婚約破棄で終わらない! 策謀家王子と腕力家公爵令嬢 チートな二人のそれからはじまる物語り

此寺 美津己

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第81話 古竜VS魔道騎士団

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ボルテックは、確かに自信家だったが、階層主を相手にして、「出し惜しみ」をするほどには自信過剰ではない。
風魔法を応用した高速移動で距離を取りながら“魔道騎士団”を顕在化させる。

剣士、拳士、槍使い、魔法使い、暗殺者。

いずれも彼の知るところの“最強”の能力者をコピーした魔道人形である。

「出し惜しみ、はなし、じゃ。
最初から全力で当たれ!」

そんなことを言ったのは、剣士と魔法使いが、なにかと「出し惜しみ」をする傾向があるからだ。
コピーしたモデルを戦い方まで再現したものなのだから、ハルトについては納得できるのだが、どういうものか、フィオリナをモデルにした剣士までが、なにかと能力をセーブしたまま戦いたがる。

と、言うことは、モデルであるフィオリナも実際にそのように戦うのだろう。
あの直情のわがまま公爵令嬢がそんな思慮深い戦い方をするのか、とボルテックはフィオリナを見直したのだった。

今も、そう、剣士のくせに初弾は、光の剣である。

無詠唱で放たれた光の剣は、魔道の大家であるボルテックから見ても、申し分のないものだった。
階層主は、腕のひとふりでそれを弾く。

そのときには、もうフィオリナ人形は、リアモンドと名乗る階層主の美女のうち懐に潜り込んでいる。
鞘に納めた状態から、柄を逆手に持っての抜き打ちは、まともにリアモンドの胴をないだ。

かまわずリアモンドが突き出した膝蹴りをうけて、フィオリナ人形が体をまげてふっとぶ。

元がフィオリナだけあって、肘でガードしながら、衝撃を殺すように自ら後ろに飛んでいた。

その状態からさらに光の剣を放つ。

連続で放たれたそれは、リアモンドの見事な曲線をえがく胸と首に命中した。
一瞬、その部分に銀青色のうろこ状の模様が浮かび上がり・・・光の剣はなんの効果もあげずに消滅する。

この間に、ハルト人形が用意したのは、火の魔法。
赤赤と燃える鉄の鎖がリアモンドの体を縛り付け、そこに『豪炎』が放たれた。
炎に耐性をもつものをも飲み込み焼き尽くす焔の塊。

通常、ふた呼吸の間、保てば超一流の魔術師を名乗れるその魔法を、ハルト人形は、いつつ息を吐き終わってもまだ保持し続けた。

炎の壁を割って、無傷のリアモンドの姿が現れたとき、フィオリナ人形の次の魔法が完成していた。

異界への門が開き、昏き剣が召喚される。
反りをもった片刃の剣は、現世への呪いを自らつぶやきながら、フィオリナ人形の手に収まった。

ハルト人形が前方に突き出した手の前に、巨大な岩が現れ、それはぐるぐると回転しながら、さらに金属の棘を生やし、紫電を走らせながら、リアモンドに投射された。
リアモンドの振りかぶった拳の一撃がそれを粉砕する。

“どうもあの一瞬、浮かび上がる竜鱗が曲者かい。
ボルテックは左手の小指を右手で握りしめた。
小指に嵌めた指輪は“虚無のドルトレット”。

魔力の効かない結界空間を作り出すことができる。
おそらくはリアモンドの竜鱗による防御をも無効化できるはずである。

だが、自らの魔法もまた使えなくなるので、魔道師たるボルテックには諸刃の刃。

ハルト人形は、次々と虚空に指先に鉤爪を供えた手首を生み出している。
ボルテックにも見たことのない魔法だが、炎の魔法が、まったくダメージを与えられなかったのに対し、巨岩を投じた時には、一応払い除ける動作をしたので、なにがしかの物理的な打撃を与えうる魔法のほうが効果的と判断したのだろう。

手首はそれ自体が意思を持つように、自在な軌道を描き、リアモンドに殺到する。

対するリアモンドの動きは、魔物ではなく、洗練された人間の拳法家のそれに似ていた。
体の回転を利用して、鉤爪を避け、そのままの動作で浮遊する手首を打ち砕く。

体を沈めて、鉤爪をやりすごし、そのままの姿勢から鋭い蹴りで、手首を吹き飛ばす。

ハルト人形はさらに数十の手首を生み出した。

迎え撃つリアモンドの拳がブレる。

その一瞬で、数十の打突を繰り出したのだ。
ハルト人形の魔法は、ことごとく打ち砕かれ、拳の衝撃波が、ハルト人形を後ろにのけぞらせた。

フィオリナ人形は闇色の剣を振りかぶり、リアモンドに斬りかかった。
リアモンドの連続突きが、一呼吸、間をおいた刹那。
タイミングとしては悪くない。

そして、踏み込みの速度、斬撃の角度、さらに異界から召喚された闇色の剣は、およそ既知の魔法耐性を無力化して、目標に切断と腐敗のダメージを与えるはず

だった。

剣はリアモンドの首筋で、弾かれる。
そこにはまたも、あの銀青色の龍鱗が顕在していた。

「これは愉快ではないぞ、ボルテック。」

ガードしたフィオリナ人形が、そのまま壁にめり込むほどに殴りとばしたリアモンドが、ボルテックに向かって笑う。
いや、その表情は、人間でいうところの「笑い」なのだろうか。

口元を釣り上げ、歯を見せる。

いまのリアモンドは、人間の、しかも露出の多い美女の姿をしているから、笑ったように見えるが。
もしも竜のすがたなら、それは

「牙をむき出した」

以外のなにものでもないのではないだろうか。

前方に差し出したリアモンドの手のひらから、渦巻く火炎が放射された。

魔法。
いや『魔法による何か』には違いなくとも、それは魔法と言うよりは、竜のブレスそのものなのだろう。

ハルトが、格子状に折り重なる盾で、ブレスを減殺し、フィオリナが起こした竜巻がブレスを吹き散らし、のこった炎は、ボルテックの“断層”が防いだ。

「わたしは愉快ではない、ボルテック。
リアモンドが言うのだ。

これは愉快ではない、と。

これは、わたしの友人だ。わたしの友人たちのコピーだ。
おまえは、わたしにこれと戦えというのだな。

ボルテック、わたしは愉快ではないぞ。」



「さて、問題です。
死霊とスライム、吸血鬼、神獣、竜。人間にもっとも理解の深いのは、どれだと思う?」

フィオリナに、剣を突きつけられたまま、ウィルニアは、焦った様子もなく、飄々と言った。

「ひっかけ問題か?
もと人間の死霊は、まず、除外だな。肉体を失った時点で、従来の価値観は失われる。」

応えたフィオリナも切っ先をゆるがせもしないままに、真面目な顔で首をかしげた。

「神獣も除外だな。それぞれの個体差が多すぎて、ひとくくりに判断ができない。
スライムも駄目だな。

ミュレスのひとのふりの下手さ加減と言ったら・・・・」

「いい読みだ、公爵家令嬢。」
ウィルニアはまんざら嘘でもなさそうな面持ちで、フィオリナを褒めた。

「さて、吸血鬼と竜の二択だ。どちらだと思う?」

「・・・・さすがに吸血鬼にも竜にも知己は少ない。
これでも生まれてまだ16年ちょっとなのでな。」

「これはすまない。」
ウィルニアは、頭をさげた。
「なんとなく年を経た長命族の戦士とでも話しているような気になっていた。

ひょっとすると、さっきの性的魅力が劣るとか言ったのも気に障っていたか?」

「気に障らないとでも思っていたか?」

「機嫌が悪くなったのはそのせいか。」
ウィルニアは、困ったように頭をかいた。
「これは・・・大変、失礼をした。」

「別にわたしが長命族の長老級の戦士だとしても、充分に気に障る話だったと思うぞ。

だが、まあ、いい。
そうだな、数少ない吸血鬼と竜の知り合いを比較すると・・・」

フィオリナの剣の切っ先は若干、目標から下がった。

「わたしは、こちらの第二階層主の片割れから、求愛されている。
わたしはそれを別に不快だとは思わなかった・・・・

愛情表現の一環におそらく吸血、という行為がふくまれるのだろうが・・・そう、それを怖い、ともおぞましいとも感じなかった。

と、言うことは、吸血鬼のほうが人間に対しての理解は深い、か?」

「興味深い!

実に興味深いが、それはどっちかと言うと、ご令嬢、きみが人間ばなれしている、だけの話かもしれないね。」

「ならば大賢者どのは、竜、だとおっしゃる?
確かに年を経た古龍はひとの姿を好んで取るものも少なくはない。

だが、本体は身の丈、数十メトルの怪物だぞ?」

「ゆえに!だ。」
大賢者は、我が意を得たり、と言わんばかりに手を打った。
「ゆえに、竜は人を恐れぬ。
竜の巣の近くに人が街を構えても、なんの脅威にも感じないが故、竜は逃げもせず、また攻撃もしない。

人にとっては竜の巣が近くにあることで、そのほかの魔獣からの攻撃を免れうると言う利点すらあった。
かくして、上古の昔から、竜と人は、かなり近しい隣人として存在するケースが多々、見られるのだ。」

「生活圏が必ずしも離れていない、という程度ではどうかな?

それを言ったら吸血鬼は、けっこう人にまぎれて暮らすものもいるぞ?」

フィオリナは、剣を突きつけままウィルニアと言葉を交わす。
これ自体、かなり異常なことではあるが、剣を突きつけられたまま、平然と世間話に興じるウィルニアもウィルニアであって、つまりこれはどっちもどっちだった。

「あくまで捕食者、としてだな。

必要に応じて、ひとの文化を模倣し、真似るがそれは、人間に対する理解とは程遠い。

一例としてだが、ヒトに混じって暮らす吸血鬼はよく爵位を名乗りたがる。
だが、それは『なんとなく偉く見える』からそう名乗るのであって、クローディア公爵が、クローディア公爵領という地方を支配するから、クローディア公爵なのだ、ということをまったく理解していない!」

「第二階層のわたしの恋人候補はどうだ?
あれも伯爵を名乗っていたが。」

「個々の例を出しては、収拾がつかない。
一応、迷宮はそれ自体ひとつの世界なのだから、ここの第二階層が、リンド伯爵領であり、そこの支配者である彼女らがリンド伯を名乗るのは、ぎりぎりセーフなのではないかと考えるのだが。」

鏡の中では、フィオリナとハルトを模した魔道人形が、リアモンドに果敢に攻撃をしかけていた。

「ああ、これはまずい。」
フィオリナ(本物)は顔をしかめた。
「妖怪じじいは、戦い方を間違えた。これは・・・リアモンドを本気で怒らすぞ。」

だが、そちらばかりに気を取られてもいられなかった。
次の鏡。

真祖吸血鬼と糸使いの戦いもまた、激しさを増していた。

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