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第65話 賢者ウィルニア
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扉が閉まる。
ルトは、目を閉じる。
静か、だ。
遠くで、ザックとクリュークの会話が聞こえる。
神たるものが媒介した念話を第三者が聞き取れるのか?
できる。
ここだからできる。
ここは、第六層の階層主の間。
彼が作り出した異界。
へえ。
視覚に頼る気はないが思わず目を開けたのは、その会話があまりにも興味深かったから。
アウデリアさん、もう着いたのか。しかも勇者を連れて。
しかも、当代の勇者は本物の勇者の生まれ変わり!?
役者がぜんぶ揃った。
いや、揃いすぎかもしれない。
演出家の才能が試されるなあ。
ルトはため息をつきながら、短剣を取り出して、髪を一房、切り取った。
パラパラと撒かれたそれは、下から上か。とにかく見えぬ虚空に落ちていく。
87本あると思う。
異界の奥に佇む存在に、ルトは言った。
念話での敬語というのは、難しいものだが、少なくとも失礼にはならないようにしたつもりだった。
「存在」の構築した魔法は、その目的を果たし。
果たしたことで、霧散した。
ルトは存在の方を向き直った。
いや、暗闇の中で、向きも上下もわからぬままなのだが、そちらに注意を向けた。
挨拶が遅れた。ぼくは、グランダ国の王子ハルト。
第六層の階層主殿には、はじめてお目にかかる。
先触れもない突然の侵入には、幾重にも謝罪したい。
…その謝罪をもって、そちらがぼくを八十八に切り分ける力場を投じたことと相殺させてはもらえないだろうか。
そう。
扉をくぐり抜けた直後、深淵から聞こえた声は、次のように告げていた。
これより、おまえを八十八に分割する。
その後、意識が残れば話を聞こう。
当然、返答を返すべきであったが、ザックとクリュークの会話があまりにも興味深かったので、ルトはその呼びかけをスルーしてしまっていたのだ。
ぐるん。
と世界が回った。
何もなかった世界に、光が生まれ、大気が生まれ、大地が生まれる。
天は目の前広がっていて、背中の下に石畳みの感触があった。
いっそ、真っ逆さまだったほうがよかったかな。
と、ルトは思った。
立ってたつもりが寝てたとか、カッコ悪すぎる。
冷たい黒曜石の石畳みに手をついて、ルトは起き上がった。
空に輝く球体は、太陽の明るさと月の冷たさを投げかけている。
ベンチに座る男は眉目秀麗。
年齢は、わからない。
顔には皺ひとつないが、かと言ってまったく若くは見えなかった。
風貌だけみれば二十歳前後の青年なのだが、そんなに若くは見えない。
ではいくつ、と問われれば、皆は首をかしげただろう。
かといって人間以外のなにか、には見えない。
例えばそれは、1階から5階の階層主たちが、いくら人間のフリをしても、どこかでほころびが、出てしまうことと対極のようだった。
大昔に学者たちが好んで着ていたというトーガを身にまとい、伸ばした金色の髪を銅の輪でまとめている。
これが、第六層の階層主。
“賢者”ウィルニア。
「我が力をどのように躱したかをきこうか、ハルトよ。」
「投じられた魔力は、ぼくの体を八十八に裂くために構築された、今ふうの言い方なら無属性魔法に近いもので、効果としては、斬撃として作用するものかと。」
階層主の沈黙を肯定と受け止めたルトは続けた。
「正直言って、防御できるようなレベルの力でもなく、純化された目的をもって投じられているため、かわすことも困難。
ゆえに、目的を達成させて、散らすのが最適な選択。」
ルトはにっこりと笑う。
「切られた髪の毛は87本。ゆえにぼくは88に分割されたことには変わりはなく、あなたの魔法はその発動目的を達成した。
目的を達成した力は、消滅する。」
「面白い力だな、ハルト。」
「事象を騙すのは、ぼくよりフィオリナのほうが得意です。」
「フィオリナ?」
「クローディア公爵家の令嬢でぼくの婚約者…元婚約者です。」
「いろいろと事情がありそうだな。
だが、その前にもう一度、試させてもらう。」
ルトは、もう一度笑う。
「かまいませんよ。いまのはちょっとインチキくさいと自分でも思ってますから。」
「では、まず名乗ろう。
我が名はウィルニア。
かつて人から賢者と呼ばれた者だ。」
ルトは、目を閉じる。
静か、だ。
遠くで、ザックとクリュークの会話が聞こえる。
神たるものが媒介した念話を第三者が聞き取れるのか?
できる。
ここだからできる。
ここは、第六層の階層主の間。
彼が作り出した異界。
へえ。
視覚に頼る気はないが思わず目を開けたのは、その会話があまりにも興味深かったから。
アウデリアさん、もう着いたのか。しかも勇者を連れて。
しかも、当代の勇者は本物の勇者の生まれ変わり!?
役者がぜんぶ揃った。
いや、揃いすぎかもしれない。
演出家の才能が試されるなあ。
ルトはため息をつきながら、短剣を取り出して、髪を一房、切り取った。
パラパラと撒かれたそれは、下から上か。とにかく見えぬ虚空に落ちていく。
87本あると思う。
異界の奥に佇む存在に、ルトは言った。
念話での敬語というのは、難しいものだが、少なくとも失礼にはならないようにしたつもりだった。
「存在」の構築した魔法は、その目的を果たし。
果たしたことで、霧散した。
ルトは存在の方を向き直った。
いや、暗闇の中で、向きも上下もわからぬままなのだが、そちらに注意を向けた。
挨拶が遅れた。ぼくは、グランダ国の王子ハルト。
第六層の階層主殿には、はじめてお目にかかる。
先触れもない突然の侵入には、幾重にも謝罪したい。
…その謝罪をもって、そちらがぼくを八十八に切り分ける力場を投じたことと相殺させてはもらえないだろうか。
そう。
扉をくぐり抜けた直後、深淵から聞こえた声は、次のように告げていた。
これより、おまえを八十八に分割する。
その後、意識が残れば話を聞こう。
当然、返答を返すべきであったが、ザックとクリュークの会話があまりにも興味深かったので、ルトはその呼びかけをスルーしてしまっていたのだ。
ぐるん。
と世界が回った。
何もなかった世界に、光が生まれ、大気が生まれ、大地が生まれる。
天は目の前広がっていて、背中の下に石畳みの感触があった。
いっそ、真っ逆さまだったほうがよかったかな。
と、ルトは思った。
立ってたつもりが寝てたとか、カッコ悪すぎる。
冷たい黒曜石の石畳みに手をついて、ルトは起き上がった。
空に輝く球体は、太陽の明るさと月の冷たさを投げかけている。
ベンチに座る男は眉目秀麗。
年齢は、わからない。
顔には皺ひとつないが、かと言ってまったく若くは見えなかった。
風貌だけみれば二十歳前後の青年なのだが、そんなに若くは見えない。
ではいくつ、と問われれば、皆は首をかしげただろう。
かといって人間以外のなにか、には見えない。
例えばそれは、1階から5階の階層主たちが、いくら人間のフリをしても、どこかでほころびが、出てしまうことと対極のようだった。
大昔に学者たちが好んで着ていたというトーガを身にまとい、伸ばした金色の髪を銅の輪でまとめている。
これが、第六層の階層主。
“賢者”ウィルニア。
「我が力をどのように躱したかをきこうか、ハルトよ。」
「投じられた魔力は、ぼくの体を八十八に裂くために構築された、今ふうの言い方なら無属性魔法に近いもので、効果としては、斬撃として作用するものかと。」
階層主の沈黙を肯定と受け止めたルトは続けた。
「正直言って、防御できるようなレベルの力でもなく、純化された目的をもって投じられているため、かわすことも困難。
ゆえに、目的を達成させて、散らすのが最適な選択。」
ルトはにっこりと笑う。
「切られた髪の毛は87本。ゆえにぼくは88に分割されたことには変わりはなく、あなたの魔法はその発動目的を達成した。
目的を達成した力は、消滅する。」
「面白い力だな、ハルト。」
「事象を騙すのは、ぼくよりフィオリナのほうが得意です。」
「フィオリナ?」
「クローディア公爵家の令嬢でぼくの婚約者…元婚約者です。」
「いろいろと事情がありそうだな。
だが、その前にもう一度、試させてもらう。」
ルトは、もう一度笑う。
「かまいませんよ。いまのはちょっとインチキくさいと自分でも思ってますから。」
「では、まず名乗ろう。
我が名はウィルニア。
かつて人から賢者と呼ばれた者だ。」
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