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第92話 クロノとミュレスと
しおりを挟む洞窟のすべてが爆炎に包まれた。
ありったけの誘導針は、それを通じて放たれた黒雷は洞窟を覆い尽くした粘液を焼き尽くし、ついでに放った当人、勇者クロノを半焦げにした。
「まあ・・・・こうなるよ、な。」
げほ。
と、口から煙を吐き出して、ばたり、と倒れる。
一度は焼き尽くされたかに見えた粘液がふたたび、その周りを覆っていく。
「・・・・これでは、まで『試し』には不十分か?」
仰向けに倒れたまま、クロノがつぶやく。
「どうでしょう?」
答えた声は、床と天井と壁から聞こえた。
「導き針と組み合わせての破壊魔法は、ユニークですが、まだわたしは、なんのダメージも受けていないのです。」
ふううっ
とため息をついて、クロノは身を起こした。
頬を掻きむしると炭化した皮膚がこそげおち、その下から、なめらかな肌が現れる。
「これはすばらしい。」
ミュレスの声は、甘く、本気で感心しているように聞こえた。
「人間はすばらしい生き物なのですが、些細な損傷ですぐに活動を停止してしまうのが、欠点なのです。
きみは、その欠点を克服している!」
「でも、まだ不十分なんだろ?」
「そうですね。」
ミュレスは少し考え込んだ。
「せめて少しダメージを与えてみてください。」
クロノは体を起こした。
ボロボロになった服が落ちる。
服はともかく、装備一式が全滅したのは痛い。
ほぼ全裸のまま、クロノは剣を構える。
取り囲んだ粘液がうねる。回転する。
「おまえがスライムならば、どこかに『核』を持つはずだ。」
「肯定します。でもどこか、わかりますか?」
「さっぱりわからん。」
からりとクロノは笑う。
「だが、そこに一撃いれられたら、認めくれるかな?」
「承知しました。」
クロノは目を閉じた。
視覚ではつかめない。
その核を。
粘液の流れは突如、触手と化して、クロノを襲った。
魔力を込めた剣がそれを切断。
だが、足元からも触手が跳ね上がる。
ふくらはぎを削られながら、跳躍するクロノにさらに四方八方から触手が襲う。
核を感知しようと目を閉じていたのが仇になった。
肩を。
腹部を貫かれ。
それでもクロノは立ち上がる。
目はしっかりと閉じたまま。
「見つけたっ!」
歩法“瞬き”からの神速の突き。
粘液の壁は、剣ごとクロノの腕を肘まで、飲み込んだ。
「ああ・・・・惜しい。はずれです。」
飛び下がったクロノの右手、その肘から先が溶けたようになくなっていた。
「魔力の流れを読んだのですね。これも見事です。
でも・・・
足りません。」
「いいや」
並の人間をはるかにこえる再生力をもっているクロノにしても腕一本を失ったのだ。
傷口は溶けたようにふさがっていて出血こそはないが、顔色はすでに死人のそれだった。
「だいぶ、お顔の色がよくない。
わたしの研究では、それはあまり体調がすぐれない証拠だ。
そろそろお辞めになりますか?」
「いいや。」
もう一度、クロノは首をふる。
「大丈夫ですか? いや大丈夫なわけはない。たった二本しかない腕の一本をわたしに喰われたのですから。
頼むから無理をしないでください。
うっかり殺してしまったら、フィオリナに嫌われてしまうかもしれません。」
「まれに見る美形なのは認めるが、階層主にまで。」
飛びそうになる意識をつなぎとめながら、クロノは膝をつく。
「確かに、アウデリア殿の娘だ・・・・ミュレス、とやら、どうだい、ぼくの腕の味は?」
「いや・・・まあ、普通、ですね。剣も普通の鋼でしたし・・・」
「喰ったな。」
蒼白な顔のまま、にやりと笑ったクロノが、肘から先を失った右手を伸ばす。
「掴んだ、ぞ。」
粘液の流れが止まった。
「な・・・・・」
ミュレスが狼狽したように絶句する。
「溶かした・・・・喰ったあなたの手が。わたしの中で再生す・・る?」
パリン。
どこかで、硬質のものが砕ける音がして、粘液が脈動を止めた。
そのまま、みるみる黒ずんだ粘液は、ただの泥水のように天井から壁からしたたりおち、床に溜まった。
「触手じゃあ、喰わない・・・からな。」
クロノは、荒く息をつく。
「喰ったら・・・それはどうしたって体の中核に運ばれるだろう・・・そこで再生すれば」
泥溜まりの中からクロノの右腕が跳ね上がる。
差し伸べたクロノの肘に、癒着した腕の感触を試すように、手を握ったり開いたりした。
「・・・・驚きました。」
ふたたび聞こえたミュレスの声に、驚愕したのは今度は、クロノの番だった。
「いやお見事です。『食う』という行動をとった以上、対象物を体内に運ばねばなりません。
そこで、完全に溶解したはずの腕を再生し、攻撃するとは。
すばらしい・・・・としか言いようがありません。
わたしの896個しかない核を破壊したのですから。
いやこれであとは、895個しかなくなったことになります。」
泥溜まりの中から、なにごともなかったかのように体を起こしたミュレスは、相変わらずの礼服に身を包んでいる。
とっさに黒雷を撃とうとしたクロノは、魔法が使えなくなったことに気づき、愕然とした。
「その体で、その魔法は健康にとても悪い。」
生まれて初めて聞く、聞き慣れた声は、背後からだった。
「ゆえに魔法は封じさせてもらった。体内での魔法循環までは阻害しないから、まずは、治癒に専念するのだね、勇者。」
クロノは恐る恐る後ろを振り返り、初めて会う懐かしい顔に対面した。
「ウィル・・・か。」
「約束通り、再び巡り合ったというわけだ。ぼくらは。
しかし、あれだな。まだきみ、子供だな。酒を酌み交わすにはまだ何年か、かかりそうだ。」
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