婚約破棄で終わらない! 策謀家王子と腕力家公爵令嬢 チートな二人のそれからはじまる物語り

此寺 美津己

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第83話 公爵令嬢VS・・・・

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「・・・話を戻すぞ、大賢者殿?」

フィオリナの剣の切っ先は、ウィルニアの喉元に突きつけられたままだ。
そんな姿勢を維持するのは、レイピアでもない限り、腕にかなりの負担をかけるはずであったが、フィオリナはびくともしない。

「話・・・どの話かな、公爵令嬢殿。」

「あれを」

フィオリナは、突きつけた剣先にわずかに力をこめて、鏡に向かってあごをしゃくった。

「あれを止めさせろ。
試しならもう充分だろう。このまま続ければどちらかが死ぬ。」

「充分か否かは、階層主たちが判断するだろう。
ついでに言うなら未だ、誰一人『本気』ではないような気がするが」

大賢者。
伝説では、勇者パーティを導き、魔王の封印に成功したと言われる。

こんなやつだったのか。

フィオリナの魔剣を喉元に突きつけられながら、怯えどころか緊張すら見せない。
大賢者だと言われればそうかとも思うし、そこいらの一介の教師にも、いやただの学徒にも見える。
頼りなげで、しかも自信に満ちたその表情。

「残念ながら、わたしたちの意見は食い違うようだ。」
「ならばどうする。
力づくで言うことを聞かせてみるか?

だが、ほかならぬわたしが作った世界の中で、わたしが無防備なはずはないだろう?

それによしんばわたしを屈服させたからといって、階層主たちがわたしの言うことをきくと思うかい?

そんな僅かな可能性に賭けるよりも、ほら。」

ウィルニアの手の中に魔法のように(実際魔法だったのだろうが)グランダの国旗のミニチュアが現れた。

「これでもふって、応援に徹したほうが楽しめる、というものだ。」

「・・・・ここ一ヶ月ほどは、その旗を見るとむかつきが止まらないのだけれど。」

フィオリナは、すい、と剣を引いた。
魔剣。
彼女をあるじと認めた名もなき魔剣は、その力を解放する。

「おいおいおい。この世界ごと壊すつもりかい?」

「そういうことになるかな。それでもなお大賢者殿には届かないかもしれない・・・と、ちょっぴり悲観はしているのだけれど。」
フィオリナはにっこり笑った(つもりだったが、ウィルニアの顔がひきつった)

ゆっくりと立ち上がる。

「世界をぶち壊されたくなければ、階層主たちに戦いを止めさせろ。」

凝縮されたその力は、何に例えればよいのだろう。
熱ではない。
だが、熱さすら発さずに敵は燃え尽きるだろう。

冷気でもない。
相手は凍る間も無く凍りつき、砕けるのだろう。

切断でもない。
破壊、ですらない。

ただただ。

相手の事象を否定、存在を根底から崩壊される負の力。

人間に扱えるのだろうか、そんな力が。
使える。
フィオリナにはむしろ相性がいい。

と、言うことはひょっとしてこのお嬢さんは人間ではないのでは?

「それくらいで止めてくれ。」

フィオリナは。
フィオリナほどの戦士が、その言葉に反射的に、剣を振り抜いた・・・・
速いが、狼狽しての一閃を相手はやすやすとかわした。

その言葉は彼女のほとんど耳元で発せられたのだ。
フィオリナに接近がまったく感知されることなく。

フィオリナの口が力のある言葉を紡ぐ。
フィオリアの頭上に、燃える球体が現れた。

「いかんな、それは。ウィルニア、魔道封じの結界だ。」

「言われなくても」

大賢者が指を鳴らすと同時に、火球は消滅した。
かのように。

「魔道、という概念から封じたのか。」
あらたに登場した人物はあきれたように言った。
冒険者でも斥候役の着るような軽装の鎧に、短いマント。
フィオリナとあまり歳の違わぬように見える少年は、ウィルニアとフィオリナを等分に見比べた。

「それでは、ウィルニア、きみがなにもできないだろうに!」

「なにもするもりはないさ。」
ウィルニアはそう言うと、ほんとうになにもするつもりもないらしく、よっこらせとじじくさい言葉を発しながら座り直すと、卓上のポットから自分のカップに茶を注いだ。

湯気と茶の香りを楽しむように
「あとは任せた。」

「新しい階層主か。」
フィオリナは、得体の知れない相手に対峙する。

少年は笑った。

口元に牙がのぞいたような気がした。
浅黒い、精悍な顔立ちは幼さを残していたが、とんでもなく危ない匂いがした。
狼が子供でも狼であるように。
毛皮がいかにやわらかくても、牙は肉を裂き骨をくだくものであるように。

ああ。
とフィオリナは思う。

こいつは、自分と同類だ。

いかなる種類のモノなのか、判断はできない。
人間か、それ以外なのかもわからない。

だが、その性は猛々しく、戦いを好む。

いまの一瞬で、魔法がすべて封じられた。
驚いたことに、フィオリナの中で、魔法の発動の仕方すら思い起こすことができない。
ウィルニアの力だとすると、とんでもない能力だった。

つまりは、フィオリナは新たに現れたこの少年に、剣技だけで立ち向かわなくてはないないわけで・・・・。

「おい・・・・こいつ、喜んでないか・・・」

そういう少年も楽しげに黒曜石の輝きをもつ目をキラキラとさせている。

「第一層から第五層の階層主たちのお気に入りだ。」
ウィルニアは、懐から茶菓子まで取り出してぽりぽりと齧り始めた。
「倒すにしてもあまり残虐な方法は取らぬように。あいつらが気を悪くする。」

「ひとをなんだと思っている。」
少年は不満そうに頬をふくらませた。
「俺はこれでも平和主義者なんだぞ・・・」

スキがあったわけではない。
なければ、作るまで。

フィオリナの踏み込みは神速を極めた。
おそらく、階層主ですら躱すことも防ぐこともかなわなかっただろう。
彼女は迷宮にはいって初めて見せた本気の一撃。

実際に剣は、少年の肩口に食い込み・・・・そこで止まった。

「な・・・・」

剣が。フィオリナをあるじとして認めたはずの魔剣がいうことをきかない。

少年の体に対し、いかなる害も与えることを。
剣が拒んでいた。

「それに、わざわざ俺の剣を届けてくれたんだぞ。」

剣をそのまま鷲掴みにすると、少年は言った。

「礼を言う。
フィオリナ、といったな。
ありがとう。俺の剣を大事に使ってくれて。

そして、俺のもとに届けてくれて。」

少年はやすやすとフィオリナから剣をもぎ取った。
まったく、なにも。

フィオリナは抵抗すらできなかった。

剣が、そうされるのを望んだのがわかったから。

「あ・・・・」

魔法に続き。
剣もまた封じられた。

「こんなときにはなはだ陳腐な言い草で悪いのだが。」
少年は、そのまま剣を自分のベルトの鞘にしまいこんだ。
「悪いようにはしない・・・具体的になにが言えるわけではないのだが、とにかく悪いようには」

フィオリナは、何が起こったのかわからないように呆然と立ち尽くしていた。
魔法も剣も。

この若さにしておそらくは黄金級の冒険者にも匹敵する。

傲慢にさえ見える自信と、能力と。
(もちろんその美貌も含め)
ひとりスタンピードと畏怖された彼女が。

動くことも忘れ、棒立ちになっていた。

ように見えた。

のろのろと。

攻撃とは思えないゆったりとした動作で。
フィオリナは空になった右手を振り上げて、拳の形をつくって振り下ろした。

どおおおんっ。

ウィルニアの屋敷が揺れた。
振動で、設えられた鏡がカチャカチャと、ぶつかり合う。

壁にいくつかヒビが入り、窓ガラスが衝撃で割れた。

「え」

こんな間抜けな表情をするのは何百年ぶりだったか。

と、ウィルニアはぼんやり思った。

なにが起こったのか。

ウィルニアの手からカップが落ちる。

少年は。

ほとんど床に顔をめり込ませるようにして倒れていた。

拳を振り抜いた公爵令嬢の姿がその前にあった。

が、それでもウィルニアはなにが起こったのか理解に苦しんだ。

えっ・・・・と。
公爵令嬢が、殴り倒したってこと?

それ以外にないのだが、彼の中のなけなしの常識が理解を拒む。
とんでもない魔法の才能をもち(さっき発動しかけた火球は、ただの火球ではない。おそらく物質をエネルギーに転換するとってもヤバいやつだった)卓越した剣技をもち(ウィルニアに剣を突きつけた動作、今の袈裟懸けの一撃どれをとっても達人のそれ、だった)その、公爵令嬢が、いきなり魔法の発動を止められ、さらに剣をあっさり奪われた。

いや、魔法剣士が、その直後に、拳に訴えるか。

ぶっはあああ。

少年が体を起こした。
口の中から絨毯の切れ端を吐き出す。
一応、なぐられた後頭部をなでてみてはいるがたいしたダメージはなさそうだった。

「なんなんだよ、こいつ。」

「クローディア公爵家令嬢フィオリナ。」
ほがらかな声がそれに答えた。
婚約者だ。

いいだろ?
欲しがったってやらないからな。」

「だれが欲しがるかっ!」
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