56 / 248
第55話 公爵家令嬢の母の帰還
しおりを挟む
私的な諮問として集められた列席者ではあるが、いずれも高位貴族。
あまりの無礼に、王自らが立ち上がったが。
背後からは、何者かを懸命に押し留めようとする衛兵の声。
怒鳴り声。
高らかに笑うのは女の声か。
クローディアとフィオリナが顔を見合わせる。
常に穏やかな表情を崩さないクリュークの顔色が目に見えて青くなった。
「な、な、なにもの!!」
ブラウ公爵が叫んだ。
もともと甲高い声が、ガラスを軋る音になっている。
「なぜ、あやつがここに・・・・」
クリュークが呻いた。
「わたしが呼んだのです、クリューク殿」
クローディアがすまなそうに言った。
「わたしの知己の中で最高の冒険者が彼女でしたので。」
「しかし・・・・」
「よおっ!ひさしいな!」
豪快に笑い、豪快に歩き、しがみつく衛兵を豪快に投げ飛ばす。
燃えるような朱色い髪の女偉丈夫は、大声でクリュークに向かって叫んだ。
「前にあったときは、上半身と下半身が別々の方向に這いずっていたようだったが、見事に巡り合ってひとつになれたようだな!
実にけっこう!」
「ぼ、ぼ、ぼうけんしゃ・・・なのか?」
王は、すっかり気圧されたように縮こまった。
かえって、王妃のほうが堂々としていたかもしれない。
「王の前である。せめて礼を尽くされよ、冒険者殿。」
「西域では、大斧豪の異名をもつ冒険者です。」
クリュークが、言った。
「それにしてもあまりにも無礼であろう・・・」
よおっ、と言いながら女は王妃にむかって手を上げた。
「いつから、王妃様におさまっている?
あまり似合わんぞ、その椅子は。」
「衛兵!!
この無礼者を・・・・」
ブラウ公爵が叫ぶのを、クリュークが制した。
「ブラウ閣下、彼女は敵ではありません。
たしかに王の前で一介の冒険者がとるべき態度ではありませんが、彼女は、中原ではシルマリル侯爵の称号を持つ身です。
兵を集めて討ち取れば、外交問題となります。」
「ついでに申し上げると、非公式ながら私の妻でもあります。」
クローディアが口をはさみ、クリュークの顔色がいっそう白くなった。
「フィオリナにとっては、母でもあります。
ご無礼の段、お赦しを。
いっしょに連れてきたもらった人物とともに『魔王宮』の攻略には欠かせぬ人物です。」
腰に手をあてて、アウデリアは会議室を見回した。
薄い布切れ一枚の上着では、その筋肉を隠しきれない。
その影からひょいと、少年が姿を表した。
こちらは、フィオリナと同じくらいの年齢で、整った顔立ちに金の髪をバンダナでまとめている。
「や、グランダ国のみなさん。初めてお目にかかる。
聖光教会を代表して挨拶させてもらうよ。
ぼくは、クロノ。
当代の勇者ってことになってる。」
騒然となった会議室をよそに、クローディアは、アウデリアと、次にクロノとがっちりと手を握りあった。
「半年ぶりだぞ、我が君よ。」
「おまえから言うか? 西域での冒険者稼業がよほど面白かったと見える。
たまには、クローディア公爵家の妻女らしきこともせい。
それなりのメンバーを連れてきてくれるとは思っていたが、勇者自らとはさすがに思わなかったぞ。」
「はじめまして、クローディア公爵。勇者クロノです。」
クロノ自身は、アウデリアに夫がいたことにショックを受けていたが、それを表に現すことはなかった。
アウデリアがうれしそうに言った。
「教会認定の儀礼用の勇者ではなくて、本物の生まれ変わりだぞ。
ここ一月ばかり、稽古をつけてやっていたが、さすがに筋がいい。
ハルトやフィオリナのいい遊び相手になりそうだ。
それはそうとハルトはどうした?」
「行方不明だ。」
クローディアは憮然として応えた。
「王室の影の力も借りて、行方を探しているが、まだ見つかっていない。」
「ふん、なら、魔王宮のなかだろうね。」
アウデリアはそれが当然、と言わんばかりの口調だった。
「魔王宮の攻略が目標なら、街なかでもたもたしている筋合いはない。」
「・・・・冒険者アウデリア殿。
シルマリル侯とお呼びしたほうがよいか?」
王が恐る恐る声をかける。
「グランダ陛下。」
意外にもアウデリアは、作法にかなった一礼をした。いや本当はだいぶ省力されたものだったのだが、今までが今までだけに、とりあえず、みなの混乱をおさめる効果は充分にあった。
「どうか、アウデリアと呼んでいただければ。
此度は、外交目的でも家族の団らんのためでもなく、ひとえに魔王宮攻略のため、馳せ参じた身なれば。」
「ならば、アウデリア殿。
勇者を連れての来訪を心より歓迎する。
クリュークならびにボルテック。
勇者クロノ殿、アウデリア殿を含めた迷宮への攻略を練り直してほしい。」
「それには及びません、グランダ王。」
クロノは飄々と言った。
「ぼくとアウデリアは、独自にパーティを結成し、自由に潜らせてもらいます。
二人でもよいし、場合によっては追加のメンバーを募集させてもらうかもしれませんが、そこも含めて、干渉は無用です。」
言い方はともかく。
要は、
好きにさせろ、指図はうけない。
と、言っている。
「勇者殿」
クリュークがやや声を険しくしていった。
「『魔王宮』はグランダの管理下にあります。迷宮への侵入も含めて、グランダの意向もある程度はきいていただきたい。」
「それは、魔王宮の封鎖に対する決定を尊重するもので、魔王宮が開かれたのならば、それをどうするかは、勇者の意思が最優先される。」
クロノは楽しげに言う。
「ぼくに指図をしようとするあなたは誰かな?
どうも西域で悪名高い銀級冒険者“燭乱天使”のクリュークさんに似ているけど。」
「いかにも、クリュークです。
ですが、私は現在、グランダのギルドグランドマスターを務め、迷宮攻略の指揮を任命されております。また、王位継承者たるエルマート殿下のパーティ『栄光の盾』のメンバーとして自らも攻略に・・・・」
じっとりと湿った沈黙が、場を支配した。
アウデリアは口が裂けそうなほど楽しげなニヤニヤ笑いを浮かべていたし、フィオリナは、なるほど一見似てはいないけれど、さすがに親子なのだと改めて、まわりが思ったほどうれしそうだったし。
クローディアはちょっと気の毒そうな顔で、クリュークや王、エルマートを眺めている。
「なるほど」
短くも濃い沈黙を破ったのは、クロノだった。
「『栄光の盾』は、ぼ、く、のパーティの名前だったと思ったんだけど、もう使われてしまったんだ。
では、アウデリア、ぼくらはなんと名乗ろう?」
「『愚者の盾』でいいのでは、ないか?」
アウデリアは、たくましい肩をすくめてみせた。
「グランダのために西域から三日三夜で駆けつけた愚か者にはふさわしい。」
「そうだな、我々は今日から『愚者の盾』だ。この名前でギルドに登録を頼む。
このくらいの融通はきくかな? グランドマスター。」
「そ、それは・・・・それはあまりにも・・・」
クリュークは、下を向いた。
このような事態はさすがに彼も想定してはいなかった。
フィオリナの母が、クローディア公爵の正式な妻ではなく、冒険者であり、領地にさっぱり寄り付こうとはせず、旅から旅の生活を送っていること。
そこらは把握していたが、まさかその母親が『大斧豪』アウデリアであったこと。
そのアウデリアが、こともあろうに勇者を引き連れてグランダにやってくること。
そんなことは誰が想像しただろう。
彼の使役する神には、知識と情報を司ると言われるモンダナも含まれてはいたが、さすがに彼が聞きもしないことに解答を与えてくれるようなサービスは契約してはいなかった。
「では、こちらからは以上です。」
クロノの身体がぐらりと揺れたのを、アウデリアが抱きとめた。
「ゆ、勇者どの!」
「ご心配なく。」
アウデリアは一同を軽くいなした。
「ただの睡眠不足です。
一晩、ゆっくり休ませれば回復します。
ロザリアから走っていくるにはさすがに睡眠時間をとるわけにはいかなかったので。」
え?
ロザリアは西域最北端。
そこからグランダは、街道を北上して二十日の旅となる・・・・が?
「我が君!宿を頼めるか?
なんなら馬小屋のはしか、護衛兵の当直室でもかまわんが?」
「フィオリナの母親と勇者にそんなことをできるかどうか考えろ!」
一喝して、クローディアは王に向かって優雅に一礼した。
「まずは遠路駆けつけてくれた勇者を休ませたいと存じます。
本日はこれにて。
次回の攻略は、娘の回復を待って行う所存です。」
もはや、アウデリアを止められるものはいないかに思われたが、このとき王妃が唐突に立ち上がった。
「アウデリア殿」
呼びかけた声は氷河のよう。
大人しく、社交嫌いで、人前に出ることを好まなかったブラウ公爵の姪ではなく、まるで年を経た魔女のことばのように聞こえた。
と、その場に居合わせたものはのちに語った。
「そなたが、何をしようが、何を図ろうが、何者であろうが。
エルマートは王位に付くのです。
誰かが無理強いしたのではない。正当な、正統な道筋をもって王となるのです。
それを阻むものは、何者であっても容赦はいたしません。」
「わかってるさ、\\\@@\@\@:@@^@;:::」
それはいかなる言語であったのか。
人間には発音ができぬはずのその音の羅列は、列席者たちの耳を裂くようで、実際に何人かが耐えきれず嘔吐した。
「32kksla;sas;ds@ddds;sassasasvd;v;;vd:x:s」
「dl;@@f:;gg:g:h:gh:t:ht:h:tg:f:f::df:df」
「05^^\\3@rd[d]」fd]]d]d]fdd]d]]」
「上古の圧縮言語かいっ!」
ボルテックが叫んだ。
二人の怪女はピタリと会話(それが会話だとしたのなら)を止め、ボルテックを見やった。
両者の目は、同じことを物語っていた。
“やれやれ、これが分かるものがいるのかい。じゃあ、これ以上話はできないな。”
「いずれ、ゆっくり話す機会もあろうさ、王妃様。」
アウデリアは不敵に笑った。
王妃も笑った。
一同は、息をのんだ。
それは、まぎれもなく強者の笑いだった。
アウデリアは、少なくとも勇者と親しいほどの熟練の冒険者で、クリュークの慌てぶりから見てもそれはそれは強いのであろう。
そのアウデリアと、王妃が対等・・・なわけが。
「こ、これはっ」
もっとも混乱しているのは、彼女の縁故でのし上がったブラウ公爵である。
慌てふためいて、話そうとする彼をまったく無視して王妃は、ゆったりと頬杖をついて、アウデリアを睨む。
「忠告はした。なにがあっても恨むなよ、斧神の。」
「・・・・そんなことでいちいち恨みはせぬよ、闇森の。」
斧神とは伝説の英雄神アクロデリアのことなのか?
闇森の、と呼ばれて人々が思いつくのは、闇森の番人と呼ばれた魔女ザザリしかいない。
問いただす間もなく、クローディア公爵一行は会場をあとにする。
引き止める?
そんな胆力だれが。
あまりの無礼に、王自らが立ち上がったが。
背後からは、何者かを懸命に押し留めようとする衛兵の声。
怒鳴り声。
高らかに笑うのは女の声か。
クローディアとフィオリナが顔を見合わせる。
常に穏やかな表情を崩さないクリュークの顔色が目に見えて青くなった。
「な、な、なにもの!!」
ブラウ公爵が叫んだ。
もともと甲高い声が、ガラスを軋る音になっている。
「なぜ、あやつがここに・・・・」
クリュークが呻いた。
「わたしが呼んだのです、クリューク殿」
クローディアがすまなそうに言った。
「わたしの知己の中で最高の冒険者が彼女でしたので。」
「しかし・・・・」
「よおっ!ひさしいな!」
豪快に笑い、豪快に歩き、しがみつく衛兵を豪快に投げ飛ばす。
燃えるような朱色い髪の女偉丈夫は、大声でクリュークに向かって叫んだ。
「前にあったときは、上半身と下半身が別々の方向に這いずっていたようだったが、見事に巡り合ってひとつになれたようだな!
実にけっこう!」
「ぼ、ぼ、ぼうけんしゃ・・・なのか?」
王は、すっかり気圧されたように縮こまった。
かえって、王妃のほうが堂々としていたかもしれない。
「王の前である。せめて礼を尽くされよ、冒険者殿。」
「西域では、大斧豪の異名をもつ冒険者です。」
クリュークが、言った。
「それにしてもあまりにも無礼であろう・・・」
よおっ、と言いながら女は王妃にむかって手を上げた。
「いつから、王妃様におさまっている?
あまり似合わんぞ、その椅子は。」
「衛兵!!
この無礼者を・・・・」
ブラウ公爵が叫ぶのを、クリュークが制した。
「ブラウ閣下、彼女は敵ではありません。
たしかに王の前で一介の冒険者がとるべき態度ではありませんが、彼女は、中原ではシルマリル侯爵の称号を持つ身です。
兵を集めて討ち取れば、外交問題となります。」
「ついでに申し上げると、非公式ながら私の妻でもあります。」
クローディアが口をはさみ、クリュークの顔色がいっそう白くなった。
「フィオリナにとっては、母でもあります。
ご無礼の段、お赦しを。
いっしょに連れてきたもらった人物とともに『魔王宮』の攻略には欠かせぬ人物です。」
腰に手をあてて、アウデリアは会議室を見回した。
薄い布切れ一枚の上着では、その筋肉を隠しきれない。
その影からひょいと、少年が姿を表した。
こちらは、フィオリナと同じくらいの年齢で、整った顔立ちに金の髪をバンダナでまとめている。
「や、グランダ国のみなさん。初めてお目にかかる。
聖光教会を代表して挨拶させてもらうよ。
ぼくは、クロノ。
当代の勇者ってことになってる。」
騒然となった会議室をよそに、クローディアは、アウデリアと、次にクロノとがっちりと手を握りあった。
「半年ぶりだぞ、我が君よ。」
「おまえから言うか? 西域での冒険者稼業がよほど面白かったと見える。
たまには、クローディア公爵家の妻女らしきこともせい。
それなりのメンバーを連れてきてくれるとは思っていたが、勇者自らとはさすがに思わなかったぞ。」
「はじめまして、クローディア公爵。勇者クロノです。」
クロノ自身は、アウデリアに夫がいたことにショックを受けていたが、それを表に現すことはなかった。
アウデリアがうれしそうに言った。
「教会認定の儀礼用の勇者ではなくて、本物の生まれ変わりだぞ。
ここ一月ばかり、稽古をつけてやっていたが、さすがに筋がいい。
ハルトやフィオリナのいい遊び相手になりそうだ。
それはそうとハルトはどうした?」
「行方不明だ。」
クローディアは憮然として応えた。
「王室の影の力も借りて、行方を探しているが、まだ見つかっていない。」
「ふん、なら、魔王宮のなかだろうね。」
アウデリアはそれが当然、と言わんばかりの口調だった。
「魔王宮の攻略が目標なら、街なかでもたもたしている筋合いはない。」
「・・・・冒険者アウデリア殿。
シルマリル侯とお呼びしたほうがよいか?」
王が恐る恐る声をかける。
「グランダ陛下。」
意外にもアウデリアは、作法にかなった一礼をした。いや本当はだいぶ省力されたものだったのだが、今までが今までだけに、とりあえず、みなの混乱をおさめる効果は充分にあった。
「どうか、アウデリアと呼んでいただければ。
此度は、外交目的でも家族の団らんのためでもなく、ひとえに魔王宮攻略のため、馳せ参じた身なれば。」
「ならば、アウデリア殿。
勇者を連れての来訪を心より歓迎する。
クリュークならびにボルテック。
勇者クロノ殿、アウデリア殿を含めた迷宮への攻略を練り直してほしい。」
「それには及びません、グランダ王。」
クロノは飄々と言った。
「ぼくとアウデリアは、独自にパーティを結成し、自由に潜らせてもらいます。
二人でもよいし、場合によっては追加のメンバーを募集させてもらうかもしれませんが、そこも含めて、干渉は無用です。」
言い方はともかく。
要は、
好きにさせろ、指図はうけない。
と、言っている。
「勇者殿」
クリュークがやや声を険しくしていった。
「『魔王宮』はグランダの管理下にあります。迷宮への侵入も含めて、グランダの意向もある程度はきいていただきたい。」
「それは、魔王宮の封鎖に対する決定を尊重するもので、魔王宮が開かれたのならば、それをどうするかは、勇者の意思が最優先される。」
クロノは楽しげに言う。
「ぼくに指図をしようとするあなたは誰かな?
どうも西域で悪名高い銀級冒険者“燭乱天使”のクリュークさんに似ているけど。」
「いかにも、クリュークです。
ですが、私は現在、グランダのギルドグランドマスターを務め、迷宮攻略の指揮を任命されております。また、王位継承者たるエルマート殿下のパーティ『栄光の盾』のメンバーとして自らも攻略に・・・・」
じっとりと湿った沈黙が、場を支配した。
アウデリアは口が裂けそうなほど楽しげなニヤニヤ笑いを浮かべていたし、フィオリナは、なるほど一見似てはいないけれど、さすがに親子なのだと改めて、まわりが思ったほどうれしそうだったし。
クローディアはちょっと気の毒そうな顔で、クリュークや王、エルマートを眺めている。
「なるほど」
短くも濃い沈黙を破ったのは、クロノだった。
「『栄光の盾』は、ぼ、く、のパーティの名前だったと思ったんだけど、もう使われてしまったんだ。
では、アウデリア、ぼくらはなんと名乗ろう?」
「『愚者の盾』でいいのでは、ないか?」
アウデリアは、たくましい肩をすくめてみせた。
「グランダのために西域から三日三夜で駆けつけた愚か者にはふさわしい。」
「そうだな、我々は今日から『愚者の盾』だ。この名前でギルドに登録を頼む。
このくらいの融通はきくかな? グランドマスター。」
「そ、それは・・・・それはあまりにも・・・」
クリュークは、下を向いた。
このような事態はさすがに彼も想定してはいなかった。
フィオリナの母が、クローディア公爵の正式な妻ではなく、冒険者であり、領地にさっぱり寄り付こうとはせず、旅から旅の生活を送っていること。
そこらは把握していたが、まさかその母親が『大斧豪』アウデリアであったこと。
そのアウデリアが、こともあろうに勇者を引き連れてグランダにやってくること。
そんなことは誰が想像しただろう。
彼の使役する神には、知識と情報を司ると言われるモンダナも含まれてはいたが、さすがに彼が聞きもしないことに解答を与えてくれるようなサービスは契約してはいなかった。
「では、こちらからは以上です。」
クロノの身体がぐらりと揺れたのを、アウデリアが抱きとめた。
「ゆ、勇者どの!」
「ご心配なく。」
アウデリアは一同を軽くいなした。
「ただの睡眠不足です。
一晩、ゆっくり休ませれば回復します。
ロザリアから走っていくるにはさすがに睡眠時間をとるわけにはいかなかったので。」
え?
ロザリアは西域最北端。
そこからグランダは、街道を北上して二十日の旅となる・・・・が?
「我が君!宿を頼めるか?
なんなら馬小屋のはしか、護衛兵の当直室でもかまわんが?」
「フィオリナの母親と勇者にそんなことをできるかどうか考えろ!」
一喝して、クローディアは王に向かって優雅に一礼した。
「まずは遠路駆けつけてくれた勇者を休ませたいと存じます。
本日はこれにて。
次回の攻略は、娘の回復を待って行う所存です。」
もはや、アウデリアを止められるものはいないかに思われたが、このとき王妃が唐突に立ち上がった。
「アウデリア殿」
呼びかけた声は氷河のよう。
大人しく、社交嫌いで、人前に出ることを好まなかったブラウ公爵の姪ではなく、まるで年を経た魔女のことばのように聞こえた。
と、その場に居合わせたものはのちに語った。
「そなたが、何をしようが、何を図ろうが、何者であろうが。
エルマートは王位に付くのです。
誰かが無理強いしたのではない。正当な、正統な道筋をもって王となるのです。
それを阻むものは、何者であっても容赦はいたしません。」
「わかってるさ、\\\@@\@\@:@@^@;:::」
それはいかなる言語であったのか。
人間には発音ができぬはずのその音の羅列は、列席者たちの耳を裂くようで、実際に何人かが耐えきれず嘔吐した。
「32kksla;sas;ds@ddds;sassasasvd;v;;vd:x:s」
「dl;@@f:;gg:g:h:gh:t:ht:h:tg:f:f::df:df」
「05^^\\3@rd[d]」fd]]d]d]fdd]d]]」
「上古の圧縮言語かいっ!」
ボルテックが叫んだ。
二人の怪女はピタリと会話(それが会話だとしたのなら)を止め、ボルテックを見やった。
両者の目は、同じことを物語っていた。
“やれやれ、これが分かるものがいるのかい。じゃあ、これ以上話はできないな。”
「いずれ、ゆっくり話す機会もあろうさ、王妃様。」
アウデリアは不敵に笑った。
王妃も笑った。
一同は、息をのんだ。
それは、まぎれもなく強者の笑いだった。
アウデリアは、少なくとも勇者と親しいほどの熟練の冒険者で、クリュークの慌てぶりから見てもそれはそれは強いのであろう。
そのアウデリアと、王妃が対等・・・なわけが。
「こ、これはっ」
もっとも混乱しているのは、彼女の縁故でのし上がったブラウ公爵である。
慌てふためいて、話そうとする彼をまったく無視して王妃は、ゆったりと頬杖をついて、アウデリアを睨む。
「忠告はした。なにがあっても恨むなよ、斧神の。」
「・・・・そんなことでいちいち恨みはせぬよ、闇森の。」
斧神とは伝説の英雄神アクロデリアのことなのか?
闇森の、と呼ばれて人々が思いつくのは、闇森の番人と呼ばれた魔女ザザリしかいない。
問いただす間もなく、クローディア公爵一行は会場をあとにする。
引き止める?
そんな胆力だれが。
0
ご覧いただきありがとうございます。なんとか完結しました。彼らの物語はまだ続きます。後日談https://www.alphapolis.co.jp/novel/807186218/844632510
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説

転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す
エルリア
ファンタジー
【祝!第17回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞!】
転売屋(テンバイヤー)が異世界に飛ばされたらチートスキルを手にしていた!
元の世界では疎まれていても、こっちの世界なら問題なし。
相場スキルを駆使して目指せ夢のマイショップ!
ふとしたことで異世界に飛ばされた中年が、青年となってお金儲けに走ります。
お金は全てを解決する、それはどの世界においても同じ事。
金金金の主人公が、授かった相場スキルで私利私欲の為に稼ぎまくります。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる