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第97話 それぞれの道行
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思えばこんな妙な組み合わせのパーティはないだろう。
ミア=イアは思う。
“楼蘭”のリーダー、ミア=イア。ソロでしか活動しない冒険者ドルバーザ。その彼の唯一のパートナーである魔法人形のテオ。
蜘蛛の魔物の変異種ヤイバ。そして我が国の王子エルマート。
なんというとんでもないパーティだろう。
奇跡としかいいようのないパーティだったし、なぜこんなパーティを組むことになったのか質問攻めにされる未来を想像して、ミア=イアは身震いをした。
インタビューのたぐいは大の苦手である。
もちろん、グランダは、西方諸国は、もっと奇妙なパーティを目の当たりにすることになるので、実際にはそういうことは起きなかったわけではあるが。
ミア=イアたちは三層に降りている。
第二階層の階層主は、吸血鬼だと記録にはある。
ことによると、真祖かそれに近いクラスの吸血鬼に格上げされているのでは?
そんな噂もあったが、大蜘蛛を倒したことで、第三層への通路が開いたのである。
アンデッド化されたジャイアントスパイダー。体を両断されても蘇る再生力をもち、鋼糸を自在に操る。
恐ろしい相手には違いない。おそらくは“楼蘭”では歯が立たない。
いまのミア=イアと、ドルバーザとその従者、そしてヤイバがいたから勝てたのだ。
エルマート?
エルマートがいなければ、時間はかかったであろうが多分もっと確実に勝てた。
「あのお」
エルマートが話しかけてきたので、ミア=イアは軽く睨んだ。
以前は、それでひっこんだのだが、今回はひかない。
こいつもなるほど、少しは成長しているのだな、とミア=イアはこのとき、初めて思った。
「二層の階層主は、真祖のヴァンパイヤだったはずです。名前はラウル=リンド。」
そうだった。
こいつが発見されたとき、もうひとりの少女とともに『魅了』された状態のままだった。
吸血痕がなかったため、と、魅了をかけたと思しき吸血鬼との『繋がり』が確認されていなかったため、浄化は見送られたが、まぎれもなくエルマートは、吸血鬼に会っている
その吸血鬼は、ヨウィス、あの不死鳥の冠の腕利きを一蹴し、フィオリナ姫ほか2名を第二層に連れ去った。
フィオリナ姫は、そこから自力で脱出し、救援にかけつけた父、クローディア公の前で、吸血鬼の首を刎ねた。
「アンデッド化されたジャイアントスパイダーの変異種。強敵だったには違いないが。」
ミア=イアは頷いた。
「“真祖”の吸血鬼に比べればだいぶ、格が落ちるか。だが、第一層にしても階層主は神獣のはずであったが、実際に第二階層への回廊を守っていたのは変異種の一体だった。
一度、回廊が成立してしまえば、あとはいちいち階層主と戦わなくても通り抜けはできる、とそういうことではないのか?」
「第一層の階層主については、わかります。
とんでもなく、巨大なので自由に動けるだけの空間もまたとてつもなく広くないとならない。
第二層への回廊が設置されたマグマの湖のある部屋はそこまでの広さはなかった。」
「第二階層の主がもし、その吸血鬼だとして、そいつはフィオリナ姫に倒された。」
「首を刎ねられただけ、です。」
「落とした首は、公爵閣下が持ち帰り、広場で陽光にさらされて朽ち果てた。」
「それで、ほんとうに滅ぼされたのでしょうか。」
ミア=イアは、手をエルマートの心臓に当て、首筋に当てた。
かすかな「繋がり」。
相手はわからない。
だが、一度、従属=支配の関係におかれたものに見られる微かな「繋がり」。
それ自体は悪いものではない。決してない。
例えば忠義を誓った主従、師弟、あと意外に多いのが恋愛関係だ。
浄化を担当する審判官は、これを見逃したのだろうか。いや、見逃したのではない。
もともと、この半年ばかりで、ついたあだ名が『王室の種馬』。
女性関係のスキャンダルには、ことかかないエルマートが、誰かを想い、その心情が「従属」となって現れているのは別に不思議なことではない。
そして、この繋がりには、吸血鬼が人間に対して行うような、餌に対する執着がない。
吸血鬼の吸血行動は、単なる食事、ではない。
無限に続く飢えを満たす。相手を肉体的にも精神的にも屈服させる。
そして、そのためには己の犠牲すら顧みない。
『伯爵の情熱』と西方域で呼ばれるこの吸血鬼の半ば本能的な性質により、「繋がり」の相手が吸血鬼だったのかどうかは、すぐにわかるのだ。
そして、エルマートに感じられる繋がりには、そんなものはない。
だが。
ミア=イアにはわかる。
迷宮内にいるからわかる。
エルマートの「繋がり」の相手は迷宮内にいるのだ。
「ヤイバ」
呼ばれたことでもう、うれしそうな変異種の変異体は、にこにこと笑いながら、ミア=イアに近づいてきた。
「いま、通り抜けた二層の階層主は、真祖の吸血鬼か?」
「そうだよ。真祖吸血鬼リンド伯爵。」
「そいつは、フィオリナ姫によって倒されている。だが、本当に滅ぼされているのか?
わかるか?」
うん。
と、ヤイバは頷いた。
「生きてるよ。」
「知っているのか?」
「知らない。けど、『死なず』のリンドを滅ぼす方法なんてないってことは知ってる。
あ、ぼくの『知ってる』は、ギムリウスさまの知識に準じてるので、信頼性は高いよ。」
「な、ならばなぜ、真祖は第二階層で我々と対峙しなかっのだ?」
「さあ。」
「けっこう、忙しんじゃないかな、階層主も。たとえば」
エルマートは、真剣に考えた。考え抜いて言った。
「宴会とか、で。」
凍っている。
岩肌も。石畳も。
壁に設えられた燭台までも凍っている。
階層を守る蜘蛛たちでさえ、例外ではなかった。
あるものは天井にはりついたまま。
あるものは牙をむき出したまま。
あるものは、宙にジャンプしかけたまま。
そのまま、冷たい冷たい結晶の中に閉じ込められ、そのまま息絶えている。
「凍結魔法です。この世で使うにはおそらくは最上級の。」
“フェンリルの咆哮”の魔術師ローゼが言った。
「クリュークの魔道か?」
クローディアはそうたずねたが、ローゼは首を横に振った。
「神がこれほどの魔法を現世に降ろさせるとは思えません。
おそらくは、ラキエの使役する神獣の力。」
「これほどの能力をもった神獣を、召喚できるのか、ラキエは。」
さすがにクローディアの口調にも畏怖が混じった。
「私に分かるのは、クリュークがとんでもなく焦っていたことくらいです。」
もっと詳しく話してくれ。
と、クローディアは口に出しては言わなかった。ただ、眉を少し上げて、ローゼを見やっただけ。
こう言うところは、我らの公爵閣下は人を使うことに慣れている。
いや。
今のローゼが本当に人、かどうか、はさておいて。
「この魔法は、対象物を凍らせる魔法ではありません。
対象物が凍りついた状態に世界を置き換える魔法です。
一度発動してしまえば、氷が溶けるまで、2度の使用はできません。
凍ったものをさらに凍らせることができないように。
そして、この魔法による氷は、決して溶けないのですよ。」
「つまりは、ラキエは切り札をそうそうに切ってしまった、ということか。」
「ラキエの、と言うよりはクリュークにとってでしょう。
“氷雪公主”はそう気軽に呼び出せる相手ではありませんから。」
足元の石畳も凍り付いてはいたが、足場は悪くない。
氷が滑るのは、わずかに溶けた水分が潤滑剤となるからだ。溶けぬ氷ならなるほど、そんなことはないだろう。
先行していたトッドが駆け戻り、ザックと何やら話し込んでいた。
どうした、とクローディアが声をかけると、ザックは頭をかきながら、どうも、とだけ言った。
「何か異常か?」
「うちの斥候が見てきたところ、霊安室から第二階層への回廊があるマグマ溜まりの部屋まで、完全に凍りついているそうです。
活動している蜘蛛は一匹もなし。ある意味ではありがたいのですがね。」
ザックは、収納から酒を取り出して一口やった。
「この魔法は、こと迷宮攻略に対しては、反則なんです。迷宮そのものがひとつ世界とするとその世界そのものを書き換えしてしまうわけですから。」
「反則を犯したなりのペナルティがあるはずだと?」
「話が早い。
ここまでのルール無用の行為に対しては、ペナルティも単純です。
例えば、突然、空気を呼吸できないものに入れ替えてしまう、とか。」
「今回は?」
「なにもなし、です。マグマの部屋の手前までは少なくとも、以前来たときのままです。」
「階層主・・・または、迷宮主になにか異変があった・・・か?」
「あったのでしょうが、それを事前にクリュークたちが察知しての行動とも思えません。」
「いま、ローゼ殿と話していたのだが。」
クローディアは、彼の“収納”袋から、干し肉を取り出してザックに差し出した。
「クリュークは焦っているようだ。いま、ザック殿が話してくれたペナルティの件、魔法の性質上、一度しか使えぬ魔法であるという点。
まして、ハルトが生きているのなら、六層より深部にいる可能性の高さ。
どう考えても『今』使う魔法では、ない。
焦りのうんだ行動が、たまたま今回は吉と出ただけで、やつが追い詰められていることには違いなさそうだ。」
ザックは、もう一口、酒を飲んでから、酒瓶と差し出された肴をまじまじと見つめた。
「たいして、見るものもない北国だと思ってましたが、酒と人はいい。
これからもひとつ、ご贔屓に。」
「なにを焦っているクリューク。」
「・・・・わたしは焦ってなどいません、マヌカ。」
クリューク、そして“聖者”マヌカ。
どちらも冒険者とは、そしてお迷宮を探索中とは思えない礼服姿である。
互いに優秀な“収納”を持っているのだろう。ほとんど、武器らしきものも携帯していなかった。
マヌカのほうが頭半分、背が低い。その分、タキシードの胸元を内側から、双丘が押し上げていた。
「ラキアに“氷雪公主”を早々に使わせたのはいかにもまずかった。」
マヌカはそう言いながら、チラリをラキア見た。
もちろん二人は、大事に幾重にも布でくるまれた筒状のものがラキアであって、それを持って立ち尽くす男は、ラキアが召喚したヒトモドキとよばれる生き物であることを知っている。
「あそこまでして、ギムリウスが出てこなかったのは不思議でした。
ですがそれ以外の点は予定通りです。」
「第一階層主が出てくればそれはまだ戦いようもあるさ。」
マヌカは、歪んだ笑いを浮かべながら言った。
「ただ、煮えたぎったマグマの中に直接、強制転移させられるとか、大気を突然、二酸化炭素100%に変えられるとか、困ることはたくさんあるわけだし、たまたまスルーされたからといって、同じようなルール違反をこれからも繰り返すつもりは、もうないだろうねってことを確認しておきたかったんだ。
ラキアは、しばらくはヒトモドキに次の命令も出せないほど、消耗してしまっている。
おかげで我々は、せっかく第二層に先行したにもかかわらず、ここに足止めを食らっているわけだ。なにしろラキアは、ヒトモドキに『歩け』という命令すらだせないわけだからね。」
「ラキアの消耗も計算のうちです。
実際に、あと砂時計一個分も待てば、ラキアもとりあえず移動が可能になるでしょう。
いま、重要なのは時間です。
ラキアと『愚者の盾』の約定で稼いだ時間は、3日間。
その間に我々は、少なくとも第六層にまで行き、かの大賢者と話をつけなければならないのです。」
「話のわかるヤツだといいね!」
リヨンは、ポケットに手を入れたまま、しきりにあたりの壁を観察していた。
「わたしは、今回に限っては、クリュークとマヌカの意見が割れるようならマヌカにつくよ。」
クリュークは嫌な顔をした。
自分の欲望に対しては我儘ではあるのもののそれ以外では、忠実であったリヨンがそのような態度にでるのは初めてだった。
「なぜか、聞きたいかい、クリューク。
わたしは、クリュークのことをよく知ってる。
でも、フィオリナとルトのことも知ってしまったんだよ。
あのふたりをあなたが上回れるか、正直、疑問なんだよ。」
ミア=イアは思う。
“楼蘭”のリーダー、ミア=イア。ソロでしか活動しない冒険者ドルバーザ。その彼の唯一のパートナーである魔法人形のテオ。
蜘蛛の魔物の変異種ヤイバ。そして我が国の王子エルマート。
なんというとんでもないパーティだろう。
奇跡としかいいようのないパーティだったし、なぜこんなパーティを組むことになったのか質問攻めにされる未来を想像して、ミア=イアは身震いをした。
インタビューのたぐいは大の苦手である。
もちろん、グランダは、西方諸国は、もっと奇妙なパーティを目の当たりにすることになるので、実際にはそういうことは起きなかったわけではあるが。
ミア=イアたちは三層に降りている。
第二階層の階層主は、吸血鬼だと記録にはある。
ことによると、真祖かそれに近いクラスの吸血鬼に格上げされているのでは?
そんな噂もあったが、大蜘蛛を倒したことで、第三層への通路が開いたのである。
アンデッド化されたジャイアントスパイダー。体を両断されても蘇る再生力をもち、鋼糸を自在に操る。
恐ろしい相手には違いない。おそらくは“楼蘭”では歯が立たない。
いまのミア=イアと、ドルバーザとその従者、そしてヤイバがいたから勝てたのだ。
エルマート?
エルマートがいなければ、時間はかかったであろうが多分もっと確実に勝てた。
「あのお」
エルマートが話しかけてきたので、ミア=イアは軽く睨んだ。
以前は、それでひっこんだのだが、今回はひかない。
こいつもなるほど、少しは成長しているのだな、とミア=イアはこのとき、初めて思った。
「二層の階層主は、真祖のヴァンパイヤだったはずです。名前はラウル=リンド。」
そうだった。
こいつが発見されたとき、もうひとりの少女とともに『魅了』された状態のままだった。
吸血痕がなかったため、と、魅了をかけたと思しき吸血鬼との『繋がり』が確認されていなかったため、浄化は見送られたが、まぎれもなくエルマートは、吸血鬼に会っている
その吸血鬼は、ヨウィス、あの不死鳥の冠の腕利きを一蹴し、フィオリナ姫ほか2名を第二層に連れ去った。
フィオリナ姫は、そこから自力で脱出し、救援にかけつけた父、クローディア公の前で、吸血鬼の首を刎ねた。
「アンデッド化されたジャイアントスパイダーの変異種。強敵だったには違いないが。」
ミア=イアは頷いた。
「“真祖”の吸血鬼に比べればだいぶ、格が落ちるか。だが、第一層にしても階層主は神獣のはずであったが、実際に第二階層への回廊を守っていたのは変異種の一体だった。
一度、回廊が成立してしまえば、あとはいちいち階層主と戦わなくても通り抜けはできる、とそういうことではないのか?」
「第一層の階層主については、わかります。
とんでもなく、巨大なので自由に動けるだけの空間もまたとてつもなく広くないとならない。
第二層への回廊が設置されたマグマの湖のある部屋はそこまでの広さはなかった。」
「第二階層の主がもし、その吸血鬼だとして、そいつはフィオリナ姫に倒された。」
「首を刎ねられただけ、です。」
「落とした首は、公爵閣下が持ち帰り、広場で陽光にさらされて朽ち果てた。」
「それで、ほんとうに滅ぼされたのでしょうか。」
ミア=イアは、手をエルマートの心臓に当て、首筋に当てた。
かすかな「繋がり」。
相手はわからない。
だが、一度、従属=支配の関係におかれたものに見られる微かな「繋がり」。
それ自体は悪いものではない。決してない。
例えば忠義を誓った主従、師弟、あと意外に多いのが恋愛関係だ。
浄化を担当する審判官は、これを見逃したのだろうか。いや、見逃したのではない。
もともと、この半年ばかりで、ついたあだ名が『王室の種馬』。
女性関係のスキャンダルには、ことかかないエルマートが、誰かを想い、その心情が「従属」となって現れているのは別に不思議なことではない。
そして、この繋がりには、吸血鬼が人間に対して行うような、餌に対する執着がない。
吸血鬼の吸血行動は、単なる食事、ではない。
無限に続く飢えを満たす。相手を肉体的にも精神的にも屈服させる。
そして、そのためには己の犠牲すら顧みない。
『伯爵の情熱』と西方域で呼ばれるこの吸血鬼の半ば本能的な性質により、「繋がり」の相手が吸血鬼だったのかどうかは、すぐにわかるのだ。
そして、エルマートに感じられる繋がりには、そんなものはない。
だが。
ミア=イアにはわかる。
迷宮内にいるからわかる。
エルマートの「繋がり」の相手は迷宮内にいるのだ。
「ヤイバ」
呼ばれたことでもう、うれしそうな変異種の変異体は、にこにこと笑いながら、ミア=イアに近づいてきた。
「いま、通り抜けた二層の階層主は、真祖の吸血鬼か?」
「そうだよ。真祖吸血鬼リンド伯爵。」
「そいつは、フィオリナ姫によって倒されている。だが、本当に滅ぼされているのか?
わかるか?」
うん。
と、ヤイバは頷いた。
「生きてるよ。」
「知っているのか?」
「知らない。けど、『死なず』のリンドを滅ぼす方法なんてないってことは知ってる。
あ、ぼくの『知ってる』は、ギムリウスさまの知識に準じてるので、信頼性は高いよ。」
「な、ならばなぜ、真祖は第二階層で我々と対峙しなかっのだ?」
「さあ。」
「けっこう、忙しんじゃないかな、階層主も。たとえば」
エルマートは、真剣に考えた。考え抜いて言った。
「宴会とか、で。」
凍っている。
岩肌も。石畳も。
壁に設えられた燭台までも凍っている。
階層を守る蜘蛛たちでさえ、例外ではなかった。
あるものは天井にはりついたまま。
あるものは牙をむき出したまま。
あるものは、宙にジャンプしかけたまま。
そのまま、冷たい冷たい結晶の中に閉じ込められ、そのまま息絶えている。
「凍結魔法です。この世で使うにはおそらくは最上級の。」
“フェンリルの咆哮”の魔術師ローゼが言った。
「クリュークの魔道か?」
クローディアはそうたずねたが、ローゼは首を横に振った。
「神がこれほどの魔法を現世に降ろさせるとは思えません。
おそらくは、ラキエの使役する神獣の力。」
「これほどの能力をもった神獣を、召喚できるのか、ラキエは。」
さすがにクローディアの口調にも畏怖が混じった。
「私に分かるのは、クリュークがとんでもなく焦っていたことくらいです。」
もっと詳しく話してくれ。
と、クローディアは口に出しては言わなかった。ただ、眉を少し上げて、ローゼを見やっただけ。
こう言うところは、我らの公爵閣下は人を使うことに慣れている。
いや。
今のローゼが本当に人、かどうか、はさておいて。
「この魔法は、対象物を凍らせる魔法ではありません。
対象物が凍りついた状態に世界を置き換える魔法です。
一度発動してしまえば、氷が溶けるまで、2度の使用はできません。
凍ったものをさらに凍らせることができないように。
そして、この魔法による氷は、決して溶けないのですよ。」
「つまりは、ラキエは切り札をそうそうに切ってしまった、ということか。」
「ラキエの、と言うよりはクリュークにとってでしょう。
“氷雪公主”はそう気軽に呼び出せる相手ではありませんから。」
足元の石畳も凍り付いてはいたが、足場は悪くない。
氷が滑るのは、わずかに溶けた水分が潤滑剤となるからだ。溶けぬ氷ならなるほど、そんなことはないだろう。
先行していたトッドが駆け戻り、ザックと何やら話し込んでいた。
どうした、とクローディアが声をかけると、ザックは頭をかきながら、どうも、とだけ言った。
「何か異常か?」
「うちの斥候が見てきたところ、霊安室から第二階層への回廊があるマグマ溜まりの部屋まで、完全に凍りついているそうです。
活動している蜘蛛は一匹もなし。ある意味ではありがたいのですがね。」
ザックは、収納から酒を取り出して一口やった。
「この魔法は、こと迷宮攻略に対しては、反則なんです。迷宮そのものがひとつ世界とするとその世界そのものを書き換えしてしまうわけですから。」
「反則を犯したなりのペナルティがあるはずだと?」
「話が早い。
ここまでのルール無用の行為に対しては、ペナルティも単純です。
例えば、突然、空気を呼吸できないものに入れ替えてしまう、とか。」
「今回は?」
「なにもなし、です。マグマの部屋の手前までは少なくとも、以前来たときのままです。」
「階層主・・・または、迷宮主になにか異変があった・・・か?」
「あったのでしょうが、それを事前にクリュークたちが察知しての行動とも思えません。」
「いま、ローゼ殿と話していたのだが。」
クローディアは、彼の“収納”袋から、干し肉を取り出してザックに差し出した。
「クリュークは焦っているようだ。いま、ザック殿が話してくれたペナルティの件、魔法の性質上、一度しか使えぬ魔法であるという点。
まして、ハルトが生きているのなら、六層より深部にいる可能性の高さ。
どう考えても『今』使う魔法では、ない。
焦りのうんだ行動が、たまたま今回は吉と出ただけで、やつが追い詰められていることには違いなさそうだ。」
ザックは、もう一口、酒を飲んでから、酒瓶と差し出された肴をまじまじと見つめた。
「たいして、見るものもない北国だと思ってましたが、酒と人はいい。
これからもひとつ、ご贔屓に。」
「なにを焦っているクリューク。」
「・・・・わたしは焦ってなどいません、マヌカ。」
クリューク、そして“聖者”マヌカ。
どちらも冒険者とは、そしてお迷宮を探索中とは思えない礼服姿である。
互いに優秀な“収納”を持っているのだろう。ほとんど、武器らしきものも携帯していなかった。
マヌカのほうが頭半分、背が低い。その分、タキシードの胸元を内側から、双丘が押し上げていた。
「ラキアに“氷雪公主”を早々に使わせたのはいかにもまずかった。」
マヌカはそう言いながら、チラリをラキア見た。
もちろん二人は、大事に幾重にも布でくるまれた筒状のものがラキアであって、それを持って立ち尽くす男は、ラキアが召喚したヒトモドキとよばれる生き物であることを知っている。
「あそこまでして、ギムリウスが出てこなかったのは不思議でした。
ですがそれ以外の点は予定通りです。」
「第一階層主が出てくればそれはまだ戦いようもあるさ。」
マヌカは、歪んだ笑いを浮かべながら言った。
「ただ、煮えたぎったマグマの中に直接、強制転移させられるとか、大気を突然、二酸化炭素100%に変えられるとか、困ることはたくさんあるわけだし、たまたまスルーされたからといって、同じようなルール違反をこれからも繰り返すつもりは、もうないだろうねってことを確認しておきたかったんだ。
ラキアは、しばらくはヒトモドキに次の命令も出せないほど、消耗してしまっている。
おかげで我々は、せっかく第二層に先行したにもかかわらず、ここに足止めを食らっているわけだ。なにしろラキアは、ヒトモドキに『歩け』という命令すらだせないわけだからね。」
「ラキアの消耗も計算のうちです。
実際に、あと砂時計一個分も待てば、ラキアもとりあえず移動が可能になるでしょう。
いま、重要なのは時間です。
ラキアと『愚者の盾』の約定で稼いだ時間は、3日間。
その間に我々は、少なくとも第六層にまで行き、かの大賢者と話をつけなければならないのです。」
「話のわかるヤツだといいね!」
リヨンは、ポケットに手を入れたまま、しきりにあたりの壁を観察していた。
「わたしは、今回に限っては、クリュークとマヌカの意見が割れるようならマヌカにつくよ。」
クリュークは嫌な顔をした。
自分の欲望に対しては我儘ではあるのもののそれ以外では、忠実であったリヨンがそのような態度にでるのは初めてだった。
「なぜか、聞きたいかい、クリューク。
わたしは、クリュークのことをよく知ってる。
でも、フィオリナとルトのことも知ってしまったんだよ。
あのふたりをあなたが上回れるか、正直、疑問なんだよ。」
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