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第53話 駆け出し冒険者と勇者 それぞれの道行き
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革の鎧はあつらえたようにぴったりだ。
用意してくれた剣は、短めで、狭い通路でも振り回しやすい。付与魔法はかかっていなかったが、拵えは丁寧で、良い鉄を使っている。
ザックは、なんどめかのため息をついて、少年を見やった。
こちらは、手ぶらである。たしか短刀に鋼糸を巻き付けたものを持っていたはずだが、そんな暗器程度の代物が、迷宮の深層の怪物共になんの役に立つというのだろう。
もっとも。
その怪物たちのあるじ。
リアモンドという名の竜が、先導して迷宮を案内してくれているわけだが。
「第三層は、けっこう広いところが多いんだ。」
快活に笑いながら、美女は見事な鍾乳石の間を歩んでいく。
「生息させている魔物には、大型のものが多いからね。
知性のある竜種だけでも8体いる。
なんかお宝でももっていくかい?」
身体にぴったりとした服は、彼女の曲線をまったく隠してはいない。
ザックにしてみれば、ロウとラウルの吸血鬼姉妹の中性的なラインよりもこちらのほうがよほど、好みだ。
フィオリナも美しいのだろうが、あれはなんというか彼の好みからすると細すぎる。
「ほんとうならば、わしの領域も見せたいのだが。」
同行のオロアが愛想よく笑顔を見せる。
ザックが、クソ邪神の下僕でないことがわかっただけで、彼の扱いはかなりマシなものになっていた。
「はやく下を見たいというルトの希望に応えるために、階層主だけが使える直通路を案内する。」
「どこまでサービスがいいんだ?」
ザックはオロアをからかった。
「友人を死地に誘うのはサービスとは言わんな。」
オロアは真顔で言った。
「その少年の言われた通りに、望み通りにする。そういう約束だからな。
だが、それが正しいことだとは思わん。たとえ正しくてもあのウィルニア老師には通じん。
一切の道理は、ウィルニア老師には通じない。
運がよければ、わしと同じような存在になってまた会えるかもしれぬ。
運がわるければ、これで永劫の別れとなる。」
「感謝します。階層主のみなさん。」
ルトは深々と礼をした。
「三層、四層、五層を安全に通過できたことを。恩にきます。」
「かまわん。約定を果たしただけだ。
それがお主にとって最もよい選択だとは我らは思っておらん。」
竜公女の顔はどこか悲しげだった。
「ところで俺も連れてくのはどうしてだい?」
ザックは、疑問を口にした。
「俺は、精神的にはともかく、契約上はヴァルゴールの盟約にしばられている。
そして、ヴァイルゴールの代理人たるクリュークの命令は、ハルト王子を迷宮内で事故に見せかけて抹殺せよ、だ。
これは基本のスタンスであり、抹殺のタイミングが指示されてないだけで、俺がおまえを殺さなきゃいけないって事実はかわっていないんだぜ?」
「クリュークの命令はあなたにかけられた呪いが有効な間だけです。」
「そういやあ、その呪いを解く、と言ってなかったか?」
「解きますよ。ザックさん流に言えば、タイミングを図っているだけです。」
一行は足を止めた。
そこには。
暗く淀んだ沼が広がっていた。
「この沼が、第六層への入り口となる。
ウィルニアの居場所は、お主たちで探すのだな。」
勇者クロノは今、カラト山の山中にいる。
一休みしようか、とアウデリアが言ってくれたので、収納から冷たい水を取り出して頭からかぶった。
木々の間から帝都の街灯りがもうひとつの星空のように美しく見えた。
風が冷たい。
街から山の中腹まで、ほぼ全力疾走したのは、クロノは始めてだ。
もちろん、彼だから出来たのであって、ほかの者では無理だ。
体力以前に、遭難して終わり、である。
北のグランダを目指す。
そう言って、書き置きひとつ残してそのまま、帝都を旅立った二人であったが、最短で行こうというアウデリアの提案に、クロノが頷いたのがそもそも、間違いの始まりだった。
まずは、魔導列車でロザリアまで行く。
西域、最北端の街だ。
さてそこから馬を借りて街道を、ルーベ、シンシア、バルバと北上していくか。
馬も通えぬ悪路を徒歩で踏破するか。
この二つの選択肢はあるものの、ロザリアまでの道のりにほかに選択肢はありえない。
アウデリアの提案もそこは外れていない。
だが、帝都の駅で魔導列車を待つ代わりに、山を徒歩で越えて・・・・
ふもとの街、サルアは、ロザリア行きの急行列車が出ている。
翌朝のその列車に乗れば、たしかに、帝都からオールべ、ラゾーロと乗り換えて、ロザリアに行くよりも半日は早い。
だが、夏でも雪をいただくカラト山脈を徒歩で越えようと(それも翌朝の始発に間に合うように)するのは、考えていなかった。
いや、徒歩、ではない。
全力疾走で、だ。
もちろん、道はない。
道どころか、地面もない。
山頂付近はほぼ切り立った岩山である。
谷を飛び越え、飛び越えられぬ谷は飛び降り、よじ登り。
「勇者クロノ」
優秀な『収納』を持っているのか、アウデリアはほぼ空手で、ある。
「む、むちゃくちゃです、アウデリア!」
クロノは一応、抗議してみた。
案の定、アウデリアは、なにが?と言わんばかりのきょとんとした顔でクロノを見返した。
炯々と光る瞳は茶金色。朱色の髪を短くまとめ、よく笑い、よく食べ、よく飲む姿がよく似合いそうな大きな口がいまは、笑いを浮かべている。
白い歯が牙に見える獰猛な笑いである。
「たしかに道はちょっと険しいが」
ちょっとどころではなかった。
「別段、知性ある魔物が縄張りにしてるわけでもなく」
そんな災害級の魔物は、勇者でも冒険者でもなく、軍隊が出る相手だった。
「幸いに天候にも恵まれ」
その言葉を待っていたかのように大粒の雨が降り出した。
山の天気は変わりやすい。とはいうものの、今の季節に霙まじりの雨は、標高の高いカラト山ならでは、だろう。
「いやあ、降り始めたかあ・・・・でもまあ、ここからは下りだ。」
と言って、楽しそうにアウデリアが指差した方向には、ほぼ垂直に落ちる崖があるだけだった。
勇者クロノも笑っている。
というか、笑うしかなかった。
のちの世には「勇者クロノの魔の山越え」として吟遊詩人が歌に残したエピソードなのだが、聞くたびに、クロノは顔色が悪くなり、アウデリアは苦笑いを浮かべるので、二人の間にその夜なにがあったのか、いろいろと詮索するものも多かった、という。
用意してくれた剣は、短めで、狭い通路でも振り回しやすい。付与魔法はかかっていなかったが、拵えは丁寧で、良い鉄を使っている。
ザックは、なんどめかのため息をついて、少年を見やった。
こちらは、手ぶらである。たしか短刀に鋼糸を巻き付けたものを持っていたはずだが、そんな暗器程度の代物が、迷宮の深層の怪物共になんの役に立つというのだろう。
もっとも。
その怪物たちのあるじ。
リアモンドという名の竜が、先導して迷宮を案内してくれているわけだが。
「第三層は、けっこう広いところが多いんだ。」
快活に笑いながら、美女は見事な鍾乳石の間を歩んでいく。
「生息させている魔物には、大型のものが多いからね。
知性のある竜種だけでも8体いる。
なんかお宝でももっていくかい?」
身体にぴったりとした服は、彼女の曲線をまったく隠してはいない。
ザックにしてみれば、ロウとラウルの吸血鬼姉妹の中性的なラインよりもこちらのほうがよほど、好みだ。
フィオリナも美しいのだろうが、あれはなんというか彼の好みからすると細すぎる。
「ほんとうならば、わしの領域も見せたいのだが。」
同行のオロアが愛想よく笑顔を見せる。
ザックが、クソ邪神の下僕でないことがわかっただけで、彼の扱いはかなりマシなものになっていた。
「はやく下を見たいというルトの希望に応えるために、階層主だけが使える直通路を案内する。」
「どこまでサービスがいいんだ?」
ザックはオロアをからかった。
「友人を死地に誘うのはサービスとは言わんな。」
オロアは真顔で言った。
「その少年の言われた通りに、望み通りにする。そういう約束だからな。
だが、それが正しいことだとは思わん。たとえ正しくてもあのウィルニア老師には通じん。
一切の道理は、ウィルニア老師には通じない。
運がよければ、わしと同じような存在になってまた会えるかもしれぬ。
運がわるければ、これで永劫の別れとなる。」
「感謝します。階層主のみなさん。」
ルトは深々と礼をした。
「三層、四層、五層を安全に通過できたことを。恩にきます。」
「かまわん。約定を果たしただけだ。
それがお主にとって最もよい選択だとは我らは思っておらん。」
竜公女の顔はどこか悲しげだった。
「ところで俺も連れてくのはどうしてだい?」
ザックは、疑問を口にした。
「俺は、精神的にはともかく、契約上はヴァルゴールの盟約にしばられている。
そして、ヴァイルゴールの代理人たるクリュークの命令は、ハルト王子を迷宮内で事故に見せかけて抹殺せよ、だ。
これは基本のスタンスであり、抹殺のタイミングが指示されてないだけで、俺がおまえを殺さなきゃいけないって事実はかわっていないんだぜ?」
「クリュークの命令はあなたにかけられた呪いが有効な間だけです。」
「そういやあ、その呪いを解く、と言ってなかったか?」
「解きますよ。ザックさん流に言えば、タイミングを図っているだけです。」
一行は足を止めた。
そこには。
暗く淀んだ沼が広がっていた。
「この沼が、第六層への入り口となる。
ウィルニアの居場所は、お主たちで探すのだな。」
勇者クロノは今、カラト山の山中にいる。
一休みしようか、とアウデリアが言ってくれたので、収納から冷たい水を取り出して頭からかぶった。
木々の間から帝都の街灯りがもうひとつの星空のように美しく見えた。
風が冷たい。
街から山の中腹まで、ほぼ全力疾走したのは、クロノは始めてだ。
もちろん、彼だから出来たのであって、ほかの者では無理だ。
体力以前に、遭難して終わり、である。
北のグランダを目指す。
そう言って、書き置きひとつ残してそのまま、帝都を旅立った二人であったが、最短で行こうというアウデリアの提案に、クロノが頷いたのがそもそも、間違いの始まりだった。
まずは、魔導列車でロザリアまで行く。
西域、最北端の街だ。
さてそこから馬を借りて街道を、ルーベ、シンシア、バルバと北上していくか。
馬も通えぬ悪路を徒歩で踏破するか。
この二つの選択肢はあるものの、ロザリアまでの道のりにほかに選択肢はありえない。
アウデリアの提案もそこは外れていない。
だが、帝都の駅で魔導列車を待つ代わりに、山を徒歩で越えて・・・・
ふもとの街、サルアは、ロザリア行きの急行列車が出ている。
翌朝のその列車に乗れば、たしかに、帝都からオールべ、ラゾーロと乗り換えて、ロザリアに行くよりも半日は早い。
だが、夏でも雪をいただくカラト山脈を徒歩で越えようと(それも翌朝の始発に間に合うように)するのは、考えていなかった。
いや、徒歩、ではない。
全力疾走で、だ。
もちろん、道はない。
道どころか、地面もない。
山頂付近はほぼ切り立った岩山である。
谷を飛び越え、飛び越えられぬ谷は飛び降り、よじ登り。
「勇者クロノ」
優秀な『収納』を持っているのか、アウデリアはほぼ空手で、ある。
「む、むちゃくちゃです、アウデリア!」
クロノは一応、抗議してみた。
案の定、アウデリアは、なにが?と言わんばかりのきょとんとした顔でクロノを見返した。
炯々と光る瞳は茶金色。朱色の髪を短くまとめ、よく笑い、よく食べ、よく飲む姿がよく似合いそうな大きな口がいまは、笑いを浮かべている。
白い歯が牙に見える獰猛な笑いである。
「たしかに道はちょっと険しいが」
ちょっとどころではなかった。
「別段、知性ある魔物が縄張りにしてるわけでもなく」
そんな災害級の魔物は、勇者でも冒険者でもなく、軍隊が出る相手だった。
「幸いに天候にも恵まれ」
その言葉を待っていたかのように大粒の雨が降り出した。
山の天気は変わりやすい。とはいうものの、今の季節に霙まじりの雨は、標高の高いカラト山ならでは、だろう。
「いやあ、降り始めたかあ・・・・でもまあ、ここからは下りだ。」
と言って、楽しそうにアウデリアが指差した方向には、ほぼ垂直に落ちる崖があるだけだった。
勇者クロノも笑っている。
というか、笑うしかなかった。
のちの世には「勇者クロノの魔の山越え」として吟遊詩人が歌に残したエピソードなのだが、聞くたびに、クロノは顔色が悪くなり、アウデリアは苦笑いを浮かべるので、二人の間にその夜なにがあったのか、いろいろと詮索するものも多かった、という。
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