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第69話 新たなる影
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グランダは歴史こそ長いが、いまはさして力のない小国である。
久しく戦も疫病も飢饉もないわりには人口も増えない。
才のある若者は、より華やかで働き口も多い、西方域へと旅立つ。
王宮も修繕こそはされているが、基本的にはここ数百年、変わっていない。
その奥まった一角。
王妃メアの住まう離れがあった。
心地よく整えられているもののそれほど、豪勢なものではない。
場所が場所だけに、そこに向かう通路はわざとわかりにくく、行き止まりの小部屋や隠し扉をくぐらねばならぬように作られている。
通路を抜けた先は、欄朴樹と呼ばれる、美しい花と美味な果実をつける果樹園が広がっている。
メアの離れはそこを通り抜けたところにあるのだが・・・・
「ねえ、クリューク。」
体を覆う奇怪な文様を隠すように、マントをすっぽりとかぶったリヨンが、ささやいた。
「これって、迷宮だ、よね?」
「迷宮、以外のなんに見えます?」
「ああ」
クリュークの口調に不機嫌さを感じ取ったリヨンが首をすくめた。
「さすがは闇森の番人、ザザリ。」
「正確にはその転生体です。」
クリュークは振り返って、彼のパーティの精鋭たちを見やった。
長身のクリュークよりもさらに頭一つ大きく、厚みも倍はある巨漢。“竜殺”ゴルバ。
これといって特徴のない平凡な冒険者の手に抱きかかえる包の中にいる“神獣使い”ラキエ。
眼鏡の下の氷のような瞳が光る美貌の魔術師“聖者”マヌカ。
これに、リヨンを加えた4名が現在、クリュークが動員できる最大の戦力だった。
これで・・・・心もとなく思える相手が存在するとは。
クリュークの浮かべた笑みは、あるいは苦笑だったのかもしれない。
「あくまで、転生体、です。
おそらく、その能力は元の『ザザリ』から見ればやっと6割にとどくかどうか・・・」
「希望的観測をしたがるのは、クリュークの悪い癖だ。」
嘲るようにそう口にしたのはマヌカだった。
「おのれの優秀さを誇るあまり、他者を見下し、その能力を低く見積もりたがる。
確かに、この程度の迷宮は、かつての闇森の魔女ザザリの力をもってすれば、六がけ程度で構築、維持できるだろう。
だからといって、いまのザザリが迷宮にそれほどの力を割いているのは不明だ。
けっこうな余力を残しながら、迷宮構築は『この程度』でよい、と考えているのかもしれぬ。」
20代前半の美女にしか見えないマヌカは、教壇にたつ教師がするような短いジャケットを羽織ったパンツ姿だった。
露出は抑えているが、見事な曲線美は隠しようもない。
「たしかにその可能性はありますね。」
クリュークはあっさりと折れた。
マヌカの舌鋒はときにあまりに鋭く、ときと場所をわきまえずに相手をとことん追い詰めないと終わらないことがあった。
今はそのときでも、場所でもない。
「いまはときが惜しいぞ、マヌカ。」
冒険者が口をはさんだ。
実際にじゃべっているのは彼が抱えた包みの中にいるラキアだったが、一同は慣れっこになっているので特に気に留めない。
「ここに来てザザリとのんびり打ち合わせなどしている場合ではないのだ。
公爵家令嬢とハルトが合流する前に、ハルトを仕留めねば、目論見はご破算になる。」
「…着いたようです。」
歩いた距離と後宮の面積からすればそこは、王妃メアが住まう離宮のはずだった。
だが、そこにあるのは、果樹に囲まれた日当たりの良い中庭。
色とりどりの花が咲き誇る花壇の隣には、テーブルと椅子が設えてあり、いま、いれたばかりの紅茶が、カップから湯気をあげていた。
「遅かったな。」
王はいそいそとクリュークたちを手招きした。
隣に座るのは王妃メア。
扇で顔を隠して、わずかに俯くその姿が、王宮内に迷宮を作り上げた魔女とはだれが思おう。
この秘密めいた茶会の列席者は、王と王妃、ともう一人。
三人目はクリュークも見覚えがなかった。
「お初にお目にかかる。私はゴルニウム伯アゼル。王妃陛下とは従兄弟にあたるものだ。」
クリュークの眉間に皺が寄った。
「失礼だが、その名に聞き覚えがございません。
失礼ですが、領地はどちらになられますか?」
「北だよ、北!」
アゼルは快活に答えた。
「クローディア公爵領のさらに北方だ。西方域に知られていないも無理のない話だ。」
「クローディア公爵領のさらに北は“闇森”で、さらにその向こうには“境界山脈”がそびえる…」
「クリューク! こいつのヨタ話に付き合うことはない。ゴルニウムは、境界山脈の山の名前だ。
つまりそこが領地だとほざくこいつは、人間ではない。
魔族だ。」
マヌカがぴしゃりと言ったが、王はなんの反応もしなかった。
ただ、愛想のよい笑いをうかべて、彼らに早く席に着くよう促したのみ。
「壊れちゃってるのか?」
リヨンがいやそうにつぶやいた。
「人聞きの悪い。」
王妃がいかにも王妃らしい静かな声で返した。
もとより、人前に出ることすら厭う、物静かでおとなしい淑女。それがメアの子爵令嬢時代からの評判である。
当代のグランダ王の後添えになってからも、我が子エルマートに愛情を注ぎさえすれ、長子ハルトになりかわることなど、ついぞ求めず、あくまでひっそりと自らの役目をまっとうし続けた。
「大事な陛下を壊すことなどするものですか。
ただ、陛下はわたしがかつて闇森のザザリと呼ばれていたことや、アゼルが境界山脈の向こう側の人間であることに関心がないだけなのです。
さあ、席にお付きください。
時間は十分にありますが、無限というわけではありません。」
一同は言われたとおりにした。
紅茶はかぐわしく、盆にもられた焼き菓子は、美味でまるで焼きたてのようだった。
給仕はまったく姿を見せなかったが。
「で、どうなのだ? 魔王宮の攻略は?
勇者殿は、クローディア公爵の精鋭とパーティを組んですでに、出立したとの報告を受けている。
『栄光の盾』もそろそろ準備は整ったのではないか?」
「御前に控えました者たちは西域から呼び寄せました精鋭。」
クリュークは頭を下げた。
「いずれも神獣、真祖にさえ遅れをとらぬ強者です。
エルマート殿下にはいま少しご休養をいただき、まずは我々で、偵察をかねた攻略を行いたいと存じます。」
王妃がわずかに顔を上げた。
「アウデリアの目的はなにか?
あの痴れ者は、なにゆえに勇者なる道化を連れてグランダを訪れた?」
「あの者はクローディア公爵家令嬢フィオリナ様の母親です。
クローディア家は、エルマート王太子の元でさらなる繁栄が約束されているとはいえ、もしフィオリナ様のお気持ちが、ハルト王子に残っていたら、あるいは・・・・ハルトに加担することも・・・」
「な、なに? 勇者がハルトにつくというのか?
そ、それはまずい。まずいぞ。
王太子継承の条件は『最強のパーティ』じゃ。
勇者を含むパーティを『最強』としないわけにはいかん。
魔王宮攻略を競うまでもなく、ハルトの勝利となってしまう・・・」
王は頭を抱えた。
「やはり・・・以前にご提案下通り、すみやかにハルトを・・・」
「それは、許されません。」
王妃メアはきっぱりと言う。
「エルマートへの王位継承はあくまでも公明正大に行うのだ。
陛下は『最強のパーティ』を作り上げたものを継承者とすると明言された。
後ろ暗い暗殺など、行ってはなりませぬ。」
クリュークは、恐れ入ったとでも言わんばかりに深々と頭をたれたが、内心は?
「ならば、『栄光の盾』が最強であることを証明すればいかがでしょうか?」
「ど、どうやって・・・・
い、いや仮にお主のパーティが、勇者のパーティに勝るものだとしてもそれを認めることはできん。
それをすれば、西域からいや、人類全体から糾弾される。
まして勇者の血をひく我が国が・・・・」
「二つのパーティが迷宮に入ります。」
クリュークは低い声で言った。
「ひとつのパーティが戻らなかったら、戻ったパーティこそがより優れていると認めざるを得ないでしょう。」
「そ、それはつまり・・・・」
「ただの迷宮ではありません。“魔王宮”です。
まだ幼い勇者が、思わぬ不覚をとってもしかたないかもしれません。」
「そこらへんは、クリューク殿におまかせしようではないか。王妃陛下。」
アゼルが言った。
「迷宮は迷宮のルールがある。
陛下の決めたルールは、より強力なパーティを作り上げた王子が後継者となる、というものだ。
そこから逸脱しない限り、迷宮の“中”でなにが起ころうと、それは人類社会での決定になんら影響するものではない。
エルマート殿下は、胸を張ってグランダの次の王となられるだろう。」
親しげな口調ではあったが、王妃がアゼルに与えたのは凍りつくような視線だった。
「ゴルニウム伯。」
口調も微妙に変わった。淑やかで虫も殺せぬ王妃のそれから、歳を経た魔女のそれへと。
「おまえの最終目的は、御方様を迷宮から解放する事。
もし、斧神に勇者、クリュークの連れてきた英雄級の冒険者が迷宮内で衝突することで、万が一にも御方様の身に危害が加わることがあれば…
かつてのあのお方ならわたしもなにも心配はしていない。だが、彼の力は年々衰え、いまはもはやわたしでさえ感知すらできないほど。
その状態でもし迷宮そのものが破壊されるような戦闘が行われれば…」
沈黙は短かったが、濃密なものだった。
ひとり、ぽかんとしていたのはグランダ王だけであって、彼の脳裏には突然現れたゴルニウム伯アゼルの存在や、王妃が魔女ザザリの生まれ変わりである事、話の端端に登場する「御方様」がなにものか、などについてはまったく関心をもつことができなかったのだ。
ザザリによってそう、操作されていたのだ。
クリュークが立ち上がる。
「その点は考慮いたしましょう、陛下、王妃陛下、ならびにゴルニウム伯爵閣下。
なにも『愚者の盾』と直接対峙するわけではない。
我々は、迷宮深層部を目指します。六層をこえてさらに深部へと。
その実績をもって陛下の判断を仰ぎたいと存じます。」
「うむ、信頼しておるぞ、クリューク。」
よくわかっていない王は、よくわからないまま、にこやかに頷いた。
彼の脳裏には、クリュークたちが、おそらく第六層の階層主を倒し、愛する王妃との約束通り、エルマートを王太子にできる、そして、さらに深層への開拓により、魔王宮が莫大な富を生み出す。そんな未来予想図しかない。
ザザリの干渉があったためとはいえ、おそらくはこの国において最も幸せな人物のひとりであることは間違いなかった。
久しく戦も疫病も飢饉もないわりには人口も増えない。
才のある若者は、より華やかで働き口も多い、西方域へと旅立つ。
王宮も修繕こそはされているが、基本的にはここ数百年、変わっていない。
その奥まった一角。
王妃メアの住まう離れがあった。
心地よく整えられているもののそれほど、豪勢なものではない。
場所が場所だけに、そこに向かう通路はわざとわかりにくく、行き止まりの小部屋や隠し扉をくぐらねばならぬように作られている。
通路を抜けた先は、欄朴樹と呼ばれる、美しい花と美味な果実をつける果樹園が広がっている。
メアの離れはそこを通り抜けたところにあるのだが・・・・
「ねえ、クリューク。」
体を覆う奇怪な文様を隠すように、マントをすっぽりとかぶったリヨンが、ささやいた。
「これって、迷宮だ、よね?」
「迷宮、以外のなんに見えます?」
「ああ」
クリュークの口調に不機嫌さを感じ取ったリヨンが首をすくめた。
「さすがは闇森の番人、ザザリ。」
「正確にはその転生体です。」
クリュークは振り返って、彼のパーティの精鋭たちを見やった。
長身のクリュークよりもさらに頭一つ大きく、厚みも倍はある巨漢。“竜殺”ゴルバ。
これといって特徴のない平凡な冒険者の手に抱きかかえる包の中にいる“神獣使い”ラキエ。
眼鏡の下の氷のような瞳が光る美貌の魔術師“聖者”マヌカ。
これに、リヨンを加えた4名が現在、クリュークが動員できる最大の戦力だった。
これで・・・・心もとなく思える相手が存在するとは。
クリュークの浮かべた笑みは、あるいは苦笑だったのかもしれない。
「あくまで、転生体、です。
おそらく、その能力は元の『ザザリ』から見ればやっと6割にとどくかどうか・・・」
「希望的観測をしたがるのは、クリュークの悪い癖だ。」
嘲るようにそう口にしたのはマヌカだった。
「おのれの優秀さを誇るあまり、他者を見下し、その能力を低く見積もりたがる。
確かに、この程度の迷宮は、かつての闇森の魔女ザザリの力をもってすれば、六がけ程度で構築、維持できるだろう。
だからといって、いまのザザリが迷宮にそれほどの力を割いているのは不明だ。
けっこうな余力を残しながら、迷宮構築は『この程度』でよい、と考えているのかもしれぬ。」
20代前半の美女にしか見えないマヌカは、教壇にたつ教師がするような短いジャケットを羽織ったパンツ姿だった。
露出は抑えているが、見事な曲線美は隠しようもない。
「たしかにその可能性はありますね。」
クリュークはあっさりと折れた。
マヌカの舌鋒はときにあまりに鋭く、ときと場所をわきまえずに相手をとことん追い詰めないと終わらないことがあった。
今はそのときでも、場所でもない。
「いまはときが惜しいぞ、マヌカ。」
冒険者が口をはさんだ。
実際にじゃべっているのは彼が抱えた包みの中にいるラキアだったが、一同は慣れっこになっているので特に気に留めない。
「ここに来てザザリとのんびり打ち合わせなどしている場合ではないのだ。
公爵家令嬢とハルトが合流する前に、ハルトを仕留めねば、目論見はご破算になる。」
「…着いたようです。」
歩いた距離と後宮の面積からすればそこは、王妃メアが住まう離宮のはずだった。
だが、そこにあるのは、果樹に囲まれた日当たりの良い中庭。
色とりどりの花が咲き誇る花壇の隣には、テーブルと椅子が設えてあり、いま、いれたばかりの紅茶が、カップから湯気をあげていた。
「遅かったな。」
王はいそいそとクリュークたちを手招きした。
隣に座るのは王妃メア。
扇で顔を隠して、わずかに俯くその姿が、王宮内に迷宮を作り上げた魔女とはだれが思おう。
この秘密めいた茶会の列席者は、王と王妃、ともう一人。
三人目はクリュークも見覚えがなかった。
「お初にお目にかかる。私はゴルニウム伯アゼル。王妃陛下とは従兄弟にあたるものだ。」
クリュークの眉間に皺が寄った。
「失礼だが、その名に聞き覚えがございません。
失礼ですが、領地はどちらになられますか?」
「北だよ、北!」
アゼルは快活に答えた。
「クローディア公爵領のさらに北方だ。西方域に知られていないも無理のない話だ。」
「クローディア公爵領のさらに北は“闇森”で、さらにその向こうには“境界山脈”がそびえる…」
「クリューク! こいつのヨタ話に付き合うことはない。ゴルニウムは、境界山脈の山の名前だ。
つまりそこが領地だとほざくこいつは、人間ではない。
魔族だ。」
マヌカがぴしゃりと言ったが、王はなんの反応もしなかった。
ただ、愛想のよい笑いをうかべて、彼らに早く席に着くよう促したのみ。
「壊れちゃってるのか?」
リヨンがいやそうにつぶやいた。
「人聞きの悪い。」
王妃がいかにも王妃らしい静かな声で返した。
もとより、人前に出ることすら厭う、物静かでおとなしい淑女。それがメアの子爵令嬢時代からの評判である。
当代のグランダ王の後添えになってからも、我が子エルマートに愛情を注ぎさえすれ、長子ハルトになりかわることなど、ついぞ求めず、あくまでひっそりと自らの役目をまっとうし続けた。
「大事な陛下を壊すことなどするものですか。
ただ、陛下はわたしがかつて闇森のザザリと呼ばれていたことや、アゼルが境界山脈の向こう側の人間であることに関心がないだけなのです。
さあ、席にお付きください。
時間は十分にありますが、無限というわけではありません。」
一同は言われたとおりにした。
紅茶はかぐわしく、盆にもられた焼き菓子は、美味でまるで焼きたてのようだった。
給仕はまったく姿を見せなかったが。
「で、どうなのだ? 魔王宮の攻略は?
勇者殿は、クローディア公爵の精鋭とパーティを組んですでに、出立したとの報告を受けている。
『栄光の盾』もそろそろ準備は整ったのではないか?」
「御前に控えました者たちは西域から呼び寄せました精鋭。」
クリュークは頭を下げた。
「いずれも神獣、真祖にさえ遅れをとらぬ強者です。
エルマート殿下にはいま少しご休養をいただき、まずは我々で、偵察をかねた攻略を行いたいと存じます。」
王妃がわずかに顔を上げた。
「アウデリアの目的はなにか?
あの痴れ者は、なにゆえに勇者なる道化を連れてグランダを訪れた?」
「あの者はクローディア公爵家令嬢フィオリナ様の母親です。
クローディア家は、エルマート王太子の元でさらなる繁栄が約束されているとはいえ、もしフィオリナ様のお気持ちが、ハルト王子に残っていたら、あるいは・・・・ハルトに加担することも・・・」
「な、なに? 勇者がハルトにつくというのか?
そ、それはまずい。まずいぞ。
王太子継承の条件は『最強のパーティ』じゃ。
勇者を含むパーティを『最強』としないわけにはいかん。
魔王宮攻略を競うまでもなく、ハルトの勝利となってしまう・・・」
王は頭を抱えた。
「やはり・・・以前にご提案下通り、すみやかにハルトを・・・」
「それは、許されません。」
王妃メアはきっぱりと言う。
「エルマートへの王位継承はあくまでも公明正大に行うのだ。
陛下は『最強のパーティ』を作り上げたものを継承者とすると明言された。
後ろ暗い暗殺など、行ってはなりませぬ。」
クリュークは、恐れ入ったとでも言わんばかりに深々と頭をたれたが、内心は?
「ならば、『栄光の盾』が最強であることを証明すればいかがでしょうか?」
「ど、どうやって・・・・
い、いや仮にお主のパーティが、勇者のパーティに勝るものだとしてもそれを認めることはできん。
それをすれば、西域からいや、人類全体から糾弾される。
まして勇者の血をひく我が国が・・・・」
「二つのパーティが迷宮に入ります。」
クリュークは低い声で言った。
「ひとつのパーティが戻らなかったら、戻ったパーティこそがより優れていると認めざるを得ないでしょう。」
「そ、それはつまり・・・・」
「ただの迷宮ではありません。“魔王宮”です。
まだ幼い勇者が、思わぬ不覚をとってもしかたないかもしれません。」
「そこらへんは、クリューク殿におまかせしようではないか。王妃陛下。」
アゼルが言った。
「迷宮は迷宮のルールがある。
陛下の決めたルールは、より強力なパーティを作り上げた王子が後継者となる、というものだ。
そこから逸脱しない限り、迷宮の“中”でなにが起ころうと、それは人類社会での決定になんら影響するものではない。
エルマート殿下は、胸を張ってグランダの次の王となられるだろう。」
親しげな口調ではあったが、王妃がアゼルに与えたのは凍りつくような視線だった。
「ゴルニウム伯。」
口調も微妙に変わった。淑やかで虫も殺せぬ王妃のそれから、歳を経た魔女のそれへと。
「おまえの最終目的は、御方様を迷宮から解放する事。
もし、斧神に勇者、クリュークの連れてきた英雄級の冒険者が迷宮内で衝突することで、万が一にも御方様の身に危害が加わることがあれば…
かつてのあのお方ならわたしもなにも心配はしていない。だが、彼の力は年々衰え、いまはもはやわたしでさえ感知すらできないほど。
その状態でもし迷宮そのものが破壊されるような戦闘が行われれば…」
沈黙は短かったが、濃密なものだった。
ひとり、ぽかんとしていたのはグランダ王だけであって、彼の脳裏には突然現れたゴルニウム伯アゼルの存在や、王妃が魔女ザザリの生まれ変わりである事、話の端端に登場する「御方様」がなにものか、などについてはまったく関心をもつことができなかったのだ。
ザザリによってそう、操作されていたのだ。
クリュークが立ち上がる。
「その点は考慮いたしましょう、陛下、王妃陛下、ならびにゴルニウム伯爵閣下。
なにも『愚者の盾』と直接対峙するわけではない。
我々は、迷宮深層部を目指します。六層をこえてさらに深部へと。
その実績をもって陛下の判断を仰ぎたいと存じます。」
「うむ、信頼しておるぞ、クリューク。」
よくわかっていない王は、よくわからないまま、にこやかに頷いた。
彼の脳裏には、クリュークたちが、おそらく第六層の階層主を倒し、愛する王妃との約束通り、エルマートを王太子にできる、そして、さらに深層への開拓により、魔王宮が莫大な富を生み出す。そんな未来予想図しかない。
ザザリの干渉があったためとはいえ、おそらくはこの国において最も幸せな人物のひとりであることは間違いなかった。
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ご覧いただきありがとうございます。なんとか完結しました。彼らの物語はまだ続きます。後日談https://www.alphapolis.co.jp/novel/807186218/844632510
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