数の格式ある貴族の令嬢であることもあるが、それ以上に、ミュラの「仕切り」に感服しているためもある。
一筋縄ではいかない冒険者に、きちんと順番を守らせるだけでもたいしたものなのに、けが人の救護、動きがとれなくなったパーティの救出、普通なら取り乱して大騒ぎするだけの緊急事態にも一切、動揺せず、的確な処理で被害を最小限に抑えている。
今回も、グランドマスターであるクリュークと、西域の有力パーティのトラブルという、場合によっては国家間の関係をゆるがすような事態に、見事に対処した。
クローディア公爵を呼んで事態の収拾にあたらせる、という発想がもはや、なみのギルドマスターを超えている。
これはまだ先々の話になってくるのだろうが、フィオリナがエルマートに嫁ぐにせよ、婿をとって、クローディア公爵家の女公爵になるにせよ、このさきずっと「不死鳥の冠」のギルドマスターを続けるとは思えない。
そうすれば、この少女がギルドマスターに就任する可能性は高い。
恐ろしく高い。
バルゴールにしてみれば、つきあって損のない相手だった。
もう一度、ミュラは氷のような視線で集まった冒険者たちを睨んだ。
そして。
春の淡雪が溶けるように、にっこりと微笑んだ。
「おまたせしました。これより、『魔王宮』へご入場いただけます。」
あつまった冒険者は、2百を超えていただろうか。
おおっ
と、一斉に歓喜の叫びがあがる。
「では、これより魔王宮へ向かう!
勇敢なるグランダならびに、西域の冒険者たちよ
栄光と富を掴み取れ!」
ウロボロス鬼兵団のザクリー大隊長が、叫んだ。
おおっ!
と、冒険者たちが応える。
ウロボロス鬼兵団を先頭に、すでに受付をすませた冒険者たち(クリュークが騒動を起こす前から待ちくたびれていた連中)がぞろぞろと階段を降り始めた。
そうでないものも、大いに士気をあげたまま、受付の列に並ぶ。
グランドマスターのパーティに勝った、という名声を与えてウロボロス鬼兵団を黙らせておいて、実はクリュークたちの先行を許す。
我があるじながら、クローディア公爵の采配というのは、恐ろしい。
これで、少なくとも今日一日は平穏に終わるのだろう。
いや、ウロボロス鬼兵団の負傷者の治療代は、グランダ側がもつべきだろう。
だが、それをどうやってクリュークたちに納得させるか。
「エノーラ伯爵家ご令嬢。」
バルゴールは、まだ現場にいた。
王命でもあって宮中にあがるとき以外は、最近は神殿のまわりをうろうろしていることが多い。
バルゴール伯爵の噂はきいていた。
王の取り巻き“夜会派”の中心人物のひとりで、とくかく金に汚い男。
王都の徴税長官を兼ねていて、尻尾こそつかませないが、徴収した税のかなりの割合がその懐に消えている、とも噂される。
「ウロボロスの負傷者ですが、いずれも大事には至りませんでした。
十日も待たずに快癒するでしょう。」
「ミュラ、とお呼びいただけますか?伯爵閣下。
わたしは、すでに伯爵家を離れて、独り立ちしています。」
「これは失礼した。
ミュラ殿。ウロボロスの治療費、入院費は国庫より補おうと考えますが、いかがです。」
ミュラはちょっと驚いて、バルゴールを見上げた。
てかてかとひかるあぶらぎった顔。口髭。
歌劇に出てくる悪徳貴族そのままに風貌だったが、目の光は理性的で、提案内容もミュラの考えとぴったり合っていた。
「それは…ウロボロスにとってはありがたい話なのでしょうが…
なぜ、そうおっしゃるのか、理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「グランダの評判をおとさないためですよ、ミュラ殿。」
いやらしく口髭をひねりながら伯爵は言う。
“お約束の返済をいただけないならば、お嬢さまの身柄をいただくことになりますなあ”
とかぬかす、悪徳商人の表情をうかべたまま、しごくまともなことを述べた。
「ウロボロスは、単なる銀級のパーティではない。総合力では黄金級に匹敵するが、行動の自由のため、あえて銀級に留まっているときいております。
黄金級ともなると、所属するギルド、ギルドのある国からの勅命で活動しなければならないこともあります。
それはそれで、名誉なことでもあり、報酬も跳ね上がりますが・・・傭兵として戦場に駆り出されることも多いウロボロス鬼兵団は、そうなってしまうといろいろまずいのでしょうな。
西域でも恐れられてはいるものの、依頼する側からも冒険者仲間からも信頼は高い。
グランダはこれからも魔王宮で稼がねばならん国です。だが、二層より奥を攻略できるパーティは、数えるほどときている。
西域の冒険者には、これからもここを訪ねて、攻略を進めてもらわねばならない。
たかだか数名の治療費をケチっておる場合ではないのです。」
バルゴールは、くちびるをミュラの耳元に近づけた。
下品なくどき文句でも囁いているように、遠目には見えたかもしれない。
「ウロボロスの治療費、だまってクローディア閣下が負担するおつもりだったか知れませんが、そうはいかない。
わたくしにもおいしいところを残していただかないと!」
「さすがは、バルゴール伯爵閣下。」
異性としては好みのタイプではなかったが、「不死鳥の冠」としては付き合っておかねばならない。
差し支えなく、おだてておくのは、伯爵家令嬢を経験したミュラにはたやすいものだ。
「これからもよしなに。」
バルゴールはにこにこして何やら話そうとしたが、そのときまたも列の後方から怒声があがった。
そう。またも、だ。
朝のクリュークたちの大騒ぎと同様。
受付待ちの列を守らない阿呆がいる。
うんざりして、ミュラは受付を「古代樹」の受付嬢にまかせて、様子を見に行く。
今度は誰だ。
イライラがつのる。
列の後ろで、冒険者たちに囲まれているのは、見たこともない連中だった。
リーダーらしき男は、外見だけならなかなかの偉丈夫で、黒い革製のコートに、鎖やらリングがじゃらじゃらついた意匠は、ミュラも見たことがない。
「どこのパーティだ?
所属のギルドを言え。」
ミュラの短い問いにその十倍ほどの言葉が返ってきた。
罵詈雑言部分を削除すると、この男はゴルニウム伯爵といって、どこのギルドにも、所属してないらしい。
「どこの田舎から出てきたのかは知らんが、迷宮に入るには冒険者証がいる。
まだもっていないなら、王都のギルドで登録を済ませてこい。」
とても分かりやすく説明したつもりだったが、男の返答は、俺はゴルニウム伯爵だ、というものだった。
ああ。こいつはちょっと頭がへんなのだ、とミュラは理解した。
田舎郷士がときどき、爵位を名乗って上京してくることはある。
耕す畑にも事欠くような、その土地では生まれた時から、御館様と煽てられ、プライドにこり高まって、ある日見つけたボロボロの家系図を頼りに伯爵だ、侯爵だと、名乗って王都にやって来る。
たいていは相手にされないまますごすごと帰郷するのだが、運が悪いと無礼打ちにあったりして、耳やら片腕やらを失って、逃げ帰ることもある。
それにしても、ゴルニウムはないだろう。と、ミュラはため息をついた。
ゴルニウムって、境界山脈の山の名前じゃん。そんなところを領土だと主張して伯爵?
ありえん。
「あのね、どこの国にもゴルニウム伯爵なんて貴族はいないの!
もう少し考えてしゃべらないかなあ。」
一瞬、黙ったミュラが恐れ入ったのだと、勘違いして、続きを話そうとした男の顔が真っ赤に染まり、さらに紫を帯びてくる。
無礼者っ!
と叫んで剣を引き抜いたゴルニウムは、剣を大きく振りかぶる。
なんだ、こいつ。
本気で殺る気か。
なら。
ミュラは体の向きをかえながら、半歩男に近づく。
振り下ろされた剣は、ミュラの前髪をふわりと、巻き上げながら、石畳に深々とくい込んだ。
ミュラが軽く足を払うと、垂直に立った剣の柄に、男は顎を打ち付け、そのまま倒れて激痛にのたうち回る。
取り巻き連中が一斉に武器を抜いた。抜こうとしたが、すでにミュラの風と重力魔法は完成している。
男たちは、バランスを失い、互いにぶつかり合ってバタバタと倒れた。
「不死鳥の姉さん。」
冒険者がおそるおそる話しかけてきた。
「強えんですね?」
「姫に、稽古をつけてもらってるからな。」
フィオリナの剣戟に比べれば、男の剣など止まっているようなものだった。
いや、振り上げた角度、筋肉の緊張、視線から、振り下ろす前から軌道がわかる。
周りの冒険者たちから、感嘆の声が、もれた。
グランダの冒険者の間で、姫、といったら、フィオリナしかいない。
そのフィオリナの片腕としてギルドを、切り盛りし、また直に稽古をつけてもらっいる。
冒険者たちの尊敬と羨望の眼差しに、僅かに頬を紅潮させながらミュラは言った。
「さあて」
ミュラの視線に、倒れた男たちが悲鳴をあげる。
「順番待ちも守れん冒険者なぞ、生きてる価値もないのだが、そもそもコイツらは冒険者ですらないようだ。
適当にぶちのめして、大路に放り出しておけ。
間違っても殺すんじゃないぞ。
死体を片付けるのが面倒だからな。」
うまくぶちのめせたら受付順番待ちを先にしてやる。
と、言うと周りの冒険者たちはわれ先に、ゴルニウムの一派を蹴りつけはじめた。
急所ははずし、骨折はさせずに打撲にとどめているあたり、さすがに喧嘩なれしている。
とミュラは感心して、受付に戻った。
魔族ゴルニウム伯爵の魔王宮への侵入はこうして阻止されたのである。
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ご覧いただきありがとうございます。なんとか完結しました。彼らの物語はまだ続きます。後日談https://www.alphapolis.co.jp/novel/807186218/844632510
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